ジェニファーからの書簡


 ◆


 二人とも元気にお過ごしでしょうか。念願のお店を建てられたということで、まずはおめでとうございます。私も落ち着き次第、すぐに一度遊びに行くので、その時はよろしくお願いしますね。


 それにしても、ギャラルホルンを鎮圧してから、すでに一年以上経っているだなんて、なんだか信じられませんね。今でもあの日々は、昨日のことのように思い出されます。


 お二人がどこか、安住の場所を探すといってイーストシティを去ると聞いたとき、私は一抹の寂しさを感じると共に、なんだか納得もしました。お二人は、生粋の西部人ですから……都会の喧騒は肌にあっていないでしょうし、落ち着ける場所で、新たな夢に向かって歩むお二人のことを、あの時は黙って見送ることにしました。

 ポワカも、以前のあの子なら、きっとぐずって引き止めるか、貴方達二人に着いて行こうとごねたと思うのですが、あの子もすでに立派なレディで……そうそう、この一年で、ポワカは凄い背も伸びました。もうネイさんよりも高いんじゃないでしょうか? 一人称も「わたし」になって、なんだか日に日に幼さが抜けていくことが寂しくもあり、彼女が成長していることが嬉しくもあるこの頃です。


 ともかく、きっとお二人も、私を含め、色々な方々の近況が気になっているかと思います。なので、まずは私の知る範囲で、知っている方々の近況をお知らせします。普段からあまり会えない方もいますので、そういう方の情報はぼんやりとになってしまいますが、ご容赦の程お願いしますね。


 まず、私はお二人が立つ前にお話したように、イーストシティの大学に、去年の夏に入学しました。学力的には、スコットビルの口ぞえが無いと厳しかったですが……ともかく、足らないものは努力で補わなければなりません。そのため毎日多くの時間を机に向かい、教授に指導を受け、学友の方々と弁舌をかわし、見識を深めている最中です。

 元々、独学で専門本を読み漁り、自分ではそこそこ法や政治、経済に関して知識のあるつもりでしたが、所詮は井の中の蛙でした。本の知識は道具にしか過ぎず、それを発展させるには正しい指導と、意見の交流が不可欠であると気づかされました。

 しかし、嬉しいこともあります。私の通っている大学は、元々女子禁制の男子校だったのですが、去年から女性にも門戸が開かれて、その名誉ある女子一期生になれたのです。まだまだこの国は学問の場で女性が活躍するのは認められていない傾向にありますが、一つ名門校という場所で性差を越え、平等が実現されたことは喜ばしいことです。私の指導に当たってくれている教授は、もちろん男性の方なのですが、熱意のある学生には分け隔てなく接してくれる、素晴らしい方です。この幸運に感謝して、今は勉強に性を出しています。

 そして行く行くは、この場で学んだ知識を持って、改めて自分に出来ることを再考するつもりです。今は、先生になろうかな、などと考えています。ブッカーが残した資金と、私に掛けられていた懸賞金を頭金にして、人種や生まれに関係なく、学問を出来る場所を作ってみたいと思っています。大統領はもしかすると、少々飛躍した夢だったのかもしれない……まずは、夢に向かって出来ることを、自分の手の届く範囲をどうにかしようと考えています。


 次に、ポワカですね。ポワカは去年の夏前にイーストシティで公演したWWCの面々に熱心にスカウトを受けていましたが、私と同じ大学に行く道を選んでくれました。私はブッカーが居なくなった寂しさを、ポワカはブラウン博士を失った寂しさを、もしかしたら互いに埋め合わせる、いい相手だったのかもしれません。

 ともかく、ポワカは飛び級も飛び級で、私と同じ大学の工学部に入学しました。なので、私とは何かと一緒に居ると都合が良いだろうという事で、同じアパートで一つ屋根の下、大体二人で暮らしています。詳しくは後述しますが、クーがよく遊びに来るので、女三人集まってなんとやら、たまに大家さんにうるさい、と叱られてしまいます。

 話が脱線しましたね、ともかくポワカとは一緒に住んでいます。でも、あの子酷いんですよ! 朝、私が寝坊しそうだと、一人で大学行っちゃいますし、しかもあの子自分だって家事が出来るわけでもないのに、家政婦ロボット「家庭女中機」とか作って「ジェニーは家のことでは役に立ちませんねぇ」なんて呆れ顔で言われるんです! まぁ、確かに、ちょっと家事が苦手なのは否定しませんが……それでも、酷いと思いませんか?

 でも、家庭女中機はなかなか凄くて、ポワカの能力で動いているのではなく、誰でも扱えるような設計になっているみたいです。なんでも演算機? だかなんだか……私は専門外なのでよく分かりませんが、ギャラルホルンやブラックノアを参考に作ったみたいで、機械がある程度、自律して動くような発明をしているんです。

 それだけの発想力も知識もあるので、あの子は大学でも一種特別な眼で見られています。でも、それは悪い意味ではなく……都市の空気は自由にする、とは少し違いますけれど、イーストシティという都市は自由な空気があり、大学は学問の府である以上、人種以上にその才を評価してくれます。単純に、ポワカが素晴らしい才能を持っているから、人々があの子を尊敬の眼で見ている……そういう意味で、下手に安住の地を探すよりも、あの子にとって大学は相応しい場所だったのかもしれません。

 それに、あの子の優しさは、一切損なわれることもありません。みんなの期待に応えられるよう、毎日一生懸命勉強し、家ではドッカンドッカン、日々なにやら発明に明け暮れています。変わったことと言えば、もう自衛することもありませんから、武器開発は止めた事、そして誰もが便利に、安心に過ごせるような発明を頑張っていることです。

 きっと、私とは別のベクトルで、あの子はこの国を、いえ、人類全体を良くしていってくれる、そんな確信があります。ともかく、本当に一年で大人っぽくなったので、次にポワカに会ったときには、きっとお二人もビックリすると思いますよ。

 ちなみに、ポワカですが、大学で特別な眼で見られているというのは、もうちょっと別の意味もあったりします。何せ、女性に門戸を開いても、工学部に入ったのはあの子一人、しかもなかなか綺麗に育ってますからね……ポワカのファンクラブがあるんですよ、工学部。まぁ、どちらかというとアイドル的な扱いなので大丈夫だと思うんですが、変な奴に手を出されないように、昼休みや帰りは、なるべく一緒に過ごすようにしています。


 次にクーですが……新聞か何かで恐らく知っていると思いますが、カウルーン砦は取り壊されることが決定しました。今はまだ、砦そのものは残っていますが……それでも、今年中には撤去されることが決まっています。

 でも、悪いことばかりではありません。連邦議会の法案で、カウルーン砦から立ち退く難民を、各州で受け入れることがすでに決まっています。東洋人の多くは、ロングコーストの方で受け入れられたようです。とくにセントフランは最大の受け入れ先になっていて、フェイ老子の指導力の元、東洋人市街の建設も始まっているようです。

 それで、クーは正式に陸軍を除隊し、私達に会えるよう、イーストシティに来ることが決定しました。前述のように、イーストシティは比較的、人の行き来が激しいところなので、東洋人の受け入れにも比較的寛容ですから。それで、クーはイーストシティの一角に、掛けられていた懸賞金を使って、レストランを開きました。ネッドたちのお店に負けないように繁盛させるんだって、息巻いてますよ。実際、開店以来の大繁盛です……そうそう、店員には、優男のモビーと、小太りのトンを雇ってます。二人とも、実はクーに気があったみたいなんですが、クー自身が当面は、独り身で居たいからって、珍しく気を使わずに、二人の男を振り回してます。でも、三人は幼馴染で、気心が知れてるっていうのも良いみたいで……ともかく、クーは楽しそうにやってます。私とポワカも料理はイマイチですから、よく晩御飯を食べに行って、そのまま閉店後に、私達のアパートで女三人、羽を伸ばしていたりします。


 次に、お兄様、ジェームズ・ホリディとカミーヌ族ですね。意外かも知れませんが、ジェームズお兄様とカミーヌ族の方々は、ただいま一緒に居るんですよ。グラスランズに保留地が認められたカミーヌ族ですが、依然暮らし向きは裕福とはいえません。それで、お兄様が協力してですね……その、カジノを建設しているんです。

 あまり褒められた行為ではないのかもしれませんが、カジノの収入は、ネイティブ再興のための資金にあてがう予定みたいです。もちろん、お兄様自身もお金を貯めて、来るべき時に私の支援が出来るようにって……私は私で頑張ります、と言っているのですが、兄はなかなか言うことを聞いてくれません。お互いにいい歳なのですが……それでも身内はやはり頼りになりますので、必要なときには頼りたいとは思っています。

 それに、スコットビルも言っていたように、法が常に、万人の為に振るわれるとは限りませんから。兄のようなアウトローも、マイノリティを支えていくためには必要というのが現実なのでしょう。兄もそれを自覚した上で、社会の後ろから、この国の為に尽力してくれています。

 そうそう、カミーヌ族の中には、やはり自然と共に生きたいという層も一定数居ます。ですから、やはり若い人たちがカジノの運営に回っています。オリクトは義手を好まず隻腕のままですが、兄の右手として頑張ってくれているようです。ヒマラーは歳の割りには何事にも興味津々で若い感性を持っていますが、どちらかというと酋長達とカジノの橋渡し役として活躍しているそうです。


 最後に、シーザー・スコットビルについて。彼は現在、イーストシティにある本社を拠点に、マイノリティー達やこの国のために色々と奔走してくれています。もちろん、此度の騒乱の一端を担っていたことは告白していますので、自由に行動できるわけではなく、司法省の監督が入っている上、彼自身、執務室に檻をつけており、もっぱらその中で生活し、外に出るときは手かせをして行動しています。とはいえ、その気になればいつだって枷や檻の一つや二つ、彼は破壊できるわけですから……彼が折の中に居るのは自身の罪に対する戒めであって、彼を捉えておく檻ではないのでしょう。私も一月に一回くらい会いに行って、色々と助言をいただいています。

 ともかく、彼は政界にも財界にも顔が利きますから、やはり彼と協力できたのは良かったですね。そう言えば、以前私はネッドに対して、「この国を影で操る連中など居ない」と言ってしまいましたが……原理主義者の総本山、大元の三百人委員会は解体されたようです。理由としては、保守派、というより旧家出身なだけで自己保身の強いの百人が、狙ったようにお亡くなりになったから……こればかりは、ヘブンズステアの功績ですね。彼は、この国の癌になる連中だけを狙っていたようです。

 ヘブンズステアが三百人委員会を襲撃した際、その場にいたのは最右派と日和見主義者が多く、中道な方々はそもそも旧体制を疑問視していたので、運命の日に欠席をしていたらしいのです。残った方々も信心深い方々ですが、それでも聖典の記述を政に反映させようとまでは考えていらっしゃらないようなので……ともかく、急進的な原理主義者、その中でも政界や財界に影響を及ぼせるほどの権力のある方々は居なくなりましたので、スコットビルも比較的動きやすくなったそうです。

 そうそう、ついでですが、グラントよろしくに、スコットビルもネッドと一回、手合わせしたいと言っていましたよ? 何せ、どうやっても折れない、不屈の男なので……トゥルーグリットの二つ名を付けたことを、自画自賛しています。それで、私に負けた分を、彼に勝って取り戻したいのですか? と聞いたら、あのシーザー・スコットビルが珍しくバツが悪そうにしゅんとしていたのが、少々面白かったです。


 さて、気になる方の近況は、こんなところでしょうか。繰り返しになりますけれど、あの戦いが一年以上前だったなんて、まるで嘘かのよう……この手紙をしたためる前に、私はブッカーのお墓に花を添えに行きました。最初の頃は毎日のように通っていたのに、でも、段々と、行く回数減っていって、それは死者を悼む気持ちが、段々と薄れていって……でも、それでいいんだと思います。きっといつまでも彼に頼ってたら、彼も安心して、次の生を授かれないでしょうから。

 未だ、南部では褐色肌に対する差別は冷めやらないと聞きます。此処のところ、私の周りではそういった事実を目にすることが無いので、どこか遠くの話に感じてしまう自分もいて……それでも、あの聖なる夜に、人々は自分達の足で歩んでいくことを選択してくれました。人種や生まれに関係なく、人々は同じ想いを抱くことが出来るのだから……そう信じて。

 それを信じられる根拠になるような、嬉しいこともありました。墓参りの帰り道、幼い子供達が、道で遊んでいました。白人の子供と褐色肌の子供達が手を取り合い、一緒に笑いあっていたんです。

 もちろん、ここは南部ではないからという理由はあったでしょう。そして、本来ならば――これを嬉しいとは思わず、当たり前の光景として見過ごせるようになるのが、本当のはずなんです。ですから、私は気持ちを新たに、誰もが性差や肌、生まれに関係なく、手を取り合える世の中を作っていくために、頑張っていこうと思います。


 誤解を恐れずに敢えて言えば、私とお二人の進むべき道は、私が進むべき道よ、すでに別の方へと伸びているのでしょう。それでもきっと、肝心なところは代わっていません。お二人と出会って、私は本当に大切なことに気づかされました。人一人の力は小さくても、大切な人を想う力は、どんな困難にも打ち勝つ力をくれると、私に教えてくれました。ですから、お二人はどうかそのままで……そして、そのままでもきっと、お二人の紡ぐ糸が、きっと明日に誰かを温め、誰かの傷を庇ってくれると信じています。


 それでは、お店をやっていると、なかなかこちらへは来れないかも知れませんが、貴方達も機会があれば、こちらへ遊びに来て下さいね。

 

 ジェニファー・フィッツカラルド・キングスフィールドより親愛を込めて


 追伸、本当だったら貴方達に送りたかったはずの、でも住所不定だからスコットビル宛に送られ一旦私のほうで受け取った手紙を、そちらへ転送しておきます。あちらの住所も書かれているので、どうやら遠い国のようですが、お返事を書いてあげてくださいね。


 ◆


「そっかぁ、ジェニーたち、遊びに来てくれるんだ……」


 手紙を読みえ、ネイはそ、と便箋を机に置き、微笑みながら呟いた。


「それじゃあ、来た時にそれなりに胸を張れる様、それなりに繁盛させておかないとだな。それこそ、クーの店に負けないくらいにはさ」

「そうだね! それこそ、あんまり寂しいと、ジェニーにからかわれちゃいそうだしなぁ」

「いやいや、あぁ見えて、意外と気を使うからな、アイツは……本当に閑古鳥が鳴いてたら、反応に困らせちまうんじゃないかな」

「あはは、そーかも。でも、ポワカ、そっかぁ、もうアタシよりも大きくなってるのかぁ」


 ネイも、きっとポワカの成長が嬉しいのだろう、どことなく嬉しそうに呟いていた。そして二人で、少しの間、黙って手紙の内容を噛み締めて――ふと、ネイがカウンターの奥を眺めた。青年もそちらを見ると、ネイの視線の先には、ジーン・マクダウェルのテンガロンハットが壁に掛けられいるその横ぶある時計の針は、九時十分を刺していた。


「……これなら、もう一個も読めるかな?」


 ネイは青年に裏面が見えるように、もう一つの封筒を持ち上げた。そこには流麗な文字で『グレース・オークレイ』と署名が書かれていた。

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