18-4

 

 ◆


 ステージの前では、二人の少女が月明かりに照らされて舞っていた。一人は、リサ・K・ヘブンズステア。表情は余裕があり、むしろこの状況を楽しんでいるようですらあった。もう一人はネイ・S・コグバーンで、こちらは相手の動きに合わせるので手いっぱいと言う所なのだが、セントフランでの一件に比べれば、幾分か善戦していた。

 アスターホーンを出した所で、壊されて終わってしまう。針の間を通す様な隙を見逃さず、なんとか倒すしかない――ネイはそう思いながら、間合いを一定に保ち、の残した拳銃で応戦していた。


「ふふっ……以前と比べたら、少しはマシになりましたね、お姉さま?」


 別段、素直な称賛では無い。むしろ皮肉だろう――いましがた撃った一発も、息を吐くように撃ち落とされた。しかし、向こうはこちらのライフルの弾を落とすのに一発無駄に撃っている。五発落とさせた後に、多少は何か動きがあるはずだ。


「あらぁ……喋って下さらないの、お姉さま?」


 三発目――だが、この調子だ。当然、装弾数に差があるのなんて、向こうだって分かっているし、この子は何をしでかしてくるか分からない、そんな恐怖感もある。


「ねぇ、何とか言ってよお姉さま……」


 四発目――勿論、この子と話したい想いはある。だけど、それは今ではなくていいはずだ。むしろ、自分の身を護るのにだって精一杯なのだから、話している余裕なんかない。

 五発目を撃とうとした時だった。すぐ近くを、何者かが駆けて行った――その動きにはリサも少々驚いたようで、ネイから少し距離を離して、一旦呼吸を整えているようだった。


「パイク・ダンバー……流石ね」


 風が通り抜けて行った先で、一つの勝負が決した。黒服たちを押していたはずのジェニー、ブッカー、クーの三名が倒れる傍らに、一人の初老の男が立っている――舞台の方を見れば、そちらでも二人の青年が倒されていた。


「な、なんだあのオッサン!?」

「彼こそ、最後の黙示録の祈士……そして」

「……がっ!?」


 驚く姉の腹部に、鈍い痛みが走った。帽子が落ち――視線を落として見れば、妹の右拳が、深々と突き刺さっていた。


「彼こそが、マリア・ロングコーストの言っていた理性を持つ暴走体……グレートスピリットの引力を断ち切り、繰り返される輪廻から抜けだした者……許されざる者【アンフォーギブン】よ」

「……あ、アレが……」


 マリアが求めていた物。もっと言えば、ネッドの師匠――倒れ往く中で、少女はそんな風に思った。


「……右手のシリンダーを左手で外して、私によこしなさい」

「だ、誰が言う事を……」

「ふぅん……まぁ、私は構わないのだけれど……」


 顔を上げると、リサはステージの方へ銃口を向けた。彼女の銃の弾倉には、あと一発残っているはず――それが、壇上で何とか立ちあがろうとしているネッドの方へと向けられていた。

 少女は痛む体をおしながら、左手で右手のシリンダーを外し、リサの方へと差し出した。


「あの男は、本当に役立たずね。いえ、こっちとしては役に立っているのだけれど」


 リサはシリンダーを左手に掴んで、興味深そうに眺めていた。


「……もう、これはいらないわよね?」

「や、やめ……」


 それは、ジーンの形見なんだから――そういう前に、リサの左手に赤い文様が浮かび上がると、エーテルシリンダーは音も無く崩れ去ってしまった。


「う、うぅ……」

「あら……何か大切な物だったのかしら? まぁ、そっちの方が、私は嬉しいのだけれど……」


 リサの声は、半分くらい少女には聞こえていなかった。ただ、もう一つの形見の帽子が壊されないよう――なんとか、視線を形見から逸らしていた。


「……他にも、色々と壊してやりたい所だけど……」

「やめろ。それ以上無為に人の心を踏みにじろうとするのならば、私が許さん」


 そう言ってきたのは、大剣を肩に乗せて歩いてきた初老の男だった。リサは、パイク・ダンバーと言っていた――そうか、この人が――少女は視線を上げて、男の顔を見ようと思った。するとそこには、仏頂面だけれども、確かに優しい視線をしている男の顔があった。


「……無論、これから君に背負わせる業を考えれば、こんなことでは到底清算しきれないものなのだが……」


 どうやら、酷いことをされるらしい。しかし、もうこの状況を覆せる者もいなそうだった。皆、やられてしまって――少女は、視線を回した。ポワカと博士は、スコットビルにエーテルシリンダーを取りあげられてしまったようだ。ジェニーたちは、気絶しているようである。ネッドは、なんとか顔を上げて――しかし、動けないのだろう、苦しそうで、でも悔しそうな顔で、手を伸ばしながらこちらを見ていて――全員、息があるようなのは幸いだったのか、それとも不幸だったのか――ともかく、なんとか絞り出すように、少女は話を分かってくれそうな初老の男に話しかけた。


「……襲いかかっておいて、こんな頼みをするのも違うってのは分かってるけど……」

「心配しなくていい。むしろ、君たちを利用するのは我々なのだからな……この場で命を取る様な真似はしない」


 余り抑揚のない、しかし落ち着いた調子で、パイク・ダンバーは少女に話しかけてきた。


「もっとも、邪魔さえしなければだけどねぇ」


 今度はくすくすと、すぐ隣から声が聞こえた。


「……リサ、この子を連れていく役目は、私が代わろう」

「私に、指図を……」


 ダンバーは、ただ黙ってリサを強い視線で射抜くだけだった。だが、それにも凄味があったし――。


「……貴方に敵わないのは自覚しているわ。それに、多分私より、貴方の方がよね」


 パイク・ダンバーは黙ったまま頷き、腹部を押さえて痛みに耐えているネイに手を差し出した。


「……歩けるか?」

「あ、あぁ……お気づかいは、無用だよ」


 少女は握っていた拳銃から残った薬莢を地面に落として、銃身を持ちながら、ダンバーの方へ差し出した。


「弾を抜いたのなら持っていてくれても結構だ」

「……アタシが、アイツの目の前で速攻でリロードして、撃つ可能性は考えていないのか?」

「そうしないように、自由は拘束させてもらうよ」


 ダンバーは懐から鉄製の手枷を出して見せた。少女はため息をつき、銃をホルスターに仕舞って、両の手首を合わせて肘の高さで前に突き出した。ダンバーはそのまま錠を少女の両腕につけて――何か、違和感がある――すぐさま、背中を向けた。


「さぁ、私に着いてくるんだ」

「あ、あぁ……」


 壇上へ登っていく時、少女は青年の方を見る。腕と肘を起点に上半身を起こし、何とか立ちあがろうとしていた。


「……馬鹿弟子が」


 ダンバーもそちらを見ていたのだろう、小さくため息をこぼした。そして、その後に少女の方を見て、これまた小さくつぶやく。


「だが……アイツは、可能性なのだ」

「えっ……?」


 そういうと、ダンバーは少女に背を向け、二人の弟子の方へ行ってしまった。何をする気なのか――ダンバーはネッドに潰れている剣の切っ先を突きつけて立っていた。


「……もう、動くのはよせ」


 ネッドは親の仇でも見る様な目で、黙ってパイク・ダンバーを見つめている。


「……動くなと言っても、動くのだろうな、お前は。それならば……」


 そこで、銀色の線が走り――ネッドの足の腱から血が噴出した。


「ぐっ……!?」

「これで、動きたくとも動けまい……せっかく拾った命なのだ。無駄に散らすのはよせ」

「……あんた、何を言って……?」

「……正直、私がアンチェインドにやられたあの日、お前は死んだものと思っていた」

 

 そこから先は、ダンバーは言わなかった。ただ、師弟共に無言で、お互いを見詰め合っている。


 しかし、これはある意味では、ブランフォードを倒すチャンスかもしれない。白衣の男、グラハム・ウェスティングスはやや遠くに居るし、ネッド達、つまりパイク・ダンバーも少々離れた所に居る。いくら錠を付けられていると言っても、この右手に触れさえすれば、相手を倒せるのだから――。


「見張りは交代よ。残念ね、優しいダンバーじゃなくなって」


 背中にぴったりと付けられた鉄の冷たさを感じながら、少女は妹の声を聞いた。振り返ると、そこには狂気を浮かべた笑みの乙女が立っていて、その後ろには――無機質な機械人形が闊歩し、幾人かの残った黒服達がこちらを見つめていて、地面には少女の仲間と――多くの一般人たちが、野に伏していた。


 そして更にその上には、漆黒の空が浮かんでいた。


「……あぁ、ネイ。我が娘よ……」


 少女はもう一度振り向き、舞台の中央で光悦した表情を浮かべて立っている男を見た。


「……アタシは、お前に育ててもらった覚えなんかない。アタシの父親は、ちゃんと別にいるんだ」


 そう悪態づいても、この男は鈍いのか、それとも全然他人の機微などには興味が無いのか、こちらの意図など分からなかったようで、ただただ、不気味に微笑んでいるだけだった。


「ともかく、アタシはお前を殺すつもりで来たんだ……そんな奴が娘だなんて……」

「あぁ、別に構わない。お前が私をどう思っていても、私はお前を愛しているのだから」


 少女は、自分の顔が困惑の表情を浮かべているのが自分で分かった。殺すつもりで来た、というのに愛してる、と言われて、意味が分からなくて、不気味で――そして不快だった。

 

「ただ……もう少しだけ準備が必要なんだ……ウェスティングス」

「アイ、サー」


 ブランフォードの一言に、何やら準備をしていたらしい白衣の男が、何時の間にやら大仰な機械の前で機材を操作しており――グラハム・ウェスティングスが操作をし終えると、辺りの闇に紫電が走り――一瞬の眩気に、少女は目を閉じてしまい――振り返り、改めて見ると、先ほどの荒涼とした草原は、一帯が鼈甲色の輝きを放つ水晶の海になっていた。

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