第2話 一緒にいるのが楽しくて。(五紀)

平成1年。私はたちばな家の長女として産まれた。

田舎の高台にある見晴らしのいい家。

いつも広い庭で2人で遊び回っていた。



「いっちゃーん、だいちゃーん。おやつできたよー。」

家の奥から聞こえたママの声。木造の平屋だからよく響く。


「だいちゃん、おやつ食べようよ〜。」

「もうちょっと待ってよぉ。」

大地だいちはいつも庭の蟻の大行進を虫眼鏡で見ていた。

「もう先に行くからね!」

私は大地を置いて先に縁側で待っているママの元へ走っていった。

今日のおやつはじいちゃんが家の畑で作ってくれた大好きなスイカ。

縁側に腰掛け、スイカを頬張りながらキンキンに冷えたカルピスを一気に飲み干す。

「いっちゃん、もう少しゆっくり食べたら?」

ママが微笑みながら言う。

大地はまだ蟻を見ている。どれだけ好きなんだ。びびる。


「ねぇ、二人とも遊んでばっかりだけど夏休みの宿題してるの?」

宿題…忘れていた。きっと私だけじゃなくて大地もそうだと私は信じる。

ママの質問をんー…とスイカを頬張っているフリをして聞き流す。

ようやく大地が立ち上がってこっちに向かって走ってくる。

「うわぁ、スイカ!美味しそう!」

にっこり笑った大地がスイカを美味しそうにかぶりつく。

「だいちゃん、本当に虫が大好きね。将来は虫博士になるの?」

ママはクスクス笑いながら、スイカを食べるダイに話しかける。

コクンと頭を上下にさせ、”虫博士”になることをママに誓った。

「じゃぁ…だいちゃんも夏休みの宿題は終わってるよね?」

私は大地の「えっ」って顔を期待していたのに。

大地は再度頭を上下させた。

「え!だいちゃんは宿題終わってるの?」

びっくりした私は大地にしてほしかった顔を大地に向けた。

「うん。だって夏休みの宿題は最初の5日間で終わらせるって姉ちゃんが言ってたもん。」

大地には6歳年上の姉・広美ひろみがいる。現在中学3年。

「あら、さすがひろちゃんね。来年は2人とも4年生だもんね。」

ママが広美姉ちゃんを”ひろちゃんは大物になる”ってパパに言ってたのを思い出した。


スイカも食べ終わって大地はまた庭に走っていった。

私も後に続こうとしたら、右手をママに引っ張られた。

「いっちゃん、宿題しよっか。」

にっこり笑ってそう言うママは、怒る3秒前。

「はい」とうなだれながら言って家に上がった。

チラッと庭の方を振り返ると大地はまた虫眼鏡で蟻を見ている。

「…宿題しよう。」




私と大地は幼稚園、小学校とずっと一緒。

母同士が仲良しで、私たちは生まれたときからいつも一緒。


大地の母親は全国出張の仕事でほとんど家にいない。いるのは日曜日ぐらい。

父親は海外出張で何年も帰ってきてないらしい。

「姉ちゃんがいるから寂しくないよ。」

大地に寂しくないの?って聞いたときに返ってきた返事。

両親がなかなか家に帰ってこれない分、広美姉ちゃんが部活も終わって帰ってくるまで、いつも我が家で過ごしている。

兄弟がいない私にとっては嬉しくて、日曜日は1人になるから嫌いだった。

ママとパパにいつも兄弟ほしいと懇願していたのを覚えている。

困った両親は「いっちゃんにはだいちゃんがいるじゃない。」といつも返してきた。

それぐらい広瀬大地は我が家の一員だった。



”ゴホゴホ”



乾いた咳の音が居間で宿題をしていた私に届いた。

庭を見るとさっきまで中腰で虫眼鏡を構えていた大地がうずくまっていた。

「ママー!!だいちゃんゴホゴホ言ってる!!」

台所で晩ご飯の準備をしている母に叫んで、サンダルも履かずに庭に走っていく私。

「だいちゃん、だいちゃん。」

背中をトントンしながら声をかけていると

「だいちゃん、お薬飲んでないでしょ?こっちおいで。」

ママの声が後ろからして、大地を抱っこして家に向かう。

”ゴホゴホ”

ママに抱きつく大地は苦しそうで、どこか悲しそうに目を瞑っていた。


「ほら、いっちゃん。だいちゃんのお薬持ってきて。」

白いプラスチック製の筒をママの元に持ってく。

「ゆっくり・・・ゆっくり。吸って、吐いて・・・」

もともと看護師だったママはすごく冷静でいつもニコニコしながら対処した。

安心する。ママがママで本当に良かった。

私は大地の”ゴホゴホ”が苦手でいつもアタフタした。


20分ぐらい横になっていた大地は、目開いてジッと見守っていた私の方を見た。

「いっちゃんママは?」

ママはもう台所で夕飯の支度の続きをしていた。

「晩ご飯作ってるよ。だいちゃんの好きなカレーだって。・・・”ゴホゴホ”大丈夫?」

そう大地に言うと、何も言わずににっこり微笑んで

「うん。」とそれだけ言ってまた眠った。


大地はサッカーが好き。でも”ゴホゴホ”のせいで幼稚園からしてたサッカーをお休みしている。

私よりも背が小さい。でも足が速いからクラスでは1番モテる。

クラスでは元気でいつも走り回っている。でもうちでは虫眼鏡を手放さない。


「ほら、二人とも。カレー食べて。」

ママの声で二人とも目が覚めた。


ただ一緒にいる。

それだけで楽しい。

それがこの時の私たち。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る