24-5


「アレがゴリアテ二式だと!? アタシ達が見たときには、あんなふうに空を飛んでなかったぞ!」

「……ウェスティングスが、改造したのでしょう……でも!!」


 相手まで空を飛ぶとは想定していなかったが、こちらはこちらで迎撃の準備がある。


「……トーチャン、三式ッ!!」

「うむッ!!」


 娘の叫びに、トーマス・ブラウンとゴリアテ三式が応えてくれた。奥の山から地中を掘削して出てきた三式は、この前の魔改造により、背面のバーニアで空を飛べるようになっている。


「な、なんだ!? こっちのも空を飛ぶのか!?」

「そうデス! ロボットのパワーアップといえば、空を飛べるようになるって相場が決まってるもんなんデスよ!!」

「そういうもんなのか!?」

「そういうもんなんデス!!」


 ネイとのやりとりを適当に済ませ、ポワカはモニターに視線を戻した。


「しかし、ゴリアテ三式単品では画竜点睛を欠くというもの!! トーチャンの制御と、ボクの応援、三式の頑張りが合わさって、本物なんデス!!」


 モニターの向こうで、ブラウン博士が空に向かって飛び出すのが見える。落下する先には、ゴリアテ三式が迫っており、このままいけば三式の手が博士を拾うだろう――しかし、それを黙ってみているほど、ウェスティングスも甘くは無いらしい。


「我輩を舐めるなよ、ブラウン!! このゴリアテ二式・改で、貴様を空の藻屑にしてやるッ!!」


 声は、改造された二式の方から響いてきた。どうやら、アレも有人式に改造されているようで――ともかく、肩から突き出たミサイルポッドが、ブラウン博士機械の体とゴリアテ三式の腕を狙っていた。


「トーチャン!! 三式!!」


 ポワカの声がブリッジに響くと同時に、無慈悲にもミサイルが発射される。しかし、そのミサイルはターゲットの遥か手前で一発爆発し、残りも誘爆して終わった。


「ちっ……グラントのヤツか!?」


 下を写すモニターでは、グラントがボウガンを天に向かって掲げていた。


「……一キロ先を狙うのって、難しいんじゃなかったのか?」

「アレはきっと、ゴリアテ三式の腕を軸に狙い撃ったんだ……とは言っても、簡単じゃないことは確かだね」


 後ろでネッドとネイがなにやらやりとりをしているが、ともかく、グラントの援護のおかげで、ゴリアテ三式の手が博士を宙で拾い上げた。そのまますぐにコックピット部分が開き、博士の機械の体をその身に招きいれ――ハッチが閉まるのと同時に、ゴリアテ三式の目が一層輝いて見えた。


「……そっちがゴリアテ二式・改なら、こっちはゴリアテ三式・改、デスよ!!」


 そう、ウェスティングスの発明を侮っているわけではない。それでも、向こうは過去の遺物を改築しただけ、それに対してこちらは持てる知識を全てつぎ込んだ最新鋭なのだ――以前は出力で負けていたが、今度は背部のバーニアで推進力が増している。押しきれる、そう判断し、ポワカは三式が迷い無く動けるよう、椅子から乗り出して腰の入ってない拳を突き出した。


「足も無いその貧弱ボディで、この鉄拳制裁を止められる物かぁぁあああああああ!!」


 三式の背後から熱炎が噴出し、重量と速度を乗せた拳が兄機体に突き出された。


「侮るなよ、クソネイティブがぁあああああああああッ!!」


 相手の機体の脚部フロートから粒子の噴出が止み、二式の身体が重力に引かれて僅かに下がった。その結果、三式の拳が宙を切り、二体の巨兵はシルエットを交錯しただけで終わった。


「なっ……!? あのやろー、意外と操縦技術が高いデスか!?」

「うむ……思い返してみれば、無数の機械兵士を同時に操作するほどの集中力、空間把握能力があるんじゃ、操作技術が高いのも頷ける」


 すでに通信の繋がっているゴリアテ三式から、ブラックノアのブリッジに通信が入ってきた。


「……トーチャン、出し惜しみはなしデスよ!?」

「分かっておる!」


 先ほどの一撃を避けられたのは予想外だったが、相手が下によけたということは、こちらが上を取ったということに等しい。ブラックノアは下方向への攻撃はイマイチでも、ゴリアテ三式は人型、問題なく攻撃することが出来る。背面バーニアの中央に備え付けられたボウガンが射出され、それを右手でキャッチし、左手で弦を引いた。


「指向性拡散型炸裂弾【クレイモア】、くらえッ!!」


 打ち出された鉛製の弾頭は、空気抵抗によって粉砕され、ちょうど二式の真上部分で炸裂した。後は内部に込められていた700もの鉄球が、弾頭が打ち出された加速度に上乗せされて、敵の機体を穿つだけである。


「うぬぐ、小癪なっ……!?」


 ウェスティングスが呻く声が聞こえるが、装甲も強化してるのだろう、ベアリング弾は相手の装甲の表面をへこませる程度で終わっている――だが、この一撃で沈まぬくらいは想定のうちだった。この一撃はあくまでもけん制、意外な回避技術を見せるウェスティングスを、空中に縛り付ける意味合いの方が大きい。


「真打はここからデスよ……!」


 胸のシリンダーから蒸気が噴出し――同時に、父の懐中時計も輝石の力を発動しているだろう、娘の力で出力を向上させ、父の力で相手の反応を遅らせる。すでに三式はボウガンを投げ捨て、腕を交錯させて次の一撃に備えていた。


「勝負は一瞬!!」

「パンチより痛い全力キック! 受けてぶっ飛べ変態眼鏡ッ!!」


 親子の咆哮と共に、ゴリアテ三式の両腕が振り上げられ、背面バーニアが反転し、逆噴射で超加速して急降下を始めた。その上、ブラウン博士の術式により、ゴリアテ三式以外の世界が停滞し始め――。


「……このゴリアテ二式改はなぁあああッ!! 以前の戦闘データを参考にぃぃいいいッ!! 貴様等の三式をぉぉおおおおおっ!! 完全に超えるためにぃぃいいいいいいいッ!!」


 ウェスティングスがなにやら喚いているが、もう遅い――トーマス・ブラウンの力によって停滞した世界、ポワカの目には下っていく三式の姿が、稲妻のように映っただけだった。


「……ぬぅ!?」


 しかし、勝利の確信を、父の驚愕の声が打ち砕いた。下の湖面に、先ほどのグラントが立てたものとは比べ物にならない水柱が立ち、水深の浅いロシワナ湖の水で腰の辺りまで沈めて、ゴリアテ三式は上空を見つめていた。そして、機械の見つめる視線の先には、ベアリングによって表面装甲に傷が付いただけで、未だ健在の二式の姿があった。


「ぐ……ごふっ!!」


 恐らく、内臓をやられたのだろう、ウェスティングスの呻き声が、中空に響き渡る。


「……やられたわ、超加速……しかし、訓練していない身では、加速の負荷に操縦士の方が耐えられなかったようだな」


 つまり、極限まで遅くなった世界で、三式の一撃を避けられるほどの殺人的な加速をしたのだから、一瞬といえどもウェスティングスの身体に相当なGがかかったことになる。その結果、身体が耐え切れずに吐血し――もしかすると、目や鼻からも血を垂らしているかもしれない。


「ぐひ、ふぅ……なめ、舐めるなよトーマス・ブラウン……貴様の方こそ、今の一撃で、輝石を使い果たしたのだろう……」

「じゃが、ゴリアテ三式の武装が尽きたわけではない!」


 先ほどより高度が落ちてるといっても、二式は上空五百メートルに位置している。機関銃などの実弾兵装では有効射程ではないし、先ほどの至近距離でのベアリング弾を防いだことからも、生半可な攻撃では相手を落とすには足らないだろう。そうなれば、やはり直接攻撃以外は無いのだが、とりあえず再びけん制の意味合いも込めて、三式の開いた胸部から誘導弾が発射された。


「甘いぃい!!」


 二式のスカート部分から、細かい金属片が飛び出し、中空で燃え出した。アレはホーミングミサイルを落とすためのデコイか――ミサイルは燃え上がる金属に誘導され、二式の遥か手前で爆発させられてしまった。


「フレアか!?」

「その通り、ミサイルを搭載してくるなど、想定の内……ごふっ!」


 どうやら、まだ先ほどのダメージが抜け切っていないらしい、ウェスティングスの言葉の最後は濁った咳で途切れてしまった。一瞬、ポワカはウェスティングスが何故わざわざ有人式にしたのか疑問に思った。こんな風に身体に負荷が掛かる事など、科学者であるウェスティングスなら簡単に分かるはず。それでも有人式を選んだのは、多分二つの理由があり、一つは遠隔操作による少しのディレイも許されないほど、ブロークンクロックワークスの力が強力であるから。そしてもう一つは、きっと単純に――。


「はぁぁあ! 我輩が、我輩がプライドを捨ててまで、この二式を改造したのだ……そうだ、我輩は何時だって、貴様の背中を追ってきたっ!!」


 グラハム・ウェスティングスは、いつも父の亡霊と戦い続けていたのだ。だから、父と同じ舞台を選んだ――きっと、そういうことなのだろう。


「そして、忘れたとは言わせまい……貴様が作った、この超兵器の存在をなぁッ!!」


 二式の胸部装甲が開き、巨大な砲台が伸び出した。


「アレは……蒸気砲か!?」


 ポワカも、父から話は聞いていた。蒸気砲は威力が高すぎるので、敢えて三式の武装にしなかったと聞いている。その一撃は山肌を穿ち、国民戦争時代に多くの死傷者を出したという。それが故に、アレはトーマス・ブラウンにとっての黒歴史、掘り返されたくない過去そのものだっただろう。


「ふふはは、違うね……こいつは以前のままではないぞ? エーテルライトを動力とすることで、出力を上げているのだからな! 名づけて、霊子砲だッ!!」

「ぬぐ……」

「おっと、動くなよ、動いたらすぐに撃つぞ……多少動いたところで、能力を使えぬ貴様では、避けきれぬ位の攻撃範囲はあるのだからな」

「……なるほど、ワシが輝石を使い切るのを、待っておったわけか……」

「その通り、我輩の作戦勝ちだな、ブラウンのジジイ」


 兄機体が、弟の居る湖面の近くまで降りてくる。とは言っても、距離直線距離は数百メートルあり、ここから間合いを詰めて蒸気砲を発射される前に二式を落とす、というのは難しそうだった。


「ふひ、ふひひひひひ!! ぐふっ、げほっ……はあぁぁぁぁ……やっとこの日が来た、貴様を完膚なきまでに打ちのめし、我輩の方が優れていることを証明出来る日がな! ごふっ……我輩は、この瞬間をどれだけ待ち望んだか、博物館で眠っていた二式を穿り出し……」

「……ポワカ、聞こえるか?」


 苦しそうに悦に入って独り言を呟いているウェスティングスをよそに、地下空間では役に立たなかった通信機から、父の声が聞こえ始めた。ポワカはマイクを座席に納め、通信機を膝の上に置いた。


「と、トーチャン……どうするデス?」

「……残念ながら万事休すじゃ。お前さんたちでも、ここから逃げろ……ヴァンの坊やは、なんとかワシが逃がす」

「そ、そんな!?」


 ポワカの悲痛な叫びに、ネッド・アークライトが立ち上がった。しかし、それも想定していたのだろう、ブラウン博士がそれを声で制止した。


「……ネッド、お前さんをここで失うわけにはいかん。それに、蒸気砲の威力、見たことがあるのじゃろう? それに、発射されたエネルギーは、いくら許されざる者の力を使ったとて、どうにもできんじゃろう」

「……くそっ」


 青年は小さく吐き捨てながら、また席に着いた。


「……それにじゃな、ワシがここでヤツの攻撃を受けねば……」


 そこで父の言葉が切られ、ポワカはその真意を手繰るべく、湖上のゴーレム二体を見つめ――だが、答えはもっと奥にあった。蒸気砲が構えるその先、ゴリアテ三式の後方に。


「……カウンティマウントの、街……」

「そう、ヤツが撃つのと同時に前進すれば、この特殊合金で作られたゴリアテ三式、機体を盾に幾分か街への損害を抑えられるじゃろう……それでも、完全とはいかないじゃろうが……」

「そんな! 霊子砲とやらが、どれほどの威力があるかも分からないんデスよ!?」


 そこで、父の声は一旦途切れてしまった。きっと、自分をどう説得しようか考えているのだろうが――恐らくどういわれても、ポワカは納得できなかっただろう。息を一杯に吸って、納めたマイクを取り出した。


「グラハム・ウェスティングスッ!!」

「そして、我輩の苦悩もようやく……あぁ?」


 悦に入っている所をポワカの叫びに中断され、ウェスティングスが気だるそうに息を吐き出すのが聞こえた。


「はぁぁ……待っておれ、ネイティブのクソガキ。貴様はジジイの後に始末してやる」

「待つもクソもねーデス! その……やめ、やめてください! テメーが撃とうとしているその先には、街があるんですよ!?」

「それがどうした?」


 何の疑問も無い男の声に、むしろポワカが返答に窮してしまった。そこに畳み掛けるように、ウェスティングスの追撃が始まる。


「我輩たち黙示録の祈士は、神の裁きと言う名の天災だ。神は平等に、公平に、そして理不尽に裁きを下す……この先に街があるなどと、知ったことではない」

「あの街は……あの街は、白人達の街です! アナタがどれほどネイティブや異教徒を嫌っているかは知っています! でも……」

「……だから、知ったことではないと言っている。そもそもなぁ、そんなこまっちぃ生き死にを気にしているようなら、我々は国民戦争を早々に終結させたよ……ごほっ」

「……狂ってます、アナタは、正気じゃない」

「結構である。才ある者の考えを、神聖な使命を持った我輩の信条を、不浄なる劣等種の貴様に理解できるはずが無い……そもそも、貴様等が悪いんだ。ギャラルホルンの動力を補うため、エーテルライトが足らんのだからなぁ」


 もう一度、ポワカは心の中で「狂っています」を繰り返した。しかし言ったところで相手には響かぬだろうと、そしてどうにか霊子砲とやらの発射を止めさせようと、アレコレと考えているうちに、ウェスティングスが続きを話し始める。


「そして、貴様はなんだ? そんな風に、蚊帳の外からピーピーキャーキャー喚きたておって……命を張る度胸も無い貴様が、何を以って我輩に講釈を垂れようなどというのだ、片腹痛いクソガキが」

「ひっ……」


 女の子が小さく悲鳴を上げたのは、相手の言うことに言い返せなかったからだ。確かに、いつも自分は皆が頑張って、命をかけて戦っているのを、後ろから見ていることしか出来ない。

 

(それでも…………このままじゃ、駄目……!)


 ポワカ・ブラウンはその一瞬で、自分の心を見つめなおした。幼い自分、弱い自分、でも、それを乗り越えるには、目を逸らしたくなるような険しい階段がある。


 それでも、ポワカはその階段を一歩上ることに決めた。上った先が正解であるか分からないけれど――もう、幼くも居られないのだから。


「……そうデス、ボクは……クソガキです。ママの死を受け入れられず、成長を拒んで、いつまでも子供っぽくて……それに、いっつも安全なところから、喚きたててるだけ……アナタの言う通りかもしれません」


 ネイが心配そうな顔をしながら一歩近づいてきたが、ポワカはそれを首を振って止めた。


「……でも、それでも、ボクがどんなに弱くたって、駄目なヤツだって、それでもアナタが間違えていると言う権利はあります」

「はぁ? 貴様のような劣等民族に、人権などあるものか」


 ウェスティングスの声は感情的というよりも、機械的で冷たい調子だった。


「良かろう、ネイティブのクソガキ……一つ講釈を垂れてやる。我輩は何も、貴様が霊長類人科であることを否定しておるわけではない……だが、例えば犬に犬種があるように、人にも種族がある。同じ犬種ならば個体差はあれど、種別ほどの差は出てこない。巨大で、力強い犬種もあれば、か弱い、吠えるしか能が無いようなよわっちいヤツもいる。人種もそれと一緒だ。我輩たちは優良種、貴様らは劣等種だ……神の加護のある人種と、神の加護の無い貴様等、叡智を振り絞り大陸を切り開いていった我々と、数千年間採集狩猟をやっていた貴様等、どちらがより優れているかなど、一目瞭然だ」

「……でも、今アナタがやろうとしている行為は、アナタの言う同じ種を攻撃しようという行為です」

「ふん! だから先ほど天命だと言ったのだ。我輩は黙示録の祈士、必要とあれば、同属すら殺す権限を持っておる……いや、そもそもの前提からして、貴様は勘違いしておる。いいか、人間なんてものはな、決して分かり合うことなど無い。所謂帰属意識というものは、敵対関係にある連中が出来るから形成されるのだ。だが、そんなものすら一時の幻想だ……倒すべき敵を倒せば、今度はかつての身内同士で血肉を洗う争いが始まる。最後の絶対勝者が現れるまでな……我々は、そういう生き物なんだ」

「……でも、なんだか、そんなの……寂しいです」

「貴様が心配せずとも、もうすぐ平和な時代が来る。愚かしい人間を統べるために、神の国を作ってやろうというのだからな……そこには、貴様らはいないが……」

「……それも、それも違うと思うんです。もちろん、そこにボク達がいないことじゃありません。そう……」


 昨晩、ネイから聞いた言葉が、やっと女の子の胸にすとんと落ちてきた。


「……誰かに思考を強制させられて、それで平和だなんて言うのは、きっと違うんです。うん、なんだか上手く言えないですけど……ボクは今、アナタの意見を聞いて寂しいって気持ちになりました。それは、きっと人間って、人種とか、言葉の垣根を越えて、いつか分かり合える日が来るんじゃないかって、信じたいからだと思います」

「ポワカ……」


 後ろから聞こえるネイの温かみのある声と、ネッドの視線から、少しだけ勇気をもらった。


「それに、そう。分かり合えないうちは、人は距離を取ることだってできるんです。今日に手を繋げなくたって、今はただ、互いに不干渉でいることだってできます」


 それは、ポワカがWWCから教えてもらったことだった。自分達が受け入れてもらえなくたって、ただ今は道化を演じて、相手を恨むことをせずに生きていく――今日にはそれで精一杯でも、明日には温かい未来が来るかもしれない。ポワカ・ブラウンは、それが灰色の答えでも――いや、きっと清濁併せ呑むことが、成長への第一歩なのだと飲み込んで、最後の啖呵を切ることにした。


「そう、確かにボクはクソガキかもしれません。でも、それと同じくらい、人は分かり合えないとか、勝手に分かった気になっているのを、ボクは大人だとも思わない!」

「はぁ!! どうせ騒ぐしか能のないクソガキが!! 黙ってそこで、ブラウンのジジイがやられるのを見ておれぇ!! 霊子砲、はっ……」

「……ハァッ!!」


 ウェスティングスが蒸気砲を発射するよりも前に、湖面に巨大な水柱が立った。


「よくぞ吼えたな、ポワカ・ブラウン……貴殿の夢、たとえ心無き者どもがあざ笑おうとも……このマクシミリアン・ヴァン・グラントが支持をする!!」


 湧き上がる水から姿を現したグラントは、先ほどのように両手を交差させ、ゴリアテ二式に突撃していた。


「ぬぅ!? 彼奴めのエネルギーフィールドはぁ!?」


 先ほどのグラントの一撃は、二式の装甲すら容易に破壊すると直感したのだろう、グラハム・ウェスティングスは機体を再び上昇させ、グラントの一撃をかわした。的を失ったグラントは、そのまま重力と推進力との間で緩やかな曲線を描き、水上を滑走していた盾の上に着地した。


「よし! これで照準は外れましたね!!」

「はぁ! クソガキ、そこまで言うならなぁ!! 貴様から葬ってくれるわぁッ!!」


 ゴリアテ二式の身体が旋回し、こちらに砲台をあわせようとしてきている。だが、こちらの方がはるか上空におり、向こうは砲台の角度を合わせる時間がある。


「ギャーギャー騒ぐだけが能じゃないって所、見せてやります! 機関最大出力、全速力でぶっちぎりますッ!! 総員、対ショック準備!!」

「え、えぇ!? アタシは何すればいいんだ!?」

「すっげー揺れるから我慢しろってことです!!」


 動揺するネイを一喝し、ポワカは機関長に向かって指示を出した。すぐに左右のプロペラが回りだし、滞空していただけのブラックノアが前進し始める。


「貴様が前に出ることなどお見通しだぁ! 発射ぁああッ!!」

「こっちはそっちがお見通しなことをお見通しデス!!」


 すでに準備は出来ている。ブラックノアの上部プロペラの揚力を押さえ、機体を急降下させる。同時に、ゴリアテ二式の砲台から、青い光が放射され――急降下する勢いと、ブリッジ上部を覆いつくすオレンジ色の流線からの余波が、機体を一杯に揺らし始めた。


「あわわわわわあああ!?」

「んがぁぁあああああ!!」


 ポワカの近くでネイが叫ぶのが聞こえ、自身も叫んで気合を入れる。もちろん、気合を入れたところでどうこうなる問題でもないのだが――ともかく、相手の霊子砲は威力を高めるためにある程度収束してくれていて助かった。なんとかスレスレでかわす事に成功した。モニターを見れば、二式の背後から大量の蒸気が噴出し、冷却に入っている――逆を言えば、今がチャンスである。


「……トーチャン!! 三式ッ!!」

「うむ!!」


 すでに上空を目指していた三式が、二式の機体に一気に接近している。


「く、ぬ、うぅううううう!!」


 グラハム・ウェスティングスのうめき声が聞こえるが、霊子砲を撃った直後では、他の武装を出せなかったのだろう――そうでなくとも、ゴリアテ三式の一撃を避けるため、せめて例の超加速はすべきだったのかもしれない。それでも、もう一度の加速は、彼自身の体がもったかも分からないが――ウェスティングスはなんとか必殺の一撃を逃れようと、二式の体を浮上させようとしていた。


「逃がしません! アンカー射出ッ!!」


 三式の腰の部分から、鎖で繋がれたアンカーが左右合わせて計四本射出される。二式が浮上するよりも早く、錘を先が二本、相手の体に刺さり、もう二本が相手の体に絡みつき、相手の動きを空中で静止させた。


「ぬ、ぬぐぅぅうぅうう!?」


 逃げ道を塞がれ、叫ぶグラハム・ウェスティングス――しかし、ここで相手の命を奪っては、相手と同じ土台に立ってしまう。完全勝利のために、ポワカはモニターに映る二式の設計図を見た。


「トーチャン! コックピットは腹部!!」

「了解じゃッ!!」

「喰らえグラハム・ウェスティングス! これがボクとトーチャンと三式の、必殺の一撃ッ!!」

「「発明一家の咆哮【ブラウンズロアー】ッ!!」」


 加速を乗せた三式の太い腕が相手の胸部装甲にぶち当たる。しかし、相手の装甲を撃ちぬくほどの一撃にはならなかったようだった。


「うげ、ぐほっ……ぐ、ぐはは! この二式の外部装甲は、特殊合金で強化されておる! 三式の攻撃力では、この防御力を上回れん!!」

「特殊合金がなんですか!? こっちは鋼の拳にぃ、六発の火薬を乗せてるんですよ!!」


 腕の篭手部分が開き、リボルバーの銃倉のような形状の炸薬が姿を現す。


「はっ、ミサイルか!? だが、爆風でダメージを食らうのは、貴様……」

「……この弾丸は、こう使うもんじゃ!!」


 腕部に内蔵されているハンマーが火薬を押すと、三式の拳が強烈に押し出される。後方に巨大な薬莢が飛び、特殊合金で作られている二式の胸部が、今の一撃でさらに穿たれた。


「ろ、六連パイルバンカー!?」

「そうじゃ。ネイの六連突出剣にヒントを得た……ただの火薬による力押しじゃが……!」

「お兄ちゃんを越えるくらいにはッ!!」


 二発、三発と打ち込まれるたび、二式の装甲はどんどんと抉れていき――四発目で装甲が打ち砕かれ、五発目で機体の中に三式の腕部が入り込んだ。


「ラスト一発!!」

「これで……終わりです!!」


 最後の一撃で、三式の腕が二式の胸を貫き――腕を引き抜き、三式の肘から大量の蒸気が噴出した。


「ば、バカなぁぁぁあああ!!」


 二式の駆動がいかれたのだろう、フロート部分からの出力が無くなり、機体が重力に合わせて落下しそうになる。


「だけど、そのためのアンカー!! バーニアァアアアアアッ!!」


 ポワカの叫びに、三式の目に光が篭り――アンカーで二式の体を支え、バーニアの出力を上げ、兄弟機は宙で制止した。


「き、貴様、何故……」

「……二式は、三式のお兄ちゃんです。だから、救いたかったんですよ」


 本心は、ウェスティングスにも死んで欲しくなかったから――もちろん、この男のせいでたくさんの人が死んでいったのも分かっている。それでも、きっと、奪っていい命なんか無いから、これでいいはずだった。


(そう、命は、人が勝手に弄んでいいものじゃない……)


 ギャラルホルンの中で、苦しんでいた魂たちを思い返し――ポワカ・ブラウンは、少し自分が成長したことを実感し、通信機の方へ向かって小さな声で語りかけた。


「……ねぇ、パパ」

「なんじゃ?」

「この戦いが終わったら……ママの体を、土に還しましょう」

「…………そうか」


 父が返答するまでには長い沈黙があった。しかしその返答は、どこか嬉しそうな声色だった。


 そして、ポワカはもう一つの課題を解決するため、今度はブラックノアのマイクを手に取った。


「ねぇ、ウェスティングス……もう……うぅん……」


 もう、ひどいことはしないでください、そう言おうと思ったが止めておいた。きっとそんなことを自分に言われて納得する相手ではない。だから、もっと根本的な解決方法を考え出さなければ――眼を瞑ると、瞼の裏には、銀世界に煌々と輝く焚き火と、踊り笑う人々の姿があった。


「……ボクと一緒に、カウンティマウントの街へ行きましょう? それで、サーカスを見るんです……サーカスは凄いです、楽しい気持ちになります。争っているのが、それこそ馬鹿らしくなるくらいに……」

「…………」

「アナタは、ボクのこと、パパのこと、嫌いでも構わないです。それでも……」

「……我輩を哀れんだな!?」


 女の子のお願いは、壮年の怒気の篭った声で一蹴されてしまった。

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