24-3
◆
「ふんぬー、デス!!」
蒸気人形のジェンマとやらの背中にしがみつきながら、ポワカ・ブラウンが奇声を発していた。その背中の向こうで、ウェスティングスの機械兵士の頭部が破壊され、ヴァンのほうにも歯車が跳んできた。
「……なかなかやるな」
「そうデス! やれば出来る子代表なんデス!」
背後から迫ってきていた掘削機つきの蒸気兵を、ドリルごと拳で砕き終わり、ヴァンはポワカの横に並んだ。
「ここからは、なるべく私の隣で行動してくれ。前に出られて後ろでも、援護がしにくい」
「ラジャーラジャーブラジャーなのデス」
「……ブラジャーとはなんだ?」
「せ、セクハラデス!」
「セクシャルハラスメントか」
なんだか妙に会話がかみ合わないまま、二人と蒸気人形たちは通路を進む。しかし、攻撃の手はほとんど止んでいて、今は巡回用の兵士が時折一、二体ほど現れるのみになっていた。
「……アンチェインドの連中が、全然いねーデスね?」
「うむ……だが、アンチェインドはヘブンズステアが命令を出している節があった。リサはヘブンズステアと血縁故、扱いこなせていたのかもしれないが……」
「逆を言えば、ここにはリサもヘブンズステアもいねーってことデスかね?」
「いや、切り札を温存しているだけかもしれん、油断はするな」
「承知……と、アレは……?」
ポワカが見ている方は、開けた大部屋だった。その部屋の中にはカプセル状の筒が――大きさは、人一人は入れるくらいの大きさ――所狭しと敷き詰められていた。
「これ、なんでしょう…………!?」
一つのカプセルの前で、ポワカ・ブラウンがへたり込んでしまった。何があったのかとヴァンが駆けつけ、シリンダーの中を見ると、そこには人型の何かが、液体の中に浮かんでいた。だが、それはこの子も同様のことしている――母親を延命装置に入れていることは、ヴァンも知っていた。それなのにこんなに驚いて、しかも口元まで押さえてしまっているのは、中に入っているもののおぞましさのせいであっただろう。
「……これが、アンチェインドになっているのか?」
ヴァンは液体を見つめながら、独り言のようにこぼした。
「いいえ、多分、ちょっと違うデス……今までのアンチェインドは、みんな人の形を取っていました。でも、これは……」
目の前の物体は、腹部から臓器が飛び出しており、脳髄も水中を浮いている――だが、背中には蝙蝠の羽のようなものが生やされており、手足は鱗に覆われていた。
「……多分、他の動物とアンチェインドを混ぜて、より強力な手下を造ろうと、してるんじゃないでしょうか……」
「……命を弄ぶとは、まさにこのことだな。奴ら、神にでも……なったつもりなのだろうな」
ヘブンズステアは神になろうとしている。それならば、このような倫理を踏み外した実験をしていてもおかしくはない――そもそも、スプリングフィールドの存在自体が、人の道から外れているのだ、このようなことをするのに、奴らは何も疑問を抱いていないのだろう。
男が周りを見て不快な気分になっているその傍らで、ポワカが耳に手をあててさらにうずくまってしまった。
「う、うぅ……!」
「何があった!? しっかりしろ!!」
「うぁぁあああああああッ!!」
立ち上がり、叫びだしたの同時に、ポワカの蒸気人形が一つのシリンダーを攻撃した。ガラスが割れ、中から液体と一緒に、まだ完成していない出来損ないの体がずるり、と滑り落ち――液体が延命もかねていた筈なのだ、その体は外気に触れ煙を吹き始め、少しすると骨格だけ残して蒸発してしまった。
「あぁああああああああッ!!」
ポワカの悲鳴は止まらない。機械人形たちは辺りを攻撃し始め、何個かのガラスケースが破壊され、中の被造物が先ほどと同様に崩れ去っていく。だが、様子がおかしい――というより、この攻撃そのものが、どこか子供の癇癪のようで――そう、奴らが如何に非道な実験をしていても、こちらが生物を殺してしまっていいことにはならない。
「落ち着けポワカ!」
「う、うぁあ……!」
ヴァンが肩を掴むと、ポワカは小さく呻いて静止した。同じように、機械人形たちも止まり――辺りにはガラスから流れ出る液体と、煙を噴き上げながら霧散する命とが漂っていた。
「……どうした、何があった?」
聞いても、ポワカは俯いてしまって何も答えてくれない。ともかく、この空間が異様なのだから――ヴァンはポワカを抱えて、先に進むことにした。ポワカの友達である人形たちは、命令が無くともしっかりと付いてきてくれた。
「……もう、だいじょーぶデス……」
先ほどのような通路の途中で、胸元で女の子が小さく呟いた。本人の意思を尊重し、ヴァンはゆっくりとポワカを降ろし、先ほどと同様に二人並んで歩き出した。
「あそこに居た人たちは、まだ魂が残ってたんデス……苦しい、助けて、出してって……こ、殺してって……」
「……そうか」
エヴァンジェリンズは、魂を感じる能力に長けている。その上、この子は魂を蒸気機関に定着させる能力があるのだから、あの場に渦巻く怨嗟の声が聞こえてもおかしくは無い。
「……だが、君がその業を背負う必要は無い」
こんな小さな子に、命をどうこうする責任を負わせるのは間違っている、青年はそう思ったのだが、果たしてこの子の方は何を考えているのか――ただ俯いて、しばらく無言で歩き続けた。
「……ボクは、ボクとトーチャンは…………同じことを、してたのかもしれません」
ふ、と、女の子の口から小さな懺悔がこぼれた。
「悪い言い方にはなるかもしれないが、君の母君の魂は、すでにこの世にいないのだろう?」
それはそれで、死者の体を勝手に弄んでいるのと同義であるから、確かに褒められた行為ではなかったかもしれない。だが、あそこで行われている実験に比べたら、愛が故に禁忌に手を伸ばした親子のことを、青年はどうしても攻められなかった。
「程度の問題で言えばそうかもしれません。でも、行為そのものは同じデス……」
「……そうかもしれないな」
これまた厳しい言い方にはなるかもしれないが、本人がそう思っているのなら、これ以上フォローする必要も無い。
そして、また無言になってしばらく歩いていると、今度は通路が激しく振動し始めた。
「なな、何デス!?」
「……まさか、パイク・ダンバー!?」
地下空間を揺るがすほどの力の胎動、そんなことが出来るのは、恐らく地上でただ一人、ヴァンとネッドの師匠の他において存在しないはずだ。
「どど、どうするデス!? 援護に向かうデスか!?」
「いや、ヤツがいるのは想定の範囲内だ……そのためにネッドが向こうに向かったのだからな。我々は信じて、退路の確保をしておくしかないだろう」
「そ、そうデスね……こうなったら、イジイジしてらんねーデス!」
毅然とした顔になり、ポワカ・ブラウンが走り出した。人は緊急時にこそ本性が出るという。あの子は、芯が強い子なのだろう、ヴァンはそう思いながらすぐに走り出し、駆け出した女の子の隣に並んだ。
「し、しかし、妙に疲れるデスね……!」
「あぁ、何せ上っているからな」
「で、デスよね……だって、ボクたちの目的は……!」
ポワカが言い切る前に、目の前に現れた機械兵士を蹴り飛ばし、先にある鉄の扉を、横のボタンを操作して開けた。中は人が数人は入れる程度の函――つまり、エレベーターだった。
「ふぅ……あとは楽できるデスか?」
「あぁ、これに乗ったら、もう一息だ」
「でも、エレベーターって、逃げ場も無いデスし、返ってあぶねーんじゃ……?」
「いや、どうやらネッドたちのほうが暴れているおかげで、こちらにまで手が回っていないようだからな。安全だと判断した」
「な、なるほどぉ……」
ヴァンの読み通り、エレベーターは問題なく目的地へと二人を運んでくれた。扉が開いた先には、照明の光を吸い込んで輝く黒い鉄の船があった。
「……飛行船、ブラックノア。間近で見るのは初めてデス」
そう、船は船でも空を泳ぐ船。ヴァン自身、この地方にウェスティングスの研究施設があるのも知っていたし、それが原因でヘブンズステアの隠れ家がこの辺りにあるのも知っていた。それが故、ここにブラックノアがあるという核心もあった。もちろん、ここの名前は正式には「飛行船第一格納庫」であり、小型の飛行船が何隻かあるのは設計図から分かっていた。ブラックノアが無ければ、そちらを使って脱出しようという算段だった。
「しかし……ダンバーが居て、ブラックノアがここにあるのなら、ヘブンズステアもこの地のどこかに居る可能性が高いな」
「こまけーことは後デスよ! とりあえずさっさと乗り込みましょう!」
「あぁ、そうだな……承知した」
ヴァンは飛行船の横に付けられている移動式の階段を上り、扉のハンドルを回して飛行船の入り口を開けた。
「こちらが操舵室だ。着いて来てくれ」
ポワカの「デス」を聞いて、ヴァンは廊下を進み、艦体中央部分の階段を上り始めた。
「えぇっと、構造はどうなってるデスか?」
「上部のプロペラで揚力を得て浮上し、左右の翼のプロペラで推進力を得て前進できるようになっている。一階が先頭が展望室、その後ろに小部屋が設置されていて、二階が
階段の先の扉のハンドルを回して、二人は操舵室への中へと足を踏み入れた。後ろで「ほえぇ~」という鳴き声を漏らしている女の子をよそに、ヴァンは操舵室の先頭部分の計器を最低限だけ確認し、レバーを引いた。計器が動き始め、船全体がエンジンの始動で揺れ始め、ブリッジの上部と前部、後部のブレードが回転し始めた。
「わ、わ、グラント、オメー、コイツを操縦できるデスか!?」
「最低限、動かせる知識はある……私は、外で隔壁を開いてくる。お前はこれを読んでおけ」
ヴァンは備え付けマニュアルの紙束で、操舵輪の前で口を開けているポワカ・ブラウンの頭を叩いた。
艦外に出て、追っ手の機械兵士を三体ほど粉砕し、ヴァンは格納庫の真ん中の壁の取っ手を開き、操作を始めた。ここに来たのは初めてだが、操作そのものはそう難しいものではなく、機械の操縦は比較的得意なヴァンにとっては扱えないものではなかった。
操作が終わると、天井が開き出す――ギャラルホルンがロシワナ湖の地下空間に設計されているしても、ここの上には水が無い。そう、ここは以前、リサと一緒に尋ねた、ヘブンズステアの別荘地の真下なのだから。その証拠に、冬の青空が、格納庫一杯を照らし出していた。
中に戻ると、すでにポワカの機械人形が一体側的席に座り、操舵輪の前に一体、ポワカ自身は後部の船長席に座っていた。
「残りは機関部に回ってもらってるデス」
「驚いたな……もうマニュアルを読み終わったのか?」
「いいえ、でも、パラーッとめくって、大体は理解しました……それに、飛行船の原案そのものは、トーチャンのものデス。ボクはその設計を見たことがありますから」
「……上出来だ」
ヴァンは小さく笑いながら、側的レーダーの付いている座席へと座った。ちょうどその時、ヴァンたちが入ってきたエレベーターの扉が開かれ、ネッド達が追いついてきた。ポワカもそれに気づいたのだろう、座席に付いている導線つきのマイクを引っ張り出した。
「トーチャン! この船です!!」
向こうからの声は聞こえないが、二人と一匹は懸命にこちらに走ってきている。だが、再びエレベーターの扉が開き、奥から数体の機械兵士が追いかけてきていた。
「三人とも!! そのまま前進してください!! 機関砲、発射準備!!」
ポワカが手を振って、ヴァンのほうへと指示を出してきた。成る程、ここでは彼女がキャプテンなのだから、ここは命令を復唱しなければならない。
「機関砲、発射準備……私は海軍ではないのだがね」
「こまけーことはつべこべ言うなデス!!」
「了解、目視で測的良し、いけますキャプテン」
ブリッジの下方両側に取り付けられた小型の機関砲が――この船の武装としては小型なだけであり、機械兵士を葬るには十分な威力になる――起動し、エレベーターの入り口に向けて照準が合わされた。
「よっしゃ!! てぇぇえええええッ!!」
勢いに乗った女の声に合わせ、ヴァンはレバーに付いているトリガーを引いた。二つの銃口から二十ミリの弾丸が飛び出し、機械兵士達の分厚い装甲をぶち抜いた。
攻撃に合わせ、ネッド達が船の内部に到着したらしい、そして恐らく博士の指示で、しっかりと扉も閉めてくれるはずだ。
「よし、今ので暖気は済みましたね!」
「あぁ、キャプテン・ポワカ、浮上を」
「ガッテン! 飛行船ブラックノア、浮上開始!」
ポワカの号令に、蒸気人形がレバーを引くと、飛行船がゆっくりと浮上を始めた。すぐに階段を上がってくる音が聞こえてきて、後ろの扉が開け放たれた。
「お、おぉ!? ほんとに浮かんでる!?」
ブリッジから見える風景が、どんどんと上っていくことに驚いたのだろう、ネイ・S・コグバーンが入ってくるなり驚きの声を上げた。
「こ、これもポワカの能力で動かしてるのか?」
「いいえ、ブラックノアは蒸気機関ではないので……だからこうやって、みんなで頑張って動かしてるデスよ」
ポワカが振り向き、二人と一匹の方を見るなり、一人の様子がおかしい事に気づいたのだろう、少し持ち直していた笑顔がすぐに陰ってしまった。
「ね、ネッド!?」
ポワカが声を掛けるなり、ネッドはブリッジの壁を背もたれに、ずるずるとしゃがみ込んでしまった。
「やはり、ダンバーか?」
「あぁ……だが、向こうも俺と同じくらい、自分を削ってるはず……すぐには、追いかけて来ないだろうさ」
「動力部は?」
「そちらは抜かりない。一朝一夕では準備できまい」
ヴァンの質問には、ブラウン博士が答えた。それならば、こちらの襲撃の価値もあったことになる。聖誕祭の計画を潰し、こちらは飛行できる足を手に入れた訳だ。ネッドが魂を削ったことに関しては、友であるヴァン自身、納得しているわけでもないが、変わりにダンバーも魂を削ったのだから、戦力的な観点から見れば痛み分けだろう。
「グラント、この船、どこか休める場所は……?」
ネイがネッドの横にしゃがみこみながら問うてきたが、ネッドの方は手を上げて少女を止めた。
「……安全になるまで、ここに居させてくれ……それに、いざとなったら……」
「で、でも……」
「最悪のこともあり得る、全滅だけは避けないとな……」
そう、まだ安全といえるわけではない。なんといっても、ここはヘブンズステア一派のお膝もとのようなもので――測的レーダーを見ると、自分達が抜け出てきた穴の方から、何やら巨大な金属の塊があがってくるのが確認できた。
「……ネルガルか」
元々は敵の船だから、識別信号が設定されていたらしい、座標点の下に文字が浮かんでいる。
「こ、この船、下には攻撃できないデスか!?」
「一応爆弾を搭載しているが、効果は薄だろう。向こうだって勝算があって、出してきたのだろうからな」
そう言いながら席を立とうとすると、ネッドが再び壁を背もたれに、今度はなんとか立ち上がろうとしており、それを隣のネイが止めようとしていた。
「ね、ネッド、ダメだよ!」
「……この船の武装で無理となっちゃ、下に降りて攻撃を阻止できるのは……」
「私が出る」
二人の会話に、敢えてヴァンは割って入った。
「ば……お前、空の上から落ちて、しかも下は湖なんだぞ? そんな悪条件でどうこうするには……」
「化け物の力を使うしかない、か? 思い上がるなよネッド、貴様は今、瀕死の病人だ。化け物なんぞであるものか……」
言葉が進むにつれ、ヴァンの声は段々と細くなっていき――気が付けば、下を向いてしまっていた。しかし、これ以上の消耗をさせてはならない、男は右の拳を強く握り、せめて少しでも友が安心して自分を送り出せるよう、笑顔に努めて顔を上げた。
「……命は、投げ捨てるものではない。それは、お互いにな。勝算はある……信じてくれ」
こちらの決意を汲んでくれたのだろう、青白い顔のまま、ネッドもゆっくりと、しかし力強く頷き返してくれた。
「分かった、任せるぜ、マクシミリアン・ヴァン・グラント」
「あぁ、承知した」
ヴァンはネッドが緊張をほぐし、改めて壁に背を預けるのを見届けてから、今度はブラウン親子の方に視線を移した。
「ポワカ、博士、ゴリアテ三式の準備を。アレは私がどうにかしますが、ウェスティングスのヤツ、まだ何か隠し玉を用意しているかもしれません」
「うむ、そうじゃな……」
「わ、分かったデス……ぐ、グラント!」
ブリッジの扉に手をかける前に、ポワカ・ブラウンの声が背中にぶつかってきた。
「……無茶すんな、とはいわねーです。でも、帰って来るデスよ?」
青年は口元を吊り上げたが、問答している時間も惜しいので、右手で扉を開けながら、親子特製の左手の親指を立てて意志を返した。そのまますぐに階段を駆け下り、船の扉を開けて、眼下の敵を見下ろした。
空を写す湖の青、小さく見える島の真ん中、そこにさらに小さく見えるゴーレムの肩に、恐らく大口径の砲台か何かだろう、それが担がれているのが見えた。
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