22-7
完成した料理は、主にポワカに大好評だった。自分が手伝ったからこそ美味しさもひとしおだったのだろう、なかなかの量をその小さな体で、いつもよりも多めに食べていた。
そして今は落ち着き、青年は一人で焚き火を離れ、冬の星空を眺めていた。
「……はい、コーヒー」
「あぁ、ありがとう」
少女からカップを渡され、青年は黒い液体を口に含んだ。
「……味、あんまりしないんだよね?」
「いや、飲みなれた味だからな。舌が覚えてるから、なんとなく味を感じられる」
言ったことは嘘ではなく、味はしなくともまだ舌にピリッとしたものは感じられるし、香りもまだ感じられることができる。それに何度も何度も飲んだコーヒーの味だから、なんとなくだが、以前と変わらぬ味を感じることができた。
「だから、あんまりなじみの無い物を食べたり飲んだりするよりは、こういうほうがいいのかもな」
「そう……それなら、ちょっと安心かな」
少女は柔らかな笑顔を浮かべ、青年の隣に座った。
「……さっき車で、グラントからダンバーの話を聞いてた」
「あぁ、そう言ってたな」
「うん……それで、その……」
少女は帽子を取って脇に置き、膝に額を押し当ててもじもじし始めた。一応、青年に気を使ってくれているのだろう、その先を言おうか悩んでいるようだった。
「ダンバーと戦うのは、辛くないかって?」
「……うん」
膝から額を離し、しかし両腕で膝を抱えたまま、少女は青年の方を、悲しそうなまなざしで見つめてきた。
「ネッドがダンバーと戦うのは、アタシがコグバーンと戦うのとおんなじような物だから……それって、辛いなぁって」
「うーん、そうだなぁ……俺だって戦いたいわけじゃないんだけど、向こうは……」
やる気だから、そう言いかけた瞬間、青年はなぜダンバーが自分にこだわっているのか、それが全然分からないことに気付いた。そして、少し星空を見上げて、何故、何故——思考の底から、不思議と先ほどの夢の断片が浮かび上がってきた。
「……さっき、夢で見た内容なんだが、ダンバーは俺を助けた後、謝ってきたんだ」
「はぁ? 助けたのに?」
「あぁ、助けたのにだ……『私のせいなんだ、すまない』って……それを、さっき思い出した。そこになんだか、ダンバーが俺との戦いに拘っている答えがある気がするんだよなぁ」
「うーん……」
そこに答えがあると言われても、少女には皆目検討もつかないだろう、それでも答えを一緒に真剣に考えてくれる少女の存在が、青年にとっては嬉しくもあり、頼もしくもあった。
「……うん? コグバーン?」
ふと、少女が右手を耳元にあて、あちらの世界からのメッセージに耳を傾けながら頷いていた。そして話を聞き終わったのだろう、少女は右手を下ろし、青年の方に真摯なまなざしを向けてきた。
「……これは、あくまでも自分の予測でしかないから、当たってなくても恨むなよって、コグバーンが言ってるんだけど……続き、聞く?」
コグバーン大佐のほうが、自分よりダンバーの年齢に近いわけだし、同時代を生きた人な訳だから、きっと自分より的確な予想をできるに違いない、青年は頷き、続きを聞くことにした。
「……ネッドが奉公先を襲われた遠因を作ったのは、もっと言えばネッドが丁稚奉公に出ないといけないほど貧しかった遠因を作ったのは自分なんじゃないかって、それで謝ってたんじゃないかって……」
「……なるほど、なぁ」
言われて、青年は納得してしまった。普通ならそこまで思いつめなくとも、パイク・ダンバーならあり得そうな話だった。
「今の予測が当たってたら、ダンバーは偉い傲慢だって、世の中のこと全部に責任を持つなんて、出来やしないのに……以上、南軍の猛将、もといダメ親父コグバーンからの伝言。ネッドはどう思う?」
「そうだなぁ……ダンバーだったら、ありそうだと思ったよ。それで、きっと傲慢だ、て言っても哀しそうな顔をして『そうかもしれないな』なんて言って……きっと、何も言わなくなっちまうんだ」
「あはは、なるほどなるほど……」
「……うん? なんか納得するところ、あったかい?」
腕を組んで一人頷く少女に違和感を覚え――この子は別段、ダンバーとあまり接点が無かったのだから、あの男の癖や性格など、あまり知ってはいないはずなのだが――青年の疑問に、少女は右手の指を立て、得意げな顔になった。
「やっぱり、子供は大人を見て育つんだなぁってさ。図星を突かれると、一回は納得した振りするんだけど、でも全然納得してなくて、結局自分の正解を押し通そうとする、そんな誰かさんにそっくりだなぁって思って」
「えぇっと……俺のこと?」
「そうだって言ったら、『そうかもしれないな』って言うでしょう? でも、心の中で、全然反対のことを考えてたりすんだ、ネッドはさ」
「あー……」
そこまで言われてしまうと、青年はもはや何も言い返すことができなかった。
「……俺って、わがままなのか?」
「うぅん、そうじゃない……ネッドは、ダンバーのことをわがままって思う?」
「いいや、そうだな……頑固なやつだっては思うけど」
そういうと、少女は満面の笑みで頷いた。
「つまり、そういうことだよ」
「……成程ねぇ」
「前は、ネッドってコグバーンに似てるって思ったけど、肝心なところはやっぱり育ての親に似るんだなぁ」
「そうかもしれないな……おっと」
どうやら「そうかもしれないな」が口癖だったらしい、それが面白かったのか、再び少女は面白そうにけらけらと笑った。
「あはは、でも今のは図星なわけじゃないから」
ひとしきり笑った後、少女は両手を組んで伸びをして、そのまま冬の夜空を見上げた。
「……でも、アタシもダンバーが悪人とは思えないんだよなぁ」
「そりゃまたどうして?」
「えっと、ソリッドボックスでも悪い感じがしなかったし、アタシに結構気を使ってくれたし、ネッドと戦うのも、なんだか苦しそうだったし……というか、フィフサイドでだって、ダンバーがすぐさま乱入してたら、向こうの勝ちだったわけだろ?」
少女は人差し指を口元に当てながら、ダンバーが悪人ではない理由を思い出しながら列挙していく。
「それに、なんていうかな……ダンバーの行動はさ、なんだかネッドに気を使ってるような感じがするんだよなぁ」
言っている本人も腑に落ちていないのだろう、少女は腕を組み、首をかしげながら続けた。しかし、今の言葉は青年もどこか納得できるようで、やはり理解は出来なかった。実際、ダンバーが動くだけで、自分達が再起不能になるまで叩きのめされてたシーンはいくつもある。
「しかし……気を使うくらいなら、最初から味方をしてくれればいいんじゃないか?」
「そう、だからアタシもなんだか言ってて妙な感じはするんだけど……うーん……うん?」
また向こうからの声が聞こえてきたのだろう、少女は手を耳に当て何度か頷き、改めて青年の方を向いてきた。
「マリアも、ダンバーに逃がしてもらった訳だから、やっぱり悪い人ではないと思うって」
「そっか、そう言えばマリアさんを逃したのは、ダンバーだったんだっけ」
「うん……でも、なんというか、ダンバーはマリアももちろんだけど、ベルに気を使ったんじゃないかって」
「あぁ、成程……」
パイク・ダンバーは子供が好きだから。子供にとって過酷な環境から逃がしてあげたかったのかもしれない。そう考えている青年の傍らで、少女はまだ腕を組んで何か考え込んで――ふと、何か良い意見が思い浮んだのだろう、今度はぱ、と明るい瞳で青年の方へ向き直ってきた。
「そう! 一番は、ネッドだよ!」
「お、俺?」
「そう……ダンバーが嫌なやつだったら、ネッドがこんな風に育ってるわけないって!」
真っ直ぐな碧に射抜かれて、青年は少々気恥ずかしくなってしまった。そのため、一度視線を外して、頬を右手でぽりぽりと掻いた。
「いやぁ、俺だって長いこと腐ってたからなぁ……」
「でも、根っこの部分はダンバーに育てられたからでしょ?」
言いながら、少女が青年の左手を強く握った。
「……アタシの好きなネッドを育ててくれたダンバーが、根っからの悪人なわけないんだよ」
振り向けば、少女の上気した頬の後ろに、綺麗な半月が浮かんでいた。しばらく二人で見詰め合っていると、少女の方がぷるぷると震えだし、次第には「にゃー!」と猫みたいに叫びだした。
「マリア、お母さん、うるさい! 切るからね!? もー……恥ずかしいの聞かれた……」
成程、向こうで女性陣が大興奮していたらしい、しかしなんだかこう、恥ずかしがっている少女が面白くて可愛くて、青年も心の奥底で大興奮していた。
「いやぁ、君はやっぱり、そういうのが似合ってるねぇ」
「ばか!」
「お、馬鹿って言われたのも久々」
「もう……馬鹿っていわれて喜ぶ変態なんだから……でも……」
じと、とした視線の後には、再びはにかむような笑顔を浮かべ、少女は右手を青年の左頬に添えた。
「今、ちょっと自然に笑ってたから。アタシも恥ずかしい想いをしたかいもある、かな?」
なんだか、最近は青年の方が歯が立たなくなってきている。こちらが主導権を握っていたような気がしても、最終的に、少女のペースになってしまう。
「あ、ネッド照れてるんだ? えへへー……なんか可愛い」
「いや、俺みたいな無表情で死んだ魚の目をした男を可愛いって言うのは、流石にきついんじゃないか?」
なんだか、ネイに言わせれば世の中のすべてが可愛くなってしまうのではないか。
「……というか、アレだ、俺を可愛いといってしまうと、ポワカが可愛そうだぞ?」
少女の可愛いの基準に青年が入ってしまうと、それと同系統の属性ということになってしまう。この事実を知ったら凄く微妙な顔をするポワカの顔が青年の脳裏に思い浮んだ。
「あはは、そーかも……ポワカには内緒にして?」
少女は右手を離し、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、人差し指を口元にあてて「しぃー」のポーズをとった。成る程、この子は本当に始めてであったときからは考えられないくらいくらい女の子らしくなった――というか、むしろ青年の想像をはるかに超えて、成長したと言うか、早くも主導権を取られてしまったというか、その点は嬉しい誤算でもあった。
しかし、考えれば、これが少女本来の姿だったのかもしれない。元々、割とお姉さん気質だったのだから、青年では太刀打ちできないのも道理だったのかもしれない——青年が一人でそんなことを考えていると、少女はふ、と真剣な目つきになった。
「……それで、話を戻すとさ、ダンバーはネッドのこと、可能性だって言ってたんだ」
「……可能性? どういうことだ?」
「アタシも分からなかったらから、それでグラントに聞いてみたんだけど……ダンバーは自分に持ってないものを、ネッドに期待してるんじゃないかって。改めて、なんとなくだけど、アタシもそう思う」
「ダンバーの持ってないもの、ねぇ……」
「うん……ねぇ、ネッド、辛くなかったらでいいんだけど、もっとダンバーとの思い出を聞かせてくれないかな?」
「うーん、構わないけど……そりゃまたなんで?」
「半分は、聞けば何かダンバーの思惑が分かるかもしれないから」
「残り半分は?」
「単純に、アタシの興味」
「成る程ね」
「ダメ?」
「いや、構わないよ……俺も話してれば、何か思い出すかもしれないし……ただ、一個条件があるな」
「うん? なんだよ、条件って」
「今度、君と大佐の話も、改めて聞かせてくれよ」
青年がそういうと、少女は柔らかい笑みを浮かべた。
「ネッドが聞かないって言っても、勝手に話しちゃうんだから」
「とは言っても、何を話したもんかな……」
「出会った日は、何か他に変わったことは無かったの?」
「うーん、そんな克明に全部覚えてるわけでもないし……」
本気で何から話すべきか青年が悩んでいると、再び青年の手に少女の手が触れた。
「……無理にじゃなくていいよ。思い出したところ、話したいところ……それを、ゆっくり思い出して話してくれればいいから」
「あぁ、そうだな……それじゃあ……であった日、あの日もこんな感じの夜で……」
瞼の裏には、黒い空と光る星、そして、赤色の炎――少女の手招きで、今までセピア色だった青年の記憶が、徐々に色を帯びて思い出されてきた。
◆
しばらくは、二人とも無言で居たと思うんだけど、気がついたら宿屋のベッドで寝かされてた。多分、ダンバーが負ぶって連れて行ってくれたんだと思う。目を覚ましたら、まずダンバーよりも先にヴァンが声を掛けてきた。大丈夫か、とか、おずおずと聞いてきてたな、確か。
――なんだ、今の感じと全然違うんだな。
あぁ、前も言ったけど、元々は引っ込み思案なタイプだったからな、アイツは。ともかく、少ししてダンバーが部屋に入ってきた。それで、とりあえず俺を実家まで送るって話になったんだけど……戻ったところでお袋も迷惑をかけることは分かってたし、俺は実家に帰るのは乗り気じゃなかった。
――あ、脱線するけど……ネッドのお母さんって、どうしてるの?
あぁ、三年前かな、一度実家を訪れる機会もあったんだが……どうやら、再婚して別の旦那の間に子供が出来てたみたいだ……って、そんな顔しないでくれよ、西部じゃ女は少ないし、旦那が帰らぬ人になれば、おかしなことでもないし、何より俺自身、悲しかったり恨んだりはしてないから。
ともかく、実家に帰るっていうんで、ダンバーとヴァンと一緒に、しばらくの間は行動を共にすることになった。その時に、二人は西部を歩いて、悪い奴らを捕まえて生計を立ててることを知ったんだけど……。
――ネッド?
今にして思えば、アレもダンバーなりの罪滅ぼしだったのかもしれないな。西部に失業者の術者があぶれ出て、犯罪者天国が出来ちまったわけだから、すこしでも、戦争の爪あとを解消するために……と、なんだかすまないな、話が全然整然としてないな。
――うぅん、いいんだよ、それで今、一つネッドはダンバーの事実に気づけたわけだし、アタシが知りたい以上に、ネッドが思い出すことのほうが大事なんだから。
ありがとう……ともかく、俺の奉公先を襲った奴らも、そこそこ名の知れた賞金首たちだったらしい。それをダンバー追いかけていた所で、俺は救われたわけさ。でも、結局その賞金首たちは、ダンバーに捕らえられることは無かった。ダンバーは、俺を助けることを優先しちまったから、ただ働きだったんだけど……まぁ、あの腕っ節だ、別に食い扶持には困った無かった。
――ちなみに、そいつらって、結局どうなったんだ?
確か、俺が独り立ちして間もない頃にハリケーンが……あぁ、多分ブッカー・フリーマンに捕まったんだよ、あいつら。もしかしたら、今から五年前の話だから、もうジェニーもいっぱしだったのかもしれないな。
――笑っちゃ駄目なところなんだろうけど、なんだかやっぱり縁があるんだね。
そうだなぁ。ジーンも元々、ジェニーとブッカーに捕まったんだもんな。意外と、縁とか、そういうのってあるのかもしれないな……でもまぁ、俺はそいつらに復讐しようとか、そんな風には思ってなかった。西部だと割りと、ならず者に襲撃されたら仇討ちするのが美徳、みたいに考えられてるところもあるけど……確かに、奉公先で仲が良かった同世代も居たし、みんなが皆悪い人な訳じゃなかったけど、自分が命を懸けてまで報復しようとは思わなかったな。
だから、単純に……そう、一緒に行動しているうちだって、ならず者に襲われることはあったし、それを事もなげに撃退するダンバーの強さに、俺は純粋に憧れたんだ。
――なんだ、「自分を救ってくれた師匠の強さにー」とか、そういう純粋な動機じゃなかったの?
俺自身、根が小市民と言うか、正義に燃えるタイプでも、悪に憤るタイプでもないもんで……正直、ダンバーの強さがあれば、一人で生きていけるって思ったんだよなぁ。それに、最初に救われたときは、憧れるも何もパニックだったし、ダンバーが戦ってるところは呆然と見てただけだからな。
ともかく、実家に着く前に、それで弟子入りを頼んだんだ。まぁ、奉公に出されてるような家庭事情なんだから、帰したところで仕方が無いっていう判断もあったんだろうな。前も言ったけど、最初は渋ってたダンバーも、最終的には弟子入りを認めてくれんたんだよ。
――そうそう、そこから詳しく聞きたいな!
えぇと、なんで?
――いいから!
えぇっと、そうだな……まぁ、そこからは強烈なしごきが始まったよ。最初の頃なんかは、毎日のように筋肉痛だったんじゃないかな。最初のうちは、弟子入りを間違ったんじゃないかと思ったね、流石に。
――あはは、ネッドらしい……そうやって悪態づいて、本心は全然別なの。
あぁ、まったく君には敵わないな……まぁ、きつかったのは本当、でもそれ以上に、やっぱり……。
――やっぱり?
うん、俺は物心ついたときには親父が居なかったから、そういう意味では、ダンバーの背中から学べることは多かった。もちろん、当時の俺がそんなふうに考えていたわけじゃないけれど……それでも、厳しくても、毎日安心してたし、充実してたように思う。
実家じゃ家の手伝いはしてたけど、釣りの仕方は教えてもらわなかった。家じゃ裁縫はしても、狩りの仕方は教えてもらわなかったし……。
――あ、小さい頃から裁縫してたんだ? ネッドの本質はそこから来てるのかな?
裁縫してたくらいで繊維を操れるなら、世の中みんな同じような本質になっちまうよ。
――あはは、それもそうだ。
でも、とにかく……君がコグバーン大佐を父親と思っているように、確かに俺も、ダンバーを父親みたく思ってたところはあると思う。
ダンバーの方も、子供が居なかったみたいだし、ヴァンにはどこか遠慮してる部分があったからな……今にして思えば大統領の息子で、あんまりな待遇にすることもできなかったんだろうけど。
――その上、ネッドの方が生意気で、叩きがいもあったんだろうね。
うん、まぁ、多分皮肉じゃないしにそういうことなんだろうな。もちろん、俺から視てえこひいきされてるわけでもなかったし、ダンバーは俺にもヴァンにも平等に接してくれたよ。それでも、性格的に俺のほうが手がかかるのはもちろんだし、多分……。
――やっぱり、ダンバーには負い目があったんだね。
あぁ、そんな気がする。奉公先の襲撃に間に合わなかったこと、そのせいで俺に怖い思いをさせてしまったこと……でも、それだけじゃなくって、コグバーン大佐が言っていたように、俺が父親が居ないのも、奉公先に出されたのも……国民戦争の開幕を、止められなかったんだし、そうでなくとも長引く戦争をどうすることも出来なかった。
――でも、ダンバーは、罪滅ぼしのためだけに、ネッドの面倒を見てたのかな?
いいや、そうじゃない……そうじゃないと思う。もしかしたら、俺が勝手にそう思いたいだけなのかもしれないけれど、でも……。
――大丈夫だよ、ネッド。絶対そうだよ。だって……グラスランズの一件の後、ダンバーはネッドを励ましに来てくれたんでしょう? それだけじゃない、ソリッドボックスの時だって、フィフサイドの時だって、ダンバーはいつも、ネッドを気にかけてくれてた。ダンバーの目指すところと、ネッドの目指すところが別々だから、だからこんな風になっちゃったんだろうけど……。
◆
「パイク・ダンバーとネッド・アークライトの間には、血はつながってなくても、絆がある」
そう言って微笑む少女の顔に、青年はなゆだか救われたような気持ちになった。
「あぁ、そうだな……まぁ、結局、ダンバーがなんでヘブンズステアの味方をしてるのかは、分からなかったけど」
「うーん、でもアタシは、今の話が無駄だったとは思わないな」
「うん、それは俺もそう思う……なんだかスッキリしたよ」
色々と思い返すのも、時には大切なものらしい、青年はそんな風に思った。だが一方で、今度は少女の方が憂いた様子で視線を伏せてしまう。
「……逆に、アタシが少し不安になったのは、やっぱりそんな大切な人と戦うのは……」
「いや、だからこそだよネイ。なんていうか、上手く表現できないけれど……パイク・ダンバーの真意を知る義務が、俺にはある気がするんだ」
青年は言葉を切り、夜の黒に覆われている大地を見渡した。
「……世界で今、二人だけなんだ。この力を持っているのは……魂の荒野を抜け出してきた同士、帰る場所が無い者同士……」
そこで、少女の瞳が哀しそうに揺れていることに気付いた。こんなに気を使ってくれる人が居るのに、帰る場所が無いだなんて言うのは失礼だったな——青年は頭を振って、先ほどの発言を訂正する事にした。
「いいや、俺には、ちゃんと帰る場所がある。でも、ダンバーには、ないんじゃないかって……だからこそ、ダンバーの気持ちを知りたいって言うか……」
その先を青年が上手く言葉にできずにいると、少女が代わってくれた。
「つまり、ネッドはダンバーに恩返しをしたいのかもね。育てくれた大切な人だから、孤独に消えていくのが寂しい……」
「うん、そんな感じさ。俺が上手く言えなかったことを代弁してくれて、ありがとうネイ」
「どういたしまして」
青年が素直に感謝の意思を伝えると、少女は嬉しそうに笑った。しかし、ついでに睡魔が襲ってきたのか、笑顔が崩れて小さく欠伸をしていた。
「……そろそろ寝るかい?」
「うん……そだね、それじゃ、皆のところに戻ろうか」
そう言いながら先に少女の方が立ち上がり、青年の手を引いてくれた。青年の手のひらは感覚が鈍くなっているが、それでも少女の気遣いが嬉しかった。
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