第27話 俺、逃げ切れるかな……

「あれ、でも優司、最近オリジナルの漫画ピクシブで連載してなかったっけ?」

 空がうっすら白み始め、話もひと段落し、そろそろ俺も部屋に戻ろうかとなった時、ふと俺は呟いた。

 それは無意識にポロッとこぼれた言葉だった。


 さっきの優司の話だと、中学以来オリジナルの作品は描いていないような言い方だったが、確か優司は最近ピクシブの方でオリジナルの話を連載し始めて、しかも結構人気が出ていたはずだ。


「え、何で知ってるの」

「いや、前に朝倉から面白いって勧められたんだよ。まさか作者のU.G.ユージー先生が優司だとは思わなかったが」

 驚いたように目を見開く優司に、慌ててすばるから聞いたことにする。


「え、すばるさんが?」

「かなり気に入るみたいだったな。アクセス数もかなりいってたし、話数も溜まってきてるし、そっちの本は出さないのか?」

 なんとかごまかせた事にホッとしつつ、優司に疑問をぶつけてみる。


「……実は、最近出版社のやってるウェブ漫画誌で連載しないかって話が来てる。人気でたら単行本にもなるって」

 優司は少し言うか迷ったような素振りを見せた後、気恥ずかしそうに教えてくれた。

 今度は俺が驚く番だった。


「すごいじゃんか! 既にピクシブの方だとけっこう人気だし、単行本が発売されれば、全国の本屋に本が並ぶんだよな?」

「一応そうみたいだけど、まだそうなると決まった訳じゃないから……」

 興奮気味に話す俺を優司が宥める。


「そうなのか。俺もどろヌマ読んだけど面白かったよ、特にミーアの下衆具合とマチルダとの絶望的に噛み合ってないコミュニケーションとかな」


 『どろどろスライム、ヌメヌメボディでマチルダを狙う』通称どろヌマは、森に一人暮らす魔女マチルダがある日きまぐれに、その辺にいたスライム、にミーアと名づけて飼い始めるところから始まるファンタジー作品だ。


 しかし、ミーアと名付けられたスライムは、行動も思考も色ボケした下衆なのだ。

 だが、お互いの種族間で言葉が通じない事もあってか、偶然が重なりミーアのセクハラが全てマチルダへの忠節によるものと誤解されていくギャグ漫画だ。

 ちなみにヒロインのマチルダは母性と慈愛に溢れた、ぐうの音も出ない程の聖人である。


「ありがとう。まあ、これもすばるさんのおかげなんだ」

「ん?」

 少し照れたように優司が言う。


 どういうことかと優司に尋ねて、そこで発覚した事実。

 ヒロインのモデルは朝倉すばる。


 優司のすばるに対する悶々とした思いとか願望とか妄想に着想を得て作られたキャラクターが、マチルダであり、その彼女を愛でるために描かれた作品がどろヌマらしい。


 つまり、優司の中では朝倉すばるの人物像は、とんでもない人格者になっている可能性がある訳だが、俺としては全くそんな風に振舞った気は……しないでもない。


 確かに女装するに当たってそれなりの設定を考えて、結構演じていた部分もあったけれども!

 受け答えとか、俺の考えた最高に可愛いor好感を持たれそうな内容を積極的に話していたけれども!

 ……誰だって他人からは良く思われたいものだと思う。


「ええっと、あんまり三次元の人間に理想を抱き過ぎると、いざ現実を目の当たりにした時に、すごくがっかりすることがあるから……その、程々にな?」

 俺はそうとしか言えなかった。


 優司の中で女装した姿の俺が美化されすぎていて、もし正体が俺だってバレたら、マジで殺されるんじゃないかこれ、と、思わずにはいられない。


「でも、すばるさんの事だったら、大抵の事は受け入れられる気がする」

 真顔で優司が言うが、それは朝倉すばるがお前の思っているような人間である場合だろうと俺は内心つっこむ。


「じゃあ、例えばとんでもない借金を抱えてたとしたら?」

「僕も一緒に返済する」

 即答した優司に、俺は将来、悪い女に引っかかって金を巻き上げられないか心配になった。


「実はとんでもない飲んだくれのギャンブル狂いだったら?」

「それなら、僕が側に付いていて支えてあげないと駄目な気がする」

 なんかろくでなしの男に尽くす女みたいな事を言い出した。


「……ものすごい浮気性」

「そのうち僕だけ見てもらえるように頑張る」

 優司のまっすぐな眼差しが痛い。


「本当は、女じゃなくて男だったとか……」

「なら、僕が稼いで手術費用を……」

 本人が女になりたいこと確定か!

 いや、普通にあんな格好して過ごしているのならそうとしか思えないけども。


 優司よ、今はそう言って、本当に心から思っているのかもしれないが、実際にその朝倉すばるの正体が今目の前に座ってる俺だと知ったら、流石にそうは言えないと思うぞ。

 と、俺は、心の中で呟いた。


「兄さん、もしかして、何か知ってるの……?」

「例え話だって言ったろ? さて、俺もそろそろ部屋に戻るかな」

 気が付くと、話がまずい方へ向かい出したので、俺は慌てて部屋に戻ろうとした。


「待って、兄さん何かすばるさんの事で僕に隠してる事あるんじゃない?」

 しかし、あっさりと優司に腕を掴まれ阻止される。


 振り向けば、優司の目がヤバかった。

 人を二、三人葬ってきたような目をしている。

 俺と優司では身長差が結構あることもあり、至近距離で見下ろされる形になった俺は完全に蛇に睨まれた蛙状態であった。


「ソ、ソンナコトナイヨ」

「……あるんだね」

 平静を装って答えたつもりが、出たのは明らかに動揺して棒読みにな声だった。

 当然そんな返答で優司からの疑惑が晴れるはずも無く、逆にクロ判定を下されてしまった。


 まずい、これはもう適当な答えでは納得してもらえそうも無い。

 かといって、これ以上面倒な設定を付け足しても後々苦しくなる。

 だが、正直に真実を話せば、その瞬間に色んな物が終わるのは確実。


「……優司、仮にそうだとして、聞かれたからといって簡単に人の秘密を誰かにほいほい教えるのは人としてどうかと思うんだ」

 そして俺が選んだ答えは、もっともらしい理由を付けて回答を拒否する事だった。


「……それもそうだね」

 しばらく間が会った後、優司は大人しく俺の腕を掴んでいた手を離してくれた。

 よし、なんとか切り抜けた!


 そう思ったのも束の間、俺は次の優司の言葉に愕然とする。


「すばるさん本人から聞かせてもらえるようになればいいだけだもんね」


 あれ、お前の中ですばるとあまり人に言えない秘密を打ち明けられるほど親密になる事は確定なの?

 どうやら、優司も優奈に負けず劣らず中々に重い愛を朝倉すばるに向けているようだ。



 俺、この二人から逃げ切れるかな……

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