第41話 はめられた……!
「わざわざ着替えてくれたんですね」
約束通り三十分後にすばるの部屋に迎えに来た一真さんは、少し驚いたように言った。
俺が男の格好のまま出てくるとでも思っていたのだろう。
確かに最初嫌がらせとしてそれも考えたが、むしろ着飾ったすばるの状態で残念な有様を目の当たりにさせた方が、『着飾った状態ならいけると思ったけどやっぱ無理』と感じる事だろう。
「でもいつもの化粧している時とは顔が違うような……」
俺の顔をまじまじと見ながら一真さんは首を傾げる。
「今日は車の中で寝るつもりですからね。カラーコンタクトしたまま寝たら、目が死んじゃいます」
一真さんに違和感の正体を教えてやる。
今の俺は、髪やほとんどのメイクはいつものすばるの格好だが、黒目を大きく見せるカラーコンタクトだけつけていない状態だ。
圧倒的に黒目が小さいので、それだけでも普段のすばるとは別人状態になる。
カラコンの力は偉大だ。
しかも、服はいつもの可愛いヒラヒラしたスカートじゃなくて、ジーパンにざっくりしたセーターと普段すばるの格好をする時に着ているAラインのロングコートと、一応見られるなりではあるが、可愛さよりも防寒メインのいつものすばるよりはラフな格好だった。
そう、今の俺は言うなれば、手抜きメイクにラフな服装のなんちゃってすばるである。
お前なんてこの程度の手抜きスタイルで十分だと言われているかのような屈辱感を味わうが良い!
「がっかりしました?」
「いえ、可愛いと思いますよ」
内心どんな反応をするかとワクワクしながら俺が尋ねれば、一真さんは当然のようににこやかに答える。
「僕はどちらかというと、こっちの方が好きですね」
「……私はいつもの方が好きです」
しかも、がっかりするところか、なぜか一真さんは嬉しそうである。
しまった、どうやら一真さんはこっちの方が好みらしい。
だが、喜んでいられるのも今のうちだけだ。
出かけた先で、もう二度と一緒に出かけたくないと思うようなわがまま放題の横暴っぷりをみせて、もうこの仕事を下ろさせてくれとしずくちゃんに泣きつかせてやるのだ。
俺は静かに意気込んだ。
一真さんに連れられてマンションのロータリーまで降りてみれば、エントランスの自動ドアを出てすぐの所にシルバーのレクサスが止めてあり、一真さんは助手席を開けて俺を車内に招いた。
……良い車に乗ってやがる。
車内も高級感が漂っており、やたら座り心地の良いシートが逆に落ち着かない。
しかしここでペースを乱されてはいけない。
席に座ってシートベルトを付けると、
「それじゃあ私は寝ますから。目的地に着いたら起してくださいね」
とだけ言って腕を組んで目を瞑り俯いた。
「わかりました。着いたら起こしますね」
という一真さんの言葉には返事を返さず、車が動き出した気配を感じつつ俺は眠りに落ちていった。
「着きましたよ、すばるさん」
すぐ耳元で囁く声に、俺は飛び起きた。
思わず声がした右耳を押さえながらドア側へのけ反る。
「おはようございます」
声の方を見れば、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべている一真さんがいた。
「……おはよう、ございます」
何か文句の一つも言いたかったが、上手い言葉が思い浮かばず、結局出てきたのはそんな言葉だった。
「どこです? ここは」
車の外を見回しながら尋ねる。
駐車場のようだが、前の通りは多くの人で賑っている。
「浅草です。そろそろお昼ですが、お腹は空いていませんか?」
スマホをポケットから取り出して時刻を見れば、時刻は十二時になろうとしていた。
そういえば、今朝は十時過ぎまで寝ていて、一真さんの鳴らす呼び鈴で起き、その後すぐ出かけることになり準備を始めたので、朝食も食べていない。
俺は普段から一、二食位抜いても平気な人間ではあるが、流石に昨日の夜も不眠不休で作業していた事もあり、その事を自覚すると急に腹が減ったように感じる。
「空きました。何か食べたいです」
「食べたい物はありますか?」
一真さんが尋ねてきたので、俺はここぞとばかりに普段食べられないような高い料理を奢らせてやろうと考えた。
「回らないお寿司が食べたいです」
「良いですね」
そしてそんな俺の希望はあっさり通ってしまった。
……まあいいだろう。
昼食の後にも色々買わせて散財をさせてやる。
さながら男に金を貢がせる悪女である。
それに、俺の攻撃はまだ終わりじゃない。
早速車から出ようとする一真さんを呼び止め、少し待つように言う。
鞄から除菌ウェットティッシュとコンタクトケース、そして鏡を取り出す。
手を拭いた後、カラーコンタクトを装着し、鏡を見て微調整する。
いつものすばるが完成したところで、じゃあいきましょうかと一真さんに笑いかける。
世間ではあまり人前で化粧をしている所を見せるのはみっともないと言われているが、だからこそあえてカラコンだけとはいえメイクをして好感度を下げようという作戦である。
「ほんとうに随分と変わるものですね」
が、当の一真さんはむしろ繁々と俺を見つめ、コンタクト装着前と後の違いに、関心しているようだった。
……今回のは不発だったが、次こそはそのにやけた顔を顰めさせてやると俺は心に誓った。
その後俺は、一真さんに連れて行かれた小さいが高級感の漂う寿司屋で、主人のおまかせコースを頼み、旨いがやたら豪華なネタに若干ビクビクしながら昼食を終えた。
イカとか透明で足がピクピク動いているわ、酢飯が矢鱈小さくてネタが厚いし、こんな美味しい寿司は生まれて初めて食べた。
最後の方に気になってチラッと会計をしている一真さんの方を伺ったら、ランチタイムなのに二人で二万円近くかかっていて、流石に血の気が引いた。
そりゃ旨いはずだよ。
店を出た後、懐的に大丈夫だったのかと尋ねた所、
「大丈夫ですよ。領収書を貰っておけば、全部経費で落ちますから」
と満面の笑みで答えられた。
固まる俺を他所に、
「一応コレが今の僕の仕事ですからね。お金の事は気にせず存分に遊びましょう」
という、クズな回答が続けられる。
まあ、確かに一真さんは俺を稲葉と別れさせるために誘惑するのが仕事ではあるが……
「いいんですか? そんなにあっさりバラしちゃって」
「だってすばるさんにはもうバレているでしょう?」
「そりゃそうですけど……」
つまり、一真さんに今日、いくら散財させた所で、一真さんの懐は全く痛まないばかりか、しずくちゃんにもちゃんと仕事をしているアピールができる訳である。
はめられた……! と、内心思いつつも、金銭的な負担が駄目なら精神的負担をかければ良いだけだと、俺は自分に言い聞かせる。
なんだかこっちの方が精神的なダメージを受けているような気がするが、戦いはまだこれからである。
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