第7話 見込むなそんなもの

 俺は友達が少ない。

 だが少ないだけで全くいない訳じゃない。


 その少ない友人の中で、一番付き合いが長いのが、今俺の部屋のちゃぶ台に頭を乗せてうだうだ言っているこの男。

 小林稲葉こばやし いなばとは中学からの付き合いだ。


 中学までは中二病をこじらせていて、その後高校デビューするも中二病を抜け出せずちょくちょく面白い事になっていた、驚異的に女運の悪い男である。


 どうして女装なんてして弟と妹に会っていたかについて洗いざらい話すと、稲葉は呆気にとられた様子で、

「いや、どうしてそうしようと思ったかまではまあいいとして、なんでそれが成立するんだよ……なんだよあのクオリティ……ていうか高校時代からそんなブログやってたの知らねえよ……」

 と、ちゃぶ台の上に上半身を倒して、冒頭の状態に至る。


「まあ俺が女装コスプレブログやってたなんて大した事じゃないだろ」

「いやあるだろ。衝撃の事実だよ」

 麦茶を出しながら言えば、稲葉が恨めしそうに顔を上げた。


「毎日が昼ドラみたいな高校生活を送っていたお前からしたら、大した事じゃないだろ」

 中学までは割と平穏で退屈な人生だったこいつの日常は、高校時代のある日を境に昼ドラもびっくりのドラマティックな物へと変貌してしまった。


 そのせいで高校の頃はこいつとつるむ事も激減していたが、学校でそのドラマティックな日常の一端は見ていた。

 歳の離れた姉に溺愛されていたり、突如現れた昔結婚の約束をしたという幼馴染にヤンデレられたり、当時小学生だった女の子とお見合いさせられたり等、他にも色々と話題に事欠かない奴だ。


「むしろこの一連の出来事が俺の日常を更に驚愕のものへと変えてるよ! なんで意を決して人生初のナンパに挑んだらそれが中学からの連れなんだよ!」

「なんだ初めてだったのか、なかなか小慣れた感じだったけどな」

「練習したんだよ! イメトレしまくったんだよ! おかげであの後心が折れてそのまま帰宅したよ!」

「相変わらず変なところで繊細だな、お前は」

「お前は変なところで図太いよな……」


 俺の周りの親しい人間で、お前だけはまともだと思っていたのに、と、ワザとらしく稲葉がすすり泣くマネをした。


 非常に心外である。


「それはそうと、あれからあの双子達とはどうなったんだよ」

「どうなったって、普通に映画見て、喫茶店寄って、ちょっと街をぶらついて買い物とかした後、少し話して帰ったよ」

 俺は昨日あの後のことを思い出しながら答える。


「何を話したんだよ、というか、双子の中で女装したお前は一体どんな存在になってるんだよ」

「本名は朝倉すばる、俺達と同じ大学の学生で、趣味でコスプレしたりしてるヲタ趣味のお姉さん。たまに短期バイトをするくらいで決まった仕事はしてない。得意料理は肉じゃがで、最近雑貨店巡りにはまってて、可愛い小物を集めるのが好き。好きなゆるきゃらは彦根城のあの猫って感じかな」

「なんだよそのところどころ妙に細かい設定は……」

「聞かれたのをそれっぽく答えてたらこうなった。あとバイトは単純に思いつかなかったのと、接客業だと確実にあいつら店にきそうそうだったから……」

「確実に店にきそうって、双子どんだけお前のこと好きなんだよ……」

「普段俺との会話とは食いつきが違い過ぎて、正直ちょっと戸惑ってる。なんかやたら女装した俺の事褒めてくるし、憧れのお姉さんみたいな感じなんじゃないか?」

「複雑な所だな」

「まあな」


 だけどまあ、確かにあの女装はすごいと思うよ。稲葉はそう言うと、急に姿勢を直して俺に向き直った。

 急に空気が変わった。

 真剣な顔つきになった稲葉に、嫌な予感がよぎった。


「お前の女装の腕を見込んで頼みがある」

「見込むなそんなもの」

「今まで散々女に悩まされていた俺が昨日、意を決して人生初のナンパをするに至った理由、聞きたくはないか」

「聞きたくない」

「今俺の周りでこの役を頼めるのはお前だけなんだ!」

 縋り付くように稲葉が俺の腕を掴む。


「ますます聞きたくねえよ!」

「金は出すから! ちょっとした単発バイトだと思って!」

「嫌だよ! もう嫌な予感しかしねえよ!」

「今度、俺の彼女として俺の家について来てくれ! フリだけでいいから! 俺を助けると思って!」

「やだよ! 俺まだ死にたくねえよ!」


 正直、俺は稲葉の冗談みたいな日常を遠くから観察したり、その愚痴を聞いたりするのは結構好きだ。

 けれどそれは自分の身の安全が完全に保障された、安全圏からの観察だからだ。

 今回のこいつの申し出はその安全圏からはみ出すどころか、自ら火の中に飛び込んでいくようなものである。


 昼ドラは完全なる傍観者であるから面白いのだ。

 実際自分も当事者になってしまえば、その環境を楽しむ余裕なんてなくなってしまう事だろう。


「大丈夫だ、お前の事は俺が必ず守る!」

「そもそもお前の家に行かなければ危害を加えられる事も無いだろうが!」


 というか、その言葉はもう危害加えられる前提だって自白してるようなもんじゃねえか! 


 キリッとした顔で言う稲葉を叩きながら拒否した俺だったが、その後の

「コスプレの道具とか、この部屋だけじゃ手狭だろ、なんだったら俺が新しく部屋を用意するから!」

 という言葉につい手が止まり、その後更に

「大学在学中は好きに使ってくれて良いから! その間の光熱費とか全部こっちで出すから!」

 と言われその場で鍵とその部屋の写真と間取り図を渡され、つい欲望に負けて、首を縦に振ってしまったあの日の俺を、できる事なら全力でひっぱたきたいと今は思う。

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