22-6


 ◆


「よぉし、野営だぞぉ!」

「野営デス!!」

「料理するぞ!」

「料理するデス!!」


 移動を開始して二日目の夜、鍋やらヤカンやらの機材を両手に持って、二人の少女が焚き火の前で楽しげに談笑していた。昨晩もネイが料理をしてくれ、ポワカには好評だった。そのついでに、今晩は一緒に作る約束になっていたようだった。


「ネーチャン、昨日のご飯メッチャ美味しかったです! いきなり上達してて、ビックリしたデスよ!」

「あー、うん、あはは……」


 寒いのに冷や汗を垂らして頬を掻く少女を見て、青年は事の真相を理解した。


「……料理の先生が、きっと色々とアドバイスをくれてるんだよな」


 青年がそういうと、ポワカの方は頭上にハテナを浮かべていたが、ネイの方はぎく、と肩を揺らしていた。思い返せば、マリアの料理は美味かったし、そうでなくとも母親からも料理を教えてもらっているのかもしれない。しかし、とにもかくにも、少女が姉分や母親、それに妹分と仲良く料理が出来ているのなら、それはそれで微笑ましいではないか、青年は枯れ木に背を預けながらそう思った。


「うむ……なんだか微笑ましいのぉ」


 青年の隣から、ブラウン博士の声が上がった。実際、博士は愛娘の手料理を食べることができない口惜しさはあるのだろうが、それ以上に娘が楽しそうにしていることに満足しているのが、声の調子から分かった。


「よぉっし、ポワカ、それじゃあやるぞぉ!」

「おー! デス!!」


 気合を入れて調理を始めようとする前に、青年の近くで岩を背後に腕を組んで立っていたヴァンがおもむろに近づいていった。


「待て、二人とも」

「お、おぉ!? なんだよ、突然……」


 意外な男の接近に、ネイの方は驚き、やや構えて後ろに一歩下がった。対するヴァンは、腕を組んだまま、ただ真面目に、無骨に、二人の少女を見つめていた。


「まず、きちんと手は洗ったか?」

「あ、あぁ……さっき、水で洗ったぞ」

「……デス」

「ふむ……それならいい」


 そして踵を返し、ヴァンは青年達の方へ戻ってきた。視線を二人の少女に戻すと、気を取り直して、というより無理やりテンションを戻している感じで、二人の少女が無理やり笑っていた。


「よ、よぉっし! 今度こそ始めるぞぉ! さぁポワカ、鍋を持つんだ!」

「お、おぉー! ナベデース!!」

「待て! 二人とも!!」

「だぁ!? 今度はなんだ!?」


 驚く少女達のほうへつかつかとヴァンが近寄っていき、ポワカが楽しそうに振り回していたナベを指差した。


「その鍋、汚れが目立つ。きちんと洗っているのか?」

「ちゃんと洗ってるよ! というか、汚れが目立つのは、ネッドに文句を言ってくれ!」

「デスデス!!」


 少女の言葉に無表情に振り返るヴァンに対して、青年も真顔で応えた。


「……まぁ、洗っているのならばとやかく言うまい。ただ、次の街で新調した方がいいかもな……」

「いや、アタシたちお尋ね者が、堂々と街で鍋買うのもどうなんだ?」

「……」


 恐らく、少女の的確すぎるツッコミに何も言い返せなかったのだろう、ヴァンは再び無言でこちらへ戻ってきた。


「まぁ、ワシらは少々見た目が特徴的じゃからのう……」


 博士の言うとおりで、青年とヴァンは身長が平均より飛びぬけて高いし、少女は混血、ポワカはネイティブなので、いっぺんに行動してたらそれだけで人目を引くし、いまや大陸全土で有名になっているのだから、なかなか大手を振って町を歩くのは難しいだろう。


 ともかく、三度気を取り直し、少女二人が再び調理を開始しようとしていた。


「よっし、それじゃアタシが具材を切るから、ポワカの方は味付けと煮るのをやってくれ」

「ふぇ!? 味付けって、なんかむずかしそーデス!?」


 少女の裁量は、別に間違えてはいないだろう。刃物を扱うのは確かに危ないし、調味料を振ったり煮たりする方が安全で負担は少ないはずである。しかし、ポワカの気持ちもよく分かり、味付け如何で料理の味が決まるのだから、失敗した時の不安は大きいに違いなかった。


「だいじょーぶ! アタシがちゃんと指示するから!」

「そ、それじゃ……えと、まずどうするデスか?」

「うん、まずは砂糖だな!」

「砂糖デス!」

「うん、砂糖だ……砂糖を、そうだな、四人前だから、ドカーンと入れる」

「ど、ドカーンデス!?」

「あーっと、うーん、確かにドカーンはマズイな、えぇっと……小さじ、三杯?」


 恐らく、あの世から母かマリアの指示を仰いでいるのだろう、少女の視線が、斜め上に行っていた。


「ね、ネーチャン、大丈夫デス?」

「あ、あぁ、なんつーか、アタシの料理は勘だからな!」

「勘デス!?」

「あ、あぁ、勘だ!!」


 実際のところ、少女の料理の腕は悪くは無い。しかしブッカーとクーが居れば二人がやってくれていたし、青年と二人の時には確かに交代制でやっていたのだが、割と互いに目分量で作っていたので、実際はポワカに教えられるほどにはまだ上達していないのも事実だった。


「え、えぇっと、小さじってどれデス?」

「あー、うー……」


 そう、少女が困ってしまったのも無理はなく、そもそも青年こそ料理を勘という名の目分量で作っていたのであり、匙など持ち合わせていなかったので、この場に残念ながら匙は無かった。


「えぇっと、スプーンで代用して……そ、それだと大きすぎる? うーん、あぁぁぁぁああ……!」

「……ならば、その味付け……私に任せてもらおうか」


 文字通り匙を投げそうになっていた少女の下に、銀腕が再び現れた。


「ま、マクシミリアン・ヴァン・グラント……」

「……ふっ、こう見えて、意外とやるのだぞ?」


 青年からは後姿しか見えないのだが、恐らく今あの男は、爽やかな笑顔を浮かべているに違いなかった。対する少女は、困ったように青年に助けを求める視線を送ってきた。


「あぁ、大丈夫だよネイ。そいつは言うだけはある……五年前の食事当番は、割とヴァンがやってたからな。味は俺のお墨付きだぜ?」

「そういう貴様が、よく料理をサボって私に押し付けていただけなのだがな……」

「うるせー、この前も言ったけど、五年前のことは時効だよ、時効」

「まったく……まぁいい。それでネイ・S・コグバーン、どうする?」


 男の提案に、少女はふ、と笑い、なんだか戦いに赴く戦士のような不敵な笑みを浮かべていた。


「そーかよ……なるほど、お前のことはいかすかねーと思ってたが、お手並み拝見といこーじゃねーか」

「あぁ、任せろ……誰よりも戦うと誓ったのだ、今宵は私に背中を預けるがいい」


 なんだか二人とも格好いいことを言っているのだが、たかが料理だ――いや、されど料理なのかもしれない、あの二人にとっては。


「で、でもそうしたら、ボクの出番が……」

「ポワカ・ブラウンは煮込むのを頼む」

「……どうでもいいデスけど、いい加減そのフルネームで呼ぶの辞めてもらえないデスかねぇ?」

「ふむ……ではミスブラウン」

「いや、表現硬すぎデス!?」

「……では、なんと呼べばいいのだ?」

「ふつーに名前で呼べばイイデス!!」


 狙ってボケるタイプは天然には決して勝てない、きっとポワカは今頃それを実感しているに違いなかった。


「……あの子をツッコミに回させるとは、ヴァンの坊や、やりおるわい」

「いや、博士もツッコミどころがおかしいぜ?」


 天然な狼のボケに、思わず青年も突っ込んでしまった。


「うむ……では改めて、ポワカ、煮込むのを頼む……しかし、煮汁が跳ねたりしたらいかんな。ネッド」


 ヴァンが振り向いてきたのに意図を察し、青年は踵を擦り上げて腰からボビンを引き抜き、フリルのついたエプロンを一枚こしらえて、ポワカに手渡ししてやった。


「確かに、可愛いおべべが汚れちゃなんだよな……つっても、いつも油にまみれてる気もするけど」

「うっせーデス! でも、せっかくだからありがたく受け取ってやるデスよ……えへへ」


 意外と満更でもなかったらしい、ポワカは青年から受け取ったエプロンを服の上からかけると、青年の予想通り、もともとフリルのついた民族的な洋服に、白いエプロンはなかなか似合っていた。マニアックな御仁とかが見たら、それこそなかなか垂涎モノの出来栄えだった。


「えへー、どうデス?」

「あぁ、似合っているぞ」


 その言葉がヴァンから出たのが驚きだったのだろう、ポワカは一旦驚いた表情を浮かべたが、すぐに満面の笑みへと変えた。


「ま、ボクは何を着たって可愛いデスけど? 折角なのでその言葉、ありがたく受け取っといてやるデス」

「成程……お前はどちらかというと、ネッドと同系統なタイプなのだな」

「え、なんかそれ、ふつーに傷つくデスけど……」


 おんどりゃ殴ったろか、青年はそういう思いをなんとか堪えて、博士の隣へと戻っていった。


 その後はネイの右手の包丁が唸りを上げ、ヴァンの銀腕が調味料の容器を振り回し、ポワカが陽気にお玉を回していた。


「……始めのころに比べると、あの子もヴァンも、大分打ち解けたようじゃな」

「あぁ、そうだな…………博士?」


 相槌に返事が無いので、青年は何事かと思い機械仕掛けの狼の方を見た。青年の視線とは裏腹に、トーマス・ブラウン博士は我が子が楽しそうにネイやヴァンと料理をしているのを、ただじっと見つめていた。

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