22-4
◆
次の日の朝、一同は食堂に集まっていた。
「イーストノース州で何やら怪しい動きがあると?」
ジェニーの言葉に、ジェームズが頷いた。
イーストノース州とは、名の通り大陸の北東部の内陸部分、巨大な湖が密集する場所で、古くから鉄鉱石と石炭の採掘地として国の工業の中心地として知られる地域である。つまり、彼らのお膝元、西部や南部に比べて北部資本の影響力の強い地域である。
「確かに、ロシワナ湖の畔に、ウェスティングスの研究所がある……何かしているとするならば、そこが怪しいな」
横から口を挟んできたのは、グラントだった。
「ふむ……それなら、確かに何かありそうですね……グラント、貴方何か心当たりは?」
そう言うと、男は顎に機械仕掛けの右手を当て、しばらく考え込んだ後、再び女の方へ目線を合わせてくる。
「ネイ・S・コグバーンの存命が確認される前の計画段階では、終末の角笛【ギャラルホルン】というものが開発されていた」
「なんだか仰々しい名前ですけど……それは何なのです?」
「現在、国中に建設されている電波塔を知っているか?」
「えぇ……あの電波塔とやらを、何に使うのかまでは知りませんけれど」
「アレは、飛ばされて来る電波を受信し、電波を音に変換するために建設されている」
「は、はぁ……?」
聞きなれ単語に、思わずジェニーは間の抜けた返事を返してしまった。グラントの方は特にそれを馬鹿にするわけでもなく、淡々と話を進めていく。
「私自身も、専門家で無いから原理は良く分からない。しかし、簡単に言ってしまえば、大陸の東端で発した音を電波に変えて、西端まで即時に運ぶことができるのだ」
「えぇっと、つまり、大陸のどこにいても、相手の声を聴くことができるってことですか?」
グラントは仏頂面のまま、静かに頷いた。
「あぁ、その通りだ」
「……いや、それはそれで物凄い発明だとは思いますけど、終末の角笛なんていう仰々しい名前には、相応しくないような……」
男は腕を組んで、今度は首を横に振った。
「……覚えていないか? ソリッドボックスで、ウェスティングスが使った音波兵器……あれを、大陸全土に瞬時に伝達できると言うことだ」
「なっ……」
あの時は、すぐにブッカーが破壊してくれたから被害は最小限で済んだが、もしあのまま音が鳴り続けていたら、アレだけで全滅していたとしても想像に難くない。しかし――。
「……そんな、無差別殺人兵器じゃないですか。彼らは、大陸全土の人間を浄化するつもりですか?」
「いいや、だからギャラルホルンを使った計画は中断されたんだ。元々、国内の反抗勢力を無力化しつつ、同時に輝石を大量に回収できるということで開発されていたのだが、攻撃する地域を選べても、攻撃する相手までは選べないからな。しかし、電波を飛ばして音を送れるという発明自体は、国のインフラとして役に立つ。だから、スコットビルが資金を出し、ウェスティングスも開発を進めていたんだ。確か、ラジオテレグラフィーと言ったか……」
「ら、ラジオテ……レ……?」
なんだか長い名称を、ネイが復唱しようとして壮絶に噛んでいるのに対し、ネッドがフォローに周った。
「おぅ、ヴァン、お前が長ったらしい名前を言うせいで、ネイが困ってるじゃないか」
「そういう貴様は、むしろ楽しんでいるだろう?」
「ふひひ、バレたか」
ふひひ、は笑っているわけではなく、普通に口で言っていた。あまり笑うこともできないのだろうが、少女が噛んでいるのが楽しかったのは本当らしい。眼を座らせたまま楽しむ相棒に、少女は口を尖らせた。
「まったく、馬鹿にすんなよな……とにかく、そんなあぶねーもんをお相手が持ってるなら、どうにかする必要はあるんじゃないか?」
少女は途中からグラントの方に向き 対して男は首を縦に振った。
「あぁ、その通りだ。何にしても、最低限祈士が一人そこに居るのならば、捕縛して情報を引き出すことも出来るだろう」
ここまで足踏みをしていたが、ようやっと話も進みそうである。しかし、ジェニファーは昨日から、とある考えがずっと胸の内にあった。それを伝えるべく、グラントの話が終わったところで手を上げた。
「あの、いいでしょうか?」
「あぁ、なんだ?」
「……決戦のときは近いでしょう。それならば、こちらも戦力の増強も考える必要があると思うのです」
そこでジェニファーは、昨日の新聞を取り出して、自らの顔の横に並べた。
「相手方の統率力も落ちてきています……少なくとも、カウルーン砦の方々と、カミーヌ族には応援を仰げるはずです」
ジェニーの言葉に、ブラウン博士が反応した。
「うむ……確かに、我々指名手配、あまり大人数では街中などを行動しにくい。しかし、戦力を分散させるのが、得策かどうか……」
「それなら、危ない方には俺が行くよ」
表情こそ固いが、ネッド・アークライトは小さく微笑を浮かべてジェニーを見つめていた。確かに、アンフォーギブンの力を使えば、味方の内で一番強いのはネッドだ。しかし、それは魂を削り、命を縮めることを意味する――つまり、ノースイースト州に向かってくれというのは、寿命を縮めてください、と言っているの同義である。もちろん、それはネッドだって承知の上での提案だったのだ、周りやジェニーを納得させるため、口元を僅かに釣り上げて口を開いた。
「……お前の夢に少しばっかりだけど協力したいんだ」
「ネッド……えぇ、頼みました」
二人で頷くと、ネイとグラントがネッドの方を見て笑った。
「まったく、危ない方にわざわざ首を突っ込むなよ……ま、でもネッドが行くほうに、アタシも行くよ。なんやかんや、戦闘に関しては色々出来るしな」
「やれやれ……勝手に決めてくれるな。ともかく、私もネッドと行くぞ。人一倍戦うと決めたのだからな」
実際、ネイ、グラントの二人が生身なら強さは抜きん出ているし、祈士以外に遅れをとる心配も無いだろう、そうジェニーが考えていると、今度はブラウン博士が首を縦に振り、隣でポワカが両腕で万歳していた。
「ワシも、ネッドの方に行くぞい。ウェスティングスが絡んでいるなら……ワシが、決着をつけんとな」
「トーチャンがそっちなら、ボクもそっちデス!」
ブラウン親子のゴーレムまで合わせれば、事実上ワイルドバンチの戦闘力上部がノースイーストへ向かうことになる。これで戦力的にはまったく問題ないだろう。あとは、残りの面々の割り振りである。
「クー、貴女は?」
「カウルーン砦に行くなら、ワタシが居た方が話が早いネ」
「そうね。貴女が来てくれるなら心強いわ」
後はブッカーだが、彼は言うまでもない、振り向いて壁を背にしている相棒を見ると、変わらぬニヤけ面で頷き返してくれた。
「それでは、各々準備を進めて、昼には出発できるように……」
「ちょ、ちょ、ちょいと待つデス!」
ジェニーの対面で、ポワカが先ほど上げた両腕を、ぶんぶんと振り回している。
「えぇっと、何か不都合が?」
「いやぁ、不都合があるわけじゃないんデスけど……そのぉ……」
言いたいことがあるのだろう、しかし、みんなの気を引いてしまってせいで、返って言いにくくなってしまったのかもしれない、ポワカは今度は上げていた手を顔の前に持っていき、やや俯きながら両の人差し指をつつき合わせていた。それを見て、すぐさまポワカの隣に座っているネイが、優しく声をかけた。
「……大丈夫だよポワカ。みんな、ちゃんと聞いてくれるから」
「う、うん……あの、みんなが揃っているうちに、写真を撮りたいんデス」
少し申し訳なさそうに、ポワカ・ブラウンは顔を上げて言った。成る程、確かに有事の際でなければ、単純な記念撮影になっただろう。しかし、今は命がけで戦っている最中だから――みんなが揃っているうちに写真を取っておきたい気持ちも分かるし、かといって「もしかしたら、もうみんなで集まれないかもしれない」と暗にほのめかしてしまうため、ポワカも言い出しにくかったのかもしれない。
しかし、娘の気持ちは、ジェニーもよく分かった。恐らく、ここに居る全員、ポワカの気持ちを理解したのだろう、嫌がる者はいなかった。
「いい案ですよ、ポワカ。私も一つ、記念に欲しいですもの……それでは、ここを発つ前にみんなで集まって写真を撮りましょう、みんな、いいんですね?」
ジェニーが言うと、皆一同に頷いた。
「俺、写真なんか撮られるの初めてだからな、いい記念になりそうだ」
「デスデス! 折角写るんですから、ちょっとはキメて来てくださいね?」
「まぁ、別に俺はいつでもキマってるけどな」
「寝言は寝て言いやがれデス!」
覇気がなくても相変わらずボケるネッドに、元気なポワカのツッコミが入っ手いるのを見て、ジェニーはなんだか気持ちが少し軽くなるのを感じた。
◆
その日の昼過ぎ、ジェームズも含め、皆荷物をまとめて隠れ家の前に集まった。お手製なのだろう、何やら可愛らしい装飾のなされた写真機のレンズがこちらへ向けられており、その奥でポワカが写真機を覗き込みながら、何かを調整しているようだった。
「それじゃ、撮りますよ……みんな、集まってください!」
「お、おい、お前は映らないのか?」
青年の言葉に反応して、写真機の横にポワカの顔が並んだ。
「だいじょーぶ! きちんとボクも入りますから! さ、みんな並んでください!」
ポワカの言葉に施され、各々が別荘の玄関の前に並びだした。全員立って写るのもなんだということで、前には椅子が五席並んでおり、しかしそちらは女性が座るべきだろう――今の自分は、あまりしっかりと笑うことも出来ないのだ、それにこの中では一番身長もあるし、端のほうにでも――。
「ネッドは真ん中に座りやがれデス!!」
青年の気遣いを、ポワカの怒声が打ち砕いた。
「いやぁ、俺よりもさ、お前が真ん中の方がいいんじゃないか?」
幼い子が中心になるほうが、なんだかそれっぽいではないか、青年はそう思ったのだが、再びカメラの横に顔を並べ、ポワカが首を振った。
「オメーがワイルドバンチのドンなんデスよ? ドンはドーンとど真ん中! これ、世界の常識デス!」
ポワカの駄洒落がヒットしたのか、青年の隣で少女が噴出した。
「いや、俺ってボスだったのか?」
周りを見回すと、クーとヴァンが頷いていた。
「まぁ、アナタが一番賞金額もデカいしねぇ」
「こんな馬鹿な集団の首領になど、なりたくはないしな」
友に退路を絶たれ、こうなったら我が道は自分で切り開くしかないと、青年は一世一代の演技をうつことにした。
「くっ……腹が、今朝食べたヨーグルトが当たったのかもしれん……だから、俺は端の方に……」
「……貴方の脳みそポワカ並ですか?」
呆れ返るジェニーの表情が、なんだか心地いい――ではなく、さっさと端に逃げなければならない、しかしそれも、結局ポワカの怒声によって中断された。
「だー、ボスじゃなくてもイイデスから! ともかく、ネッドが真ん中なんデス!!」
「……観念しなよ。ほら」
すでに座っている少女が、真ん中の椅子を右手でポンポンと叩いている。
(……まぁ、写真なら死んだような面も、少しは紛れるかな……)
「少しでもいいから、笑顔で写るんだぞ?」
少女に思考を読まれ、青年は頭を掻きながら真ん中の椅子に座った。
「やっぱり、君には敵わないな」
そう言うと、笑えない青年の分まで少女が笑みを顔一杯に浮かべてくれた。
「それじゃ、私も失礼して……」
気がつくと、青年の右隣にジェニーが座っていた。
「別に、そんな畏まることもないだろ?」
「そ、そうなんですけどね、なんとなく……ね」
青年の言葉に、ジェニーはそっぽを向いてごにょごにょ言っていた。さらにその奥にクーが座り、ジェニーの後ろにブッカーとジェームズが並んだ。
「……それなら、私はお前の後ろに並ぶか」
青年と少女の間にヴァンが立ち、恐らくポワカが座るであろう左奥の椅子の前に、トーマス・ブラウン博士がお座りの姿勢で鎮座した。
「うーん……ネーチャンの後ろが寂しいデスね……そうだ!」
ポワカの眼が輝くのと同時に、機械人形の足音がしてきて、ジェンマがヴァンの横に並んだ。
「うん! これでいい感じデス……それじゃ、撮りますよ……」
ポワカが機械のボタンに手をかけたのと同時に、青年は笑顔に努めた。だが、なかなか難しく――青年が四苦八苦しているうちに、ポワカが再び写真機に顔を並べた。
「グラント! テメー笑いやがれデス!!」
「ぬっ……すまない。笑顔に努めよう」
「ブッカーのおっちゃんは、ニヤける感じじゃなくて、もっと自然な感じで!!」
「いやぁ、すまねぇなポワカのお嬢ちゃん、頑張るぜ」
「ジェームズのニーチャンも、表情硬いデス!!」
「こ、こうか……?」
「トーチャンもニカッとするデス!!」
「そ、そりゃあ無茶な注文じゃ!」
成る程、うちの男勢は、みな笑顔が苦手らしい。それならば、自分も変に作り笑いをすることも――。
「……ほら、他の男衆も頑張ってるんだからさ」
青年が膝の上に乗せている左拳に、少女の右手が乗せられた。
「……成る程、甘やかしてはくれないらしい」
「そう、アタシはきびしーんだよ」
隣を見れば、厳しいと言う割りに優しい笑顔があったので、青年も自然と口元が緩んだ。
「……よし、いい感じデス! 次こそいきますよ!!」
視線を戻せば、ポワカが再びレンズ越しにこちらを見て、カメラにつながれたスイッチに手をかけていた。そして、ボタンを押すと、スイッチを放り投げ、そそくさと走って少女の隣に座った。
「そろそろデスよ! みんな、レンズに向かって!」
ポワカの掛け声の後に、レンズの奥から光が発せられ、自分達がこの世に集まっていた確かな証拠が、機械の中に刻み込まれた。
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