第42話 桜の怨霊
「花やしき通り……?」
昼食を終え、浅草をぶらぶらとしていた俺は、とある通りの名前に足を止める。
「浅草にある、日本一古い遊園地ですよ。行きます?」
「知ってる。行く」
そう言った俺の目は、さぞ輝いていた事だろう。
花やしきといえば、今まで度々アニメに登場してきた聖地巡礼スポットだ。
数々の作品の主人公が友人達と遊びに来たり、幼女とつかの間の休暇を楽しんだり、未亡人とデートに来たりした場所である。
基本的に俺は作品はその物を見たり、コスプレをしたりという楽しみ方しかしてきていないが、物語の舞台になった実在する場所というのも、興味が無い訳ではない。
普段はわざわざ浅草まで足を伸ばしてくる事もないのだし、せっかくだから行ってみたい。
そして、結構な頻度で話に登場するお菓子の家や、全く恐くないと評判のスリラーカーなるお化け屋敷やら、別の意味で怖い日本最古のジェットコースターにも乗ってみたい。
ということを、花やしきに向かう途中に一真さんに話したら、
「じゃあ、買うのはフリーパスの方が良いですね」
心なしか生暖かい目で笑っていた。
……こうなったら、俺の趣味に全力でつき合わせて疲れさせてやる!
花やしき通りを歩いていると、すぐに入り口は見つかった。
遊園地というよりは土産物店の入り口だが。
一真さんいわく、店の奥に入り口があるらしい。
「前に来た事あるんですか?」
「まあ、結構有名なデートスポットですからね」
どうやら前にデートで来たらしい。
稲葉や優司辺りだと、自慢かちくしょう! とか思えるのだが、一真さんに関しては、ですよねー。という感想しか、もはや浮かばない。
一真さんに入場料を払ってもらい園内に入れば、デパートの屋上を少し豪華にしたようなレトロな空間が広がっていた。
平日だというのに結構人が多いのは、春休み中の大学生が多く遊びに来ているからだろう。
他には遠足で着ているらしい小学生の集団や、親子連れもちらほらいた。
それでもアトラクションに乗っている人数はそこまででもないので、大体のアトラクションは待たずにすんなりのれそうではある。
早速券売機でフリーパスを一真さんに買ってもらった俺は、すぐ隣のスリラーカーに乗り込んだ。
自動で動く乗り物に乗って進むタイプのお化け屋敷なのだが、その乗り物が結構小さく、一真さんと二人並んで座ると密着する形になる。
狭いので正直一人ずつ乗りたかったが、それに気付いたのが実際に乗り込んでからだったので、あっという間に係員さんに入り口のドアを閉められ出発させられてしまった。
そうして入ったお化け屋敷は、中々に作り物感がすごい上に、妙なレトロ感があって、逆に不気味ではあったが、恐かったかと聞かれれば、全く恐くなかった。
しかし、俺はテンションが上がっていた。
言うなれば、マズイという事を売りにしているキャラメルをわざわざ買ってきて実際に食し、やっぱりまずかったと言うような、『予想通りだがそれがいい』感がある。
続いて俺達はお菓子の家こと、Beeタワーという可愛らしい家が吊り上げられた形の乗り物に乗った。
イメージではそのまま垂直に上って降りてくるのかと思っていたが、それはゆるく回転しながら上昇を始めた。
アニメの中ではメルヘンでロマンチックなイメージだったが、実際に乗ってると、妙な不安定さと、ギイギイガッタンガッタンと室内に響き渡る鳴る音が俺の不安を誘った。
しかも、それなりに高い。
落下したら死んでもおかしくないレベルだ。
少なくとも、タダでは済まないだろう。
この不安を共有して落ち着こうと、一真さんに話しかければ、一真さんは
「大丈夫ですよ。というか、コレで怖がる人初めて見ました」
と、一瞬きょとんとされた後、随分と楽しそうに笑われた。
……この人と分かり合えそうにない。
突然不具合で止まったりワイヤーが切れて落ちたらどうしようという不安を感じつつも、実際には何事も無くお菓子の家は地上に帰還した。
Beeタワーから出た後、お化け屋敷より怖い遊覧系アトラクションってどうなんだと呟いたところ、
「さっきのお化け屋敷は恐く無かったですけど、怖いお化け屋敷もちゃんとありますよ?」
と一真さんに返された。
一真さんいわく、現在花やしきには三つのお化け屋敷があるそうだ。
一つ目はさっきのゴーカートのような乗り物に乗って進むタイプのお化け屋敷、『スリラーカー』。
二つ目はイスに座ってヘッドホンを付け、360度から聞こえる音と共に楽しむタイプのお化け屋敷、『ゴーストの館』。
三つ目は最近リニューアルされた、自分の足で歩いて進むオーソドックスなタイプのお化け屋敷、『桜の怨霊』なのだそうだ。
基本的に花やしきのお化け屋敷は、人が脅かすような物ではなく、人形や演出で恐がらせるものなのだそうだ。
なので恐ろしく怖いという訳ではないが、『桜の怨霊』は中々に良くできているらしい。
しかし、所詮は人形である。
人が脅かすならまだしも、さっきのスリラーカーのような感じなら、全く怖いとは感じないだろう。
でもせっかく来たのだし、行ってみても良いだろう。
すぐに見つかったお化け屋敷へと続く階段は鳥居があり、ちょっとそれっぽい雰囲気ではあったが、その後に続く階段は何の変哲もない普通の階段だった。
階段を上って右側を見れば、提灯や浮世絵風の絵に挟まれたお化け屋敷といういかにもな看板があった。
「リニューアルされる前のお化け屋敷は、本物の幽霊が出ると噂だったんですけど、このお化け屋敷はそれと同じ場所に立てられたそうですよ」
お化け屋敷に入る前、一真さんが突然言い出した。
「そんな適当な事言って、怖がらせようって魂胆が見え見えですよ」
と、俺は内心、おいやめろよ、作り物の人形ばっかりのお化け屋敷だから入ろうと思ったのに。とビクビクしながら一真さんを睨む。
「だってここにそう書いてありますし」
一真さんは通路を少し戻った所に張ってあった雑誌一ページと新聞の切り抜きらしきものを指差した。
……ホントに書いてあった。
しかも、ちょっとスマホで調べてみたら、ガチっぽい。
「まあ、こっちの方にも出るかはわかりませんけどね。どうします? すばるさんは本当に怖い物はダメみたいですし」
ニコニコしながら一真さんが話しかけてくるが、この顔は、絶対に馬鹿にされている気がする。
すばるのイメージ的には、お化け怖いというのも可愛い気はするが、なんかこの人に舐められっぱなしというのも腹立たしい。
「怖くないですし! 後ろを追いかけられるような、人が脅かしてくる系じゃなければ大丈夫ですし!」
「……じゃあ、いきましょうか」
少しの沈黙の後、なぜか妙にいい笑顔でそう言った一真さんにちょっとムッとしつつ俺は足早にお化け屋敷へと向かった。
早速、係の人にフリーパスを見せて入場する。
入ってすぐにお経が聞こえてきた。
脱出用の出口と、順路を示すマークの説明を読むが、順路を示すマークが書かれた戸が二つある。
どっちに進んだらいいのか迷って、とりあえず、両方開けてみるかと右側の戸を覗き込んてみる。
直後、俺は悲鳴をあげる事になった。
戸を開けた瞬間、悲鳴と共にライトアップされた屍の人形が現れたのである。
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