第9話 可愛いじゃない!

 稲葉の考えた計画はこうだ。

 まず女装した俺を連れて稲葉が実家へ帰る。

 そして俺を結婚を前提に真剣に交際している彼女だと報告する。

 彼女ができたので今縁談が持ち上がっている何人かとの話もなかった事にしたいと話す。


 結果、稲葉の日常に平和が訪れる。


 という筋書きらしいが、そんなに上手くいくのなら、そもそもお前の高校時代はもっと平和なものになっていたはずだろうと俺は言いたい。


 そんな事を思いつつ、早速俺達は翌週の火曜日に菓子折りを持って稲葉の実家へ向かう事となった。

 なぜ火曜日かと言えば、単純に美咲さんの都合が良かったからだ。

 俺達は夏休み中だし、他の小林家の人間はそもそも働いていない。


 閑静な高級住宅街の一角にある、大きな一軒屋を見上げる。

 高校の時遊びに来て以来のその家は、相変わらず立派で、手入れが行き届いているようだった。


 玄関に入ると、いきなり仁王立ちした美咲さんと、少し後ろから心配そうにしている稲葉の両親が出迎えてくれた。

 立ち姿的にいきなり歓迎されてなさそうだな、と思いながら俺が頭を下げて美咲さんに挨拶をすると、美咲さんは俺を上から下まで見た。


「……あなた」

 わなわなした様子で美咲さんが俺の前にやってきて、何かまずい事をしたかと身を硬くしていると、力強く両手を握られ、

「めちゃくちゃ可愛いじゃない!」

 と、キラキラした瞳で言われた。


 久しぶりに会った美咲さんは相変わらず美人だったけれど、なんか、妙に色っぽいというか、俺が見たこと無い顔をしてた。

「すばるは俺の彼女だからな!」

 と稲葉は間に入って主張していた。


 応接間に通された俺はおもたせの東京銘菓と緑茶を出され、妙に上機嫌な美咲さんの質疑応答に終始することになった。

 質疑応答の内容は、誕生日や好きな食べ物、趣味から始まり、明日は何か予定はあるのか、バイトはしているか、恋人・結婚相手に求める事など聞かれたが、とりあえずこの場では当たり障りの無い回答をしておいた。


 俺と稲葉のアレな設定は色々考えてきたが、ドン引きさせるのは縁談が持ち上がっている相手だけでいい。

 というか、美咲さんには俺達の味方になって応援してもらった方が都合が良い。

 幸い今の所、美咲さんの俺に対する感じも悪くは無い。


 その後、俺は美咲さんに随分と気に入られたようで、あれよあれよという間に夕食をご馳走になり、更には泊まって行くようにと強く勧められた。

 俺も流石に悪いと断ったが、最初に明日の予定は特に無いと答えてしまったせいで是非泊まっていって欲しいと頼まれた。

 泊まる準備もしてきていないと言えば、全部こちらで用意するから大丈夫だと即答され、結局強く断れなかった。


 稲葉も色々止めようとしてくれてはいたが、先に言質を取られてしまった事もあって、のらりくらりとかわされている。


 まずい、このままではお泊りコースになってしまう。


 その場合、当然風呂に入ったり化粧を落として着替えたりするわけで……男の姿の方でも面識はあるし、流石にすっぴんで騙しきれる気はしない。


 どうしよう、そんな思いも込めて稲葉の方を見ると、稲葉は静かに携帯を持ちながら、なぜか悲壮な笑顔を向けて俺にサムズアップをしてきた。


 一体なんだっていうんだ。と思いながら首を傾げていると、玄関からガチャガチャという不穏な音が断続的にした。


 足音がこちらに近づいて来たかと思うと、

「こんばんわ~、稲葉の彼女にさきりんが浮気しないか監視に来ましたぁ~」

 どこか間の抜けた声が聞こえ、振り向くとそこには以前は稲葉に付きまとっていたが、なぜか現在は美咲さんとくっついたらしい稲葉の幼馴染がいた。


「わぁ、あなたが稲葉の彼女さんですね、私は咲りんの恋人の一宮雨莉いちみや あめりです。よろしくお願いしますね」


 ほわほわと柔らかい笑みを浮かべて俺と握手する一宮雨莉は、一見人畜無害な癒し系美女に見えるが、この見た目に騙されてはいけない。


 稲葉の高校生活がドラマティックになった六割方の原因はこいつだ。


 というか、一宮雨莉は今、どうやってこの部屋に入ってきた?

 なんで玄関からこの部屋に来るまでの途中の部屋に鍵がかかっているんだ?


 日も暮れているから、玄関の施錠はわかるとして、いつの間に玄関に続く扉の鍵を……

 しかし、深く考えると深淵を覗いてしまいそうな気がしたので、俺はその事について考えるのはやめた。


 一宮雨莉が良い具合に美咲さんを引き付けている内に、俺は稲葉とそそくさと部屋を後にした。

 高校時代は鬼か悪魔にしか見えなかった一宮雨莉が、その瞬間だけは救いの女神のように見えた。


「これで顔合わせも済んだし、何とかなるだろ」

「何言ってんだよ、本番はこれからだろ」

 帰り道、能天気な事を言い出した稲葉に溜息をついた。


「お前が使って良いって言ってた部屋、写真通りにもう家具とかは一通り揃ってるんだよな?」

「ああ、元々自分の部屋の延長みたいな感じで持ってた部屋の一つだしな」


 金持ちめ……と内心で悪態をつきつつ、俺はしずくちゃんが話を聞いて俺の事を調べに動き出すまでの時間を考えた。

 夏休みが終わるまでに行動を起してくれれば楽なのだが。


「とりあえず、今はしずくちゃんがどんな子なのかを分析してどうやったら効果的にドン引きさせるかを考えなきゃな」

「だから、なんでしずくちゃんをドン引きさせる必要があるんだよ、これで話はついただろ」

「ついてねーよ、まず相手方が了承してないし、しずくちゃんがそれで大人しく引き下がるとは思えない」


 結局、その日は今いちピンときていない様子の稲葉を引きずって稲葉が好きに使って良いと言っていた部屋で、稲葉に現状を説明する事から始めた。

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