第5話 ひまわり(大地)

橘五紀は気付けば俺の横にいて、それを変だとは一度も思ったこともなくて。

口喧嘩もしょっちゅうする。でも一番俺のことをいつも分かってくれている。

俺の両親は気づいた時には離婚をしていて、母親にも月一回会えれば良い方。父親になんか小学校の入学式から会ってない。五紀もこのことはきっと五紀ママから聞いている。

姉ちゃんから両親が離婚したこと、母親は忙しくてあまり帰ってくることができないこと、姉ちゃん自身も部活やバイトで忙しいこと聞いた。

「ごめんね」って姉ちゃんは謝ってきた。

別にそれでグレることもないし、それはそれで自由にやってきた。

俺の”さみしい”は五紀が埋めてくれた。五紀ママもパパも俺を息子みたいに優しくしてくれた。時には叱ってくれた。本当の親になってくれた。

幸せだった。何度も五紀の”本当の”家族になりたいって願ったこともある。

友達もいて、不自由はなかった。


”病気”さえなければ。




橋下たちから俺に対する不満をぶつけられた次の日。

いつも通り五紀が家まで来て、一緒に学校に向かう。

あまり学校に行きたくなかった。特に教室に。

でも朝には五紀が迎えに来るから、仕方なく学校に行った。

教室の前で五紀とは別れたが、今日は一層教室の雰囲気も重かった。

「おはよー。」

智也が俺に声をかけてくる。「おはよ。」と返す。

「昨日のサッカーの試合みた?」昨日はサッカーのW杯予選がテレビ中継されていた。

「見たよ。あれはさぁ・・・」

2人で盛り上がっているといつも通りクラスの男子4、5人が集まり、あーじゃない、こーじゃないと話し合うのが日常。

「そういえば広瀬。昨日大丈夫だった?まじ心配したけど。」

昨日一緒にケードロしていた森が言う。

「あ、うん。大丈夫。本当ごめん。」どんな顔して謝ればいいのか分かってる。言った後にはこの空気になることも分かってる。

「ま、これからは”吸引器持ってますか”チェックが必須だな。」笑いにするかの様に智也が話を挟んでくれた。

「そうだね!勘弁してよ〜死んだら逮捕できない。」と森も笑って返す。

はいはい。と男子で冗談交じりに話をする。

男子はいい。問題は女子だ。

「はぁ?またするの?もうやだぁ。」窓際に集まっている女子たち。きっと小声で言っているんだろうが丸聞こえ。日頃からあまり気にしない様にはしているが今回は胸につかえる。

「・・・加賀くんがかわいそうだよ。」

智也のファンクラブ女子は多い。明るくてクラスのムードメーカー。

女子に全く興味がない智也だが好きな子はいると聞いたこともある。

そんな智也にいつも心配をかけ、迷惑をかけている俺は女子の敵と化していた。


いつも通りに授業が終わり、昼給食が終わり、待ちにまった昼休みがきた。

「おい、大地!ケードロしようぜ!」

何もしらない智也はもちろんといった言い方で俺に声をかけてくる。今日の智也の声は一層教室に響く。


「えっ、いや、今日は…」

「広瀬は今日はしないってさっき言ってたよ!」


かぶせ気味で橋下が智也に言い放った。

えっ?て顔で智也はこちらを見る。どんな顔して智也に返せば良いのか分からないのと、橋下の視線が痛くて机に目を落とした。

「だからいいじゃん、広瀬いなくても!みんな行こうよ!」

橋下がその場を仕切るかの様に”いいから、いいから”と智也や森、男女十数人を引き連れて教室を出ようとする。

「おい、大地。お前、吸引器持ってるならやろうぜ。なぁ。」

「そうだよ。広瀬いないと面白くねーじゃん。」

納得がいかないんだろう。智也と森は机の方までやってきて俺を説得にきた。橋下は「早く行こうよ!」と二人を後ろからまたグイグイ引っ張っていた。



「ダイ!遊ぼう!!うちのクラスでケードロするから行こ!!」



教室の後ろのドアから大声で五紀が言う。

「え?」って振り返った時には五紀に腕を掴まれ引っ張り出された。

「智也も森たちも一緒にどう?大人数の方が楽しいんじゃない?」

智也も五紀とは幼稚園から一緒。クラスは違えども俺たちは仲が良い。

「おー!いつき!なんだよ!大地、いつき達とケードロするなら俺も誘えよ!」

ポンッと背中を大地に叩かれ「よっしゃいこ!」と智也も森もノリノリで男子数人を引き連れて校庭へ向かった。

「大地〜吸引器忘れんなよ!」


智也たちが走っていく背中を廊下で呆然と見る。

「ほら!ダイも早く!私も行くから。」

五紀はニコッと笑って俺の背中を押した。

教室の中の残された女子たちはザワついていた。


クラスは違えど、五紀の支持率は男女共に学年では高かった。

”誰にでも平等で明るくて元気な子”がみんなのイメージ。

「いつきが言うなら…」そう言って賛同する男女は多い。

俺を残してもう一度教室に向かった五紀はドア越しに

「ねぇ!一緒にする人いるなら校庭きて〜!みんなでやろうよ!」

そういうと何人かは「じゃぁ…」「行こうよ」とパタパタと校庭へ出て行った。

もちろんそこには橋下はいなかった。

五紀は仲間外れにしたわけじゃない。橋下は来れなかった。その周りの女子も来れなかった。

多分これは俺のために五紀が考えてとったこと。他愛のない橋下への少しの仕返しだったと思う。


「ダイ、まだいたの?ほら、行こうよ!」

俺の先を五紀は走って行く。

「あ、いつき待ってよ。」

俺も追いかける。



いつだってそう。

誰かのために五紀はいつも考えてくれる。俺に対しても、友達、家族に対しても。

いつも後ろから追いかけて、守られているばかりの俺。

憧れであって、尊敬する。

いつきが一緒にいることが一番だった。





******


これが俺の五紀への好きの始まり。

実に単純で本当に思い出しただけで笑える。


「広瀬くん。きてくれてありがとう。」

高校になってやたら俺はモテる様になった。うん。自覚してる。

この子、同じクラスの下田さん。結構かわいい子。

友達も先輩も狙っている。

「話って何?」

”告白”をされる様になって、気持ちを伝えてくる子に本当に感謝するし、勉強になる。

俺はずっと好きな子に告白もできない。なんて言えばいいのか分からない。

「・・・・好きです。お付き合いしてほしいです。」

この一言が俺には言えない。

「ごめんね。俺には好きな子がいるんだ。」

って他の子には言えるのに。


”ガタッ”


柱の陰から五紀らしき姿が一瞬見えた。下駄箱の方へ走っていく。

「そっか。誰なのか聞いてもいいかな?」

「あ、ごめん。それは言えない。」

「・・・叶えばいいな。広瀬くん、友達でいてね。」

「うん。ありがとう。」

下田さんは泣いていたと思う。でも正直どうでもよかった。

「じゃあ帰るね。聞いてくれてありがとう。」

下田さんが帰って、俺はとりあえず購買の方へ走っていった。

”やっぱり五紀か”

聞かれたことはわかってるし、聞いてもらう前提で購買にくる様に五紀には伝えた。

下田さんには申し訳ないけど、利用させてもらった。


下駄箱にいくと五紀は帰ろうと、逃げようとしている様に見えた。

手を引くと目は虚ろ。

「なんで帰るの?」

「あっダイ!先に帰ったと思ってたから。」

こんなに困惑するとは少し予想外だった。かわいい。

頭をポンポンして、いつも通り。


買い物に行って、五紀ん家に帰る。


ママの後ろを俺は着いていったけど、五紀は珍しく部屋へ直行した。

「いつきママ、部屋に行ってるね〜。」

「はーい、ごはんできたら呼ぶからね!」

五紀ママの言葉にはーいと軽く返事をして五紀の部屋へ向かう。

キッチンからまっすぐの廊下を歩いて一番端の五紀の部屋。兼ほぼ俺の部屋。

ここで2人で宿題、工作、研究、ゲーム、なんでもしてきた。

半分開いたドアの向こうから聞こえた五紀の言葉は


「・・・好きな人って誰なんだろう。」


意外だった。

正直びっくりはしているだろうと思ったけど、普段から”モテるよね”とか”どこがいいのかな”とか五紀から言われてはいたけれど、”誰か好きな人いるの”って聞かれたことなんか無かった。

きっと好きな人はいないって思っていたんだと思う。


「いつきだよ。」


ドアを開けて五紀に伝えた瞬間、驚いた顔でこっちを見る。

「えっちょっと。」

五紀の顔が赤い。

前に座ってもコッチも見てくれない。

なんか俺まで恥ずかしくなってきた。とりあえず、ごまかすために宿題出そう。

「スキって何?」

単純な五紀からの質問なのに困って俺は机を見る。


「隣にいるってこと。」


それしか答えは言え無かった。

五紀を見るとニコッと笑っていつも通りになった。

あぁ好きだなって。本当に思う。



俺の寂しさとか弱さとか。五紀は何も言わずとも見てくれる、気づいてくれる。

隣にいるだけでいいんだよってちゃんと言えばよかった。

下田さんみたいに”好きです。付き合ってください”って言え無かった。

後悔は後から後から巡ってくるけど

「これからも一緒にいてくれれば良い。」ってそれだけでいいんだと思う。





スキの形を教えてくれたのは五紀。







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