第16話 ねえよ!

 十二月某日、俺は女装した姿で稲葉と出かけた。

 SNSに上げたり美咲さんに送ったりする用の画像をストックしておくためだ。

 今日一日に撮った様々な写真を小分けにして放出していき、あたかも頻繁にデートしているように見せる作戦である。


「今日は、こんな感じの予定で行こうと思うので、よろしく頼む」

「ああ、こちらこそ……」

 俺達は、前日から寝ずに話し合って作ったスケジュール前に重いため息をついた。


 俺は先日、一宮雨莉から美咲さんを安心させるためにもっと惚気た内容をSNSに上げるなり美咲さんにメールするなりして美咲さんを安心させろと脅された。

 そして稲葉も同じように一宮雨莉からの脅迫と、美咲さんから俺との仲を心配するような電話やメールが何度か来たらしい。


 俺のSNSはコスプレメインの+プレアデス+のアカウントしかないし、美咲さんとの直接の連絡先も知らない。

 しかし俺が美咲さんと連絡先を交換すると、それはそれで一宮雨莉から睨まれそうなので、美咲さんへの報告やSNSの工作活動は稲葉に任せる事になった。


 俺はデートしている風の写真を稲葉と撮ったり、稲葉が考えた架空の惚気報告の内容を共有して美咲さんと会う際に口裏を合わせたりする事が主な仕事になる。


「本当は最初の紹介一回きりのはずだったのに、どうしてこうなった……」

 頭を抱えながら稲葉は言った。

 俺もまさか恋人のフリがここまで本格的な物になるとは思っていなかったが、一宮に俺の正体がバレた以上、奴の機嫌を損ねると最悪俺が死ぬ。

 少なくとも社会的に殺されるだけの材料は既に握られている。

 もう後には引けない。


 こうして俺たちは周りがカップルで溢れるスポットを野郎二人で、カップルのフリをして周り、幸せ一杯な体で写真を撮りまくるという、虚しい弾丸ツアーを行う事になった。

 これも俺達の保身のためだ。


 まず俺達がやって来たのは大学の近くの小洒落たカフェだった。

 料理やデザート、お互いの手を重ねた写真や大学の帰りに寄った風の写真を撮る。

 俺の手はそのままだと男の手なので、袖で手の甲まで覆ったり、可愛らしい付け爪を着けて、更に色調をいじる必要があるが。


 そんな調子で、俺達はその後も遊園地や噴水のある公園、庭園、美術館、等デートっぽい場所を次々に巡った。

 周りの幸せそうなカップルを見ると、なんで俺はこんな事しているんだろうという気もしたが、考えたら負けだ。


 気分を盛り上げるために無理やりはしゃいでみると、稲葉が、

「このままだと心が折れそうだから、せっかくだし今から最後の写真を撮り終えるまで、全力で幸せいっぱいのバカップルを演じてみないか?」

 と持ちかけてきた。


 最初のカフェで既に精神的に疲れていた俺は、半ば自棄でその提案に乗った。

 見た目的には今の俺達は普通の男女のカップルなのだ。

 いっそその方が自然かもしれない。


 中学時代、中二病設定になりきって遊んだ事をふと思い出す。

 そう言えばこいつと友達になったきっかけもそんなんだったなと思い出したが、それを言うと稲葉はまた変なうめき声を上げてもんどり打つのでやめておいた。


 場所を変える度、全て違う日に行った事にしたいので、その都度俺達は服を変えた。

 着替えはカート付きのバッグに詰めて、近場の空いているトイレでやった。


「よう、すばるん! 今日もめちゃくちゃ可愛いな」

「いーくんこそ、今日もとってもかっこいいよ」

 このごっこ遊びを始めた時、既に俺達は徹夜明けのうえ精神的にかなり参っていたのもあったのか、はたまた中二病の血が騒いだのか、後から思い出すと恥でしかない遊びを、俺達はかなりノリノリで楽しんだ。


 歩く時には恋人つなぎで手を繋ぎ、食事をする時は「あーん」なんて言いながら食べさせ合ったり、テンションが上がりまくっておそろいのペアリングを買って写真撮影をしたりもした。

 衣装変えは結構手間取ったが、写真はその場に行って撮るだけなので、作業自体はさくさく進んだ。


 そして日が落ちた頃、俺達はテレビや雑誌で紹介される、結構有名なイルミネーションの前で記念撮影をし、無事スケジュールの内容を完遂した。


「やった……ついに俺達はやり遂げたんだ……!」

「ああ、これでしばらくは大丈夫なはずだ!」

 感極まった俺達は、イルミネーションの前で抱き合った。

 それは恋愛的な意味ではなく、戦友同士が互いの健闘を讃え合うものだった。


 しかしその翌日、稲葉は沈痛な面持ちで俺の家にやって来た。

「同じゼミの子で、最近ちょっといい感じだった子がいたんだけど、昨日のアレ、たまたま見てたらしい……」

 部屋の隅で体育館座りをして壁にもたれ掛かりながら稲葉が愚痴る。


「ま、まあ、どの場面を見られたかによるんじゃないか?」

「ペアリングを買って写真撮影した後いちゃいちゃしてる所を見たみたいなんだ……」

 なんとか励まそうと俺が声をかければ、稲葉はいよいよ膝に顔を埋めながらすすり泣く。


 ペアリングを買った後……俺は昨日、深夜のテンションを引きずりながら自分が言った台詞を思いだす。

「可愛い~ありがとういーくん、大事にするね」

「これからも、ずっとずっとず~っと一緒なんだからね」

「いーくん、どれくらい私のことが好き? 私はね、これくらい! ぎゅ~!!」


 ……そういえば最後のは言いながら俺が稲葉に抱きついたら、稲葉も負けじと抱きしめてきたなぁ、と他人事のように思い出す。

 うん、言い逃れのしようが無いな。

 その女の子の事は残念だがもう諦める他あるまい。


「……なあ、将晴」

「なんだよ」

「近々、女になる予定とかない?」

「ねえよ!」


 部屋の隅で灰になっている稲葉の提案を一蹴しつつ、ちょうど夕時だったので適当にありあわせの材料で夕食を二人分作る。

 高校時代にブログがきっかけで自炊を始めたが、今ではすっかりそれも板についてしまった。


「……うまい」

「そりゃどうも」

「お前ならきっといい嫁さんになれるよ」

「今のお前に言われると洒落にならないからやめてくれ」


 夕食を食べながら向かいに座る稲葉の顔を見れば、目が死んでいた。

 彼女にふられたことがショックだったのかと尋ねれば、それもあるが、その女の子から大学の知り合いに稲葉に熱愛中の彼女がいるらしいと広まって、大学での彼女探しが困難になってしまったらしい。


 俺は大学だけが出会いの場じゃないさ、というありがちな励ましかかできなかった。

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