第43話 偽乳だから
どうやら右側ははずれだったようである。
左側のドアを恐る恐る開けてみれば、薄暗い廊下が続いている。
戸を静かに閉めて、後ろを振り返えれば、一真さんがニコニコ笑って俺に右手を差し出してきた。
「この先は暗くなって危ないので、はぐれないように手でも繋ぎませんか?」
この男、最初から答えを知ってて黙ってやがった。
「今日一日私には指一本触れないんじゃなかったんですか?」
「僕からは、ですよ。すばるさんからならその限りじゃありません」
嫌味を込めて言えば、屁理屈をこねてくる。
正直まだドキドキはしていたが、そのまま大人しく一真さんの提案に乗るのも癪だったので、俺はその申し出を断って先に進んだ。
戸の先は本当に真っ暗で、手を前に出して辺りを探りながら進まなければならないような暗闇だった。
触れるガラスの壁の奥に微かに浮かび上がるびっしり並べられた日本人形がとにかく不気味で、俺はなるべくそちらを見ないように先に進む。
そしてふと、隣に一真さんがいない事に気が付く。
「一真さん?」
名前を呼んでみるが返事がない、振り返って見るも、周りが真っ暗でよくわからない。
しかし次の瞬間、俺のすぐ耳元で、
「ここにいますよ」
と囁かれ、俺は再び悲鳴をあげることになった。
結局、その後俺は闇にまぎれてまた悪戯されないようにという名目で一真さんの右腕と背中側のコートの裾をそれぞれ両手に掴んで進む事にした。
ちなみに、一真さんの後ろに隠れる形になりながら、その後の扉を開けるのを全部任せたのは、断じて怖かったからではない。
あくまで、また変なイタズラをさせないためである。
最悪、どうしようもなく怖くなったら、目をつぶってそのまま出口まで付いていこうという魂胆がある訳でもない。
出てくる仕掛けは、どれも人形とわかっているのに、随分と見せ方や演出が凝っていて、俺は様々な仕掛けのある廊下を通り抜けて先に続く扉が開くたび次第に、まだあるの? まだ続くのかよ!?と心の中で叫ぶようになっていた。
「……あの、大丈夫ですか? 途中退場します?」
しばらく進むと、立ち止まった一真さんが聞いてきた。
周りを見渡せば、途中退出用の出口マークのある場所だった。
最初は俺の反応を茶化していたのに、だんだんコメントが優しくなってきている辺りにまた妙な屈辱感を感じる。
コレがここにあるという事は、多分ここまだ中間地点だよな……という考えもよぎったが、ここで途中退出してしまうと、俺の中にお化け屋敷における敗北の歴史が刻まれてしまうような気がしたので、俺は大丈夫だと答えると、がっしりと両手で一真さんの右腕を掴んだ。
一真さんは俺がいいならと先に続く戸を開けた。
ちなみに俺は一真さんの右腕をしっかりと掴んではいるが、いわゆる恋人同士が並んで歩くような掴み方ではない。
一歩後ろから腕を思いっきり伸ばして一真さんの手首辺りを掴んで歩いているので、ぱっと見は俺がお縄になって連行されているような形になっている。
ちなみにこの後俺はラストの桜の木から怨霊が出てくる所ともう終わりかと油断した所でスプレーみたいな空気が噴射されるトラップで二度程悲鳴を上げて一真さんに抱きつく事になった。
何だよ、本当に結構怖いじゃねえかよ……と、思いながらもお化け屋敷を出た後、道なりに歩いていけば、ゲームコーナーのような場所があり、その横に3Dシアターと、もう一つのお化け屋敷、『ゴーストの館』があった。
「あっちはそこまで怖くないですよ。入ってみます?」
と、妙に上機嫌な一真さんが尋ねてきたが、ついさっき散々悲鳴をあげた俺としてはもうお化け屋敷は入りたくなかった。
「なんでお化け屋敷にそんな積極的なんですか……」
「さっきのすばるさんがあんまり可愛かったので、また抱きついてこないかなーと思いまして」
げんなりしつつ俺が尋ねれば、にこやかに一真さんが答える。
言われて、先程の事を思い出す。
確か、仕掛けにビビッて思いっきり一真さんに抱きついたような、そういえば思いっきり胸を押し付けるような形になってたような……。
……あれか、暗がりで女の子に抱きつかれて色々あたって役得ですみたいな、そういうことか。
だが残念、俺は男である。
当然先程うっかり一真さんに押し付ける形になった胸も当然偽乳である。
詰め物によって作られた偽乳は、分類的には衣服だ。
そう、衣類。血の通わない、ただの繊維の集まりである。
つまり、偽乳だから恥ずかしくないもん!という事である。
残念だったなぁ! という意味を込めて、力強く言ってがっかりさせてやろう。
「別にっ……偽乳だから、恥ずかしくないですもん……」
……言うつもりだったが、実際に声に出して言いかけてみると、あれ、でもこの台詞、滑ってないか? という考えがよぎり、結局照れて尻つぼみになってしまった。
こういうのは途中で照れてしまって中途半端になってしまうのが一番恥ずかしい。
みるみる顔が赤くなっていくのを感じつつ、思わず顔を背けるが、しばらく経っても一真さんの反応が無い。
どうせまた意地の悪い笑みを浮かべてニヤニヤしてるんだろうと思いつつ顔を上げてみれば、なぜか、ほんのり顔を赤くしてこちらを見ている一真さんと目が合った。
「そういうつもりで言ったのではないんですが……そんな顔で言っても、説得力ありませんよ?」
目が合うなり一真さんは苦笑するように笑ってそう言うなり、さっき来た方へ引き返してしまった。
一瞬その場に立ち尽くしてしまったが、慌てて俺もその後を小走りで追いかける。
さっきから妙にドキドキしているのは、さっきお化け屋敷で怖い思いをしたからに違いない。
俺はつり橋効果なんかには引っかからない。
というか、引っかかってもいいけど、相手は可愛い女の子がいい。
その後、ローラーコースターやスペースショット、ディスクオー等、園内の目ぼしいアトラクションをそれなりに一通り楽しんだ俺達は、最後に乗り物自体が丸ごとグルグルと回転しながら回るリトルスターに乗ってから帰る事にした。
が、このリトルスターはこれまた乗り物自体が小さく、二人が向き合って座る形になるのだが、膝が触れ合う程間隔が狭かった。
あと、一真さんと俺の脚の長さの違いに愕然とした。
優司といい、稲葉といい一真さんといい、どうして俺の周りの男共はこう無駄に発育がいいのか。
羨ましくなんか……ないといえば嘘になる。
外から見てるとそうでもなかったのだが、実際にお互い正面に向かい合ったままグルグルと縦に回るというのは妙に気まずいというか、気恥ずかしかった。
コレが可愛い女の子だったら良い意味でドキドキするのだが。
そんな事をシューティングスターから降りて考えていると、
「楽しかったですね。まるで押し倒されたり押し倒してるみたいで」
と、隣で茶化すように一真さんが横から言ってきたので、俺は無言で一真さんの膝裏を蹴って膝かっくんをしておいた。
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