20-5


 ◆


 ジェニファー・F・キングスフィールド達と別れて後、マクシミリアン・ヴァン・グラントは身を隠しながら移動を続け、六日でフィフサイド砦に到着した。有事の際の拠点のひとつであり、過去にサウスシー州が独立する際、激戦のあったこの場所は、ネイ・S・コグバーンを捕らえておく堅牢な牢屋があるだけでなく、新たなエーテルライトの補給も出来る場所でもある。そのため、奴らはここに移動したものだと、男には確信があった。


 ヴァンは砦から数キロ離れた岩陰に身を隠し、砦の様子を望遠鏡で覗った。読みは当たっていたらしい――砦の内部には僅かに明かりが見え、外には黒服のアンチェインドが見張りに立っている。アンチェインド相手にこそ遅れは取らないだろうが、しかしお目当ての姉妹はどこにいるか、そこが問題だった。ヴァンも中の構造は把握しているため、牢屋の位置は分かる――部屋に窓があるとはいえ、そこにネイがいるかどうかまでは分からなかった。問題はリサのほうで、片付けるなら先にこちらを始末しなければならない。


 ともかく、今の自分の使命は、見張りに気づかれぬように砦に侵入し、リサ・K・ヘブンズステアを暗殺し、その後にネイ・S・コグバーンを――恐らく無抵抗だろう――殺害すること。自分がやることがおぞましいとわかっていても、あの姉妹が生きている限り、グレートスピリットを悪用される可能性があるのだから。


(……後を頼むと言われたのに、すまない、ネッド……)


 亡き友の意思を思いっきり裏切ることにも、男は心を痛めていた。しかし、これは単純な数の問題であって――そう、一人の願望と二つの命、それらとその他大勢の自由と平等を天秤にかけたとき、どちらに傾くかなど明白だ。そこに、自分の迷いがあってはならない――祖国を護るための、少しの犠牲だ。感情論でイヤだから、そんな風にいえる子供ではないのだから――マクシミリアン・ヴァン・グラントはそう自分に言い聞かせ、開いている左の拳を血がにじみ出るほどの勢いで握り締めた。


 しかし、リサはどこにいるのか、そう思い、再びレンズに眼を当てると、なにやら土煙をあげて、突貫していく頭の悪い連中が写っていた。


「……あいつらは馬鹿か!?」


 蒸気人形たちや蒸気自動車が、一斉に砦のほうへ進んでいっているのだ、ヴァンは望遠鏡を下ろし、あまりの馬鹿さ加減に一人で叫んでしまった。

 しかし、考えようによってはチャンスか――奴らが敵を引き付けている内に砦に侵入することができる。そうなれば、この隙を活用しない手はない。ヴァンは望遠鏡を放り投げ、シリンダーを起動させ、自身の体を荒野に闇に投げ出した。


 ◆


 自動車のおかげでらくらく移動、左腕の骨折も気にならず、フィフサイド砦まで到着できた。以前は、こちらの完全敗北だったが、今日不思議と負ける気がしない。恐らく心の持ちようの問題というか、後は這い上がるだけで理屈が簡単だから、思考も単純になっているのだろう。


 天井は無い車で、夜風がなんだか気持ち良い。これから起こることを考えたら、こんなに冷静なのもなんだかおかしいのだが、いや、むしろ興奮しているのかもしれないが――ともかく、ジェニファー・F・キングスフィールドの士気は高かった。


「……お嬢、どうしやすか?」


 後部座席から、従者の声が聞こえてくる。すでにこちらの存在も向こうには感づかれているだろうし、何も遠慮することなどはない。


「反撃の狼煙は、できるだけ派手に……遠慮することはありませんよブッカー」

「イエス、マム」


 振り返らずとも分かる、ブッカーは口元を吊り上げて、棺についているシリンダーを擦り上げた。そして車後部の荷台に飛び乗り、デスペラードを縦に構えた。


「パーティーの始まりだぜ!」


 声と共に、白い煙が砦のほうへと向かっていく。すぐに入り口付近で爆発が起き、何名かの黒服がこちらへ駆け出してくるのが見えた。


「飛んで火にいる何とやら……いや、火が熱くて出てきたのかしら? それはともかくとして、今日の私は一味違いますよ」


 ジェニーも右足から銃を抜き出し、車体から少し身を乗り出して、向かってくる敵に狙いを定めた。黒服どもが上半身をぶらさずにすごい勢いで走ってくる構図がなんだか珍妙なのだが、敵は敵、しかも魂の無い人形なのだ、遠慮することは一切ない。


「……真っ二つやぞ!!」


 右の太ももから銃を抜き、ジェニーも従者と同様、口元を吊り上げて――多分、他人が見たら、なかなか邪悪な表情で笑っているはずだ――引き金を引いた。避けることなど知らないのだろう、アレの再生能力を考えれば、確かに避ける手間など必要ないのだが、こちらの銃弾は必殺の一撃だ。銃弾の命中した黒服の体が腹から真っ二つになり、そのまま服以外が灰に還っていく。左腕が動かせない以上、黙示録の祈士と戦うには至らないだろうが、アンチェインドの相手をするには十分だ。


「ジェニーとブッカーばっかりずりーデス! ボク達も頑張るデスよ……ジェンマ!」


 狼の背に乗っているポワカ・ブラウンが叫ぶと、自動車と併走している蒸気人形の両腕が機関銃へと変化した。硝煙を巻き上げながらジェンマの両腕が周り、こちらへ突貫してくるアンチェインドの黒服に穴を開けていく。だが、再生能力が上回っているのだろう、黒服の足は止まらない。


「ぬぅうう! こうなったら奥の手です……トーチャン!」

「ほ、本気でアレをやる気か、ポワカ!?」


 女の子の下で、トーマス・ブラウン博士が狼狽している。恐らく、また何か変な武器でも考案したのだろうが、それでもなぜ博士が焦っているのだろうか、ジェニファーは理由は聞かされていなかった。


「トーチャンも男なら、四の五の言わずにやるんデスよ!!」

「うぬぬぅ……わ、分かったぞい!」


 ブラウン親子がジェンマの横で止まった。ポワカの方は別の機械人形にお姫様だっこをされて、胸のシリンダーから蒸気が噴出し、女の子の額の文様が赤く光るのが見えた。


「トーチャン、ジェンマ、合体ですッ!!」

「トランスフォーメーションッ!!」


 ブラウン親子が叫ぶと、ジェンマと博士の体が機械音を立てながら組み合わさっていく。ブラウン博士の狼の顔が、ちょうど機械人形の真ん中に来るように取り込まれていく。


「説明するデス! 合体ロボとは、すなわち男の子のロマンなのデスッ!!」


 ジェニーは女なので、男の子のロマンは良く分からなかったが、ともかく合体が完了し、同時に機械の体から大量の蒸気が噴出した。


「いけぇ! パーフェクトトーチャン!!」

「うむ、行くぞい!」


 パーフェクトトーチャンなどと名づけられたブラウン博士も案外ノリノリだった。ノリノリついでに胸の狼の口から煙が出て、気がつけばパーフェクトトーチャンは両腕から大量の薬莢を落としながら、黒服たちの背後に居た。その直後、黒服たちの体に一気に穴が開き、五体のアンチェインドが灰に還った。


「トーチャンの能力とボクの発明の攻撃力、両方合わさって最強に見えるのデス……」


 なぜか声を低めて、ポワカは渋い表情でポツリとつぶやいた。


「……むぅ、いかん!?」

「と、トーチャン!? どうしたです!?」

「え、エーテルライトを使い切ってしもうた……」

「うげぇ!? デス!?」


 うげぇ、の後にもわざわざデスをつけるところに、この子のプロの精神が垣間見える。ともかく、パーフェクトブラウン博士のほうに、新たに二体の黒服たちが駆けていくのが見えた。

 ちなみに、ジェニーが暢気に脳内実況をしていられるのは、助ける気が無いわけではなく、単純に博士がピンチなどと思っていないからである。


「ほぁちょぉ!!」


 博士に襲い掛かる黒服がまず一体、紫電と共に灰に還った。返す空気の刃でもう一体を切り刻み、止めの炎で黒服が服ごと燃え尽きた。


「博士、いくらポワカにかっこいいところ見せたいからって、無茶しすぎちゃ駄目アルね」

「うむ、クー、助かったぞい」


 クーが新しい輝石を博士に咥えさせているのを確認してから、ジェニーは辺りを見回した。一応敵の第一陣は落ち着いたようであったが、すぐさま新手が向こうから押し寄せてくるのが見える。


「……千客万来アルねぇ」

「いやいや、ボク達の方がお客さんなのでは?」

「それもそうアル! それじゃアイツら、お客様の扱いがなってないアルよ!」

「そうだー! ていちょうにもてなせデスー!!」


 ポワカとクーの二人が、なんだか楽しそうに野次を飛ばしている。ともかく、自分たちの役目は、無理に進軍はせず、やたらと派手に暴れて、雑魚の目をこちらに釘付けにすることだ。こちらの切り札は、きちんと別にあるのだから――とはいえ、退却時のことを想定すれば、なるべく制圧できていたほうがいいのも確かだ。


 ジェニファーは車体から身を乗り出し号砲を撃って、仲間の目を一旦こちらへ向けさせた。


「ワイルドバンチ、全軍前進! 目標、フィフサイド砦の制圧ッ!!」


 仲間達は全員力強く「応」を返してくれた。もちろん、一人だけ語尾に「デス」がついていた。


 ◆


 外が何やら騒がしい――石の切通しから、リサは外を眺めた。見れば砦の手前で煙や炎が立ち上がり、アンチェインドどもが例の連中と交戦しているようだった。

 一瞬、乙女は考えた。まず、この場所をなぜ奴らが知っているのか、それはグラントの入れ知恵だろう。次点、この襲撃に、何か意味があるのかどうか。向こうの戦力を考えれば、すてっぱちの突貫としか考えられない。この付近に彼らに協力する連中がいるとの情報もないし、仮に居たとしても、彼我の戦力差を冷静に考えれば、多少の戦力増強では歯が立たないくらいは向こうだって分かるはずだ。


 結論、冷静に考える余裕などなくなって、せめて最後に花火を打ち上げにきた、そんなところか。


「愚かな連中ね」

「……そうかな?」


 声のしたほうに振り返ると、パイク・ダンバーが立っていた。


「……貴方、寝ていなくていいの?」

「こう煩くてはな……だが、奴らの行動、捨て身の抵抗にしては、どこか思いっきりが足らん」


 そう言われてみると、確かに派手に暴れるだけ暴れているだけで、進行に関しては、かなり慎重にしているように見える。


「……でも、結果は同じよ。奴らの戦力では、私一人でも倒せない。スコットビルが不在でも、私と貴方がいれば……」


 リサが話している途中で、ダンバーは眼を閉じ、小さく笑った。


「な、何よ……貴方、私を馬鹿にしているの?」

「いいや、馬鹿なのはお前ではない」


 そこで踵を返し、ダンバーは扉に手をかけた。


「貴方、どこへ行くつもり?」

「……老人からの三つ忠言だ。一つ、無意味に見える行動には、大体裏があるものだ。二つ、勝ちを確信しているときこそ、得てして足元をすくわれる……相手の切り札を、読めていないのだからな」

「ちょ、ちょっと、貴方、私の話を聞いて……」


 リサの制止などどこ吹く風で、パイク・ダンバーは口元に微笑を浮かべて振り向いた。


「三つ、戦場において、馬鹿ほど行動が読めず、怖いヤツはおらん」


 それだけ言い残し、ダンバーは廊下の暗闇へと消えていった。


「な、何よ……みんな、みんなみんなみんな! 誰も私の言うことなんて聞いてくれないんだから!!」


 他人の話を聞かないのは自分だってそうであると自覚しているのだが、それでもどうして世の中の連中は自分に優しくないのか、リサは一人部屋の中で叫んで気を紛らわすくらいしか出来なかった。

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