【4/8書き下ろし】第46.5話 大切なのはコレです

 とある廃ビルで、俺は血の付いた凶器を持った女に追いかけられていた。

 その女を俺は知っている。


 一宮雨莉。


 友人の幼馴染で、高校時代のクラスメートだ。

 彼女が友人を刺殺した現場に遭遇したのが俺の運のつきだったのだろうか。


 開いていたエレベーターに乗り込み、慌てて『閉』ボタンを押す。

 しかし、エレベーターには俺一人しか乗っていないはずなのに、何故か重量オーバーのアナウンスと音が鳴る。


 早く出発しないと一宮雨莉が追いついてしまう。

 ピンポーン、ピンポーン……重量オーバーです……ピンポーン、ピンポーン……重量オーバーです……

 断続的に鳴り続けるアナウンスと呼び鈴のような音に焦りを感じる。


 ふと、視線を感じて上を見たら、エレベーターの上の四角い板が開いており、そこからはニタリと笑う一宮雨莉の顔が覗いていた。


 「うわあああああああああああ」


 自分の声で俺は目が覚めた。

 心臓が早鐘のようにドクドクと脈打っている。

 玄関の呼び鈴が鳴っている。


 ああ、重量オーバーのアナウンスと一緒に聞こえてきたのはあの音だ。

 ようやく俺はそれに気づいて、ちょっとむっとした。


 昨日、浅草のすき焼き屋に一真さんと行ったことで、一宮雨莉がうちに来たのがよほど堪えたのだろう。

 こんな悪夢を見るなんて。


 枕元の目覚まし時計を見たら、10時だ。

 ということは、また一真さんなのか。


 ドアスコープから外を見て確認する。

 やはり一真さんだった。


「何の用ですか」

 玄関に立った俺は、思いっきり不機嫌そうな顔と声で応対する。


「昨日の今日なので、朝ごはん作る気力もないかと思って朝食を誘いに来ました。そろそろ起きませんか」

 一真さんが爽やかな顔で笑う。

 朝食?どこかのモーニングサービスでも誘いに来たのか。


「生憎、外出したくないので、結構です」

 俺は外出するくらいなら、もう少し惰眠をむさぼるつもりだった。


 すると

「そのままでいいですよ。僕の部屋ですし」

 一真さんがニコニコ笑いながら、さらに誘う。


 何を言っているんだこいつは。

 怪訝な顔で一真さんを見れば、

「大丈夫、とって食いやしませんよ」

 と、笑顔で言われた。


「一真さんって料理できるんですか?」

「ええ、それなりに」

 あんまり生活感のない人なので、思わず尋ねれば、にっこりと一真さんは笑った。


 なるほど、どうやら料理には自信があるらしい。

 そこで俺はある妙案を思いついた。


 一真さんが自信満々で出してきた料理をボロクソに酷評してやったら、一真さんは自尊心が傷つけられて俺の事を嫌いになるかもしれない。


 そう考えた俺は、早速一真さんの申し出を了承した。

 十分後に一真さんの部屋に来るように言われたので、俺はひとまず顔を洗って寝巻きから部屋着のジャージに着替える事にした。


 玄関のドアを閉めて一息つく。

 昨日一日、一真さんは確かに宣言通り自分からは俺に全く触れようとはしなかったが、どうもあの人は何を考えているのかわからない所があるので、油断は禁物だ。


 第一、なんであの人は既に自分の正体がバレているのに俺に構いたがるのだろうか。

 コレじゃあまるで……と、考えた所で俺はその考えを否定した。


 いや、仮に一真さんが本当に俺を狙っているとしたら、ここまで自分のクズさ加減をぶっちゃけないだろう。

 だったらなぜ、と思い今までの一真さんの言動を思い出す。


「すばるさんは今まで僕の周りにいなかったタイプの人なので、ちょっと興味があるんです」

 そして、明らかに俺をからかって遊んでいると思われる言動の数々……

 うん、あれだ、あの野郎、完全に俺をおもちゃだと思ってやがる。


 普通、こんな事を考えるのは相手に失礼だと思うが、相手はあの一真さんだ。

 やりかねないというか、むしろ俺に構う理由がそれしか見つからない。


 そう思ったら、だんだんと腹が立ってきたので、俺はいかに一真さんの精神を抉るような言動で出て来た料理を酷評するかを悶々と考えた。


 十分後、俺は一真さんの部屋にいた。

 

 白いテーブルの上には、マカロニとオリーブとプチトマトと玉ねぎのみじん切りときゅうりとツナのサラダ?に半熟卵がのったやつとカップのコンソメスープ。

 初めて見る料理だ。


「ワンディッシュ、ワンスプーンで気軽にすましたかったので」

 さらりと一真さんが言った。


「卵を崩して、混ぜてからスプーンですくって食べてくださいね」

 一真さんに言われるまま食べてみる。


「おいしい……」

 思わず声が出ていた。

 あ、やばい。一真さんを喜ばせてしまった。

 慌てて顔を上げて一真さんの方を見る。


「ふふふ。すばるさんは素直ですね」

 一真さんは満足そうに笑っていた。

 ムカつく。


 でも、美味しさに負けて、俺は一真さんにレシピを聞いてしまった。

「これ、手が込んでますね。どうやって作ったんですか」

 

「簡単ですよ」

 一真さんはにっこり笑って、レシピを話した。


「最初に鍋にたっぷりの水を入れて沸かしている間に、玉ねぎのみじん切りときゅうりを刻んで水に晒すんですよ。 次にプチトマトとオリーブを半分に切ります。 この頃にはお湯が沸いてるので、マカロニを投入します。三分で煮える、ソースが絡みやすいマカロニを今日は使ってみました」


 すらすらと一真さんはレシピを話しだした。

 手馴れてやがる……。


 更に一真さんは続ける。

「その間にマグカップに卵を割り入れ、水をカップの半分くらいにして600Wのレンジで50秒加熱して、半熟の温泉卵もどきを作ります」


 え、温泉卵って、そんな簡単にできるのか。

 電子レンジの意外な活用法に俺は目から鱗だった。


「マカロニが煮えたらザルにとり水気を切ってボウルにいれ、オリーブオイルを絡めて、他の材料も水気を切って全部入れたらレモン汁とクレイジーソルトで味を調えるだけです。お皿に取り分けて真ん中に卵を乗せて出来上がりです。10分くらいで作れますよ」


 この人、なんでこんなに料理上手いんだよ……。


「10分で作ったんですか」

 つまり、俺に声をかけた後に作り出して、コレを完成させたのか。


 手際のよさに俺は驚いた。


「そうですよ」

「前にカフェでバイトでもしていたんですか」

「違いますよ」


「パトロンを泊めたとき、朝食を手早く作ったら僕の株が上がるでしょう?」


 爽やかな笑顔と正反対の下衆なことを一真さんは言い放った。



 朝食も終わり、洗い物くらいします、といったものの

「昨日のお詫びなんですから、すばるさんは座っててください」

 と、一真さんに言われ、俺は一真さんが淹れたドリップコーヒーから作ったカフェオレを飲む。

 くそぅ、美味しい。


「食器を洗ったら、インスタの使い方を教えますよ。今のうちに仕事用のスマホ取ってきて下さい」

 一真さんに促され、俺はすばるのスマホを取りにいく。


 どうやら一真さんは俺がスマホを二つ持っているのを、仕事用とプライベート用とに分けていると思っているようだ。

 それにしても、完全に一真さんのペースに乗せられている。


「仕事用として使うなら、スマホの連絡先とリンクして、連絡先から選ぶのが早いですよ」

 一真さんは俺に説明しながら、「+フォローする」ボタンをタップして、次々に緑色に変えていく。

 ちなみに、仕事用として渡したのはすばるの方だ。


「こっちが仕事用なんですか?」

 と、一真さんは不思議そうに尋ねてきたが、

「雨莉とは高校時代からの付き合いですし、元々は、プライベート用と趣味活動用に分けていた物なので……」

 と言って乗り切った。


「それにしても、どうして一真さんはインスタグラム詳しいんですか? そんなにやってそうな感じはしないんですけれど」

 俺が聞くとニッコリと一真さんが笑って答えた。


「大抵の流行っていたり、気になったSNSは登録してやってみるんですよ。出会いの場でもありますし、狙っている相手の情報収集もできるでしょ?」


 うわぁ……

 俺はドン引きすると同時に、妙に納得もした。

 そうだ。この人はそういう人だった。


「つまり、節操がないんですね」

 なんだかむかついてしまい、一真さんを煽ってしまう。


「失礼な、僕だって相手は選びますよ。僕にとっては、生まれも容姿も年齢も性別もあまり重要ではありません。大切なのは……コレです」

 心外だとでも言うように一真さんは胸に手を持って行き、お金のジェスチャーをする一真さん。


 いや、それは違うだろう。

 もはやこの人の人間性には期待していけないと、俺は思った。


「ところでいい加減ドア越しのやり取りが面倒なので連絡先を教えてくれませんか」

と一真さんに言われ、確かに毎回呼び鈴で起されるのもなぁ、と俺はすばるのスマホの方で連絡先を交換することにした。


「今度来る時は先に電話かライン入れてくださいね」

 そう言って、一真さんの部屋を出て自室に帰ってふと思った。


 あれ、なんか俺どんどん一真さんのペースに乗せられてないか?

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