第35話 イケメン怖い

「一真さん、どうしてここに?」

「ちょっとこの近所で用があったものですから。すばるさんこそどうしてここに? てっきり今日は恋人と過ごしているのかと思いましたが」


 にっこりと爽やかな笑みを浮かべながら一真さんが隣の席に腰を下ろす。

「……その予定だったんですけど、家に行っても留守で、急に連絡が取れなくなってしまったんです」

「それは酷い。こんなに可愛らしい恋人がいるのに約束を放ってどこかに行ってしまうなんて、僕には信じられない」

 少し演技がかった口調で、茶化すように一真さんが言った。


「……そうですか」

 答えながら俺は目を逸らす。

 マジでなんでこんなタイミング良く現れるんだよこの人。


 流石に怪しすぎる。


「今日はもう用事もありませんし、もしよければ、こんな日にも何の色っぽい予定も無い僕に、何か自慢できるような予定を下さいませんか?」


 一真さんは随分と甘い声で俺に語りかけてくる。

 ちらりと一真さんの方を見やれば、優しい微笑を向けられた。


 きっと普通の女子ならひとたまりも無いだろうが、あいにく俺は男なので、むしろ、何を企んでいるんだこいつとしか思えない。

 要するに怖い。


「……今日は、この後、人と会う約束があるので」

「恋人と一緒に過ごす予定だったのに?」

 理由を付けて断ろうとすれば、クスクスと笑いながら退路を絶たれた。


「会うのは夕方からですけど……」

「ではそれまでの時間でいいので、僕とデートでもしませんか?」

 目を逸らしながら答えれば、今度は直球でデートに誘ってきた。


 なんでこいつはこんなにも自信満々に彼氏持ちの女の子を口説けるのか。

 イケメンだからか? そうなのか? 怖い。イケメン怖い。


「ふふっ、そんなに怯えなくても、彼氏持ちの女の子に手を出したりしませんよ」

 そんな俺のドン引きが伝わったのか、一真さんは可笑しそうに笑った。


「それじゃあ、なんで私をデートに誘うんです?」

「デートというか、せっかくなのでどっか遊びに行きませんか、というだけなんですけどね? すばるさんは今まで僕の周りにいなかったタイプの人なので、ちょっと興味があるんです」


 俺が訝しげに尋ねれば、事も無げに一真さんは答える。

 なんだこの余裕は……俺は女子からこんな警戒された感じで対応されたら即効で心が折れる自信があるというのに。


「……衝撃的なメイクのビフォーアフターとかですか?」

「まあそれもありますけどね」

 機嫌を悪くした風を装って言えば、一真さんはまた楽しそうに笑っていた。


 何が楽しいのかわからない。

 というか、この人のメンタルはどうなっているんだ。

 鋼の心でも持っているのであろうか。


「それで、夕方の待ち合わせというのは、何時にどこへ集合ですか? 少なくともその時間までには切り上げないといけませんし」


 もうデートは決定事項なのか、とも思ったが、実際六時までは暇であるし、一真さんに思惑があるとして、何をしたいのかも気になったので、俺は素直に優司と優奈との待ち合わせの時間と場所を教えた。


 その後俺達は食事を済ますと、優司と優奈と待ち合わせをしている駅へと移動した。

 駅前にある大型のショッピングモールで色んな店をしばらく見て回り、歩き疲れてくると休憩に目に付いた喫茶店に入った。


「それにしても、顔はともかく、髪位地毛にしたら、すっぴんでも別人に間違われる事も減るんじゃないですか?」

 席に案内され、荷物も降ろして注文も済ませ一息ついていると、一真さんがしげしげと俺を見て尋ねてきた。

 その疑問はわからないでもない。


「嫌ですよ。どう足掻いてもすっぴんとの差がありすぎる。むしろそれなら別人と思われていた方がマシです。それに、長い髪の手入れって、結構面倒なんですよ?」


 しかし、俺も何も考えずただウィンドウショッピングに興じていた訳ではない。

 予想される質問に対しては、それなりにもっともらしい答えを用意してある。

 若干俺の考えた理想の女子のイメージから外れてしまうが、こうなってしまってはどうしようもない。


 俺は怪しまれない程度に砕けた、すっぴんの自分に自信の持てない化粧美人女子という設定を作り上げた。

 自分の考える可愛い女子を演じる女子を演じる俺、もはや訳がわからないが、この場を乗り切るには、こうするしかない。


「ああ、ものぐさな割に完璧を求めるタイプなんですね」

 妙に納得した様子で一真さんが相槌を打つ。

 美少女の仮面を被った男顔の少女、その下に更に実は本当に男という仮面がある訳だが、ここまで来ると、逆にそこまでは思い至らないだろう。


「でも、この姿は可愛いでしょう?」

「嘘の塊ですけどね」

 わざと可愛い子ぶってウインクをしてみれば、優しい笑顔で一真さんは割と鋭い言葉のナイフを刺してきた。


「だけどこの嘘、結構人気なんですよ?」

 ちょっとムッとして睨みながら返せば、なぜか一真さんは上機嫌そうに笑った。


「完璧よりも、ちょっと欠点がある方が愛嬌があって僕は可愛いと思いますけどね」

 ハイ、出ました! 世の綺麗事ベスト10には必ず入ってそうな言葉!

 思わず俺は心の中で野次を飛ばした。


 席に運ばれてきたホットコーヒーと紅茶を受け取り、コーヒーを一真さんに渡した後、ミルクを紅茶に入れる。

 澄んだ琥珀色がクリームブラウンに変わるまで紅茶をスプーンでかき混ぜながら、俺は小さく息をついた。


「それはあくまでその欠点が致命傷にならない場合に限るんですよ」


 そう、世の中に氾濫している、欠点も逆に魅力になるなんて甘言を信じてはならない。


 好きな人は好き、なんて言っても、それは基本的に少数派であり、更にイケメンに限るとか、美人に限るとかいう条件が付いている。


 俺は知っている、結局身長の小さい男より背の高い男の方が、そして何より男女問わず不細工よりも美人の方が圧倒的にモテるという事実を。


 俺は今までの人生で女の格好以外でモテた事なんて一度も無い。

 それは俺が地味であるのに対してすばるが華があって可愛いからだ。

 結局すばるの人気だって所詮は顔によるものだ。


「そうですか? 僕はまだ十分可愛い範囲だと思いますけどね」

「メイク前と後で人の態度が違いすぎて人間不信になるレベルなので、そんな言葉には騙されませんよ」

 ニコニコした顔で尚も綺麗ごとを並べる一真さんに、負けじと俺は返す。


 基本的にメイク前とは別人として扱われているし、女と男なので反応が全く違うのは当たり前なのだが、すばるの水準で考えれば、俺はもっと素の状態でもモテているはずである。


「……すばるさんの彼氏はこの事を知っているんですか?」

「………………」

 なぜか急に恋人の話題をふられ、思わず俺は言葉に詰まってしまった。


 もし一真さんが誰かの差し金だった場合、どう返したものかと考えていると、一真さんは勝手に納得したようで、言葉を続けた。

「仮に素顔を見せて、それで態度が変わるような男なら、その程度なのだと思いますよ」


「……彼は、そんな人じゃありませんよ」

 返事をしながら、ああ、やっぱり稲葉と俺を別れさせる事が目的の人かと、この人の正体がなんとなくわかった気がした。


「僕はすっぴんのすばるさんも可愛いと思いますけどね」

「一真さんは私と彼を別れさせたいんです?」

 お前の魂胆はお見通しだぜ! と、心の中で啖呵を切りつつ、目の前に座る一真さんを見る。


「そんなつもりはありませんよ……そうですね、でももし、すばるさんが彼氏に素顔を見せて別れる事になってしまったその時は、責任とって新しい彼氏に立候補しようと思います」


 世の女子はこの優しげな笑顔に引っかかるんだろうなーなんて思いつつ俺は、

「ふふっ、一真さんたら嘘ばっかり」

 と、一真さんに対抗して妙に余裕たっぷりの笑みを浮かべて言った。


「ああ、やっと笑いましたね」

 直後、恋愛物の話では使い古されたような台詞で返され、俺が妙な敗北感を味わったのは秘密だ。

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