22-2


 ◆


「……成る程。とうとう、相手も空中分解をはじめたと言うことですか」


 新聞紙を左手に持ちながら、ジェニファー・F・キングスフィールドはカップに一口――やはり、紅茶が自分の肌にはあっている――飲み、呟いた。ジェニーの対面には機械の狼、トーマス・ブラウン博士が座っている。


「その言い方は、恐らく正確ではないの……の中で、内部抗争が始まった……というより、ヘブンズステアの一派が見限られた、と言うべきじゃろう。奴らとて一枚岩ではない……中には多くの穏健派も存在するのだからな」

「どちらにしても、私達にとってはプラスですよ」

「……それは、どうだろうな」


 最後の声の主は、ブラウン博士のものではなく、ネイ・S・コグバーンのものだった。声と共に扉が開き、少女の後ろには二人の高身長で無表情な男が立っている。


「見限られたってことは、それだけ奴さんがことを急いている証拠だ。確かにアタシたちにとってはプラスの内容かもしれないけど、手を打たなければ手遅れになる可能性がある……って、コグバーンが言ってる」


 右腕の疼きがなくなった変わりに、今度はあの世から声が聞こえるようになったというと、この子はどれだけ若い子の妄想を体現しているのか――しかし、フィフサイドでジェニー自身もコグバーン大佐の声を聞いているので、この子があの世と繋がっているのは、疑いようも無い事実だった。


「……そう考えれば、確かに暢気構えている暇は無いのでしょうけれど……」


 ジェニーが兄、ジェームズ・ホリディの方を見やると、兄は頷きながら隣の松葉杖を取った。


「敵の敵は味方。穏健派と接触すれば、何か情報が得られるかもしれんな」


 そしてそのまま席を立ち、ジェームズが屋敷は奥へと杖の音を響かせながら歩いていった。ついで、ネッド、ネイ、グラントの三人が席に着いた。


「……それじゃ、オレは飲み物でも用意しますぜ」

「いえいえ、ブッカーさんものんびりしていてください」


 ブッカーが兄の給仕に仕事を奪われてややきまりの悪そうにしているのが見えて、それがなんだかジェニーにとっては可笑しかった。頭を掻きながら、ブッカー・フリーマンもジェニーの横に座った。


「……しかし、なんで唐突に、こんな記事があがったんですかね?」


 そう声を掛けてくる従者に、ジェニーは新聞を机の上に広げて、一面の一部分を指した。


「……賞金首たちと謎の集団との交戦を目撃した生き残りが数名、新聞社に情報をリーク、ねぇ……」

「そう、ブッカー。貴方がやったことが実を結んだ結果よ」


 南部出身のジェニファー・F・キングスフィールドとその仲間達が、自分達を救ってくれたと、元キングスフィールド家の使え人が語る――モーリスが情報をリークしてくれた証拠だった。


「へへっ……オレは行く先に的があったから、撃っただけですぜ」

「そう……まぁ、貴方がそういうなら、そうなんでしょうね」


 しかし、ジェニーもブッカーも、互いに口元がにやけるのを押さえられなかった。一度は裏切られたが、それでも彼も、結果的にはこのように自分達に協力してくれたのだ。やっぱり、少しずつでも夢に向かって前に進んでいる――そんな実感があった。


「さて、それじゃあ進捗があるまではのんびりと……」

「……あー! みんな集まっててずりーデス!」


 ゆっくりお茶をしばこうと思っていた矢先に、姦しいのが部屋へ乱入してきた。


「あ、ネーチャン、デートはもういいんデスか?」

「はぁ……まぁ、いいと言えばいいし、悪いと言えば悪い感じだけど……ってポワカ、ススだらけじゃないか、ちょっとこっち」


 ネイが手招きすると、ポワカは「わーいデスぅ」という絶妙に間の抜けた声を発しながら、姉分の元にてこてこと駆けて行った。


「まったく……可愛い顔が台無しじゃないか」

「ふぁ!?」


 ネイは机の上にあったお絞りで妹分の顔を拭き始めると、ポワカの方が変な奇声を発した。


「そ、そんなに驚くところだった?」

「い、いやぁ、ボク自身、なかなか自分のことをキュートだと思ってはいるのですが、いざこう、真正面から言われると……て、テレくせぇデスねぇ」


 もじもじしながら恥ずかしそうにしている妹分が琴線に触れたのか、ネイのほうも自然に表情が綻んで、それこそ実の妹を可愛がるような柔らかな表情を浮かべた。


「うん、うん、可愛い可愛い」

「やめ、やーめーるーデースー!」


 からかうような、しかし半分はいとおしむ様な笑顔を浮かべるネイと、本当に恥ずかしそうにしているポワカ――二人の少女が乳繰り合っているのを横目に、表情を微動だにせずにネッド・アークライトじっと眺めている。


「キマシタわぁ」

「うわっ、きしょ……」


 無表情で気持ち悪さが三割増していたので、ジェニーは何も考えずに自然と罵声を口にしてしまっていた。それに対して無表情で親指を立ててくるヒモ男の存在が、また余計に腹立たしかった。気持ち悪い男を見ていても仕方が無い、女は少女二人に視線を戻すことにした。


「……はい、綺麗になったぞ」

「あ、ありがとデス……」


 二人の少女が笑顔を向け合っているのを見て、ジェニー自身もなんだか胸がむず痒くなってきた。


「キテますね」

「だろぉ?」


 声のした方に向き直ると、ヒモ男がまた親指を立てていた。無視することにした。無視した先で、ネイがお手拭を机に戻しながら首をかしげていた。


「ところで、なんでまたこんな風にすすまみれになってたんだ?」

「それはデスねぇ……みんなの整備をしていたデスよ。最近は移動が多くて、ちゃんとメンテナンスしてあげられてなかったデスから……」


 成る程、お友達の蒸気人形オートマタの手入れをしてあげていて、ススだらけになってしまったということか。それでも、この幼い子が、長距離の移動を余儀なくされているだけでなく、しかも高額の賞金まで懸けられているのだ、我が侭こそ言わないが、結構参ってきているのではないか――ジェニーがそう考えていると、きっとネッドも同じように考えたのだろう、青年が少女二人に方を向いて口を開いた。


「ネイ、たまにはポワカとのんびり遊んでやったらいいんじゃないかな」


 ネッドが机に肘をつきながら、口元を僅かにほころばせながら言った。その言葉に反応したのは、ネイではなくポワカだった。


「で、でも……」

「いいんだよ、アタシもたまにはポワカと居たいし、ネッドはほら、ここのみんなが相手してくれるから……うん?」


 ネイが耳元を押さえ、いぶかしむ様な表情を浮かべる。恐らく、また脳内会議が始まったのだろう、しかしすぐにポワカに向き合って笑顔を浮かべた。


「ね、ネーチャン、大丈夫です?」

「へーきへーき、オッサンが女三人にたしなめられて、それでOKになったから」


 恐らく、まだもう少し今後のことについて話し合った方がいいと言うコグバーン大佐が、ジーン、マリア、サカヴィアの三人にたしなめられたのだろう。女性三人の方には面識が無いのだが、あのコグバーン大佐が言いくるめられているところを想像するだけで、ジェニファーはなんだか可笑しな感じがして、少し笑ってしまった。


「それじゃ、アタシ達はテラスの方に行くから」

「あぁ、腹が減ったら帰ってくるんだぞ」

「はいはい、それじゃ、また後で」


 青年と少女は軽口を言い合って後、少女の方が女の子の手を引き、隣接しているテラスの方へと向かって行った。


「……別に貴方も一緒に行けばいいんじゃないですか?」


 紅茶を一口、一応青年に声をかけると、男の方は相変わらず肘をついたまま、目を瞑って答えた。


「あぁ、いいんだよ。ネイだって本当はもっとポワカに構ってやりたいはずだし、ポワカだってもっとネイに甘えたいはずなんだから……俺がいると変に気を使って、ポワカはふざけたふりをしちまうからな」


 言われるとその通りで、ポワカはああ見えて結構周りに気を使っている。とくに最近一ヶ月は顕著で、なるべくネイとネッドの邪魔をしないようにと――ネッドのほうがいつ消えてしまうか分からないのだから、なるべく二人でいられるよう、邪魔をしないようにしているのはジェニーも分かっていた。


「ふぅ……ま、貴方がいいんならいいですけど」

「あぁ。それに、今後の話し合いをするんだろ? それなら、俺も参加しないとな」

「あら、貴方よりもコグバーン大佐の意見を聞きたかったのですけれど」

「……未来の見えるオッサンと比べないでくれよ」


 声の調子だけ恨めしそうに、ネッドは再び眼を瞑った。場が静まり、話を切り出すタイミングを待っていたのか、グラントが組んでいた腕を解き、静かに白鉄しろがねの腕を机に置き、周りの注目を集めた。


「……状況を確認する。残っている敵はヘブンズステア、パイク・ダンバー……しかし、スコットビルとウェスティングスは謎だな」

「あら、どうしてですか?」


 グラントの考えを読みきれず、ジェニーは素直に聞き返した。


「スコットビルは原理主義者ではないし、ウェスティングスは白人至上主義者なだけで、ヘブンズステアにつく利益はあまり無い。それこそ内部分裂が起こったというのなら、離反している可能性もあるかもしれん」

「いや、どうじゃろうな」


 割って入ってきたのは、ブラウン博士だった。今度は狼の方に視線が集まる。


「ワシは、お前さんたちよりもあの男……ウェスティングスとの付き合いは長い。あの男の知識と技術は確かなんじゃが、如何せん人間性の部分で、随分と見下げられてきたからな……自分が一番活躍できる場を、あの男がみすみすと手放すとは思えんよ」

「それじゃあ、なんですか……あの人の目的は、誰かに認められたい、それだけだってことですか?」

「いいや、それが彼奴の行動原理だというだけじゃ……それに……」


 続きを言うべきか悩んだのか、博士が一旦話を切ると、再び腕を組んだスタイルで、グラントが博士に語りかけた。


「……あの男の奥底には、ブラウン博士、貴方に負けたくないという反骨心が見て取れる」

「そう……つまり、ワシがヘブンズステアと敵対している限り、アヤツもまた、ヘブンズステアに協力し続けるのではないかと思ってな」

「それなら、ウェスティングスとは対峙する前提で……仮にスコットビルも敵対する場合、要は全員敵と戦わないとならない場合、どうだ?」


 グラントは、今度は隣に座って頬杖をついているネッドに語りかけた。確かに、化け物には化け物――言い方は悪いが、この中でネッドの力が頭一つ飛びぬけている。スコットビルとやる際には、この上ない戦力なのだが――。


「……さぁな」


 ぶっきら棒な青年の答えに、ジェニーは少し安心した。彼が「俺がやる」と言わなかったことが、女にとっては嬉しかったのだ。


「ふざけるなよ、ネッド。真剣な場面だ」

「いいや、俺は真剣だよ……アンフォーギブンの力を使っても、スコットビルに勝てるかは分からん。以前、カウルーン砦で戦った時も、アイツはまだまだ余力を残してた。それこそ、あの後もう一度攻めてこられてたら、今頃俺たちはこうしちゃいないよ……あくまでも手合わせした俺の感覚だけどな。さすがに全力のパイク・ダンバーのほうが上だろうが、スコットビルもほぼそれに近い物はもっているはずだ」


 そこまで言って、ネッドは首をずらし、手のひらの上に顎を乗せて、窓の外を眺めた。


「……俺って、結構しぶといな」

「自我自賛か……まぁ、それは否定はしないがな」


 ネッドの横で、グラントが苦笑した。確かに、恐らく史上最大級の化け物とやりあって生きて――半分は死んでいるのだが――いるのだから、流石は自称不死身だけはある。


「だけど、パイク・ダンバーは……俺とソリッドボックスでやり合って燃やした分と、そうじゃなくても現世に戻ってきてから五年も経ってるんだ……全力で戦えるのは、恐らくあと一回、多くて二回なはず。そして、それは……」

 頬杖を完全にやめ、黒く深い瞳で、ネッド・アークライトは遠くを見やっている。最後の戦いは、師弟の決着のため――そう、青年は言いたかったのだろう。青年の横で、金髪の美男子が静かに笑った。


「同じ師の元で研鑽を積んだもの同士なのに、私を蚊帳の外に置かないで欲しいのだがな」

「いや、そんなつもりは……」

「いいや、まぁ構わん。私の目的は、師匠と決着を付けることではないのだからな」


 兄弟弟子の会話が一段落着き、場に少しの間静かになる。そこでジェニーはわざとらしく息を吸い、周りの意識をこちらに向けることにした。


「ともかく、まだ何時、どこで、奴らと決着をつけることになるかは分かりませんから、細かいことは置いておきましょう。しかし、ダンバーの相手はネッド、ヘブンズステアの相手はネイさんがやることになるでしょうし、スコットビルは……」

「ワタシたちの皆で抑える、そうネ? ジェニー」


 扉が開く音が聞こえ振り返ると、器用に指の上に複数の容器を持ち、クー・リンが不敵な笑顔で立っていた。


「えぇ、もちろん、敵対しない方が安全というのもわかっていますし、私たちでどうにかできる相手でもないかもしれなけれど……」


 もう一度、ジェニーはカップに口をつける。直感だが、スコットビルも敵対するだろう、そんな確信があった。


「……あの男に舐めさせられた辛酸は、しっかりと晴らさなければなりません」

「うん。ま、今目の前にスコットビルが居るわけでもナシ、とりあえず飲茶ヤムチャしましょ?」


 絶賛、飲茶していたところなのだが――しかし、目の前にどさどさと、なにやら木製の蒸し器が机に置かれ、クーが一気に蓋をあけた。むせる蒸気が沸き立つと、中に何やら白い物体が入っていた。


「……これは何?」

「肉まんアル! さ、食べて食べて!」

「ふむ、それではいただきます……あっつぅ!!」


 ジェニーが肉まんとやらを頬張ると、確かな旨みと、熱い肉汁とが舌を刺激した。ふとネッドのほうを見ると、熱さ等まるで感じていないかのようにバクバクと肉まんを平らげていた。

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