第4話 ねじ(大地)

きっと五紀はなにも覚えてないだろうけど。

俺はずっと好きで。気づいた時には誰よりも近くて大事。

他の男が隣にいることを考えるのも嫌になるくらい。


なんで好きになったのかは単純で。自分でも単純すぎて笑える理由。



******



---小学校5年・夏。


また俺は喘息でを全部できなくさせられた。

サッカー、かけっこ、鬼ごっこ。

普通ができなくて学校が苦手だった。だっただけ。

発作の後には先生、友達、みんな「あーあ」「やっぱり」って顔してこっちを見る。

その度に「大丈夫だよ」ってニコニコしないといけない。

だからだった。

正直、五紀がいなかったら学校にも行かない。今の自分もいない。こんな自分でもない。

五紀の一言は「ダイ、遊ぼう。」これだけだった。



小5の時、クラスの中ではケードロが流行っていた。警察役、泥棒役に別れ、警察役が泥棒役を捕まえていく。

比較的クラスの中で俺は足が速い方で、クラスメイトにはいつも参加するように呼ばれていた。

「ダイチよければ一緒に遊ぼうよ。」

もちろん走り回るのが大好きだから参加する。


この日の昼休みは吸引器をポケットに入れ忘れ、校庭に走っていった。

16人の男女混合で別れ、俺は”泥棒役”になった。

警察役の友達に捕まらないように思いっきり校庭を走り回った。

捕まって無い泥棒役の友達も自分を入れて残りわずか。


走り続けて、楽しくて、きっと気付かないだけで苦しかったんだと思う。

なんとか逃げ切って体育館裏の飼育小屋前で隠れている時、発作は始まった。


”ゴホゴホ”


止まらない。苦しい。

ポケットに手を入れてもいつもはあるはずの吸引器が無い。

「うっ・・・ゴホッ、だれかっ。」

そう言ってその場にうずくまって、気を失った。


目が覚めたときは保健室。シーンとした白の壁・カーテン・ベットの保健室。


「またかよ」思ったのはそれだけ。

壁にかかっている時計を見たら放課後。

目が覚めて一番に思ったのは”また”ってこと。

こうならないように吸引器を常に持っている様にしているのに。走りたいし、遊びたい。サッカーだってしたいのにできない。なんで自分が喘息なんだっていつも思う。思ってきた。


いろいろ考えて起き上がろうとした時、カーテンの向こうから五紀の声と保健室の先生の声がした。

「橘さん…もう帰りなさい。広瀬くんのお姉さんが来てくれるみたいだから。」

「でも先生。広美姉ちゃんは遅くなるんでしょ?」

五紀の声はいつもより大きくて少し焦っていた。

きっと”ゴホゴホ”になったから不安になってるんだろうな。

いつものことなのに。五紀は心配しすぎる。

「う〜ん。でも寝てるから。ね?」

先生がなだめるように五紀に言う。

「でも先生・・・」

五紀が何か先生に言いかけている途中で、俺はカーテンを開けてベットから出た。

「あっ!!ダイ!!」

五紀が駆け寄ってくる。先生も後から付いてくる。

「どう?もういいの?」

先生はいつも優しい。何回発作で保健室に来ても怒らない。他の先生とは少し違った。

「今日、吸引器はポケットに入れ忘れたの?」

先生は少し困った顔をする。

「はい。」

自分の不注意でこうなったと反省はした。

「ダイ、帰ろう!先生、いいよね?」

五紀は先生に何度も確認をして俺のランドセルを職員室に取りに走って行った。

「先生、だれが保健室に連れてきてくれたの?」

いつも聞く質問。喘息の発作がひどくなるといつも意識がなくなった。

でも気付けば保健室にいる。

「同じクラスの加賀かがくんよ。一緒に遊んでたんでしょ?いつもみたいに広瀬くんをおんぶしてきたの。」

加賀智也かがともやも幼稚園から一緒の友達。男友達の中では一番仲が良くて、サッカーも智也の影響で始めた。

智也も喘息のことは知っていて、対処法も知っている。

「今日、広瀬くんが吸引器持って無かったのも途中で加賀くんは気づいてたみたいよ。教室まで取りに戻って、あなたを探してたら、飼育小屋の前で倒れてたって言ってたかな。」

確か今日、智也は警察役だった。智也は足速いし敵役になると一番注意していた相手だった。

でも姿は途中から見えなかった。

「そうなんだ。」

智也を巻き込んだことにいつも反省する。


「・・・お待たせ!帰ろ!」

五紀の声が保健室のドアから聞こえた。

少しだけ息が上がっている五紀の方に駆け寄って俺のランドセルを受け取った。

「じゃあ先生、ありがとうございました。」

2人で先生にそう言って保健室を出て行った。


「広美姉ちゃんには山本先生が電話しとくって。」

「うん。」

山本先生はクラス担任の先生。山本先生は面白くて、かっこいい先生だけど発作に俺がなった後には少し困ったような、怒っているような。嫌いではないけれどだ。


「ねぇ。広瀬!」


2人で下駄箱に向かう廊下で後ろから声をかけられた。

俺のクラスの4人の女子グループだ。今日も一緒に遊んでいた。

話しかけて来たのは女子グループ内の実権を握っているであろう橋下はしもとだ。

「明日からもう一緒に遊ばない!加賀に誘われても参加しないで。」

橋下はきっと前から思っていたことを俺に言ってきた。

こいつは智也が好きで、「加賀の困ることを広瀬はいつもしている。だから広瀬は嫌い。」って他の奴から言っていたってことを聞いたことがある。

小5の俺には辛い宣告で何も言い返すことは全くできなかった。むしろ泣きそうになった。


「・・・はぁ?」


隣から聞こえたのは腕を震わせグッと前を睨みつける五紀の声だった。

「橘さんは関係ないから。いこっ」

そう言い放つと橋下は他の女子を従えその場からそそくさと去って行った。

一瞬の出来事で俺の頭の中はストップ。

また遊ぶきっかけを奪われた。自分から無くしてしまった。

”呼吸器ちゃんともってたら””こんな病気じゃなければ”って同じことをグルグル考えた。

「…帰ろ。」

五紀はいつも通りでさっきの怒ってた雰囲気を完全に消して、俺に声をかけてきた。

「え、うん。」

いつも通り。五紀の雰囲気は何も変わらない。

次の日の朝も「おはよう、いこ。」って。いつも通りの五紀だった。




この日、俺は五紀を初めて大事な人だと気づくことになる。









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