第13話 悪魔のような女

 それから俺達は何事もなかったかのように飲み食いし、しばらくすると稲葉と美咲さんは姉弟揃って酔いつぶれてしまった。

「仲直りに飲み比べって、なんでその二つが結びついたんでしょうね」

「咲りん的には、潰れたのを優しく介抱してあげて、仲直りーってやりたかったんじゃないかな~」

 潰れた二人を机の横のスペースに、座布団を枕にして横たえる。


「それにしても、雨莉さんはさっきから結構飲んでるはずなのに、全然顔色変わりませんね~」

 この面子のペースに合わせると確実に潰されると早々に判断した俺は、泥酔してうっかりボロを出さないよう途中から水しか飲んでいない。

 一方、一宮雨莉の方は、今まで相当な量を飲んでいるはずなのに、顔色一つ変えていない。


「そうですね、お酒は人よりちょっと強いかもしれな……ウプッ」

 言いかけた直後、一宮雨莉は口を押さえて青い顔をした。

 顔に出ていないだけで実は相当酒が回っていたようだ。


「だ、大丈夫ですか!?」

 ただならぬ様子に駆け寄れば、一宮雨莉は口を押さえていない方の手で、力強く俺の腕を掴んだ。

 身体を起しているのも相当しんどいらしい。


 このままではかなりの高確率で俺の服に吐瀉物としゃぶつをぶちまけられそうだったので、慌てて俺は一宮雨莉に肩を貸して女子トイレまで引きずって行った。

 流石に女装しているとはいえ、女子トイレに入るのはためらわれたが、今にも吐きそうな一宮雨莉のことを考えれば、そうも言っていられなかった。


 幸いトイレの中は他に人はいないようで、俺は一番手前にあるトイレの個室に一宮雨莉を引きずって行った。

 洋式便所の前に一宮雨莉を座らせ、もう大丈夫だと言った瞬間、事は起こった。


 さっきまで気持ち悪そうにうずくまっていた一宮雨莉は、急に立ち上がったかと思うと、素早い動作で個室のドアと鍵を閉め、俺を突き飛ばして洋式便所の上に座らせたかと思うと、一気に俺のスカートをたくし上げ、下に履いていたパンストごと俺の下着をずり下ろした。


 突然の事で俺は一瞬何が起こったのか理解できなかった。


「完全につるぺたって言うから、もしかしたらと思ったけど、男の子だったかぁ」

 先程の気持ち悪そうな様子など無かったかのように、一宮雨莉は俺を見下ろして笑う。


「髪は……へえ、最近のウィッグって地肌まで再現してるのね、地毛だと思ったわ。付け睫毛って、結構印象変わるわよね」

 状況に理解が追いつかず固まる俺を他所に、一宮雨莉は俺の膝の上に跨って、俺のウィッグや化粧を取り除いていく。


 付け睫毛を外された辺りでやっと状況を理解し、慌てて抵抗しようとした俺だったが、

「今ここで私が大きな声を出したら、困るのは誰かしら?」

 という言葉に、力をなくした。


 女子トイレで下半身を露出してる女装した男が、個室に若い女を連れ込んでいる。

 この時点で通報される用件を十分満たしている上、ワイドショーのネタにされてもおかしくはない。

 下手すると実名報道されてその後の人生が完全に詰むかもしれない。


 しかし、俺のナニは大きくなるどころか、完全に縮こまっていた。


「良い子ね。カラーコンタクトを私が勝手に外すのは流石に危ないから、自分で外しなさいな」

 一宮雨莉は、大人しくなった俺をみると満足そうに頭を撫でて、カラーコンタクトを外すように言ってきた。

 既にこの時、俺に残された選択肢は、自分でカラーコンタクト外すか、一宮雨莉に勝手に外されるか位しか無かった。


「……ウィッグと付け睫毛を取った辺りから、もしかしたらとは思っていたけれど、久しぶりね、鈴村君」

 生来、三白眼の俺は、カラーコンタクトで黒目を大きくすると、それだけで印象がガラリと変わる。

 逆に、ウィッグも付け睫毛も取られた今の状態でコンタクトを外すと、完全に俺だ。


「まさか鈴村君がすばるちゃんだったなんてね、大方、稲葉に女避けのために頼まれたのでしょうけど」

 一宮雨莉は愉快そうに俺の首に両手を回す。

 最悪だ。よりにもよって一番正体を知られたくない相手にバレてしまった。

 だが、最悪な事態は更に続く。


「コスモ☆クラフトの+プレアデス+って、結構有名だって知ってた?」

 一宮雨莉の言葉に、心臓が跳ねた。

「鈴村君とすばるちゃんは全然似てないけど、+プレアデス+とすばるちゃんだったら、結構似てるわよね」 


 コスプレの方もバレている。

「意外だなー、鈴村君って大人しそうだったのに、高校の頃からこんなことやってたんだ」

 そう言って一宮雨莉が取り出したスマホに写し出されていたのは高校時代、俺が初めてブログに掲載したコスプレ写真だった。

 この分だとブログもSNSも調べられているのだろう。


「一宮、この事は……」

「もちろん誰にも言わないわ。私はね、基本的に私と咲りんさえ幸せなら、他の事なんてどうでも良いの。今回もあなたが咲りんに随分気に入られているようだったから釘を刺しとこうと思っただけだし」

 引きつった声で、何とか俺が声を絞り出せば、一宮雨莉は俺の頬を撫でながら慈愛に満ちた顔で、腹黒い発言をした。

 もし、相手が女の子だったら雨莉の言葉で泣いちゃうんじゃないだろうか。

 それくらい言外にどす黒さが滲み出てる。


「高校時代から相変わらずブレないな……」

「褒め言葉として受け取っておくわ。だからね、鈴村君、私はあなたが何者だろうとそれをとやかく言うつもりはないけれど、私と咲りんの仲を引き裂くような事があったらその時は、社会的にも精神的にも肉体的にも最大限の苦痛を与えて殺すつもりだから、よろしくね」

 何こいつ。可愛い顔して超恐い。

 そう思ったが、それも高校時代から変わらぬ一宮雨莉の特徴であった。


「そんなに怯えた顔しないで、別にそれさえ守ってくれれば、私はあなたと仲良くしたいと思っているわ。女の子のフリをする手伝いをしてあげてもいいし、もし稲葉の事が好きだと言うのなら、応援してあげる。仲良くしましょう、すばるちゃん」

 いや怯えるよ。笑顔で俺の頭を撫でる一宮雨莉に、俺は心の中でつっこんだ。

 口に出して言う勇気はなかった。


 結局、その後俺は、一宮雨莉に荷物を持ってきてもらい、身なりを整えたが、コンタクトはあれ一組しか持ってきていなかったので、その日は稲葉達とは顔を合わせず、メールだけ稲葉に送ってそのまま帰る事にした。

 その時に一宮雨莉と連絡先も交換したが、美人と連絡先を交換してこれ程までに絶望的な気分になることがあるなんて、知らなかったし、知りたくなかった。


 帰りは一宮雨莉にタクシーチケットを渡されてそれで帰る事になった。

 一宮雨莉は美咲さんから束で貰っているらしい。


 そのままタクシーで帰宅した俺は、風呂に入り、いつものスキンケアをし、ベッドに潜り込んだ。

 しかし、ずっと一宮雨莉との出来事が頭の中を駆け巡って全く心が落ち着かないし寝付けなかった。


 落ち着かない頭で、女装なんてしていたから、一宮雨莉に弱みを握られてしまったのだ、なんて考えたりもしたが、一宮雨莉なら、仮に俺が女でも何かしら弱みを握ろうとしただろうなとも思える。


 稲葉の恋人として美咲さんに紹介され、気に入られた時点で既にこうなる事は決まっていたのかもしれない。

 俺は心の底から稲葉に恋人のフリをしてくれないかと頼まれたあの日に戻って、軽率に了承してしまった自分を引っ叩いて考え直せと叫びたかった。

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