第2章 彼女(偽)の事情
第10話 小さな婚約者
実際に彼女を迎え撃つ準備をするにあたって、まず木下しずくという少女について語っておこうと思う。
木下しずく。現在高校一年生。某県に多数展開している木下マートの社長、
小学六年生、当時十二歳の頃に、高校一年生だった稲葉とお見合いをさせられる事になるが、二人の初めての出会いはもう少し昔に遡るらしい。
中学卒業後、付属高校に上がるまでの春休み、稲葉は祖父母の田舎に遊びに行っていたそうだ。
小さい頃から頻繁に祖父母の家に遊びに来ていた稲葉は勝手知ったるといった様子で近所の野山を駆け回って遊んでいた。
ある時、どこからか泣き声が聞こえてきて、気になって声のする方に行ってみれば、近所の川へ降りる木と土で固められた階段を下りた先に、泥だらけで泣いている女の子がいた。
話を聞いてみると、親戚の寄り合いで来たが周りに近い歳の子供もいなかったので、こっそり家を抜け出して辺りを探検していたら、階段から足を滑らせて転げ落ちてしまったらしかった。
親戚の名前を聞いたら知ってる家だったので、稲葉は階段から転げ落ちて足を痛めていたらしい彼女をおぶって送り届けたそうだ。
その彼女がしずくちゃんだったらしいのだが、本人はお見合いの席に呼び出されて再会した時も、すぐにはピンと来なかったらしい。
そう言えば後日祖父母の家に木下とか言う人が菓子折り持って御礼に来ていたような、というレベルだったようだ。
一方しずくちゃんの方はばっちり憶えていたようで、随分となついてくれたが、稲葉が思うに近所の親切なお兄さんレベルであり、それを周りの大人が利用しようとしているようにしか見えなかったそうだ。
その後親の差し金か、長期休みの度に稲葉の元にやってくるしずくちゃんに、貴重な青春時代を自分に浪費させてしまっているようで非常に心苦しかったそうだ。
と、ここまでが稲葉のしずくちゃんに対する見解だ。
そしてここから先は、俺からみたしずくちゃんについて語っていこうと思う。
俺が初めてしずくちゃんに会ったのは、高校一年生の夏休みの事だった。
初めて会った時、彼女は稲葉を連れ去ろうとしていた。
公園で小学生と思われる女の子が屈強な男達数人に囲まれていたら、まず何事かと思うだろう。
だから俺は近くの木陰からその一行の様子を伺って、様子がおかしかったらそのまま警察に通報しようと考えた。
しかしどうも様子がおかしい。
彼らは木陰でアイス片手にベンチに座った女の子を囲んでいた。
そして男達に囲まれた女の子は、どうやったら邪魔されずに確実に捕らえられるか、だとか、稲葉おにいちゃんとお泊り会だとか、既成事実とか言っていた。
稲葉という名前と、その独特なノリに俺は、あいつまた変な女子に付きまとわれているのか思った。
とりあえずその時は警察ではなく本人に報告したが、ちょうどその時稲葉は一宮雨莉と全力の隠れ鬼真っ最中だったらしく、
「今それどころじゃねぇ!」
と怒鳴られた。
後日、俺は稲葉に、今稲葉の家に遊びに来ている田舎の友達だと、コバンザメのように稲葉の後ろにくっついたしずくちゃんを紹介された。
稲葉はちょっと人見知りなのだと言っていたが、一方稲葉にくっついていたしずくちゃんの方は、稲葉との時間を邪魔するなとでも言いたげに不機嫌そうな顔で俺を見ていた。
それから度々稲葉と一緒にいるしずくちゃんを見かけたが、ある時、珍しく一人で行動していたしずくちゃんに話しかけられた。
曰く、稲葉に付きまとっているあの女はなんなのかとか、稲葉の姉がやたらスキンシップをとろうとしてくるだとかの愚痴が主だったが、どうやら彼女達の情報を俺から引き出したがっていたようだった。
俺が知ってる事を答えつつ、君は何者なのかと聞いたところ、しずくちゃんは稲葉の婚約者であると答えた。
昔将来を誓った仲だという幼馴染を知っていた俺はまたか、と思ったが、まさか高校在学中、更に自称フィアンセと、自称許婚が現れるとは思わなかった。
全く、どこのハーレムアニメの主人公であろうか。
それは置いておくとして、その時俺は、どうしてそんなに稲葉が好きなのかと尋ねた。
すると、稲葉は格好良くて優しくて頼りになるとなぜか自慢気に語られた。
ただ、しずくちゃんの語る稲葉があんまりにも完璧超人過ぎて、俺の知ってる稲葉とは別人のようだった。
少なくとも俺の目から見たしずくちゃんは、正真正銘、稲葉に恋する乙女で、稲葉の言う親愛の情よりも明らかに一歩踏み込んだもののように思える。
そして中々の行動派で、稲葉を狙うライバル達が現れるたびに身辺調査して、名前や住所、家族構成や親の職業まで洗い出して自分より年上の相手達を脅したりしていた。
もちろんその程度で怯む彼女達ではなかったが。
ただ、彼女の中の稲葉は理想化されている気がするので、彼女の恋心を冷ますにはその辺の理想を崩すのが効果的だろうと思う。
題して、『稲葉おにいちゃんはそんな事しないもん!』作戦である。
稲葉と認識の擦り合わせをし、今後の大まかな方針が決まった所で、俺はとりあえず自分の服を脱いだ。
「稲葉、とりあえずお前も脱げ」
「は!?」
この作戦には仕込みが必要だ。
今は道具も揃ってないので、まずは手近なもので試してみる。
一時間後、部屋には、コレはなかなか良いんじゃないか? と、密かにこの作戦を思いついた自分に賞賛を送っている俺と、あられもない姿で絶望している稲葉の姿があった。
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