第22話 プレゼントの意味

「将晴、お前にちょっとしたお願いがある」

 死んだ魚の目をしながら部屋へ上がりこもうとする稲葉を、俺はすんでのところで玄関で押しとどめる。

「なあ、その話、明日じゃ駄目か? 俺、もう寝たいんだが……」


 稲葉がこんな事を言ってくる時は、大抵碌な事が起こらない。

 一応話だけなら聞いてやってもいいような気はしたが、その時の俺は既に話を聞く気も起こらない程疲れ果てていた。


 しかし、稲葉は引かない。

 玄関のドアの隙間に足を入れ、畳み掛けるように言う。

「今面倒な話を聞いてそのまま寝るのと、明日の朝聞いて起きて早々げんなりするのどっちがいい? あと今晩泊めてくれ!」


 あまりの勢いに俺は折れた。

 もはやこの押し問答さえもめんど臭くなっていた。

「わかったよ、さっさと話してくれ。泊まるのは元々はお前の部屋なんだから好きにしろよ。まあベッドは俺が使わせてもらうが」


 俺の言葉を聞くなり、稲葉は勝手知ったるなんとやらで室内に上がると、寝室のクローゼットの奥から布団圧縮袋に入った布団を出して、さっさと敷きだした。


 この部屋に予備の布団があるなんて俺は知らなかった。

 どうやら、その気になればいつでも稲葉は俺の部屋に泊まることができるようだ。

 

「将晴、お前のスマホに付けてたストラップ、写真撮らせてくれないか。あとパッケージとか残ってたらそれも。同じの買うから」

 敷いた布団の上に正座して稲葉が真剣な顔で俺を見る。

 釣られて俺も稲葉の前に腰を下ろす。


「……何があった?」

 何かが変だ。

 稲葉の口ぶりでこいつの周りでまた何かがあったことを察した。


「実は、あの後お前のスマホに付いてたストラップを見た姉ちゃんが、お前が俺にそれと同じものをプレゼントしようとしていたのに、タイミングを逃したと思ったようでな、しかもその事について全く気付いていないらしい俺に業を煮やして今すぐお前の家に行ってストラップを受け取って来いと言われたという訳だ」


 俺は首を傾げた。

 なんであのストラップを持ってると、恋人という事になっている稲葉とお揃いで付けようとしている事になるんだ?

 いかにも二つで一つになるようなペアのストラップならいざ知らず、俺がスマホに付けていた物は、パッケージを見ても、それ単体で成立する物だったはずだ。


 俺の疑問を察したらしい稲葉は、やっぱりそれがどういう物か知らないで付けてたんだな。とため息をついた。

「そのストラップに付いてる石、ムーンストーンって言うんだが、意中の相手に贈ると両思いになれるとか、カップルお揃いで付ければ、二人の愛がより深まるって言われてるパワーストーンで、実際にご利益がすごいって噂が今広まってて、その石の付いたストラップは今大流行中なんだよ」


「え、これそんなに人気だったのか」

「あっちこっちで品切れ続出中だ。その様子だと、それはもらい物だな」

 稲葉の言葉に頷きつつ、ベッドの上に放り出していたスマホを手繰り寄せ、ストラップをまじまじと見る。


「良かったな、それをお前にくれた女の子、脈ありだぞ」

「それはないだろ。だってコレくれたの妹と弟だし」

「いや、なくはないだろ、妹と弟っていってもお前の所は連れ子同士で血も繋がってないし……ん? 妹はともかく、弟?」

 囃し立てるように言っていた稲葉が固まる。


「待て、弟の名誉のために言うと、コレは俺に贈られたものだが、正確には朝倉すばるに贈られたものだ。つまり……あれ?」

 ここで今度は俺が固まる。


「……二人からそれを?」

「正確には同じヤツを一つずつだな。もう一つは……ほら、ここに」

 しばしの沈黙の後、稲葉の質問に、俺はベッド横の引き出しから実物を見せる。


「それぞれ二人から渡されて、自分達がいない所で開けてくれって言われた」

「同じプレゼント、しかも全く同じデザインの物を選ぶなんて、流石双子だな」

 ははははは……、寝室に乾いた二人分の笑い声が響いた。


「なんとなく、こんなの好きそう、みたいな感じで見た目だで選んだだけで、特に深い意味なんて無い可能性はないだろうか」

 なんとなく目を逸らしながら稲葉にその可能性を問えば、


「将晴、お前は知らないかも知れないけど、こういう天然石を売ってる店って、石の効果や謂れを紹介した文を商品の周りにほぼ必ずおいてるぜ? 大体パワーストーン買う人間なんてその効果で石を選んでるだろうし、大流行中のムーンストーンを使った商品を、そんな何の石かも解らないような売り方はしないだろ……」

 と、随分詳しく稲葉が教えてくれた。


 言われてみれば、確かに俺が天然石を売っている店の店長売る側の人間なら、そんないかにも売れそうな商品は、人の目を引く所に置いて、ついでに説明文や購買意欲をそそるポップ等を付けたい所である。


「特にこのムーンストーン、中高生や若い女の子を中心に人気らしい」

 ダメ押しのように稲葉が付け加える。

 どうやら二人とも意図してこの石を朝倉すばるに贈ったと考える方が自然なようだ。


 弟がこのストラップをプレアデスに送ったのは、まあ理解できる。

 綺麗なお姉さんとお近づきになりたい。という年頃の少年としては健全とも言える思考だ。

 しかし、そうなると今度は妹が百合女子という事になるんだが。


 いや、美咲さんと一宮雨莉の例もあるのでそういう趣味の人間がいるというのは理解できるし、否定するつもりも無い。

 だから優奈の恋愛対象が女だからといってどうこう言うつもりもないし、もし将来恋人だと言って同性の相手を連れて来たところで、本人達がいいのであれば、俺は普通に応援する。


 だがそれが俺に向けられるとなると……というか、俺は男だし、女の子が好きな訳で、確かに優奈も可愛いけどもそもそもあいつも女としての俺が好きな訳で……。


 優司に関してはなんとなく気持ちは解らないでもないが、だからこそ、その思いを寄せていたお姉さんの正体が俺だとわかった場合のショックは計り知れないだろう。

 男。しかも兄である。


 というか、それは優奈に関しても同じな訳で、これバレたら現在奇跡的に円満な我が家の空気が一瞬にして凍りつくのが手に取るように解る。


 俺が勘当されるのは最悪いいとして、いや、全く良くないのだが、そのせいで優司や優奈が非行に走ったらどうしよう。

 多感な時期に、その後の人格形成に大きな打撃を与えかねないだろう。

 両親の仲にもヒビが入るかも知れない。


 ……うん、何が何でも朝倉すばるの正体は隠し通そう。

 そしてこの秘密は墓まで持っていこう。

 俺は胸に堅く誓った。

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