24-2


 追撃が止み、二人と一匹は少し落ち着き、歩いて廊下を道なりに進み始めた。


「……なぁ、まだつかないのか?」


 少女は、右斜め上を見ながら、かの地に居るコグバーン大佐に問うた。元々、少女の方は図面はあまり見ていないし覚えてもいない。はっきり言って、頭に響くナビだけが頼りな状態だった。


『まだまだ着かんよ。もっとも……』


 大佐の声が聞こえた瞬間、また開けた空間に出た。今度は円形に切り抜かれた空間で、吹き抜けになっており、下にまだまだ深い空間が広がっていた。とはいえ、逆に見上げても天井は見えない――結構深いところまで歩いてきているようだった。


『ここの吹き抜けを、一気に下に下れれば別だがね』

「ふぅん……」


 相槌を打ちながら、通路の下を見つめると、下にも何本か連絡橋が走っているようだった。


「……どの橋が正解なんだ?」


 あまりにも下層に一気に飛び降りるのは厳しいかもしれないが、一個一個ならば少女の身体能力なら不可能ではなさそうだ。ネッドも橋に繊維を巻きつけ、ゆっくり下ればいけそうだ。このまま道なりにだらだら進むよりも、早く目的地にへ着けるだろう、少女はそう考えた。


『そうだな、確か……』

「……おい、ネイ、何か聞こえないか?」


 青年の言葉に耳を澄ますと、確かに何かの駆動音が聞こえる――それは、少女達が歩いてきた廊下の方から聞こえてくるようだった。少女はいぶかしむ様にもと来た道の暗闇の奥を注視すると、吹き抜けの灯りを反射して、何かが鈍く光を返してきた。


「なん……じゃ、ありゃぁああ!?」


 少女の語尾が上がったのは、追ってきた機械兵士のハチャメチャさが故だった。大きさは人型の二倍以上、ゴーレムほどではないものの、少女の銃剣で一撃で屠るのは難しいサイズ。その上、足の変わりに太いベルトのようなものが回って、こちらに凄まじい速度で迫ってきている。そして両腕には、ゴリアテ三式の左腕についていたような掘削機が、これまた回転しながらこちらへ迫ってきていた。


「成る程、あのドリルで土砂を掻き分けて来たわけじゃな!?」

「ノンキこいてる場合じゃねーぞ博士! ネッド!!」


 少女の言葉に、青年は無言で頷き返した。すぐに博士を負んぶして、ついでに少女の方に駆け出してくる。


「あ、アタシは、だいじょ……」

「まぁ、一緒に降りる方が安心だろ?」


 小さく笑って、青年は少女の背中に左腕を回し、空いている右手でボビンを取り出した。吹き通りの壁の出っ張りに繊維を巻きつけ、一層強く左腕に力を込めると、青年は躊躇いも無く宙に身を投げ出した。青年の胸に抱かれながら、少女が元いた橋を見ると、狩るべき得物を失った装甲兵は、そのまま奥の廊下へと消えていった。


「……それで? 俺はどこまで降りればいいんだ?」

『二つ下の連絡橋だ。そこから少し行けば目的地、そう伝えてやれ』


 上から二つの声が聞こえてくるが、少女は青年に急に抱きかかえられたのが恥ずかしく、すぐには答えられなかった。青年の方は少女の表情に満足したのか、どことなく満足げな無表情で、ゆっくりとボビンを回し始めた。


 大佐の指示通り、二つ下の連絡橋に着地し、青年の腕から離れ、少女がどっちの道へ行けば良いのかきょろきょろしていると、片方の通路の方を見た瞬間『そっちだ』という声が聞こえてきた。確かに、直感的にも、動力部はそこだという確信もあった。


『……ネイ、貴女は魂を感じる能力が優れているわ。今までも輝石が集まっている所に行くと、感じるものがあったでしょう?』


 母の言葉に過去を思い返し――そう言えば、ジーンと戦った洞窟でも、マリアが実験していた洞穴でも、もちろんソリッドボックスでも、少し眩暈をがしたのを少女は思い出した。

 ともかく、一向は目的地の方へと足を向けた。すでに追っ手は無く、ただ二人と一匹の乾いた足音が、通路に甲高く響くだけだった。パイプが血管のように張り巡らされている通路の中、僅かな壁の明かりだけで照らされていた空間が、徐々に明るくなっていく。それは照明の明かりではなく、魂の残滓の灯火だった。


「……来たか、馬鹿弟子」


 声と共に迎えられた空間は、球状の空間だった。少女が立っている場所はちょうど、球を真ん中から切った平面のような場所で、上の天井も丸く、少女の下の空間も丸い――ただし、上には照明と幾つかの橋が懸かっているのに対し、下は一面びっしりと、精製されたエーテルライトで埋め尽くされていた。

 そして、空間の中央に、長身の壮年が一人、剣を携えて、青年を真っ黒な瞳で見つめていた。


「まさか、ここで出会えるとはな……」


 そう言いながら、青年は一歩、二歩と前に出て、少女の前に出た。きっと今、二つの漆黒が、互いに深淵を覗きあっている――見えなくても、少女にはそれが分かった。


「アンタには、まだまだ聞きたいことがたくさんある」

「答える道理は無い」


 青年の言葉をぴしゃり、と切り捨て、パイク・ダンバーは包帯の巻かれた剣の潰れた切っ先を弟子に向けた。


「……それなら、たった一つだけでもいい。アンタは、どうして……どうして、ヘブンズステアに味方してるんだ?」


 弟子の疑問に、ダンバーは一度目を閉じて――しばらく、沈黙が続き――再び目を開け、ネッド・アークライトを真っ直ぐに見据えた。


「人は、技術を進歩させすぎたのだ」

「……それは、悪いことなのかの?」


 青年の代わりに、機械仕掛けの狼が疑問を呈した。


「トーマス・ブラウン……貴殿は、不思議な御仁だ。安息と進化、それを同時に求めているように見える」

「答えになっていないなダンバー。ワシが聞きたいのは、お前さんのワシに対する評価ではないぞ」


 ブラウン博士の真っ直ぐな言葉に、パイク・ダンバーは一旦武器を下ろし、小さく首を横に振った。


「……技術は、そのものは心を持たぬ道具に過ぎない。しかし、それを使う者が無邪気な子供であれば、悪辣な兵器ともなろう」

「つまり、主は……科学の進歩に、人間の心の成長が伴っていないと、そう思っておるのだな?」

「いや、違う。人の心は、永久に進歩することは無い。太古の昔より、人は人を傷つけ、奪い合ってきた。それが、原始的なうちは、まだ問題は無かった……だが、今はどうだ? 鉄の船が大洋を渡り、血脈のように鉄道が走り、訓練もされていない者が扱う火器が、人の命を簡単に奪っていく……今に人は空をも克服せんとし、深海にまで進出し、ややもすればもう半世紀のうちに、星の海に手を伸ばすかもしれん」


 男は武器の包帯を外し、刀身に刻まれている文様を見つめながら続ける。


「そして同時に、その技術は命をより簡単に奪っていくだろう。国民戦争の死者は、十年で百万人だった。内戦でだ……もし今以上の技術レベルで国際的な戦争が起こり得るものなら、千万、億の単位で、人の命は散っていくだろう」


 そして改めて、剣の潰れた切っ先を、弟子に向けて歩き出す。


「人は同じ神を信仰していてすら、自らの身を護るために、平気で他人を傷つける。原典の民は迫害され、経典の民とも争いが絶えなかった。聖典の信仰者間でも、旧教と東方教会、新教会の間で国際戦争すら起こったのだ……故に私は、人の心の成長などないと断言する。同じ文脈テキスト、同じ思想イデアを持ってすら、人は分かり合えないのだから。それ故、私は人の心に枷が必要だと判断した。私は、ヘブンズステアの言う神などどうでも良い……私は信仰など捨てた身だ。私の中の神は死んだのだ。だが、ヤツの計画自体は、使い道がある。人がこれ以上、無駄な争いをしないため、明日の平穏のため、今はただ黙示録の使徒となり、剣を振るおう。償いは、我が魂で清算する……それだけだ」


 パイク・ダンバーの告白が終わり、再びあたりに静寂が訪れる。きっと、ネッドは師匠の真意を聞いて、心の中で噛み砕き、言うべき言葉を考えているのだろう――そして纏まったのか、ネッド・アークライトは再び一歩、前へと歩みを進めた。


「アンタは……」

「むぅ!? 貴様等、まさかもうこんなところまで!?」


 青年が言葉の続きは、上の連絡橋に現れたグラハム・ウェスティングスが遮ってしまった。


「パイク・ダンバー!! そ、そいつらをたたき出せ……いや、殺せぇ!!」

「……貴殿に言われずともな」


 ダンバーは剣を左手に持ち替え、胸に親指を押し当てた。そして、青年の右腕も動き――恐らく師匠と同様の所作をしているに違いなかった。


「……ここが、アンタの言う、決着に相応しい舞台か?」

「いいや……だが、加減はせん。全力で掛かって来るがいい。さもなければ、貴様の大切な物も守れんぞ?」

「へっ、ロートルが粋がって、かかってこいだぁ? そっちこそ、俺に無様にやられないよう、全力で掛かってくるんだな」


 青年の声には、どこか温かみがあり、そしてパイク・ダンバーも、少女には少し笑ったように見えた。


 ネッドの右腕が動き――恐らく、胸に手を当てているのだろう、青年の肩が縦に振れ、同様にダンバーの大きく息を吸い込んだ。


「「点火イグニッションッ!!」」


 二人の男が同時に叫ぶと、魂を燃やしていることの証明の様に、辺り一面に煙が舞い上がった。少女が目を凝らし、焔の先を見つめると、黒い刃と脚とがぶつかり合い――その衝撃で、一気に蒸気が霧散した。


「力の制御を覚えたか、ネッドッ!」

「あぁ、おかげさんでなぁッ!!」


 ダンバーの刃は、以前硬化している暴走体の表皮をやすやすと切り裂いていた。今回のネッドの足は切られず、力は拮抗しているようで――だが、技はダンバーの方が上なのだろう、剣を引いて青年の脚部をいなし、宙を切ったネッドの足を返す刃で切断した。


「ぐっ……!?」


 青年の切断された脚部からは、血は流れず、それこそ糸くずが舞うように、彼の体を構築している繊維がハラハラと舞うだけで――しかし本来ならば、振り切った足を地面に着けるのと同時に震脚し、連撃を叩き込もうとしていたのであろう青年の算段は狂わされてしまったらしい、残った足を軸に、青年の体は無駄に一回転して終わった。


「ネッ……」

『ヤツなら心配いらん! ネイ、お前はお前の仕事をしろ!!』


 青年を助けに間に割って入ろうとする少女の体を、ウィリアム・J・コグバーンの声が止めた。


「で、でも……!」

『ハッキリ言う、いくらお前が俺たちの助力で強くなったところで、許されざる者の規格外の力には着いていけん! お前さんが割って入ったって、ネッドは返って全力を出せなくなる!!』


 コグバーンの忠言は理解できる。だが、目の前で起こっている事実が、少女にそれを吉としてくれない――ダンバーは無慈悲に、ネッドに対して追撃に入る。密着の間合い、長い刀身の剣では威力が出ないと判断したのだろう、ネッドの代わりにダンバーが足を踏み込み、練気の入った肘が、ネッドの鳩尾に襲い掛かる。


「ん……なろぉ!!」

「ぬっ……!?」


 間一髪で、青年は胴体を繊維状に分解したため、ダンバーの肘は青年の体を突きぬけ、先端に乗せられた気は当てる的無く消え去った。同時に青年は上の連絡橋に繊維を巻きつけ、一旦上へと退避しながら、切断された足を引き寄せ、宙ぶらりんのまま体を再構築させた。


「……お返しだぜ!!」


 橋を軸に回転し、青年は橋の底を思いっきり蹴り飛ばし、拳を突き出しながら急降下した。青年に蹴られた橋はひしゃげて折れ曲がり、突き刺さった拳の辺りは盛り上がり、ダンバーも衝撃で後ろに吹き飛ばされ、球体空間の壁に激突した。


「ぐっ……やるな、ネッド!!」

「俺だって何時までもガキじゃねぇんだ! 褒められたって嬉しくもないね!!」


 青年の声は若干上ずっていたので、多分本当は嬉しいのだろう――それはきっと、追いかけてきた背中に追いつきつつある事実に対して。

 そしてすぐに、ネッドはダンバーの追撃に走った。しかし、一瞬だけ、少女の方に振り返り――顔はマスクのような物に覆われているため、表情は見えなかったが、彼の言いたいことはなんとなくだが伝わった。


「……そうだな、アタシは、アタシの仕事をしないとな」


 少女は銃剣を鉄板の板に突き刺し、空いて右手でポンチョの前を肩の方へと流した。そして大佐の拳銃を取り出し、ブラウン博士の方へと向き直った。


「それで!? アタシは、どれくらいぶっ壊せばいい!?」

「ギャラルホルンの稼動に必要な出力は、このメイン動力部でおよそ半分を補っておる。起動に必要な出力自体は八割ほどじゃ」


 計算の得意ではない少女にとっては、割合の世界など未知の領域だった。


「つ、つまり……?」

『深く考えんなアホ娘、全部壊す気でぶっ放せばいいんだよ』

「な、成程! 確かに全部壊せば問題ないな!」


 数字を使わず『全部』の一言で理解させるとは、さすがは南軍の猛将、自分の育ての親は頭がいい、少女は素直にそう思った。

 早速少女は下層部に敷き詰められている輝石の一つに拳銃の銃口を合わせ、右腕の能力を引き出しながら引き金を引いた。少女の繋ぐ能力を乗せる陣が、銃口の前に現れる――本来、輝石はなかなかの硬度を誇るため、銃弾一つでは少し傷が付くかどうかなのだが――事実、最初の一発は、無残にもはじき返されて終わった。


『壊そうとしてはダメよ、ネイ……集中して貴女の力を使えば、エーテルライトに宿る魂の残滓を、こちらへ送ることが出来るわ』


 母の声に改めて、少女は息を吸い込み引き金を引いた。再び銃口に魔方陣が浮かび上がり、陣を通過した弾丸が一つの輝石に当たると、今度は深く突き刺さり、オレンジ色の光を上げながら魂の輝きは灰へと還った。


「ぬ、ぬぅ!? ダンバー!! ハーフブリードを止めろぉ!!」

「……そうは言うがなッ!」

「やらせるか!!」


 少女の耳に、色々な声と、打撃音とが喧しく聞こえてくる。だが、集中力を削ぐほどのものではない――今ので、コツは掴んだ。後はいつもの要領で、早撃ちでギャラルホルンの動力部を無力化していけばいい。

 残りの四発も撃ち、四つの輝石を無力化した。すぐに排莢し、今日のために用意した太目のガンベルトから、銃弾が既に六発詰められている筒――スピードローダーとか言うらしい、ポワカの発明品を取り出し、銃倉に突き入れてリロードし、叩いて銃身に戻して次の標的に移った。


『……ネイ!!』

「ネイ!!」


 コグバーンとネッドの声が同時に聞こえる。少女は攻撃が来る方を見ることなく、身を翻して飛んで来た斬撃を回避し、そのまますぐに次の標的を撃ちぬいた。再びベルトからスピードローダーを取り出し、すばやくリロードして、今度はダンバーの一撃で両断された橋を切れ間から、魂の塊をあるべき場所へと還した。


「……博士、あとどれくらいだ!?」

「削れれば削れるほど良いのは間違い無い、じゃが……!」


 博士が仰ぎ見る方を少女も見ると、相変わらず激しい力をぶつけ合っている二人の姿があり――だが、青年が師に押され始めているようだった。


「良くぞここまで上り詰めたな……しかし!!」


 青年の体を肩で吹き飛ばした後、パイク・ダンバーが剣を両腕で持ち直した。すると、その気迫からか――気迫でこんなことが出来るのもおかしな話なのだが――この球体空間そのものが振動を始めた。


「我が本質は『断ち切る』――その真髄、貴様の体に刻んでやろう!」


 黒い異形は太刀を脇に構える。文様の刻まれた刃には、黒い焔が燃え上がっていた。


「御舟流奥義――昇彗星のぼりすいせい縦一文字!!」


 掛け声と共に振り上げられる一閃――その一撃は、少女が今まで見たことがある物の中で一番凄まじいものだった。焔は巨大な剣戟へと姿を変え、青年の魂を両断せんと襲い掛かった。


「ぬっ……ぐぅぅうぅうううううう!!」


 青年は低い呻き声を上げ、ダンバーの放った巨大な一撃に飲み込まれぬよう身をよじった。必死の抵抗が功を奏したのか、ダンバーの一撃が青年の体を全て両断することはなく――しかし、右半身が丸ごと焔に食われていた。その一撃は、青年の体を焼き尽くすだけでは足らず、空間の天井を焼き、切り裂き――しばらく振動は収まらず、しかしその刃は、文字通り昇り上がる彗星の如く、外界の空まで引き裂いたのだろう、その証拠に天井から湖の水が流れ落ちてきだした。


「ね、ネッド!!」


 少女は手すりから身を乗り出し、下に落ちた青年の左半身を行方を追った。青年の残った体は一旦繊維状にバラバラになり、しかし新たに紡ぎ上げられ、一瞬だけ許されざる者の形を取ったが、すぐに元の人の形へと戻って倒れてしまった。


「……やはり、心臓を潰さねば再生するか…………ぐっ……!」


 当のダンバーも、かなり力を消耗したのだろう、黒い表皮が剥がれ落ち、人の姿に戻って剣を支えに膝をつき、口元を抑えた。その背中に向かって、ウェスティングスは驚き戸惑い叫びだした。


「だ、ダンバー!? 貴様、何てことを!! これでは、ギャラルホルンの心臓が……!?」

「……計算のうちだ。浸水すれば、ネイ・S・コグバーンの銃弾は、下の輝石を撃ち抜けなくなる」

「そんなことを言っている場合か!? か、隔壁を下ろさねば……!!」


 そう言いながら白衣の男は走って行き、自動で拓く鉄の扉の向こうへと消えて行った。

 少女が再び下を見ると、確かに浸水が進んでおり、このままではこれ以上の輝石の無力化は出来なくなる――しかし、肝心のネッドの方はどこに行ったのか、少し探すと、少女の居るすぐ傍、先ほどダンバーが切り裂いた穴の下から繊維が伸びて来て、コート姿のネッドが上ってきた。


「ネッド、大丈夫!?」

「あ、あぁ……まだ、なんとかな……それよりネイ、今のうちに……!」


 青年が指差した先は部屋の中央、ダンバーが最初に立っていた後ろにあるガラス張りの装置があった。その中には、一等巨大な輝石が鼈甲色の輝きを放って鎮座していた。


「うむ、アレを破壊できれば、ギャラルホルンは起動できなくなるはずじゃ!」

「分かった!」


 少女は刺していた銃剣を引き抜き、中央のシリンダー目掛けて突撃し始めた。一瞬、パイク・ダンバーが邪魔をしてくるのでは、そう思い上を見ても、どうやら先ほどの一撃で消耗しているようで、まだ膝をついてこちらを暗い瞳で見つめているだけだった。


「……おぉぉぉおおおおおッ!!」


 少女が銃剣を硝子に突き立て――強化されたガラスらしい、初撃は止められて終わった。


「まだっ!!」


 引き金を引くと、刃が火薬の力で強烈に押し出された。ガラスには少しヒビガ入り――押し込める、そう確信した。


「まだまだ!!」


 二発、三発と続けていくと、ガラスの亀裂はどんどん拡大していく。打ち込むたびに、後ろに巨大な薬莢がはじき飛び、四発目を打ち込んだときには、ガラス全体に亀裂が走り、中の様子が見えなくなっていた。


「これで……ッ!!」


 五発目を打ち込むのと同時に、ガラスが甲高い音を立てて砕け散り――刃の切っ先に陣が描かれ、少女はその陣ごと魂の結晶に刃を突き立てた。


「終わりだッ!!」


 六発目の薬莢が背後に跳び、少しして、巨大輝石の真ん中から亀裂が入る――すぐに四方に破片が砕け散り、しかし少女の体に跳ね返ってくる魂の輝きは、すぐに淡い光を発して消えていった。


「……これで、動力部の輝石の四割は削った。これだけの量のエーテルライト、すぐに準備するのは不可能じゃろう」


 博士の声が聞こえ、少女は辺りを見回した。いつの間にか天井から水は落ちてこなくなっており、パイク・ダンバーもその姿を消していた。とりあえず、この場でやるべきことは終わった――少女は振り返り、青年の方に戻ろうと思った。だが、青年の様子がおかしい、右手を心臓にあてて膝を付いて止まっていたかと思うと――突然手を口元に移動させた。


「……ごふっ!!」

「ネッド!?」


 走って近寄ると、青年の口から赤黒い液体が大量に吐瀉されて、口元を押さえていたグローブが黒く染まってしまった。


「あ、あぁ……」


 少女はどうすればいいのか、頭がパニックになってしまう。先ほどの一撃でおった傷は、許されざる者の力で完治しているはず、外傷はまったくない。それならば、内臓がやられているのか――いや、本当はなんとなく分かっているのだ。これは、単純に――。


「……大丈夫、まだ、消えないからさ……」

「で、でも……」


 口元から、血とも言えない様な液体を僅かにしたたらせ、蒼白になった顔で言われても、説得力も何もあったものではない。だが、ここで泣き喚いても、青年が魂を燃やしたという事実は変わらない――少女は泣きそうになるのをなんとか堪え、だが何も言えずに青年の傍にしゃがみこむしか出来なかった。


「……ありがとう、ネイ」


 きっと、涙を堪えたことに対する礼なのだろう、青年は少女の頭を、血の付いていない左手でゆっくりと撫でてくれた。それに、もう一度泣きそうになるのをなんとか堪えた。


「……ダンバーは?」


 もしかすると、先ほどの一撃で、魂を燃やし尽くしてしまったのでは――ネッドよりも大分前にアンフォーギブンになっている上、あれほどの力を解放したのだから、もしかしたら消えてしまったのかもしれない。

 だが、少女の予想に反して、青年は首を振った。


「君が輝石を砕くのを見届けて、去っていたよ」

「……そっか」

「ともかく、脱出しなきゃな」

「うん……でも、もう力は使わないって、約束して」

「はは、了解……とは言っても、ダンバーが出てこない限りには、だけどな」

「むぅ……」


 少女は、パイク・ダンバーがこれ以上襲撃してこないことを切に願った。青年もすでに立ち上がり、二人と一匹はポワカ達と合流すべく、大佐のナビに従いながら、再び地下迷路を進み始めた。


「……ごめん、アタシがもっと強ければ……」

「いいや、考えてみたら、出会った当初は君に頼りっぱなしだったからな……その借りを返してると思えば、多少はね」

「……でも、もしアタシが寿命削りながら戦ってる、とかだったら?」

「……そうだなぁ、今の発言は軽率だったよ……っと」


 よろめく青年に、少女はすぐに駆けつけ、青年の体を正面から支えた。そのまま青年の脇に入り込み、彼の腕を自分の首に回した。


「……肩を貸すって感じじゃないけど」

「いいや、歩きやすくなったよ……ありがとう」


 そういう青年は、少し身を落とし、体重を少女の肩に幾分か預けてくれた。

 

「……さっきの戦い、ダンバーは本気じゃ無かったよ」


 しばらく歩いていくと、青年のほうがぽつり、とこぼした。


「う、嘘、だってあんなメチャクチャな攻撃をしておいて……」

「あぁ、語弊があった。あの一撃は、確かにパイク・ダンバーの全力だとは思う。だけど、アイツは俺の心臓を壊せば勝ちって知ってたはずなんだ……敢えて、俺が避けられるように放ったんだと思う……それだけじゃない。多分止めようと思えば、君が輝石を壊すのだって止められたはずなんだ」

「それじゃ、何か? パイク・ダンバーは、アタシ達にギャラルホルンの動力部を破壊させたってこと?」

「多分ね……なんだか、そんな感じがしたんだ。ダンバーの実力があれば、下手な雑魚を投入するよりも確実と誤認させられるし、アレだけ派手な攻撃をかませば、ウェスティングスは浸水を止めに行かなきゃいけない。その上、消耗したせいで継戦できなかったって言い訳もできる」

「うーん……結局、アイツの目的が全然分かんないなぁ……」


 少女が首をかしげると、青年も青い顔のまま小さく笑った。


「残念ながら、それは俺もだよ」


 しばらく進んでいくと、グラントに倒されたらしい機械兵士達の残骸が転がり始めていた。

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