18-2

 

 ◆


 大統領の演説が終わり――内容は、二度とあのような悲劇を繰り返させないだの、共に歩める喜びだの、無難極まりない、とくに実のない物だったが――ともかく、後ろの空いている席に大統領が下がった。そして司会の男がマイクに近づき、何やら特別な挨拶がある、との旨を言い残して、袖に去って行った。


 決定的な時が近づいている。自然と、いつの間にか青年は固唾を飲んで、ステージを見守っていた。少女も狙いを付けるのに少しかかると言う事なので、出て来てからすぐということはないだろう。しかし少女の父親が出て来て、そしてその後は、その男が娘の凶弾に倒れるか、単純に少女が外してしまうか、はたまた別の何かで狙撃そのものが中断されるか――可能性としてはいずれかで、しかし少女の腕を知っている青年としては、狙撃が成功する可能性が一番高いと考えていた。


 それでも、何故だか胸騒ぎが収まらない――舞台のヴァンを見ても、どことなく強張っているようだった。それはそうだ、アイツは何かあった時に、真っ先に男にトドメを指せる位置に居るのだし、リサが隣に居るのだ。そして何より、この瞬間を、アイツはどれほど前から待ち望んでいたのか――ある意味では、青年より余程緊張するのも、頷ける話だった。


 そんな風に旧友を眺めていると、舞台の袖から一人の男が現れた。それは、あの西海岸で見た顔で――しかし、何故だろうか、あまり特徴的という程でもないのに、前から知っているような気もするのだ。どこで見た顔であったのか――青年は、結局それを思い出すことは出来なかった。


 ◆


 遥かかなたの壇上で、自分の撃つべき男が現れた。少女はレンズ越しに、その男の顔を凝視する。その時、初めて気がついた。少女は、その顔を何度か見たことがあったことに――もちろん、少女は本人に会ったことが訳でもないし、厳密に言えば別人を知っている、と言うだけの話なのだが――。


(……聖堂に飾られてた、聖者に顔がどことなく似てるんだな……)


 全ての原罪を背負い、その身で罪を贖ったとされる聖者の偶像イコン、少女はそれを何度も見たことがあった。当然、古い記述から「こんな感じの顔であっただろう」と再現しただけの物で、本当の聖者はもっと別の顔をしていたかもしれない。しかし、現在の自分たちには、ある意味では聖者といえば、こんな感じの顔、と刷り込まれていて――それならば、自分は救世主を穿つ大罪人か。丘の上で聖者を刺殺した男は、果たしてどんな気持ちであったのか? いや、むしろ立場が反対ではないか? 自分たちは無実の罪に攻められ、迫害されている。そうでなくても、この大陸の少数派マイノリティー達だって、何の罪も無いのに迫害されている。あの男は、外見だけだ。見せかけの聖者だ――だから、やれる。やっぱり、倒さなければならない。


「……ネーチャン、大丈夫デス?」


 再び、ポワカに心配されてしまった。しかし、今度はやはり、動揺もあったのだろう、少し手が震えていたようだった。だが、妹分を心配させる訳にもいかないし、ともかく、引けば終わるのだから――。


「……あぁ、大丈夫。これで、終わらせるんだ……」


 そしてゆっくりと狙いをつけ、少女は引き金に手をかけた。


 ◆


「あー……南部の皆さま御機嫌よう。私は、ブランフォード・S・ヘブンズステアという者です」


 壇上の男は、人前に慣れていないせいか、まずはたどたどしい挨拶から始まった。周りの人々はどこか騒然としていている。それもそうだろう、見たことも聞いたことも無いようなヤツが急に出てきたのだ。何をする気なのか、こんな記念式典に何故参加しているのか、大統領を前座にして出てくるなんて、何者なのか――そんな風に疑問に思っても、仕方ないことだった。

 そんな式場の空気が堪えているのか、それでもブランフォードと名乗った男は、苦々しい愛想笑いを浮かべながら話を続ける。


「本日皆様にこのようにお集まりいただきましたのは……えー……他でもありません。大統領も仰っていたように、この国の更なる発展のため、皆で力を合わせてですね……」


 まったく堂の入っていない演説に、皆退屈し始めたのか、会場がざわつき始め――そして、一人の男が何かモノを投げ出した。


「俺たちはそんな与太話を聞きに来たんじゃねぇぞ! すっこめ!!」


 一人が投げ出すと、みな一様に溜まっていた鬱屈が爆発したのか、物だのヤジだのが、ステージに向かって一気に投げ出された。司会の男が袖から出て来て、何やら一生懸命聴衆を宥めようとしているのだが、そんなことはもうお構いなしで、会場の者どもは暴れ回っていた。

 そんな中、青年は意外と冷静にステージを見ていた――リサが立ちあがりそうになっていたところを、ブランフォードと名乗った男は手で制止していた。そして、マイクの前で何やら震え始め――不気味な笑い声が、横の機材から聞こえ始める。その一種の異様さから、会場は一気に静まってしまった。


「ふ、ふ、ふ……そうだ……試練だ。これは試練なんだ……」


 どうやら、会場の逆風が、男のスイッチを入れてしまったらしい。光悦した様な表情を浮かべて、ブランフォード・S・ヘブンズステアは笑っていた。


「南部の諸君、改めて御機嫌よう……ハッキリ言って私は、諸君らを軽蔑している。旧大陸の封建制を、この聖なる新大陸に持ち込んだ下賎な輩ども……貴族文化と奴隷制の上に胡坐をかいた蛮族どもだと認識している」


 まるで人が変ったように、ヘブンズステアは落ち着いた低い声で演説し始めた。その異様さからか、ざわついていた民衆は一気に静まってしまった。


「しかし、そんなことは最早どうでもいい。異教徒も旧教徒も新教徒も、白人も先住民も褐色肌も東洋人も関係のない。真の楽園が、目の前まで迫って来ているのだから……」


 あの男は何を言っているのか、訳が分からない――会場も、先ほどとは別の意味でざわついていた。


 そして、丁度その時だった。背後で薄青い色のドレスを纏った美しい乙女が、狂喜の笑顔で立ちあがったのは。


 やはり、彼女の動きは早過ぎて、青年の目に追い切れるものでは無かった。気がついた時には、乙女の持つ銃の口から煙が上がっていて、何か金属がぶつかる様な激しい音が聞こえ、宙に、灰が舞っていた――もう、どういった順序で事が起こったのか、青年の感覚の外の出来事だった。


「塵は塵に、灰は灰に……必ず、狙ってくると思っていましたわ、お姉様!」


 さっきリサが笑ったのは、ただの勘だったのだ。いや、モーリスの件で、自分たちがソリッドボックスに居ることは、向こうも分かっていたのだろうが――それでも、あの丘から、まさか超長距離からの狙撃をしてくるなんて、普通では考えられなかったはずだ。それを、ただの直感で、あの青白い服の悪魔は今日の狙撃を見抜いたのだった。


「貴女の出番はもう少し後……それまでは、大人しくしていなさいな」


 こんなに距離があるのだ、ネイに聞こえているはずも無いのに、リサは勝ち誇ったかのような笑顔を浮かべていた。


「くっ……!?」


 ヴァンが、胸元から拳銃を抜き出し、ブランフォードの方へと向けた。そして、すぐさま撃つも、振り向き際に一発、やはりリサの弾丸によって撃ち落とされて終わった。


「どうしたの? 肉ぐらいそぎ取って見せるんじゃなかったの? 七光の坊や」

「……私がリサを食い止めているうちにッ!!」


 叫ぶと、右腕の手甲から蒸気が噴き出し、マクシミリアン・ヴァン・グラントが、青い悪魔と対峙した。

 すぐさま、前の方で銃声が二発、どうやら、空へ向かって撃ったらしい――ジェニーの号砲だった。


「我が名はジェニファー・F・キングスフィールド!! そして我々は、史上最高の賞金首集団、ワイルドバンチ!! ここは今から戦場になりますッ!! 命が惜しい者どもは去りなさいッ!!」


 よく通る凛々しい声が、会場いっぱいに響いた。史上最高の賞金首がこの場に居ると言うのは、事態の混乱を更に深めることにした。自分たちとて、無用な血を流したい訳ではないし、こうなってしまっては、さっさと聴衆には散ってもらいたい訳だ。しかも、逃げ出す民衆に紛れて青年は動けるので、ある意味一石二鳥、と言いたい所なのだが――青年はあちこちに走り回る混乱した人々の流れに阻まれ、重要な時だと言うのに前に進めず足踏みしていた。


 舞台の方を見上げれば、リサとヴァンが戦っている。銀色の手甲で応戦しているのだが、アレではリサの攻撃を防ぐにも、リサの防御を突破するにも足りないはずだ。あの恐ろしい威力のアンチマテリアルライフルの銃弾を、見てから反応して撃ち落とした女だ。ヴァンのバリスタから放たれる一撃だって、余裕でかわしてしまうだろう。


「お姉さまが来るまでの退屈しのぎに、貴方と踊ってあげるわ……どう? 嬉しいでしょう?」


 絵面を見れば、大の男が女に殴りかかっている、非常に危ない物なのだが、リサの方は華麗にヴァンの攻撃をいなしている。それどころか、左手にあの文様が浮き出ていない――つまり、完全に手加減されているのだ。


 しかし、リサが釘付けになっているのなら――ジェニーとクーが、ステージに向かって走っていくのが見える。一方で、壇上のブランフォードが、不敵な笑みを浮かべながら、手を小さく振り上げた。


「繋がれざる者達【アンチェインド】よ……」


 その一声に、黒服の男たちがステージの前に並んだ。


「くっ……加減はしませんよ!?」


 緊急事態なのだ、もはや四の五の言っている場合ではない。ジェニファーは迷うことなく、一人の男の額を撃ち抜いた。黒服はのけぞり、そのまま倒れ――なかった。額から煙が巻き上がると、すぐさま傷口がふさがりだし、無表情のまま、変わらずにステージを護るように立っていた。


「くっ……!? どうやら、噂通りの相手の様ですね!?」

「ぼさっとしてる暇は無いアル!」


 驚くジェニファーに対し、クーは具足から炎を巻き上げ、黒服達を跳びこえてブランフォードに肉薄した。


「お父様!?」

「いや、問題ない……」


 叫ぶリサをしり目に、ブランフォードの左手のグローブに仕込まれたシリンダーから蒸気が噴出し――そして右腕を上げて、クーの踵落としを受け止めた。僅かに男の顔が歪んだものの、しかしそれまでで、ダメージは通ったようだが、命を取るには程遠い一撃で終わってしまったようだ。


「……!? この感じ……」


 逆に、驚いたのはクーのようだった。


「だけど、ただでは……グラント様ッ!!」


 クーはへブンズステアの腕を踏み台にして後方へと跳び、そのままヴァンのほうへ向かって何かを投げた。ヴァンは飛来物を見ることなく、右手でそれを受け取り、すぐさま左腕に装着する。いつもの盾を持つ戦闘スタイルになったのだが、武器や防具が増えたところでどれほどリサに対抗できるか――しかし、状況はなんとも忙しい。着地したクーのほうを見ると、黒服達が一斉に取り囲んでしまった。


「……千載一遇のチャンスだったのに!」


 苦々しく叫ぶ物の、囲まれてしまったら対処するしかない。クーは無表情な男たちと拳を交え始めた。

 しかし、まだまだ好機はある。ジェニーとクーが黒服に取り囲まれているが、まだ自分とブッカー、後から来るであろうネイ、ポワカ、博士が手が空いている――そう思って周りを見渡すと、蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑っていた人々が、何やら足踏みをしていた。どうやら、ウェスティングスという男の機械人形たちに、行く手を阻まれているらしい。


「さぁ、実験を開始するぞ!!」


 壇上で白衣をたなびかせ、片眼鏡の男が叫び出した。手元の機材を動作すると、マイクの音を拡散させていた機材から、妙に高い音が鳴り出した。その音を聞いていると、頭が痛くなるような――青年は頭を抑えて、その場にへたり込んでしまいそうになる。


「これは一種の音響兵器だ! 聞くものの脳に直接刺激を与え、破壊する!!」


 なんだそれは、かなりやばそうだ――と言うか、音を武器にするとか、それウェスティングス自体には影響が無いのか――見ればちゃっかり耳栓をしているが、音はこちら側に向けて発されているので、舞台のほうには影響が少ないようだった。


「しかし、神が降りればこの機械もあまり意味は……うぬ!?」


 ウェスティングスの驚きに振り返り見れば、白い煙の線が宙を走っていくのが見える――直後、青年の背後で何かが爆発し、音の発生源が粉微塵に吹き飛んでくれたおかげで、青年の頭を痛めていた音が聞こえなくなった。その後も激しい音が聞こえ――音のほうを見れば、鎖で繋がれた棺のような巨大な棺型の函を振り回し、機械人形を粉砕している褐色肌の男の姿が見えた。


「これがオレの新兵器、デスペラードだぜ!」


 そう言うのと同時に、再び棺の穴から何かが飛びだした。ポワカ曰く、ミサイルとか言ったか――それが爆発を着弾と同時に爆発を起こし、機械兵器をどんどんと倒していってくれている。


「うぬぬぅ!? 貴様、あの時のブラウニーか! クソが!」


 ウェスティングスが壇上で地団駄を踏んでいるのが、青年としては少々小気味が良かった。もちろん、ブッカーはやるべきことを見失ってはいない。実際、南部の人たちを助けるのは、あくまでもついでなのだろう。褐色の従者は自分の進路上に居る敵を倒して行っているに過ぎない。


「ぶ、ブッカー、た、助け……!?」


 その声は、ブッカーから少々離れた先から聞こえた。どうやら式典に参加していたらしい、モーリスが旧友に向かって、助けを求めている声であった。モーリスの背後には、機械人形が迫っていて――だが、その凶刃は、褐色肌の肥えた男を貫くことは無かった。代わりにモーリスの背後で爆発が起こり、男は無様に草原に投げ出された。


「……テメェの顔は見たくもねぇ。どことなりともさっさと消えな」


 ブッカーはそう言うともう一発、ミサイルを発射した。その爆発が起こった方は、機械人形が手薄になっている。


「すまねぇ……すまねぇ……!」


 そう言いながら、モーリスは一目散に煙の奥へと消えて行った。果たして、あの先で生き残れるかは分からないが、鉄火場のど真ん中に居るよりかは余程マシだろう。

 そして去る褐色肌の男もいれば、前進する褐色肌もいる――気がつけばブッカー・フリーマンが、すでに青年の隣に並んでいた。


「……おう、坊主。ぼさっとしてる暇はねぇぜ。オレは、お嬢の援護に回る!」

「あぁ、分かった! 俺は、ヴァンのほうへ!!」


 ヴァンの援護に周るとは、即ちリサの相手をすることになるのだが、四の五の言っていられない、それに以前より自分も強くなっているのだから――青年は覚悟を決め、舞台を目指すことにした。

 と、背後から地響きが聞こえてくる。もちろん、これは青年の予想の範疇であるので驚くには値しない。


「オラオラオラァ! デスッ!!」


 青年が後ろを除き見ると、ゴリアテ三式は、的確にウェスティングスの機械人形たちを踏みつぶしながら、逃げ惑う人々の退路を作っているのが見えた。見れば、右肩にポワカが、左肩にネイが乗っている。


「なんだかよくわかんねぇですけど、あの真ん中の偉そうにしている男をぶん殴ればいいってことデスよね!?」


 状況は大混乱の只中で、よく分からないのも仕様が無いし、なんとも緊張感のないセリフなのだが、ともかくポワカの読みその物は的確だった。ブランフォードは先ほど、クーの一撃を止めたとはいえ、確実にダメージは通っていたのだ。その何倍も威力があるであろう、巨人の拳を、あの男は止められるはずも無い。

 ゴーレムが青年の横をすり抜けていき、腕を引き、拳を振り抜かんとする。


「よっしゃ、もらったデ……!?」

「ならばその拳、私が止めよう」


 その聞き覚えのある声は、どこからともなく現れた。この場に居る一同が、その声に一瞬止まってしまい――もちろん、三式の拳は止まらない。その先には、ただ人がいるのみ――いつの間にかブランフォード・S・ヘブンズステアと、その前に現れたシーザー・スコットビルだけだった。

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