第12話 ちょっとお食事

 季節は秋を通り過ぎ、気付けばもう十二月になった。


 しずくちゃんは俺のツイッターのフォロワーとなり、俺のツイッターは稲葉のアカウント共々監視されているらしい。

 度々付き合っているのにツイッターで公言しないのか、等のつっこみをダイレクトメッセージで送ってくるようになった。


 とりあえず、稲葉のアカウントはともかく、俺のアカウントは趣味メインでフォロワー数も多く、不特定多数の人間が見ているのであまりプライベートは晒したくないと返事を出しておいた。

 というか、そんなことしたら絶対ややこしい事になるので避けたかった。


 稲葉的にも俺と付き合っていますと公言すると色々と差し支えあるので避けたいはずだ。

 +プレアデス+と稲葉が付き合ってるなんてことが広がってしまえば、稲葉も彼女を作りにくいだろう。

 現在、俺と稲葉は、早く稲葉に本当の彼女ができて俺達のこの恋人のフリが終わる事を、強く望んでいる。


 ところが、稲葉の彼女として紹介された朝倉すばるという女は、困った事に随分と美咲さんに気に入られてしまった。


 稲葉の両親も歓迎ムードで、しばらくは稲葉に彼女ができても、迂闊に俺と別れたなんて言えない空気である。


 美咲さんは事あるごとに稲葉に彼女を連れて遊びに来いだとか、食事に行こうと言ってくるそうだ。

 できるだけ稲葉がそれらしい理由をつけて断ってくれているが、それでも結婚を前提に付き合っている彼女としている以上、たまには美咲さんの所に顔を出さなければいけないだろう。


 そして今日、俺達はとある料亭にやってきていた。

 俺と稲葉、美咲さんと一宮雨莉でちょっと食事でも、と呼び出されたのである。

「なあ稲葉、ちょっと食事でも、って話だったよな……」


 約束の日、言われた時間と場所に行けば、そこは豪華な純和風の、明らかに高そうな料亭だった。

 店の名前を俺が二度見している間に、稲葉は店の人と何やら親しげに話していた。


 そうして通された部屋は、明らかに豪華というか、お高そうな感じだった。

 ここ、重要な商談とかお見合いとかするような所じゃないのか。

 障子の向こうに見える庭園の池には高そうな鯉が泳いでるし、どこからともなく鹿威しししおどしの音が聞こえる。


 ちょっと食事ってレベルじゃないぞこれ、と稲葉に言えば、

「金の事なら気にしなくて良いし、姉ちゃんの感覚ではコレは普通だから、慣れてくれ」

 と返された。金持ちめ。


 少ししてから美咲さんと一宮雨莉も到着し、しばらくは酒も飲みつつ世間話をしていたが、美咲さんはふと思い出したように言った。

「そうそう、我が家では毎年二十四日にクリスマスパーティーを開いているのだけれど」

「悪い姉ちゃん、今年のクリスマスはすばると二人きりで過ごしたいんだ」

「そう、ならパーティーは二十五日にしましょう。今年の我が家のクリスマスパーティは、すばるちゃんも是非来てね」

「……」

 稲葉が先手を打ってクリスマスパーティーの誘いを阻止しようとしたようだが、あっさりそれは美咲さんにかわされた。


 当初は紹介してそれで終わりのはずが、予想外に家族との付き合いを求められて、稲葉はその後ろめたさからか、あまり俺に家族との付き合いをさせないようにと配慮してくれているようだ。


 だが、正直俺は結婚相手として紹介されるということは、薄々こうなるんじゃないかとも思っていた。

 それに、彼女としてしばらくの家族付き合いを勘定に入れるとしても、既に俺個人だったら絶対借りられないような良い部屋を光熱費も家賃も無しで大学在学中は好きにして良いと渡されているので、報酬としては十分だと思っている。


「まあ、私もお邪魔して良いんですか?」

「もちろんよ。すばるちゃんもそのうち私達の家族になるんですもの。すばるちゃんが来てくれたら、とても嬉しいわ」

「ふふっ、じゃあお言葉に甘えて二十五日は私も参加させていただきますね」

 むしろどうせ俺も恋人との予定も無いので、それならほぼ確実に俺が普段食べられないようなご馳走が並ぶであろう小林家のクリスマスパーティーに参加するというのも、全くもってやぶさかではない。


 その後も四人でワイワイとくだらない話をしながら盛り上がり、比較的平和だった。

 そう、あの時までは。


「ただいま~」

「ひゃっ」

 一度トイレに立った美咲さんが、戻ってくるなりいきなり背後から俺の胸を揉んだのだ。

 俺が出口側のちょうど良い位置に座っていたというのもあったのかもしれない。


 美咲さんはしばらく俺の胸をまさぐっていたが、

「ん~? これは……」

 と呟いた瞬間俺は完全に悟った。

 これ、偽乳だってバレてる。


 そもそも、女であると同時にその性癖から他の女の子の胸を触る機会も多いであろう美咲さんが、本物の胸と市販のブラに綿の入ったボールを入れただけの偽乳の区別が付かない訳が無い。

 ヤバイ、女装だってバレる……!


 俺が完全に硬直していると、すぐ横でドンッと、強く机を叩く音がした。

 稲葉だった。

「貧乳で何が悪い!!!」

 その場の空気が凍った。


「確かにすばるは男と見まごうばかりの貧乳だけどな、俺はそんなすばるが好きなんだ! むしろそれを気にして普段から胸に詰め物までして隠そうとしてる姿なんて、いじましくて可愛いじゃないか!」

「……」

「女の価値は胸じゃない! たとえまな板でも、それを補って余りある魅力がすばるにはあるんだ!」

「……いーくん、ちょっと正座しなさい」


 力強く、俺は貧乳に悩んでる女子であると稲葉は主張した。

 そして俺の偽乳は、貧乳を隠すためであるという説明はどうやら信じてもらえたようだ。

 なぜならこの場にいる女性陣が絶対零度の目で稲葉を見ている。


「あのね、胸の事は女の子にとっていーくんが思っている以上にデリケートな問題なの。すばるちゃんもそう。それにいーくんは、すばるちゃんがその事とても気にしていたのを知っていたのよね、それをそんな大声で……例え付き合ってても言って良いことと悪い事があるのよ……」

 さっきまでおちゃらけていた美咲さんが、完全にお説教モードに入った。

 その後稲葉は最終的に俺に土下座して謝るまで美咲さんに延々と諭すように叱られていた。


 後で稲葉から聞いた話だが、普段稲葉に対して大分甘い美咲さんだが、それでもこうやって本格的に叱る事があるらしい。

 それは主に稲葉が、他人に対して筋の通らない無礼を働いた時だそうだ。


 美咲さんは子供の頃から大人の世界にいたからか、相手の顔を立てるという事をとても大事にする人なのだそうだ。

 たぶんそんな人だから、恐ろしく奔放なのに不思議と多くの人から愛されるのだろう。

 そのこともあってか、稲葉も昔から、自分の周りの人間には敬意を払うようにと美咲さんから教えられてきたらしい。


 恐らく稲葉は、それを全部解ったうえで、こう言えばきっと美咲さんの注意が俺から離れて、偽乳の事に関しては深くつっこまないだろうと考えて、あえて自分が悪者になったのだろう。


 きっと稲葉のこういう当たり前に人のために動けるような所が、一部の女子の心に突き刺さり稲葉の高校時代をあんな昼ドラチックに彩ったのだろうな、と思うと、なんともいえない気分になった。

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