22-5
イーストノース地方までは、蒸気自動車での移動で直進して十日間ほどになる。今までは自動車でそこまで長距離移動をしたことがなかったので、燃料の補給もしなければならなかったのだが、燃料になる石炭と軟水は、行く先々でジェームズが手配をしてくれている算段になっている。
しかし、なかなかの強行軍を強いられているため、一日の大半は移動に費やしているのだが――。
「……寝れる?」
「いや、きついかな……」
少女の質問に、青年はそう返すしかなかった。道なき道を無理やり走っているせいで、なかなかに車の乗り心地がよろしくないのである。今まではここまで飛ばして乗っていなかったこともあり、まだ寝る余裕もあったのだが、如何せん早く目的地に到着せねばとスピードを出しているから、車に酔わないにしても、寝るには少々きつかった。
「……なんですかネッド、ボクの発明にケチを付ける気ですか?」
前の席の隙間から、ポワカの不満げな顔と声が飛んできた。ちなみに車内は前の運転席とやらにヴァン、助手席にポワカ、その足元に博士がおり、青年とネイが後部座席に座っている。
「いや、お前の発明にケチを付ける気はさらさらないんだが……」
言いながら、眠れないなら仕方ない、青年は窓の外を見ながら、考え事でもしようかとしたその時だった。
「……ポワカ・ブラウン」
唐突に、運転席から男の低い声があがった。こちらからは見えないのだが、この車はポワカの友達なので、自動操縦で動いているので、運転する必要は無い。だから、今頃ヴァンは機器を弄ることもせずに、いつも通りに仏頂面で腕を組んで座っているに違いない。だからこそだろう、ポワカは警戒しながら、ヴァンのほうを見ていた。
「な、なんデスか? お、オメーまでボクの友達にケチを……」
「いいや、そうではない……一つ、頼みがあるのだ」
「……頼みって?」
「車を、運転したいのだが」
「……はい?」
「だから、この車を自動操縦ではなく、私の手で操縦してみたいのだが……駄目だろうか」
ヴァンが少し助手席の方へ身を乗り出したため、男の横顔が見えた。見ればヴァンは真剣な表情で、やはり腕を組みながら、ポワカの方を見つめていた。
「お、オメー、運転してみたいんデスか?」
「あぁ……好きなのだ、乗り物の運転がな」
そう言えば、グラスランズでもこの男は謎の二輪車に乗っていたっけ――恐らく、乗り物が好きなのは本当なのだろう、真剣な面持ちで、ヴァンは身をポワカの方へ乗り出していた。一方で、ポワカの方は少し後ずさっていた。
「え、えぇっとぉ……」
「いいんじゃないか? 別に到着するまでは、息抜きも必要だろうし」
困るポワカに、青年の横の少女から救いの手が差し伸べられた。別にポワカ自身も運転させたくないわけではなく、単純にマクシミリアン・ヴァン・グラントの扱いに困っていただけなのだろう、ネイの言葉に態度を代え、ポワカの方も腕を組みながら、男の方へ向かい合っていた。
「ふぅ、ナルホドナルホドデス……まぁ、そこまで頼み込むなら、特別に運転させてやらんこともねーデスよ?」
「本当か!? ぜひ頼む!」
「ふひっ!? この男、扱いづれーデス! ご、ごほん……ともかく、運転させてやるデス」
ポワカが咳払いを一つすると、車が減速し始め、平原のど真ん中で車が止まった。
「えぇっと、操縦の仕方、分かりますか?」
「あぁ、大体は……このレバーで加速、減速をするのだろう?」
ヴァンが丸いハンドルの奥についているレバーを指で示すと、ポワカは大きく頷き返した。
「そうデス! なんだ、もしかして蒸気自動車って、都会じゃ普通にあるんデスか?」
「無くはない、と言っておこうか」
そう言えば、ロングコーストでヴァンは大統領と一緒に車に乗っていた。もちろん、青年はその時まで自動車の存在を知らなかったのだし、今の「無くはない」という発言から、高級品の一種で、まだまだ普及していないのも確かなのだろう。そうだとするならば、ポワカの発明品自体は、目新しいものではなかったのかもしれない――だからだろうか、ポワカも少々詰まらなそうにしていた。
「むー……斬新なアイデーアだと思ってたんデスけどねぇ」
「残念だったな……だが」
ヴァンがレバーを操作し始めると、蒸気自動車がゆっくりと動き始めた。そして丸いハンドルに手をかけて、ヴァンが車を運転し始めた。
「操作性は、今まで乗った車の中で一番良い」
「ほ、ホントデス?」
「あぁ、本当だ。私は嘘も冗談は言わない性質なのでな」
存在は冗談みたいなヤツだけどな、青年は心の中でそう突っ込んだが、ポワカも満更ではなさそうだし、せっかく二人が距離を詰めているところなのだ、変に水を差すのはやめておいた。
しかし、先ほどに比べると、車のゆれが少々納まっているようで――成る程、先ほどまではガンガンに直進していたのだが、ヴァンが操縦することでくぼみなどを細かく避け、適度に減速、加速をしているおかげで、乗り心地が格段に良くなっているらしかった。
「意外だったな。乗り物好きとか言うから、スピード狂なのかと思ったぜ」
「速いのは好きだ。そうするか?」
「……冗談は言わない性質なんじゃなかったのか?」
「別に、本気で言っているだけさ」
青年の言葉に、金髪の美男子が微笑を浮かべているのが、前の座席の間にあるミラー越しに見えた。
「これなら、寝れそう?」
隣の席から、少女が覗き込むように青年を見つめていた。
「あぁ、誰かさんの安全運転のおかげで」
「うん……寝る?」
「そうだな……」
青年は一度窓の外を見た。のんびり風景を見ながら、みんなの会話に耳を傾けているのも楽しそうだとも思ったのだが、少しでも消耗を抑えた方が良いのも確かだった。
「うん、寝ることにするよ」
「分かった。それじゃあ、おやすみなさい」
「あぁ、お休み……」
青年は微笑を浮かべる少女に安心して、少し眠ることにした。
◆
「……ありがとな。ネッドに気を使ってくれたんだろ?」
青年が静かに寝息を立て始めてから、少女は前の座席に座る男に声をかけた。
「いいや、単純に運転したかっただけだ」
「それでも、ありがと」
礼を言っても、グラントは何も言わず、ただハンドルを右の腕で押さえているだけだった。別にそれが気に障ったわけでもないし、饒舌なタイプでもないのだろう、ここで会話を打ち切っても良かったのだが、ふと隣に座る青年の寝顔を見た瞬間、グラントに聞きたい話題が思い浮んだ。
「なぁ、小さいころのネッドの話、聞かせてくれないか?」
「ふむ……それは構わないのだが……」
男はネッドが寝ていることをミラーで確認し、続けた。
「まぁ、欠席裁判と言うほどのことでもないか。そうだな……今と大きく変わるわけでもない、昔からこんな奴だった」
「うへぇ、昔からヒモヤローだったデスか?」
「あぁ、昔から紐を使っていた」
多分、前の座席の二人の会話は絶妙にかみ合っていない。それをポワカの方は察して、グラントの方は察していないようだった。
「ともかく……ネッドは小器用だったから物事の理解も早かったし、術式の扱いもすぐに上達して……私のほうがダンバーに師事してもらったのは早かったのに、最初のうちはネッドのほうが強かったんだ。それが悔しくて、私も以前にも増して修行に励んだのだが、コイツはコイツで意外と負けず嫌いでな」
「ふんふん、それでそれで?」
意外とポワカも気になっていたらしい、グラントのほうへ身を少し乗り出して、興味津々という感じで聞き返している。対するグラントのほうも、懐かしいのか、どこか優しい雰囲気でハンドルをさばいている。
「私が勝っても、全然悔しくない、という顔をしていたが、実際は影で猛特訓していてな。よく仕返しされたものだよ」
「あはは、なんだかその光景、眼に浮かぶようデス」
「……だが、引っ込み思案だった私を引っ張ってくれたし、幼い自分からあまり友達の居なかった私には、ネッドは良き友であり、また良き兄貴分でもあった」
そこで、少女は車の中央にあるミラーに移る、美男子の嬉しそうな顔を見た。
「だから、私にとってネッドの背中は、追いかけ続けていた背中だったんだ……死んだと思っていたから、永久に追い越せないかと思っていたが、まさか、五年必死に修行して、なお追いつけないとはな」
もちろん、素の実力では一度グラントはネッドを下しているので、本来の力はグラントの方が上だろう。だが彼が言いたいのは、腕の強さではなく、別の強さなのだろう、少女は漠然とだがそう感じた。
しかし、ポワカにとっては男の矜持など興味も無かったのだろう、退屈そうに髪をくりくりと回していじっていた。
「むー、もっとおもしれー話はねーんデスか?」
「ふむ、例えば?」
「こう、人に知られたくねー黒歴史的なものとか……」
「黒歴史……」
ポワカの言葉を反芻して後、グラントの肩が揺れた。どうやらネッドの黒歴史を思い出し、噴出してしまったらしい。
「ふふ、いや、こいつの名誉のために言わないでおこう」
「むっきー! そんな笑えるのなら、余計に気になるデス!」
「どうどう……ポワカ、そこまでしておくんじゃな」
父の忠言に、ポワカの方も渋々ながら引き下がったようだった。少女も青年の黒歴史が気になりはしたものの、欠席裁判をするのも忍びないと思い、別のことを聞くことにした。
「そうだ、グラント、お前から見てでいいからさ……ネッドとダンバーって、どんな関係だったか教えてくれよ」
「うむ、そうだな……」
男はハンドルを左手に、右手を顎にあてて少し考えてから話し出した。
「ネッドは、ダンバーによく叱られていたな。私の方は、自分でも言うのもなんだが、あまり手がかからなかったというか……一方ネッドは我侭は言うし、やんちゃで無茶だったからな。ダンバー自身は、私にもネッドにも公平に接してくれた。いや、接しているつもりだったのだろうが……実際は、どちらかというとネッドのほうを気にかけていたように思う」
そこまで言って、今まで漠然としたイメージでしかなかったものが、突然に言葉になったのだろう、ミラー越しの美男子の目が一瞬ハッとなり、すぐに頷いて続きを語り始めた。
「今にして思えば、ダンバーはネッドの父親代わりになろうとしていたような気がするな。恐らく、ネッドは小さい頃から父が居なかったから……その代わりに、何かを教えてやろうとしていたのだろう。ネッドのほうも、父親の記憶がほとんど無いはずだから……ダンバーを父親代わりに思っていたところはあったのではないかな」
「……そうだったら、なんだか悲しいな」
親子同然の関係の二人、それが数年でも、自分がコグバーンと共に歩んで、信頼関係を結べたのと同様に、ネッドとダンバーの二人もお互いに信頼しあっていたのだ。仮に自分がコグバーンと対峙しなければならないとして、果たして戦えるかどうかもわからない――更にネッドとダンバーの場合は、互いに還る場所を失い、遠くない先に潰える恐れがあるのに、しかし互いに戦い、決着を付けようとしている。
(……でも、なんで二人はそうまでして、互いに戦おうとしてるんだろう?)
少女はそう疑問を抱いたが、ネッドの方は師匠の真意を手繰るためだと言っていた。では、ダンバーの方はどうか? なぜパイク・ダンバーはネッドに拘るのか、そこが分からない――いや、ソリッドボックスで、ダンバーは少女に一言もらしていたのを思い出した。
「……ダンバーはネッドのこと、可能性だって言ってた。グラント、お前は意味が分かるか?」
「可能性……」
少女の問いをオウム返しし、グラントはしばらくハンドルを握りながら考え込んで、しかし運転座席の向こう側で、僅かに首を振るのが少女にも見えた。
「……すまんが、正確なことは分からないな。だが、二つ言えることがある。一つ、そもそもダンバーは、彼らのやり方に納得できず、私を連れて西部に流れ着いていたのだから……そもそも、現在ヘブンズステアに協力しているのもおかしな話なのだ」
「何か、脅されていて、協力せざるを得なくなっている可能性は?」
「ダンバーに妻子はいないはずだし、身内を人質に取られている可能性は考えられんな……博士?」
グラントの問いに、ポワカの股の間で、ブラウン博士も首を横に振った。
「ワシが知る限りでも、ダンバーは早くに妻に先立たれ、子供も居なかったはずじゃ」
成程、ダンバーは一度結婚していたらしい、確かに北部の有力者の一人だし、思い出す限りでも静かだがどことなく優しさのある人物で、生涯独り身であったとは考えにくい。その辺りは、グータラな少女の養父とは一線を画す所だろう。
『……おいネイ、お前、今何か失礼なことを考えていただろう?』
「それでグラント、もう一つは?」
脳内に聞こえるコグバーンの声を無視し、少女は質問を続けた。
「……ダンバーはどちらかと言えば、ネッドよりも私寄りの男だ。小事より大事を、目先のことより大局で動く男……対するネッドは、言わずとも分かるだろう?」
「……うん、分かるよ」
少女は隣で腕を組んで眠っている青年の方を見た。自分のために魂の荒野を彷徨い、自分に会いに来てくれたのだから――彼にとって自分がそれだけ大切な存在だと思うと嬉しくもあり、反面哀しくもあった。
少女がしばらく青年を見つめている傍らで、グラントが運転席から少し身を乗り出してきた。
「つまり、ダンバーの真意までは分からんが……ネッドは、私やダンバーが持っていないものを持っている。だからこそ、可能性なのかもしれん」
「成る程……うん、なんだかアタシも、そんな感じがしてきた」
そこで一旦話が切れ、少女はそういえば、と思い出し、今度はあちら側にいる養父に質問してみることにした。
「そうだ、コグバーン。お前もダンバーとは面識あるんだろ? 何か分からないか?」
『おまえなぁ、さっき無視しておいて虫が良くないか? ……なんつって』
少女は年季の入ったコグバーンの奇襲に一瞬噴出し、しかし周りから見たら怪しいことこの上ないので、すぐに気を取り直して反撃に出ることにした。
「うん、お前が生涯独身だった理由がよく分かったよ」
『べっつにぃ、俺はやろうと思えばいつでも結婚できたが、しなかっただけだよ……本当だぞ?』
「はいはい、分かったから……それで? パイク・ダンバーがなんでアイツラに協力して、ネッドと戦いたがってるのか、分かるか?」
『あのなぁ、俺だってアイツと会ったことがあるのは二回だけだぞ? しかも一回目は敵同士、二回目はアイツが勝手に納得して、すぐさまいなくなっちまったんだからなぁ』
そこでコグバーンは話を一端きり、しかし今度は少し真面目な声色になって続けた。
『……アイツは、何か現世でやり残したことがあると言っていた。それ以上のことは分からん』
「やり残したこと、ねぇ……」
もしダンバーがネッドとグラントのことを心配して現世に戻ったのならば、少なくともグラントとは接触をしていただろうし、ネッドだって有名ではないにしてもそこそこ腕の立つ賞金稼ぎだったのだから、西部を練り歩けばいずれ再会していただろう。そうなれば、ネッドやグラントのこと以外で、ダンバーは現世に帰ったのだろうか――。
「うーん……ダメだ、わかんない」
『はっ、それこそお前に分かるんだったら、ネッドやグラント、ブラウン博士がとっくにアイツの真意には気づいているはずさ。考えても無駄無駄、なるようにしかならねぇよ』
「それはそうかもしれないけど、でも……」
理由も分からずに親同然の男と戦うなんて、なんだか哀しい――そう感じていると、再び脳内に養父の声が響き渡った。
『……そんなことより、窓の外をみな。お客さんだぜ?』
コグバーンの言葉に外を見ると、頭の悪そうな顔をした男達が数名、馬に跨ってこちらへ向かってくるのが見えた。
「……安全運転が裏目に出たか?」
「いいや、悪路をとばすのも危険だからな。どのみち、今のスピードが限界だったはずだ……ポワカ・ブラウン」
グラントが声をかけると、ポワカの胸のペンダント型シリンダーから蒸気が噴出した。
「了解デス! アイハブコントロール!」
「ユーハブコントロール……いざ!」
運転をポワカの能力に切り替えたのだろう、ハンドルを放しても自走していることを確認し、グラントは運転席の扉を開け、一人荒野へと飛び出した。
◆
灰色の炎が舞い上がる中で、少年は戸棚の下に転がる死体を見ていた。自分をこき使っていた丁稚奉公先の意地悪な雇い主も、動かなくなればただの肉の塊だった。哀しくなかったのは、嫌いだった奴が死んで清々したからではなく、単純に自分のことで頭が一杯になっていたからだったように思う。このまま隠れている戸棚の中で炎で焼け死ぬのが先か、それとも外で暴れまわる無頼漢どもに見つかり殺されるのが先か、ともかく自らの目の前に横たわる死の方に、頭が一杯になっていたことを思い出した。
僅かな隙間から、自分と一緒に働いていた子供達の叫び声が聞こえ、灰色の世界に映える赤い液体が、嫌に鮮明に飛び交っているのが見えた。あぁ、世の中はやっぱりクソッたれだ。ここに居る者達には、何の罪も無い。子供たちは自分と同じように、貧しい生活の中から奉公に出されただけだ。大人達の仲には優しい人もいたし、もちろん雇い主だって性悪だが、別に最低限の衣食住は約束してくれていたわけだし、殺されていいようなことは何一つしていない。それなのに、ただ弱いからというだけで、何の思想も哲学も無い、ただの暴力に蹂躙されなければならない。連中は、ただその日暮のために、ここを襲撃しただけに過ぎないのだから。
ふと、のぞく隙間に一人の男が気づき――銃から蒸気と薬莢を吐き出しながら、こちらへ近づいてきた。この時は、どんな気持ちだったか――恐怖で頭が一杯になっていたか、それともそれすら通り越して、極限状態から解放されることに、少し安堵を覚えていたのか――だが、男の手は戸棚まで伸びなかった。少年が覗くその先から一筋の剣閃が走り、無頼漢達が吹き飛ばされたのだ。異変に気づいた男が振り返るときには、すでに長身で無精髭を蓄えた男が迫っており――髭の男の肘が極まると、襲撃者は小さく呻いてその場に崩れ落ちた。
隙間から、無精髭の男と眼が合った。その瞳は、一瞬驚いたように見開かれ、だがすぐに哀しげに染まり――すぐに振り返り、またしばらく激しい物音が続いた。辺りが静まり返り、木製の家屋が炎に焼かれる音だけが聞こえ、次いで先ほどの男が巨大な剣を肩に携え、戸棚の方へ向かってくるのが見えた。
「……大丈夫か?」
少年は何も答えられず、ただ歯をがちがちと鳴らしていた。周りは熱いはずなのに、それでも震えることしか出来ず――無精髭の男は少しした後、刃を戸棚をそっと開け放ち、動けなくなっている少年を、空いている腕で抱きかかえ、外へと駆け出した。
外へ連れ出され、少年はただしばらく、燃えあがる炎を見つめていた。先ほど自分達を襲った連中は、なんとか焼ける農場から這い出しているのが見える。普通ならば、襲撃者を許さない気持ちの方が勝るはずなのだが、このときはただ、自分が助かった安堵と、疲労と、何より起こった事の重大さに、復讐とかそんなことは思い浮ばなかったように思う。
「……すまない」
自分を救い出してくれた男が、外に出て最初に言った一言がそれだった。
「……なんで謝るの?」
「すまない、私のせいなんだ……」
結局、男は謝っている理由を教えてはくれなかった。ただ、申し訳なさそうに、少年をじっと見つめて――今ならば、色々と邪推することはできる。到着が遅れたことに謝っていたのかもしれないし、脅えさせてしまったことを謝っていたのかもしれない。
ただ、なんとなく、それは不正解な気がする。だって――。
「……私はダンバー、パイク・ダンバーだ。君は?」
そう、パイク・ダンバーだから。彼は、もっと大きなことで悩んでいたのではないか――そんな気がするのだ。
◆
「……ネッド?」
眼を開けると、すぐ隣から少女の声が聞こえた。いつの間にか車は止まっており、窓の外を見ると、ヴァンが両手をはたき合わせながら、無頼漢達をすでに制圧していた。それから青年は自分を覗き込んでいる碧の瞳の方へ向き直った。
「あぁ、少し夢を見ていたんだ……ダンバーと出会った日の夢を」
「そっか……アタシ達がダンバーの話をしてたせいかな?」
「成る程ね……そうかもしれないな」
しかし、夢なんて久しぶりに見た――それこそ、魂が体に戻ってからは、本当に初めてだった。
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