20-8
◆
旧友を蹴り抜け、青年は地面に激突した。
「……がっ!?」
なんやかんやでまだ力をコントロールし切れていないせいか、というよりやりすぎたと言うほうが近いか――緊張の糸が切れたの同時に、能力の発動も切れてしまった。そして、直感的にだが――心臓を覆う輝石が一回り小さくなってしまったのが分かった。
自分の体を覆っていた繊維が炭の様に崩れ落ちた直後、ヴァンも地面に落下してきた。相手の上着は完全に燃えさっており、そしてピクリとも動いていなかった。
「お、おいヴァン、大丈夫か?」
お前は落ちろ、とか言ってしまったが、別に本気で言った訳ではない。旧友に眼を覚まして欲しくて、勢いで言っただけなのだから――いや、もちろん以前やられた仕返しも含めていたのだが、さすがに殺す気までは無かったので、やりすぎたのではないかと心配になり、青年は手甲だけ残っている上半身裸の男のほうへ駆けていった。ヴァンは大の字で、天の星を見つめていた。
「……ヴァン?」
大丈夫かコイツ、自分が蹴り飛ばしたせいで、どこがおかしくなってしまったのではないか――そう心配していると、ヴァンの口が開いた。
「……先ほど百二十一対百十と言ったな……」
「お、おぅ?」
「アレは嘘だ。私が勝つようになってから付け始めたスコアだから……実際は、お前のほうが勝っているはずだ」
「は、はぁ……」
知ってた、そう返そうとも思ったが、その前にヴァンの方が笑い始めた。
「お、おい、本当に大丈夫か?」
主に頭が――しかし少ししてヴァンは上半身を起こして、つき物の落ちたようなさわやかな笑顔でこちらを見つめてきた。
「……やっぱり、ネッドは強いなぁ」
その笑顔は、どこかあどけない少年のようで――先ほど燃やした分、青年はまた少々感情を顔に出しにくくなっているはずだったが、それでも自然と笑いが出てきた。
「……あったりめぇよ。甘ちゃんのヴァンに、簡単に負けられるかっての」
そう言えば、酷い喧嘩の後はいつもこんな感じで仲直りをしていたっけ――大体、捻くれてて意地っ張りな自分のほうが謝らないし、徹底的にやりあった挙句、ヴァンが最終的には折れてくれる、そんな仲だった。
「はは、相変わらずお前は捻くれてるよ、ネッド……いや、単純なのか?」
「うるせー、別にどっちでもいいだろ?」
性格が捻くれているとと単純なことは、矛盾するようで意外と共存できるらしい。新発見だった。
「……ともかく、もうあんま一人で抱え込むな。最初に言ったろ? 人一人に出来ることは限界があるんだからよ」
「あぁ、そうだな…………ネッド!!」
名前を呼ばれる前に、ヴァンの顔が真剣なものに豹変したので、青年もすぐに事態を理解できた。互いに右に転がりった直後、二人が元居た場所に六つの銃痕が刻まれた。
「……どうやら、負けちゃったみたいね、七光りの坊や……ホント、つまらない男だわ」
青年が振り返り見ると、金髪の乙女が瓦礫の上で弾倉を変えているのが見えた。
「それじゃ……私はネッド・アークライトを、再生できなくなるまで壊し続ければ良い訳ね!」
「くっ……!?」
やるしかないか――青年が親指を胸の上に置こうとした瞬間、リサは青年の奥に銃口を定めて、引き金を引いた。どうやら、後ろでブッカーの出したミサイルを迎撃したらしい、しかし、代わりに爆風で青年が前につんのめってしまった。
「……ほら、ネッド! 貴方、いつまでそんなところで遊んでいるつもりです!?」
背中に、ジェニーの声がぶつかってくる。どうやら、みんなが駆けつけてくれたようだった。対して、リサは虫を哀れむような眼で、青年の背後を見つめている。
「……雑魚どもが群れたところで、私に適うと思っているのかしら?」
アイツらを舐めるな、そう言いたいところなのだが、実際現状だと厳しいかもしれない。ジェニーとブッカーは万全ではないし、クーはある程度調子が良くても、リサを相手に接近戦は危なすぎる。やはり、ここは――。
「……ネイ・S・コグバーンは、二階西側の部屋のどこかの牢屋に監禁されているはずだ!」
隣から旧友の声が上がると同時に、恐らく先ほどと同じように石を斥力で蹴り飛ばしたのだろう、しかしリサはそれを見てから撃ち落した。
「ヴァン……」
「……お前にとって一番大事なものなのだろう? 大丈夫だ……先ほどまでの私ではないからな」
男の顔には、一点の曇りもなかった。先ほどのダメージを考えたら、ヴァンとて万全ではない。それでも、ここで信じなかったら、それこそ失礼だ。青年は頷き返し、少女の下に向かって駆け出した。
◆
ネッド・アークライトが走り出すのを、リサがけん制しようとしている。しかし、先ほどのミサイルと、ヴァンの攻撃で、すでに六発撃ち切ってしまっている――そこが、付け入る隙だった。
「やらせん!!」
ジェニーが攻撃するよりも前にもう一度、上半身裸のヴァンがリサに向かって石を蹴り飛ばした。
「ちぃっ……!」
いくらあの子が化け物じみた能力者でも、弾丸並みの速度で繰り出される物に当たって無事ではいられないのだろう、忌々しげな表情を浮かべ、リサは後ろに引いた。
「……貴方、私の邪魔をする気!?」
「あぁ、邪魔をするとも……友が行くと言うのだ、それを助けるのが、今まで道を見失っていた自分に出来る、せめてもの罪滅ぼし……」
筋骨隆々の背中が、夜の風に吹かれて寒そうなのだが、なんだか言っていることは真っ当だ――そして、ジェニファーの方へ、マクシミリアン・ヴァン・グラントが振り向いた。
「援護を頼む、ジェニファー・F・キングスフィールド」
「……偉ぶるなら、せめてもう少しまともな格好をして欲しいのですけれど」
しかし、曇りの無い男の目は、確かに信ずるに値するだけの強さがあった。動かぬ左腕をおしながらでも、加勢するだけの価値がある。
そして、足掻こうとするとジェニーとグラントとを、リサは詰まらなそうに見つめていた。
「……壊れやすい貴方たちが、束になって掛かってきたところで無駄なことよ」
「……ふっ、今の私を甘く見るなよ、リサ……なぜなら」
右手の手甲から蒸気を巻き上げ、男が金髪の乙女を指差した。
「今の私は、愛を知ったからな!」
「はぁ? ……貴方、寒いわよ」
リサのツッコミは、二重の意味で適格だった。
◆
青年はヴァンに言われたとおり、内部の二階、西を目指した。階段を駆け上り、西館への扉を開け広げ、廊下に敵がいないかと身構えた。廊下に、生き物の気配は無い――だが、何故だろうか、同じような存在だからか、青年は廊下の奥にたたずむ相手に気づいた。
「……パイク・ダンバー」
まさか、ここで出会うことになるとは――最悪だが、やらねばならないというのなら、青年だって引くわけにはいかない。先ほどと同様、胸に親指を押し当てて、相手が近づいてくるのを待った。
「……ここでお前とやりあう気は無い」
そう言って窓から差し込む月明かりに照らされた初老の男は、両手を上げながらこちらへ近づいてきた。確かに得物を持っていないし、青年を倒す気なら、扉を開けた瞬間に斬撃を叩き込めばよかっただけで――しかし、警戒を解くわけにはいかない。青年の警戒に呆れたのか、ダンバーはため息をつきながら首を横に振った。
「ふぅ……無駄に消耗するな。今のペースで闘っていたら、貴様の魂、一月ももたんぞ」
「……何?」
パイク・ダンバーは五年生存していたわけだから、数年はもつものとタカをくくっていたのだが――驚いて、ある意味絶望からか、青年は指を下げてしまった。
「……少しでも魂を温存したくば、可能な限り消耗しないことだ。私はこの五年間、気を練り、無駄な消費を押さえ、そして大半は眠っていた……然るべき時に備えてな」
そう言いながら、ダンバーが青年の横に並んだ。
「……お前と私、どちらが正しいのか……いずれ、決着を付けよう」
そして、すれ違い――。
「お、おい! アンタには聞きたいことが山ほどあるんだ!」
言いながら振り返った時には、すでにダンバーの姿も気配もなかった。
「ちっ……なんだってんだよ……クソッ」
今のままでは、一ヵ月後には消える――だが、生き残る術をダンバーは教えてくれた。親切なのか敵なのか、訳がわからないが――確かに、今やるべきことは他にある。青年は振り返り、廊下を見つめて、少女の気配を探った。
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