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あれから、どれ程の時が流れただろうか。なんだか、思い返すのも面倒になってきた。体感的には、一カ月は歩いていると思うのだが、しかし時間を知る術もないこの空間では、正確なことなど分かりようもない。
ともかく、別に肉体的な疲れは無いし、ただただ無心に歩こうとも、今の自分が魂のみの存在なせいか、あれやこれやと考えてしまう。いや、考えるというのは脳の働きなのでは無かったか? しかし、ブラウン博士は魂できっちりと動いていたし――成程、もしかすると肉体も魂も記憶を有しているのかもしれない。
いや、そんな話はどうでもいいはずだ。だが、こう、とりとめもなく、色々なことを考えてしまう。進んでいる実感もあまりないし、ともかく、考えることくらいしか楽しみもないし、また考えることが自分を苦しめている。
背中に感じる引力は、どんどん強くなっているようだ。無駄な抵抗はやめろと、大いなる意思が語りかけて来ているようだった。自分は割とひねくれているので、こっちに来い、と言われると行きたくなくなる性質で幸いだったかもしれない。
だが、もういっそ歩みを止めてしまいたいのも確かなことだった。単純に、疲れてるのだ――心が、疲れてしまっている。
コグバーン大佐は、よく五年もあそこで待っていたものだと感心する。いや、あすこはここよりは大分マシだ――この辺りは何も無い、行けども行けども荒野で――しかし、実際の荒野はもう少しマシだ。不毛に見えて、まだ生き物の息吹を感じる所もある。苔の様な植物や、少量の雨でも成長できるように進化した
だが、ここはどうだ? 行けども行けども、ただ荒れ地が広がっているだけで、すでに魂など、自分の他に感じない。あそこだったら、まだ人間観察というか、魂観察というか、そういうことで気も紛れそうだ。
ともかく、ここは本当に何も無いのだ。ただ、焦燥感だけが募って――孤独だ、これが本当の孤独なんだ、何も無い、何の息吹も無い、これが本当の孤独だ。
景色は、全然変わらない。ただ、地平線が遠くにあって、進めども進めども、そこに近づくことは出来ない。黄昏色の空は、色も変わらない、色彩があるだけましなのか、いやむしろ視えている分余計に絶望を感じるのか。もしこの光景を見るのが一瞬か、もしくは数時間くらいならば、圧倒的なスケールに感動できたかもしれない。だが、今この光景はただただ、自分を打ちのめしにきている――この何も無い、ただ空と大地が広がるこの光景が、自分の心を折りにきている。
終わりが無い道をひたすら行くという苦行は、もしかすると人生も同じかもしれない。皆、気付いていないだけで、いや、もしかすると気付かないふりをしているだけなのかもしれないが――駄目だ、こんなことを考えていたら気が滅入るだけだ。もう少し、楽しいことでも考えよう――そう思っても、負の思考は止まることを知らない。
あぁ、なんでったって、自分はこんな辛い想いをして、ただ歩き続けているのだろうか。そういえば昔、聞いたことがある。真っ白い部屋の中で、一人で居続けると、人は発狂してしまうと。聞いた時はなんだ、そんなものが拷問になるのか、そう思ったモノだが、なるほど、それはかなり辛い。何故なら、自分がただいまやっているのは、恐らくそれと同じようなモノだから。
いつまでも変わらない風景、単調に、ただ歩き続ける――思考を続ける。誰と話せる訳でもなく、ただただ、思考の渦に落ちていく感覚――嫌なことばかり考えてしまう。
もう、何日歩いたんだ? さっきは一カ月は歩いたと思ったが、実はもっと歩いているような気もする――間にあうのか? もう外の世界では、自分の思っている以上の時が流れていて、帰った時には全てが無駄になっているかもしれない。
考えても見ろ、ネッド・アークライト――いや、自分は果たしてそんな名前だったか? なんだか、奇妙な感じがする――自分が自分で無くなる様な感覚。いや、自分は確実に居るのだが、もう一人の自分が要る様な――いけない、この考えはかなりマズイ、とにかく思考を戻そう。
そう、もし仮に戻れたとして、それでも既に、自分の知っている人たちが居なくなっているような、それだけ時間が進んでいたらどうなんだ? こんなに辛い想いをして、その苦労が全て水泡に帰すかもしれない。それだけじゃない、なんだかもう、ここでは何でもありな気もする。下手すれば、過去に戻る可能性だってあるような気がしてきた――いや、それは無いか、ダンバーはしっかりと戻ってきたのだから。
そう、ダンバー。彼の前例があるから、自分はまだ賭けられる。もちろん、同じように帰れるとは限らない。それでも――背後から感じる引力に逆らうだけの、帰るだけの価値は、きっと、ある。
そう、思い出そう――この荒野は何とも味気ないが、共に歩んできた少女の事を。半年間、一時離れたこともあったが、ずっと一緒だった。そう、あの子のことを考えよう。
男勝りかと思えば、とても可愛らしくて、自分が可愛くないと思って、それでも可愛くなると必死で、それがまた愛らしかった。さびしがりやで、きっと何時だって誰かに甘えたいのに、右腕のせいでそれが出来なくて――。
そうだ、やっぱりあの子を笑顔にしたい。あの子は自分のことを、色々と勘違いしているのだ――その誤解を解いてあげなければ。
そう、あの子の笑顔をが見れるだけで、この辛さに耐える価値だってあるじゃないか――きっと、また数日後には辛さが勝って、そして後悔し始めるだろう。それでも、少女の事を思い出せば、きっと抗う事が出来る。
そう思うと、不思議と自分の進む道に自信が持てた。歩む先に、あの子がいる――なんだか、そんな確信があった。
景色は、相も変わらず変わらない。時間は、果たしてどれ程経っただろうか――もう、四十日間は歩いているに違いないな、青年はそう自分に言い聞かせながら、歩き続けた。
しかし、ゴールはまだ見えなかった。
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