第4章 年越しはカミングアウトと共に
第23話 神、かな
十二月三十一日、大晦日。
俺は久しぶりに実家に帰ってきた。
昼過ぎに家に帰れば、ドアを開けた瞬間になにやら美味しそうな匂いが漂ってきた。
居間を覗けば、優司と優奈がこたつに入ってテレビを見ながら栗きんとんの芋を濾したり、松前漬用だと思われるにんじんをスライスしたりしていた。
二人ともすぐに俺に気付いておかえりと迎えてくれた。
手は止めずに。
「お父さんお母さん、お兄ちゃん帰ってきたー」
優奈が奥の台所に向かって声を上げれば、台所からビーズカーテンをかき分けて、父さんと春子さんがひょっこりと顔を出した。
「おかえりなさい、将晴。お腹すいてない? 荷物置いて手を洗ったら何かつまめる物出そうか?」
「ただいま。昼は食べてきたからいいや」
「帰ってきたな、将晴。お前は煮物の飾り切りをやってもらうから、早く準備してこい」
「わかったよ、不器用な父さんには勤まらないもんな」
二人との会話もそこそこに、俺は二階の自分の部屋に荷物を置きに行く。
父さんは春子さんと結婚してから随分と変わった。
仕事は定時で帰ってくることが多くなった。
前までは台所に立つ姿なんて数えるくらいしか見たことなかったのに、春子さんにかまって欲しいのか休みの日は率先して家事の手伝いをするようになった。
以前は家事は基本俺がやっていたのだが、結婚してからは、受験生の俺に家事をさせるなんて! と、家事は春子さんや優司、優奈が率先してやってくれた。
たまに俺が家事をやると、食卓でやたら大げさに褒められた。
そのせいか、親父も時々家事を手伝うようになった。
俺に言わせれば、荒の方が目立ったのだが、春子さんはそれでも大いに親父を褒めた。
そして俺が同じことをやった時に親父が出来てなかった点もできている事を細かい所まで気が付くとやたら褒めた。
親父は負けじと家事に取り組むようになった。
まあ、俺がたまにやってたのは親父に家事を仕込みたかった春子さんにお駄賃を貰ってやっていたからだったのだが。
だだ、そのおかげで親父は家族と話す事も増えたし、今日みたいに皆でおせちを作るなんて時は、やたらと張り切る。
しかし不器用なのであまり細かい作業はさせてもらえない。
俺はブログで自炊した料理を公開したりするようになってからは、毎日のようにあれこれ工夫しながら料理を作っていたこともあり、料理の腕に関しては春子さんから随分と感心された。
父さんが結婚してから、それまで静かだった俺の家は、嘘みたいに明るくなった。
優奈以外はそこまで騒がしい訳でもないのだが、不思議な温かさというか、安心感がある。
俺がこの家で春子さんや優司や優奈達とも暮らしたのは実際には一年ちょっと位のはずなのに、なんだがもうずっとこうやって五人で暮らしてきたような気がする。
荷物を置いて手を洗ってから台所に行けば、春子さんに皮をむいて輪切りにされたにんじんとレンコンが入ったざるが渡された。
作業自体は去年やった事と同じだったので、ザルと切った物を入れる器と包丁を受け取ってこたつへと向かう。
大根をスライサーでおろしながら楽しそうに春子さんと話す親父と、煮物の鍋の様子を見つつ次の料理の仕込をしながらうんうんと話を聞いている春子さんのいる台所にそのまま留まる程、俺も野暮ではない。
こたつに向かえば、机の上一杯に道具や器を広げ、向かい合って作業していた優司と優奈が、俺のために少し道具を寄せて机の上にスペースを作ってくれた。
そのままテレビの正面の場所に座り、俺は作業に入った。
にんじんは型にはめて花形にした後、花びらの部分を立体的に切っていく。
れんこんは外側の穴に合わせて丸く切って花形にする。
余った部分はみじん切りにして別の料理に使う。
「ねえお兄ちゃん、さっき優司から聞いたんだけど、彼女いるの?」
栗きんとんを完成させたらしい優奈が、今度はきんぴら用のごぼうを刻みながら尋ねてくる。
「お、おう、まあな」
もはや本当はいないと言えない空気である。
「どうやって付き合うことになったの? どっちから告白した?」
優奈は目を輝かせて食いついてくる。
ここはまた稲葉の話を色々ぼかして答えてしまおう。
「付き合ってくれって言ってきたのは向こうかな……」
「なるほど、結構積極的な女の子なのね。その押しの強さにやられちゃった感じ?」
興味津々という様子で優奈が食いついてくる。
「いや、なんか相手が困ってたのを助けたらそのまま成り行きで」
「成り行き!?」
「ストーカーになってた元婚約者を追い払ったらしいよ」
成り行きってなんだと俺に聞き返す優奈に、優司が補足を入れる。
「なにそれかっこいい……でも、それじゃああんまり参考にはならないな」
優奈の言葉に俺の手が止まった。
これは、優奈の真意を探るいい機会かもしれない。
「参考って、まるで誰か付き合いたい相手がいるみたいな言い方だな」
「ん? んー、まーねー」
俺が尋ねれば、優奈は歯切れの悪い返事が返ってきた。
「ふーん、同じ学校の奴とかか?」
とりあえず俺は作業を続けながら、暇つぶしの会話を装いながら、ちょっとずつ優奈から話を聞いていく事にする。
「そういう訳ではないんだけど、趣味を通じて知り合った……みたいな?」
「へー、どんな奴?」
+プレアデス+っぽいなー、と思いながら質問を続ける。
「一言で言えば、神、かな」
「へ?」
突然優奈の声が艶っぽく、まるで思い出に浸るような物に変わり、思わず優奈の方を見れば、優奈はうっとりと、どこか恍惚とした表情を浮かべていた。
俺の視線に気付いた優奈はすぐにハッとしたような顔になって、
「ほら、お兄ちゃん、手が止まってるよ!」
なんて言いながら話題を変えてしまったので、その時はそれ以上話を聞くことが出来なかった。
しかし、優奈の恍惚とした表情に、あれ? これ結構ガチなやつじゃないのか? と俺が内心ちょっとしたパニックになったのは仕方の無い事だと思う。
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