第6話  足音(五紀)

いつも、どこでも、大地は私に笑顔を向けてくれていた。

病気。一切見せない。

治ったのか治っていないのか。治っていることが当たり前になりつつあって聞くこともなかった。

今思えば苦しくて、悲しいことなんか私よりあったのは間違いない。

でも私には見せなかった。

大地だけ強くなっていた。

私を置いていく。



******


中学生になって、からに私たちはなった。

それを学校で言うことはわざわざ無かった。


私の中で、謙遜していた大地を謙遜する理由は完全になくなった。

”あの子いつも一緒よね”って、この一言も気付けば言われなくなっていた。


「ねぇ、いつきさぁ…広瀬と付き合うようになったの?」

黒板の化学式をノートに写している後の席から美穂子は聞いてきた。

「え?あ、うん。」

「えぇ?!マジで?」

私の返答に美穂子は驚いていた。この返答は予想外だったのだろう。

「…いや、まぁ予想はしてたけど。最近広瀬を避けないし、雰囲気変わったもんね。…いつから?」

「…2ヶ月前…かなぁ。」

絶句。美穂子は文字通り絶句していた。


もうあの日から2ヶ月も経過していて、何も変わらず隣に大地がいる。

相変わらず女子に人気なのは変わらず、告白もされている。

大地に対して何も意識しない訳じゃない。

初めて”可愛くありたい”って思うようにもなった。

あまり気にしなかった伸びっぱなしの髪の毛もママのトリートメントを使ってみたり。

女の子でありたいと思うようになった。

「やっぱりねぇ。最近の五紀、可愛いもん。」

美穂子は手足も長くてモデル体型。性格もサバサバしていて男子には”高嶺の花”なんて言われている。服装もお洒落

だから”女”については説得力が誰よりもある。

大地に前告白をしていた可愛い系女子の子についても厳しかった。

”あいつは外見だけ。性格は最悪。見りゃわかる”って言ってたっけ。

美穂子に言われたら言い返せるやつもいない。

「あ、ありがと。」

そんな美穂子に褒められると素直に嬉しい。

でも、正直可愛くしても大地は気付かないし。

大地が何が好きなのかもよく分からない。

「可愛い」なんて言われたこともない。

この前なんか、いつも着ないような服着てたのに。

メイクだって勉強もしてるし。髪の毛もきれいになったってママにも言われてるのに。大地は気付かない。

なんかムッとしてきた。

「…え?どうした。なんかダメなこと言った?」

美穂子がいるのも忘れて思い返してムカムカしていた。

「あ!ごめんごめん。ね〜美穂子!今度一緒に買い物行こうよ!ついてきてよ〜」

お洒落な美穂子に頼めばお洒落になるはず!

「いいよ!いこ!久々に!!…あ、もうすぐ広瀬の誕生日でしょ?何買うの?」

「あ。」

…忘れてた。今まで誕生日なんか毎年我が家でパーティーして、ママがご飯作って、私がケーキ作って。それだけだったから単体でプレゼントなんか渡したことない。

「まぁ…いつも通りに。」

…なんかしなきゃ。




放課後。

いつも通り大地は教室に来る。と思っていた。

「あれ?五紀、まだ帰らないの?」

今日は珍しく30分経っても教室に来ない。

「う〜ん。メールも返ってこない。」

「教室行けばいいじゃん。」

”あ、そうだね”とハッとすると美穂子はさらっと笑った。

「じゃ、私は部活に行くから。また明日ね!」

バレー部のスポーツバックさえもカッコよく持つ美穂子の後ろ姿に見とれつつ手を振った。

”今日、日直って言ってたっけ?”

私の教室の1つ下の階に大地の教室はある。

廊下の窓から校庭を見下ろすと、野球部、サッカー部、陸上部が元気に部活をしている。

もうすぐ初夏。まだ夏服には早いけど、部活生はみんな半袖。

部活生を見下ろしつつ、薄暗い階段を降りて右に曲がると教室はある。


”2−5”


教室のドアに手をかけると中から声が聞こえた。


「俺さぁ…橘こと好きなんだよね。」


大地じゃなくて、加賀智也の声。

智也は私とも美穂子とも大地とも幼なじみ。


「お前さぁ、橘と付き合ってる?」


大地もいる。

智也が大地に問う。

「聞いてどうするの?」

至って冷静な大地の声には少し濁りがあるように私には聞こえた。

「あいつの人気っぷり知ってる?最近、めっちゃ可愛くなったよ。あいつ。なんでか分かる?」

「さぁ。」

オイオイ、大地。分れよ!!

内心ムッとした。

「誰かに取られちゃうよ?そのうちのひとりね、俺。」

智也は薄ら笑い。

「じゃっ、俺も部活いくわ〜。」

ガラッと目の前のドアが勢い良く開いた。

「わ!!!」

私と智也はお互いにびっくり。

「あーびっくりした。いたの、橘。」

”タチバナ”に反応した大地が教室の中からこちらを凝視しているのが分かる。

「あ、うん。ちょうど今。智也は部活?」

あたかも今来たかの様に智也に振る舞う。

「そうそう。サッカー命だからね、俺。」

ケラケラ笑う智也の笑顔はいつ見ても綺麗。さすがモテ男。大地とは違う雰囲気が女子には人気なんだろうな。

じゃぁね、と手を振って智也は去って行った。

教室の中に大地がいる。

めっちゃこっち見てる。

「なぁ、五紀。」

すごく冷静に、すごく淡々と名前を大地に呼ばれた。

なんか、教室に足を踏み入れることができない。

「ダイ、帰ろうよ?」

それしか言えないぐらい大地の目は私をぎゅっと掴んで離さない。

「こっち来てよ。」

低めの声で大地に呼ばれ、やっと足が動く。

大地のいる窓際の白いカーテンがなびく。

大地の前まで足は動き、まだ大地の目線は私を離してはくれない。

「ねぇ。」

ふわっと、胸まである私の髪を上から毛先にかけて優しく撫で、優しく手で髪を掴んだ。

「…いい匂い。五紀の香り。」

カァッと顔が熱くなった。

「な、何言ってんの。」

それしか言えなかった。

大地の方を見るとニコッと微笑んで

「ずっと一緒だから。」と耳元で囁いた。

低くて、湿った甘い声。

いつから大地はこんなに男になったんだろう。

何も言い返せない。

ドキドキが止まらない。胸が爆発するかと思うぐらい恥ずかしかった。

「さ、帰ろうか。」

そういうと私の右手を掴んで教室を後にした。







わたしの成長を置いていく。

大地だけわたしを置いてどんどん大人になっている気がした。

たかが中学生。

なのに、私よりもはるかに大地は大人な気がした。




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