18-5


 ◆ 


「な、なんだよ、これ……」

「……ソリッドボックスでの激戦では、一週間で五万人を超える死者が出た。それ故、ここが計画の最重要拠点として選ばれていたんだ」


 青年が水晶の海に呆気に取られていると、上からパイク・ダンバーの声が聞こえてきた。


「そんなことじゃない! いや、それも訳わかんねぇけど……こんな、エーテルライトが、どこから一体……!?」

「ひっひ……その質問には、吾輩がお答えしよう」


 片眼鏡を掌で上げながら、少女たちが居る場所の反対側、青年の後ろから、グラハム・ウェスティングスが得意げな顔で青年の方を見ていた。


「この機材は、魂の蒸留を早める効果がある……端的に言えば、死んだ者の魂を即、輝石に変換できると言う優れモノだ……この発明だけでも、吾輩がいかにブラウンのジジイより優れているかという証明になると思うのだが……貴様、どう思う?」


 どう思うかと言われても、そんなことは青年にとってはどうでもいい。もっと言えば、ヤツの発明だってどうだっていい――ただ、今この場にある風景が、魂が最後に放つ輝きが、あまりにも残酷で、絶望的で、美しくて――ただ、呆気に取られていただけなのだから。


 見ていると、ジェニー達も意識を取り戻したようで、しかしダメージで動けないのだろう、ただ周りの風景に青年同様呆気に取られていたようだった。しかも、ジェニーたちの周りには、アンチェインドの黒服連中が張っている。何時の間にやらスコットビルも壇上に上がってきており、ウェスティングスも青年に無視されて詰まらなかったのか不機嫌そうに青年の踏んで、ブランフォードの前に集まって行っていた。


「……ダンバー。お前もこちらに」

「はっ……ネッド、おかしなことは考えるなよ」


 男の呼び声に、師匠は青年から離れて行った。しかし、次に目に入ったのは、やはり黙示録の祈士が集まる向こう側に居る少女で――そう、何が何でも彼女を助けなければならない。だが、スコットビル一人でも、奇策を使った上、全員の力を合わせてやっとだったのだ。それに匹敵する様な化け物のリサと、先ほど謎の力を見せたパイク・ダンバー――娘を護衛に付けているのだから、ブランフォード自体はそう強くないのかもしれないが、先ほどクーの一撃を受け止めて、なお健在な程には出来る相手。そうなれば、無策で飛び込んだとて無駄死になるだけだ。はやる気持ちを抑えて、なんとか隙を見つけ、少女を助けなければならない――青年の頭は、既にそのことでいっぱいだった。

 だが、青年が如何に思考をめぐらせようとも、事態は青年が答えをだすまで待ってくれる訳は無い。祈士に囲まれて、輝石の海をうっとりと眺めているブランフォードが口を開いた。


「あぁ……永遠の王国が来る。ここから始まる。始めるんだ……」

「お、お前……何を言ってるんだ……?」


 不気味な物を見るように、少女は父に対して呟いた。一方で少女の言葉に反応せず、ブランフォードは独り言のように語り始めた始めた。


「……我らが主は、眠っておられるのだ。いや……正確ではないな。の主は、存在しておられない……今はまだ、な」


 そこでまた何かスイッチが入ったのか、男はステージの上から、先ほどの演説の続きかと言わんばかりに、落ち着いた、しかしよく通る声で続きを紡ぐ。


「旧大陸の学者が、こんな研究をしたらしい……生き物は自然の環境に合わせて進化し、適応できなかったモノが淘汰されていくと。この説が正しいのならば、人は猿から進化したものになるらしいのだが……こうなれば、聖典の創世記など、まったくな作り話ということになるし……いや、事実、聖典は作り話なのだ」


 その言は、青年にとっては少々意外だった。この男は聖典原理主義者のトップであるのだから、盲信的に聖典を信じている物かと――だが、逆に納得もした。そうでなければ、スコットビルやダンバーが協力することは無かっただろう。


「だが、人智の及ばぬ大きな力があることだけは確かなのだ。それは、諸君らが使っている能力が何よりの証拠で……何より、パイク・ダンバーという証人が居る」


 聞いても居ないのに、ブランフォードは段々と饒舌になっていく。きっと、今まで大っぴらにできなかった自分の思想が公開出来て嬉しいのだろう、徐々に興奮してきている感じだった。


「死後の世界は、ネイティブの……およそポピ族の伝承の通りだった。魂は肉体の損壊によって大いなる意思の重力に引かれ、転生の輪の中に組み入れられる。このグレートスピリットを神とみなすのならば……一神教という点では我らが聖典は正しかったともいえるし、しかし輪廻という観点から、外れてたともいえる。だが、それが分かっても、この身に流れる約束の地への渇望は癒えること無く……そう、我ら百名の巡礼の始祖達の血が、悲願がある限り……」


 巡礼の始祖――東海岸北部に二百五十年前に神の国を求めて流れついた者達。入植初期は、大雑把に言えば二つの派閥があった。一つは、宗主国主導で植民地経営された南部で、こちらは当初より商品作物の栽培が目当てで建設された物であるから、入植者達も比較的裕福な者も多かったし、建国当初は指導者的立場であった。

 対して北部の入植者たちは、熱心な聖典の教徒が多かったため――成程、ブランフォードはそちらの子孫であり、ここからは青年の予測になるが、その中の有力者の一族であり、南部と北部が協力して闘った独立戦争時から、ヘブンズステア家は国の深部に居たのだろう。

 そして、彼らの当初の目的、神の国を作る――それは、自分たちの理想の国を作るというものを遥かに超えて、聖典の記述通りにしようと画策していて――。


「……今までは、永遠の王国を作ると言うのは机上の空論だった。神によって選ばれた民たちが永遠の繁栄と安寧を約束される……しかし、我らが信仰を否定したネイティブ達の信仰は、同時に我らが王国建設の一助ともなった。輝石を使った新しい技術に、大いなる意思と言う絶対なるモノの存在。これらを組み合わせれば、建設するのに何百年も先を見ていた神の国を作ることも、数年の内に可能なのではないかと……偽りの聖典を、本物に出来るのではないかとな」


 ここでブランフォードは弁舌を切り、黒髪の娘のほうへ向かった。


「私達の目的は二つだよ、ネイ……一つは、エーテルライトを使った永遠の繁栄だ。この新しいエネルギーにより、人の進化は飛躍的に早まり……所謂科学の力で以て、生活のレベルを向上させることが出来る」


 確かに人類史の観点から見れば、この百年の発展は目覚ましい物があっただろう。産業革命しかり、蒸気機関の開発しかり、産業革命しかり、そしてもし輝石が石炭より何倍も効率の良い燃料であるとするならば――それが大量に使えるのであるならば、この先数年で、更なる発展が望めるのかもしれない。


「そして、もう一つ……それは、神の国での永久の平和だ。ミレニオンでは誰もが平等で、争いのない……ただ、同じ神を信奉しさせすれば、誰でもその安寧を享受することが出来るんだ。」


 青年がそんなことを考えていると、隣から声が上がった。


「……しかし、それを享受できるのは一握りだろう! エーテルライトは、魂の残滓によって作られる物……つまり、人殺しの上に成り立つ燃料だ!」


 ヴァンの言葉を無視できなかったのか、ブランフォードはこちらを向いて顔をしかめて後――どこか虚ろな表情で笑った。


「あぁ、そうだ……マクシミリアン・ヴァン・グラント。その通りだよ。だが、それの何が悪いんだ?」


 そこで、ブランフォードは右腕を薙いで、辺りの水晶群を指し示してみせる。


「お前達は見てきたはずだ、この世の理不尽を……人は、人を憎み、奪い、殺し合う生き物だ。明日を生きるためのたった数ボルのために、親だって殺して見せる生き物なんだ」


 その言葉に反応したのは、ジェニファー・F・キングスフィールドだった。衣装を土埃で汚しながら、何とか立ちあがって、しかし毅然とした視線でブランフォードを見ている。


「それは、貴方が仕組んだことでしょう!? 国民戦争も、先住民の民族浄化も、東洋人達の迫害も……!」

「いいや、違う。私は、人々の本質を少し刺激したに過ぎない。無論、エーテルライト回収のため介入した事例もあるが、それは全体の一割程度だ。仮に私がいなくとも、国民戦争は勃発し、マイノリティー達も追いやられ……何より、この南部で行われている褐色奴隷の迫害など、私は一切関与していない。むしろ、私よりも南部の御令嬢、貴女の方が余程偽善的で、野蛮で、矛盾しているのではないかね?」


 冷静に言い切られて、ジェニーの表情は哀しげに歪み、下を向いてしまった。そして言い負かして気分がいいのか――いや、恐らく自分の目的にしか興味が無いのだろう、虚ろな目で、ブランフォードは夜の闇を眺めながら続ける。


「そう……人間って言うのは、残忍なんだ。だからこそ、が管理してやらなければならない」

「……アタシは、そうは思わないよ」


 男の前で、少女が小さくこぼした。風で三つ編みがなびいて――垂れ下がった前髪で、少女の目は、青年には見えなかった。


「……何?」

「だから、アタシはそうは思わないって……お前の言う通り、人間って汚い部分、たくさんあると思う。アタシ自身、人を恨んだことだってあるし、殺してやるって思ったこともある。その裏返しで、酷い事言われたことだって、されたことだって……でも、絶対にそれだけじゃないんだ」


 そこで、少女は顔を上げた。自分の言っていることに確信を持っている、強い眼をしていた。


「お前は、弱い奴だよ、ブランフォード・S・ヘブンズステア。人が怖いから、前にだって出てこなかった。人を信じられないから……自分の思い通りにしたいんだよな」

「……お前ッ!!」


 叫んだのは、少女の妹だった。最愛の父をけなされたからだろうか、怒りに姉の背中を蹴り飛ばした。ネイはそのまま前のめりに倒れてしまい、リサはその後頭部に銃口を突き刺した。


「お父様になんてことを! この痴れ者がッ!!」

「い、いや……いいんだ、リサ」


 ブランフォードは娘を手で制止しているが、しかし口元は歪み、手は震えていた。


「……私は、お前を愛しているんだ。例え、どれだけ罵られようと……私の娘なのだから……」

「……だから、アタシはお前に育ててもらった覚えなんかない。アタシは……アタシは、ネイ・スプリングフィールド・コグバーン。アタシを育ててくれたのは、スプリングフィールドのジーンにマリア、それと、ウィリアム・J・コグバーンなんだから……お前みたいに、後ろに隠れて、都合のいい時だけ出て来て、親父面して……そんな卑怯なヤツが父親だなんて、アタシは絶対に認めないッ!!」


 少女の激昂にブランフォードは数歩下がり、そして体をわなわなとふるわせ始めた。


「……まったく、母子揃って生意気だな。私は、こんなにもお前を愛していると言うのに……」

「愛だなんて、軽々しく口にするもんじゃない。大方、聖典の記述に感化されただけで……そうだ、お前はアタシを愛している訳じゃない。なんでお前がアタシにそこまで執着しているか知らないが、お前はそうやって愛を唱えている自分が好きなだけだ。本当に、愛しているのなら……アタシやリサを実験台なんかにしないはずだ」


 それは、至極正論であっただろう。無論、まっとうな相手に対してならば、の話であるのだが。


「……親子といっても所詮は人間。分かり合うことなど不可能なのだな……だが、それももうじき終わる」


 何が終わると言うのか、その答えを言うことなどせず、ブランフォードはただ一人納得した調子で一度頷き、青年やジェニーたちに向き直った。


「それに、貴様らは一つ勘違いしているようだ……は聖典の記述どおり、我らが神を信奉しない異教徒どもの魂を利用した後……十分な燃料が手に入った後は、無駄な虐殺などしない。神の力を使えば、この世の全ての人間の魂を掌握したのと同義。千年王国と神に逆らう意思など、最初から持てなくなるのだからな」


 つまり、どういうことなのか、青年がブランフォードの真意を掴めずにいると、それを察してくれたのかパイク・ダンバーが語りかけてきた。


「……グレートスピリットは全ての魂が繋がっている。もしグレートスピリットを自在に操れるようになれば……人々から争う心を奪い去ることも可能ということだ」


 つまり、十分な燃料、大量のエーテルライトが手に入った後は、人々の魂は完全にこいつらの管理下に入り、無駄に争ったり、奪ったりすることは無くなるらしい。最初にさえ目をつぶれば――長い目で見れば、もしかするとそれは人類のためになるのかもしれない。

 だが、それは青年には納得できなかった。確かに、このくそったれた世の中で、随分と苦労してきた。人の悪意にどれほど傷つけられてきたのか、どれほど奪われてきたのか分からないし――むしろ、自分はマシなほうだろう。青年の仲間たちのほうが、どれだけ苦しい想いをしてきたのは確かなのだから。


 しかし、だからこそ納得できなかった。みんな辛い思いをしてきたなりに、抗ってきているではないか。奴らのやろうとしていることは、皆の頑張りを真正面から否定する行為だ。

 そして何より、自分の心が誰かの思い通りになるなど、青年にとってそれが一番気持ちが悪かった。この二十年間で積み上げてきた全てを否定されるような、そんな屈辱感――いや、このままいけばそもそも自分など、奴らのいうミレニオンの到来の前に殺されてしまうだろうから、こんな心配はしなくてもいいのかもしれない。

 それでも、こいつらの目指す千年王国とやらは、歪で、間違えていて、青年にとって相容れないものだ――それだけは確かだった。


「……我が国の誇りは、自由と平等の精神は、どうなる?」


 ポツリとつぶやいたヴァンの疑問に対し、ブランフォードは鼻で笑った。


「知らないのか? マクシミリアン・ヴァン・グラント。我々の信奉する自由と平等の前には、『我々の信ずる神の元に』とついていることを」


 もちろん、そう言われて納得できたものではないだろう。しかし、あの男に何を言っても無駄だし、そもそも動けないのだから、下手に言い争っても惨めになるだけだと判断したのだろう、ヴァンはそれ以上言い返すことはせずに、俯いてしまった。

 一方でブランフォードは、すでにヴァンに興味がなくなったのか、水晶の海を一瞥し、再び不気味な笑顔を浮かべた。


「さて、ではそろそろ……いや、面倒事は先に終わらせておこうか。リサ」

「はい、お父様」


 名前を呼ばれ光悦した表情で、リサは奥で怯えていた大統領の方へと歩き出した。


「……さて、マクシミリアン・ヴァン・グラント。貴方がお姉さま達に賞金を懸けたのは、こちらの想定外の動きだったわ。しかし、部下の東洋人をスコットビルがカウルーン砦で発見したのは、こちらにとっての僥倖……ほぼ確実に、ここで暗殺を仕掛けてくるのは予想はついていた」


 そして、撃鉄を起こし、大統領の頭に銃口を突きつけた。


「は、話が違う! 演説に参加すれば、助けてくれるって……」


 怯える老人の方を、面倒くさそうに一瞥し――。


「……恨むのなら、襲撃者達を恨みなさい。貴方が死ぬと、とぉっても都合がよくなってしまう理由を作ったのは、彼らなのだから。もっとも……」

「た、助け……」


 大統領の最後の言葉は、銃声によってかき消されてしまった。もっとも、仮に銃声が無かったととしても、続きを話すことはできなかっただろうが。


「もう、我々はお前達のような表の顔が必要なくなったから。どの道、ここらが縁の切れ目だった訳だけれど」


 人一人殺したと言うのに、まったく悪びれる様子も無く――返り血を拭う事もせず、リサは再びヴァンの方へ向き直った。


「ともかく……元々念には念を入れて、ソリッドボックスの連中の魂で最後の仕上げをしようと思っていたの。それで、貴方達テロリストが、大統領襲撃に合わせた大量殺戮を行った、なんて筋書にしようというわけ……幸い、現体制に恨みのありそうな連中ばっかりですものね。その上、お姉さままで連れて来てくれたんですもの、上出来よ? ヴァンの坊や」


 つまり、こちらの暗殺計画を、上手に使われてしまったということらしい。リサは着脱式の弾倉を外し、新しい物に取り変えながら続ける。


「だから、この場では貴方達は殺さないでおいてあげる。せいぜい、賞金稼ぎに追われながら、眠れない夜を過ごしなさい」

 

 そして返り血に染まった美しい乙女は、満面の笑みで父親の方へ近づいていった。

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