第45話 何あいつ、超恐い!

 俺たちがマンションに着いたのは、夜の八時を回った頃だった。

 一宮雨莉が来るのは十時、つまり二時間弱の余裕がある。


 着替えたいからと、一真さんとは一旦別れ、九時半頃また俺の部屋に集合という事になった。

 一真さんに家の前まで送られ、静かに玄関のドアを閉めた俺は、その場に崩れ落ちた。


 なんでこんな事になってるんだよ……!!


 理由は簡単、一真さんの押しの強さに負けたからである。


 恐い。

 自分の流されやすさが一番恐い。


 とにかく、このまま一真さんを一宮雨莉に合わせて、俺が男であることがばれる事は避けたい。

 そもそも、一宮雨莉は俺が男である事を知っているので、本来は俺が男と浮気だなんだという疑い自体がお門違いだ。


 しかし、今までの一宮雨莉の言動を思い返してみれば、どうも俺が男に恋愛的な意味で興味があるという認識している気がしないでもない。


 言われた当初は冗談だと思い、受け流していたが、稲葉と本当に付き合えるよう手伝ってやろうかだとか、弟の優司と遭遇した時も、稲葉とは別の男がいるのか、と言うような事を言ってきた事もある。


 そして、ついさっき一宮雨莉から届いたメール。


『さっきの文面だけだと勘違いされそうだから補足しておくけど、私は別に鈴村君が新しく彼氏作ろうと反対はしないから。ただ、メルティードールの発表も近いし、咲りんには内緒にしておくにしても、今後の事を色々とすり合わせしたいの』


 要するに、現在俺は女のフリをして一真さんに近づき、あわよくば付き合おうとしている疑惑が一宮雨莉からかけられている。

 しかも、一宮雨莉はどうやら応援してくれるらしい。


 応援いらねえよ!


 対して一真さんは、俺が一真さんとデートしていたという事が一宮雨莉の耳に入り、俺が浮気しているらしいという疑惑を一宮雨莉に持たれ、これから修羅場が待ち受けていると思っているようである。


 どうすんだよコレ……というのが、今の俺の正直な感想だ。


 とにかく、九時半になる前に、なんとしても一宮雨莉に連絡を取って事情を話さなくては、そして、後日どんな代償を支払わされるかわからないが、今回は適当に口裏を合わせてもらって、この後の一真さんも交えた三者面談を乗り切らねば。


 そう決意し、思い切って一宮雨莉のスマホに電話をかけたが、繋がらない。

 それどころか、途中から電源を切られたらしく、アナウンスが流れ出した。


 一宮雨莉の方に何かしら電話に出られない理由があるのかもしれないが、こうなってしまうと留守電を入れることもできない。


 とにかく今は一宮雨莉が俺の家に来る前にメールをチェックしてくれる可能性にかけて、メールを送ることにする。


 伝えるべき事は、三つ。


 一真さんとは本当にただの友人で全くそういう関係ではないし、今後もそうなる予定は無い事。


 一真さんは、俺が一宮雨莉から浮気の疑いをかけられていると思い、誤解を解こうと十時からの俺と一宮雨莉の話し合いに同席する事。


 一真さんは俺のすっぴんを見たにもかかわらず、俺が男だとは気付いていないので、一真さんの前では俺は稲葉と付き合っている朝倉すばるという女である設定で動いて欲しいと言う事。


 これらを、できるだけ簡潔に書いて一宮雨莉にメールする。

 一宮雨莉が俺の家に来るまでにメールを読んでくれる事を祈りながら。


 これで今の俺にできる事はもう残されていない。


 一真さんと一宮雨莉なら、俺のメイク前の顔も知っているので、別に化粧を落としてしまっても問題ないだろうと思い、時間もあるので一度風呂に入ってしまうことにする。


 一宮雨莉が帰ったらすぐ寝れるようにというのもあるが、過去の一宮雨莉によるあれこれを思い出し、怯える気持ちを静める意味合いもある。


 ウィッグを外し、化粧を落とし、風呂に入って湯船に浸かり、部屋着に着替える。

 もちろん、+プレアデス+に似合うような可愛らしいものではなく、ごく普通のジャージだ。

 色々片付けや、来客用の準備をしていると、玄関の呼び鈴が鳴って、一真さんがやって来た。


 玄関から一真さんを迎え入れ、リビングへと向かう。

「一応、こちらからの言い訳は先にメールで送っておいたので、とりあえずは相手の反応待ちです。まあ一時間以上前に送ったのに全く反応が無い所を見ると、メールを見ているかどうかも怪しいですが」


 一真さんに適当に座るように言い、お茶を入れながら状況を説明する。

「それにしても、バレるタイミングが随分と早いと思いませんか?」

「確かに、偶然とはいえ恐い位ですね」


 俺が相槌を打てば、急に一真さんは真剣な顔をした。

「思うんですけど、偶然じゃないんじゃないですか?」

「へ?」

 思わず間抜けな声が俺から漏れる。


「いえ、以前、しずく嬢が連絡先を交換した際に常にバックグラウンドで作動して位置情報を勝手に送信するアプリを入れられた事があるという話を聞きましたので、もしかしたらと思いまして」


 何それ恐い。

 俺は背筋が凍りついた。


「連絡先の情報をQRコードにしてあるのでそれで読み込む、操作はこちらでやるから、と言われてスマホを渡した結果、連絡先とは別のコードまで読み込まされてアプリをダウンロードされた、という手口だったそうです」

「……」


 一宮雨莉と連絡先を交換した時、俺はどうしただろう。

 気が動転していて、そのままスマホを一宮雨莉に渡して、返ってきた時には一宮雨莉の連絡先が登録されていた。


 そういえば、それからすぐに一宮雨莉は教えてもいない俺の家に訪ねてきた。

 オートロックも何も無い安いアパートなので、アパートまで来て表札を順番に見ていけば解ることだろう。


 この部屋は元々稲葉の物だったので、一宮雨莉が知っていてもおかしくは無いが、俺やしずくちゃんにまでそんな事をしているのならば、当然稲葉も気付いているかは知らないが、一宮雨莉に行動を監視されている可能性がある。


 俺はどうしようもない恐ろしさを感じた。


「……何か心辺りがあるようですね」

「恐い、すごい恐いんだけど……とりあえず、スマホに入ってるアプリで疑わしいのを消していけば良いのかな……」

 俺のスマホを持つ手が震える。


「確かに、そうすれば今どこにいるのかを知られる事はなくなりますが、同時にすばるさんがそのアプリの存在に気付いて消したという事も筒抜けになるでしょうね」

 しかし、一真さんは更に恐ろしい事を言ってくる。


「つ、筒抜けになったら一体何をされるっていうんですか……」

「さあ? 何も無いかもしれません。ただ、わざわざそんな物をすばるさんのスマホに入れるという事は、彼女にとってすばるさんは行動を把握しておきたい相手なのでしょう。その場合、アプリを消されてもまた別の監視するための手を打ってくるかも知れません」

 俺のスマホを指差しながら、さらりと一真さんが言う。


「つまり、気付かないふりしておいた方がいいってことです……?」

「いえ、そこまでは。判断はすばるさんにお任せします。今のもただの僕の憶測ですし」

 一真さんはただの憶測だと言うが、俺としては思い当たる節があるうえに、一宮雨莉ならやりかねないという確信があった。


 何あいつ、超恐い! 知ってたけど! 知ってたけど!!


「でもまあ、そういう可能性もあるので、ここは下手な嘘はつかず、今日は普通に遊びに行った事を報告した方が良いと思います」

 動揺する俺を他所に、一真さんが能天気に提案する。


 あんたも何でそんな平然としてるんだよ!


「特にやましい事もなく、ただ友人と気晴らしに遊びに行っただけなんですから、堂々としていれば良いんですよ」


 爽やかに言い放つ一真さんに、もはや俺は何も言い返せなくなった。

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