第18話 誰が為に鐘は鳴る 下

18-1


 要人暗殺のための役割は、主に二グループに分かれる。一つは、ネイの狙撃班。ライフルのサポートに、ポワカと博士が周っており、また銃で仕留められなかった場合に、巨兵を使って一挙にステージの方へ来れるように配置されている。

 残る青年とジェニー、ブッカー、クーの四人、並びに援護してくれるであろうヴァンの五名が、所謂現場班とでも言うべきか――言ってしまえば単純で、失敗時には要人を逃がさないようにする役割もあるし、また成功した場合でも、残りの祈士や――主にリサだが――黒服連中の反撃に備えるためでもあった。


 しかし、まとまっていては目立つので、それぞれ離れた所を持ち場にしている。青年はリサに顔を覚えられているため前の方はマズイ、かといって身長もあって目立つので観客席の端のあたりに陣取っている。後ろの方にはブッカーがおり――脚がはやいと言うのと、褐色奴隷の席は前の方には設置されなかったという理由、しかし最大の理由は持ち前の得物がデカイので、そもそも人ゴミから少々離れた所にいるのだが――前の方の席には軽い変装をしているジェニーとクーが、二人は近くに配置されている。近い理由は単純で、前の方であればいち早く行動できるし、とはいえかなり危険度も高いため、早く合流して身の安全を確保するためだった。


 とにもかくにも、式典まであと数分というところである。青年は人ごみに揉まれ、少し人に酔っていた。会場がざわついているのは、あまり良い意味ではない。南部の人たちからしてみれば、勝利した北部の代表者が挨拶まわりにくるというのも気分の良いモノでもないのだろう、聞こえてくる言葉は余り品の良いものではなかった。

 それでもこれ程の人ゴミが出来るのは、やはり好きの反対は無関心とは言った物で、一言文句でも言ってやろうとでも思っているのか、はたまた鼻もちならない態度を取りながらも、もしかするとあのステージから飴でも投げてくれるのではないかと、聴衆はそんなことを期待しているのかもしれない。

 しかし、そんな人々の気持など、青年にとっては知ったことでもなかったし、何より自分たちが、このステージを台無しにしようとしているのだから、気持ちとしては落ち着かないと言うか――いや、やるべきことに対して落ち着かないのであって、むしろ聴衆のことは、どこか冷ややかな目で見ていた。


(……ヤジを飛ばす位なら、家で酒でも飲んでる方が、よっぽど建設的だろうに……)


 そんな風に思いながら、青年はざわめく周りの人々を見回していた。


 そう、周りの人間などどうでもいいのだ。やはり青年が気にかかったのは、相棒の少女のことだった。あまりジロジロそちらを見るのも、変に勘ぐられてはマズイので、まず背筋を伸ばし、青年はちらと、背後の丘を振り返り見た。こんな時、背が高くて良かった――猫背をやめれば、周りから身長が頭一つ抜けているので、簡単にそちらを見ることが出来た。もちろん、青年は特別目が良い訳でもないので、丘の上に居るはずの少女のことなど見えもしなかった。代わりに見えるのは、黒いスクリーンに浮かぶ雲や星々――今日は風も穏やかで、青年の感覚としては、この条件下なら、少女は撃ち抜ける――そういう確信があった。

 ともかく、そろそろ視線を戻すか、そう思って再び身を少々かがめ――単純に、リサに気付かれないためであるが、これだけ人がいれば、そんなに心配することもあるまいか――前に向き直った。丁度その時、一人の背広の男がステージに立ち、中央の台座の上にある、何やら細い棒に向かって喋り出したらしい。


「あー……マイクテス、マイクテス……えー、紳士淑女の皆さま、静粛にお願いいたします」


 その声は、男の方からではなく、ステージのサイドに取り付けられた機械から発せられていた。成程、どうやらあの棒から拾った音を、横にある機械が拡大して流す装置らしい。青年の身近に、そういった発明を好む子が居るので、最初こそ少々驚いたものの、そういえば博士の屋敷にも似たような音を拡散させる装置があったことを思い出し、すぐに機械の存在も納得できた。しかし、青年の周りの人々からすればあり得ないことが起こったのであり、その驚きからか、会場は一挙に静かになった――恐らく、静粛に、という言葉で静かになった訳ではあるまい、青年はそう思った。


「えー……それでは、国民戦争終結十周年の記念式典を始めたいと思います」


 そういうと、ステージの袖からまたぞろと、豪勢に着飾った連中が現れ、マイクとやらが設置されている卓の後ろへ座り始めた。

 青年は、知った顔が無いかと確認する――確認できたのは二人、ヴァンとリサだった。しかし、噂に聞くかぎりの特徴として、片眼鏡の男、グラハム・ウェスティングスもいるようだ。

 だが、肝心のヤツがいない――いくら頭に靄がかかったように思い出せずとも、流石に見れば思い出すはずだ。慎重で、可能な限り人前に出ないと言うのは本当らしい、どうやら出番になるまで、例の要人は引っ込んでいるつもりなのだろう。


 再び、他の来賓に目を向ける。髭面の大統領は、すぐに分かった。だが、あとは知らない顔ばかりであった。新聞で見る限りでの著名人などもいるのだろうが、会ったことがあるわけでもないし、新聞に写真がのることだってそう多くは無いのだ――なので、知った顔を確認する。ヴァンは、腕を組みながらやや視線を落として座っている。逆にリサはきょろきょろと視線を回している――観客席に興味は無いのか、むしろ遠くを見ているようで――そして、小さく笑った気がした。


(まさか……気付かれている?)


 気付いたと言うのは、青年の存在にではない。むしろ、丘の方に居る少女の存在に感づいているのでは――いや、いくら目がよいネイだって、暗がりの中にで一キロメートル先の物を認識するのは不可能だと言っていた。あの子が狙撃できるのは、ステージが明るいからだ。いくらリサが化け物じみた存在であるとしても、肉眼で姉の存在に気付くのは不可能なはずだ――だが、改めてリサを見ると、得体のしれない恐怖感というか、何かしでかしそうな恐ろしさがあるのも、また事実だった。


「えー……それでは、まず大統領の挨拶から」


 青年がどう思おうと、式典は始まってしまった。動き始めてしまった歯車は、既に止めることも出来ず――青年は、胸騒ぎを抑えることが出来なかった。


 ◆


「……どうデス? 居るデスか?」


 ネッドから借りた望遠鏡を覗いているネイに、後ろからポワカが話しかけてきた。


「ちょっと待って……」


 ポワカの方に振り向きもせず、少女はレンズの向こうの顔に集中していた。リサ、グラント、ウェスティングスは確認できたが、例の要人とかいうやつ――それは、少女も少しだけ、セントフランで見る機会はあった。しかし、その記憶に一致する顔は、後ろに座っている面々の中にはなかった。


「……どうやら、いないみたいだ。噂通りに、用心深い奴みたいだな」


 一旦望遠鏡から目を離し、ネイはポワカの方へと振り向いた。見ると、ポワカは緊張のせいなのか、顔と体を強張らせている。


「おいおい……ポワカ、大丈夫か?」

「ぼ、ボクは全然ヘーキですよ!? でも、ネーチャンの方は……」


 心配してくれているらしい、少女にはそれが嬉しかったし――だが、気分は落ち着いていた。恐らく、自分より緊張している人間がいると、不思議と冷静になれるものらしいし、そうでなくともこの一週間は、彼からかなり元気をもらっていた。

 少女は伏せたままの姿勢で、自分の右手を見つめる――今は、包帯は外しており、いつでも必殺の弾丸を撃てるようになっている。震えてもいないし、いつもの忌まわしい気持ちもわいてこない。むしろ、この右手が、全てを終わらせられるなら、国民戦争から続く、この国の二十年の悲劇に幕を引けるのならば、自分に振りかかったこの呪いにも、意味があったのではないか。

 いや実際は、その男を撃ったとて、きっと哀しいことは終わらないだろう。少女も、自分の足で大陸を歩きまわり、様々な悲劇を見てきた。それは、自分に振りかかった物もそうだし、他の人たちに振りかかった物も含めて――結局、人間って言うのはイヤな生き物だ。平気で人を傷つけるし、自分のために誰かを蹴落とすことをいとわない。もちろん、今自分がやろうとしていることだってそう――だから、少女はやはり自分のことだって好きになれない。

 それでも、今後ろに居る女の子はどうだろうか? 我がままで、ちょっと着いて行けない所もあるが、それでも根は優しい、凄くイイ子で、こんな自分を慕ってくれる子だ。その隣に居る、機械の体の博士も、娘を心配して、自分の心配をしてくれている。ジェニーもブッカーも、クーもいい奴らだ。それに心配してくれたジーンにマリア――人間ってイヤな生き物だけど、それ以上に、何か信じたくなるような、そんな所もあるのだ。

 何より、彼と明日を生きるには、やるしかないのだ。自分がどんな咎を被ったって、それでも、一緒に居たいから――だから、引き金をひける。例え、それが――。


「……なぁ、博士。今更なんだけどさ……その、要人ってのに、心当たりは?」

「むっ……むぅ……」


 この博士、非常に知識は豊富で、頭は良いらしいのだが、それでも態度に出やすいと言うか、機械の体なのに、エライ素直なのだ。しかし、それで察しがついた。いや、ついてしまった。


「いや、いいよ……今ので、分かったから」

「……確実なことは言えんわい。しかし、可能性としては……」

「いいって……アタシには、ちゃんとした父親が居るんだからさ」


 言いながら目を瞑り、少女は隻眼の男を想い浮かべた。そう、自分はあの男に、ありとあらゆることを教わった。いい加減で、適当なことも随分吹き込まれたが、それでも――大切なことは、ほとんど全部、あの男と、スプリングフィールドの姉達からもらっているのだ。


「アタシは、ネイ・スプリングフィールド・コグバーン……だから、大丈夫」

「……そうじゃな。その通りじゃ」


 博士の声は、優しかった。きっと血の絆より強い者はあると――そう、博士とポワカは、それを証明してくれたから。だから、自分もコグバーンとの絆を信じていればいい。今から倒すのは、この国を悲劇に導いた張本人だ。人間のイヤな所を凝縮させたような人物に違いない。

 ともかく、自分がやるべきことは変わらない。コグバーンが教えてくれた銃の技で、実の父親を撃つ。それだけだ。その男は、自分を抱いてもくれなかったし、成長を見守ることもしてくれなかった。ただ道具として、リサと自分を、今も何やら悪いことを企んでいる。それなら、やれる――やはり、気分は落ち着いていた。むしろ、自分と縁もゆかりも無い物を撃つよりは、下手をすれば良かったのかもしれない。十数年会ってなかった娘が、ただ身内の不手際を清算する、言ってしまえば、それだけの話なのだから。


 視線を望遠鏡のレンズに戻し、ステージの上の様子を見る。まだ、大統領の挨拶は終わっていないようで――退屈なのか、リサなど欠伸をしていた。

 そう言えば、セントフランでの劇、どうやら皮肉にも、本当にアレが現実になってしまったと言う事だ。自分は撃つ側、リサは守る側――あの脚本は、グレース・オークレイを扮していたリサが頼んだと言っていた。もしかするといつの日か、こんな風になることを、あの子は予見していたのかもしれない。

 あの劇では、妹が倒れ、父は生き残り、姉は逃げ出して終わったが――アレは、所詮は作り話だ。果たして、現実はどうなるのか――少女は小さいころより漠然と信じてきた、何か大きな存在に想いを寄せ、そして銃と一体になって、静かにその時を待った。

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