24-4


 ◆


 ギャラルホルンの最も深い底に、その部屋はあった。一面の白い壁に、窓も無く、調度品も無く、ただ最奥に人一人がゆったり座れる椅子と、その上の壁に十字架が架けられているだけのシンプルな部屋。

 聖人の威光を現す十文字の下に、肘掛に気だるそうに肘を置き、頬杖をついて足組みしている美しい少女が居る。だが、その中身は聖人とも乙女とも程遠い、独善的な男の魂が宿っている――ブランフォード・S・ヘブンズステアは何が面白いのか口元に笑みを浮かべ、目を細めながらこちらを見つめていた。


「それで? ネイ達に良い様にされて、おめおめと逃げ帰ってきたわけか? ダンバー」

「あぁ、言い訳はしない」


 恐らく、こちらが弁明しないのが面白くなかったのだろう、ヘブンズステアは小さく嘆息し、肘掛から肘を外し、手を振りながら答えた。


「……だが、ギャラルホルンの起動には何の問題も無い……そもそも、私が想定していた出力には、アレでも足らなかったくらいだ、が……ダンバー、貴様、敢えてこうした訳ではあるまいな?」


 ヘブンズステアは愚鈍ではない。最近はエゴが前面に出てきてしまったせいで可笑しな行動が多々見受けられたが、本来はこの国を裏で操ってきた名門、ヘブンズステア家の嫡男なのだ。こちらの真意までは分からずとも、策略を巡らしていることに気づくのは道理だった。

 だが、慌てる必要もないし、弁明する必要も無い。ギャラルホルンを起動し、全ての魂を掌握するという結果そのものは、互いに目指すべきところなのだから。


「だんまりか……まぁ、よい。我々は、仲良し小好しの軍団ではない。腹に一物あって、別に構わん……私とて、貴様の想定どおりに動くと思ったら大間違いだぞ、ダンバー」

「……早くした方が良い。さもなければ、ウェスティングスが彼等にやられてしまうだろう」

「ふむ、別にここまで来たのだ、今更ヤツがどうなったところで問題ないが……しかし、向こうは消えかけのアンフォーギブンと、脱落したビッグスリー、出来損ないのエヴァンジェリンズ、それになり損ないの祈士、半可者ばかりで、もはや脅威に値しないと思うが……」

「成る程、相手を軽んじるのは血筋だったのだな、ヘブンズステア。私は貴様の娘にも同様の忠告をした……彼等を舐めない方がよい。そもそも、生半可であったならば、彼らはここに辿り着く前に、とうに死んでおるよ。それに……」

「……それに?」

「私の弟子達を侮るな。それは、私を侮辱するのと同義だ……特に、ヴァン。ヤツは本来、黙示録の祈士に相応しい力を持っていた。だが、破滅と支配と勝利と死とが目的の肩書きは、ヤツの実力を活かすに足らなかっただけに過ぎん」


 そう、ネッドに活を入れられた今のヴァンならば、ウェスティングスの遥か斜め上を行く奮迅の活躍を見せるだろう。


「……忠告痛み入るよ、ダンバー。だが、今の言葉、そのままお前に返そう……成る程、確かに貴様は最強だ。私やスコットビルを以ってしても、なお消えかけの貴様を倒すことはできんだろう。しかし、貴様にも黙示録の祈士という肩書きは、いささか相応しくなかったのかもしれんな」


 ヘブンズステアは美しい顔にどこか攻撃的な笑みを浮かべて、ベッドから乗り出し扉の方へと歩いて行った。


 ◆


「貴様らぁあああああッ!! 許さんぞ!!」


 下からウェスティングスの声が聞こえてくる。拡声器で声を飛ばしているのだろう、空に浮いているというのに良く聞こえる――高度は現在二千メートル、プロペラやブラックノアの駆動音が混じってもなお聞こえてくるその声は、近くで聞いたら相当うるさいに違いない。


「はぁ! 見えるかぁ!? この大型ミサイルランチャーがなぁ! 見えないかなぁ!?」


 見えるか見えないかで言えば見えないのだが、成る程、巨大な誘導弾でこちらを狙っていることは分かった。それならば、まだ降りるべき時ではない――マクシミリアン・ヴァン・グラントは、静かにその時を待った。


「すでに照準は合わせてある!! 泣き喚いて死を待て!!」


 輝石で強化された反射神経なら、コンマゼロ以下の反応速度で見切ることが可能――弾速も音速も、光の早さには敵わない。ここからなら、発射を確認してからでも間に合う――それほどに、勝負は一瞬なのだ。


「ははぁ、発射ッ!!」


 その声と合わせて、ヴァンは機体から身を乗り出した。照準は、当然ブラックノア、敵の位置を考えれば、角度はこれで良い筈だ――相手が下で小さく煙が噴出されるのと同時に、こちらへ急速に向かってくる点が一つ、こちらは地球の引力に引かれるがまま、互いに距離を詰める。ヴァンは右手の手甲に力を乗せ、ミサイルとすれ違う前から腕を振った。男の手甲に触れた弾頭は、信管が起爆するよりも前に斥力によって進度を逸らし、少ししてから爆発した。ヴァンは左の盾を正面にかざし、少しでも自身へのダメージを防ぐことに専念する。爆破の衝撃で自身の体は吹き飛ばされたものの、ダメージは無く健在、ブラックノアも宙で多少揺さぶられたが、ダメージは無いようだった。


「な、なぁにぃいい!?」


 下からの声がどんどん近くなっている――次は、着地に備えなければならない。ヴァンは頭が下になっているままの姿勢で、下の湖に向かって盾を投げた。そしてすぐに宙で一階転した。


「ば、馬鹿め!! 高度二千メートルか落下して、無事なはずがなぁああああいッ!!」


 水面に激突する瞬間でも、ウェスティングスの声は嫌にうるさく聞こえた。水柱が立ち、青年の視界は水で覆われた。


 ◆


 ポワカたちはブリッジのモニターで下の様子を注視していた。先ほどは爆発の衝撃で機体が揺れたが、ずっこけたのは自分のみで、ネッドは椅子にぐったりとなって、ネイは凄まじいバランス感覚で立ったままやりすごしていた。

 このブリッジ、下の光景をカメラでモニターできるらしく、正確な映像と、下の声とがしっかりと把握できるようになっていた。


「うぅ……グラントぉ……」


 高度二千メートルから水にぶつかれば、普段は柔らかい水だって鉄のように硬いはずだ。いくらグラントが強くても、流石にただでは――。


「大丈夫だよポワカ、アイツは、やると言ったらやるヤツさ……昔からな」


 ネッドは腕を組みながら、モニターを水に頭を垂れていた。声には元気こそ無かったものの、芯の通った何かがあった。

 一方で、片腕の損壊したネルガルのはたで、ウェスティングスが腕を上げながら小躍りを踊っている。


「ふは、ふははは! 馬鹿が一人自殺しおったわ! ……うん?」


 片眼鏡の男の表情が、喜びから驚愕へと変わっていく。晴れていく水柱の奥、光を反射して出来た小さな虹の先に、マクシミリアン・ヴァン・グラントは立っていた――もとい、水面に浮かんでいた。


「な、な、な……浮いているだとぉ!? 科学的ではなぁい!!」

「いいや、これは盾にかかる浮力と、水面との斥力によって浮上しているのだ」

「な、成る程……意外と科学的だったのだな…………いいや!? 貴様、あの高度から落ちて何故無事なのだ!?」

「着地の衝撃は、斥力で相殺した」

「な、成程……って馬鹿か! 貴様、メチャクチャだな!?」

「……御託はいい、往くぞッ!!」


 グラントが足を盾の前に置くと、恐らくあれも斥力でやっているのだろう、盾が水面を前進し始めた。


「ふ、ふひ!? ね、ネルガァル!!」


 ウェスティングスが機材を操作し始めるのと同時に、肩が片方砕けているネルガルの胸部装甲が開き、奥から小型の――とはいっても先ほどのものと比べると小型なだけで、十分大きいのだが――ミサイルが無数に飛び出した。


「止まって見えるッ!!」


 一方でグラントは、盾上で足を絶妙に捌き、少しずつ進度を変えながら、ネルガルのミサイルを華麗にかわして、陸に向かって接近している。


「……死にたくなければ退くのだな、ウェスティングス……巻き添えを食うぞ」


 言いながら、グラントは右手の手甲と左の義手とで両手を組んだ。すると組んだ手の部分に小さく稲妻が走りはじめる。


「あ、アレはどういうことだ!?」


 ネイがモニターを指差しながら素っ頓狂な声を上げている。ここまでも十分非常識だったのだが、おそらく彼のやりたいことを理解しているポワカが、その説明をすることにした。


「多分、手を組む力と斥力、反発する二つの力を無理やり引き起こして、組んだ手にエネルギーを溜め込んでるんデス」

「え、えぇっと……それ、凄いのか?」

「この眼で見たことがある訳ではないので、ちゃんとしたことは言えませんが……」


 しかし、言うより見たほうが早いだろう、モニターに目を戻すと、その威力を察したのか、ウェスティングスはギャラルホルン内部の方へ飛び降りていた。


「……この身を弾丸として、撃ち抜くッ!!」


 男は目を見開き、盾の後ろを踏み抜いて、自らを水面から打ち出した。そしてエネルギーを溜め込んだ両手を前に、ゴーレムへと突撃する。


「絶対の守護者【アブソリュート・ガーディアン】ッ!!」


 男の拳が機械の胸に突き刺さったかと思うと、飛び込んだ勢いのまま突き進み――マクシミリアン・ヴァン・グラントの体はすぐに機械の後ろへと抜けていった。だが、両腕はすでに交差しておらず、中空を回って足から着地し――直後、ネルガルの体が内側から導線や螺子が飛び始めたかと思うと、すぐに孤島の上で大爆発が起こった。


「あ、あはは……あ、アイツ、なんか凄かったんだな」


 一人の人間が、ゴーレムを一撃で葬り去ったのだ、ネイが乾いた笑いをあげるのも無理は無かっただろう。


「……ま、やるときゃやるヤツだって、言っただろ?」


 振り向いてみれば、いつの間にかネッドもモニターを見ており、口元に小さく笑みを浮かべていた。


「しかし、パイク・ダンバーの弟子は、どうしてこう、自分を打ち出すのが好きなんだろうな?」


 ネイの言葉に、今度はバツが悪そうに頭をたらしてしまった。貴女も以前、ブッカーのギターケースで打ち出されていたじゃないデスか、とは言わないでおいた。

 ともかく、視線をモニターに戻すと、爆煙が風で吹き消える向こう側で、水面を蹴った瞬間に宙に浮き上がっていた盾をそのまま左手でキャッチし、グラントはブラックノアに向かって敬礼をした。ポワカもネイも、向こうからは見えないのに、無駄に敬礼を返しておいた。


「……おい、アレはなんだ?」


 再び顔を上げていたネッドが、モニターの一部分を指差していた。そこは、ギャラルホルンの入り口の座標をさしており――。


「……識別信号、ゴリアテ……二式!?」


 レーダーからカメラに視線を戻すと、空いた地下への入り口から、一体のゴーレムが姿を現した。しかしそれは、昇降機のようなものは一切使用せず、地中から出てきており――車輪が取り除かれ、代わりにスカートのような脚部から、原理は謎だが、アレで浮いているのだろう――橙色の粒子を散らしながら自力で空を目指して上昇しているのであった。

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