16-2
「……しかし、いつの間にか大所帯になったもんだね」
馬車を走らせる青年は、馬車の中を見ながら言った。中にはネイ、ジェニー、ブッカー、ポワカの四人が居り、雑多に荷物が置かれている。結構値の張る大きめの馬車を奮発して買っておいて正解だったらしい。カウルーン砦でも、こっそり馬車は売らずに取ってくれていて良かった。ちなみにクーは、外の腰かけで見張りをしてくれている。とりあえず、すぐに目に入る場所には手配されている四人は見えないようにしているのだった。
「ふぅん、なんですか? 二人の頃が懐かしいとか、そんな話ですか?」
青年の傍らで、ジェニファー・F・キングスフィールドが意地の悪い視線を向けて来た。
「いやいや、別にそういうわけじゃないさ。こんな賑やかなのも、たまには悪くない……なぁ?」
青年が反対側を向くと、ネイ・S・コグバーンが頷いてくれた。
「うん……まぁ、たまにはな。そもそも、コイツと二人っきりってのも、飽き飽きしてたところだし」
やれやれ、と言った調子で、少女が青年の方を指さしてくる。それを見て、ジェニーがくすくすと笑い始めた。
「そうですか……まぁ、深くは言わないでおきますけど」
その言葉に意地の悪い物を感じたのだろう、少女の方がバツの悪い表情を浮かべている。
「なんだよ……言いたいことがあるなら、言えばどうだ?」
「あら? いいんですか?」
「……やっぱ、いい」
「それが賢明です」
哀しいかな、ジェニーの方が少女よりも一枚も二枚も上手なのだ。というより、舌戦の階層では、少女はこのメンバーの中の最下層に居ると言っていい。誰かと話を始めれば、まず間違いなく少女が負けて終わる――いや、会話に勝ち負けがある時点でおかしいのだが、ここに居る連中は碌でもない性格の奴らばかりなので、みんな少女をからかうことが大好きなのである。無害と言えば、博士くらいの物、というか、博士以外全員非常識極まりないのだが、肝心の博士は機械の体という、なんだか存在が非常識なので、なんだかもう非常識だった。
「……この荒野では、常識にとらわれてはいけないってことか……」
「うん、まずその一人言が非常識だよな?」
別段大所帯になっても自分のボケにはしっかり少女は突っ込んでくれるので、青年としては文句は無かった。
「ともかくですね……たまには、代わってあげましょうか?」
そう、ジェニーが切りだしてくれた。確かにたまには馬車の中でノンビリするのも魅力的な提案なのだが、なにぶん誰かに見られてはマズイから自分が操縦しているのである。
「まさかこんな平原のど真ん中で、軍隊と出くわすわけでもないですし……もし出くわすもんなら、すぐに分かるでしょう?」
「ま、それもそうか……それじゃ、お言葉に甘えようかな」
「えぇ、ノンビリなさいな。というか……」
ジェニーがそこまで言うと、屋根の上から物音がし、すぐさま馬の上に何者かが上手に飛び乗った。
「ワタシがジェニーの話し相手になるアルよ」
「こういうことです」
成程、どうやらクーとジェニーの二人は割とウマが合うらしい、同年代だし、色々と話したいこともあるのかもしれない。お言葉に甘えて、青年はジェニーに操縦を代わってもらう事にした。
手持無沙汰になり、改めて馬車の中を見る。後ろでは、ブッカーとポワカと博士が、何やら真剣に話しているようだった。
「……やっぱ、ギターケースが良いデス?」
「いや、そこはあんまり拘らないかな……ともかく、強けりゃなんでもいいぜ」
「ふむふむ……そうですか……」
そこでポワカは指を顎の下に当てて、何やら考え事を始めていた。しかし、何やら珍しい組み合わせなので、青年は二人に声をかけてみることにした。
「おい、何の相談をしてるんだ?」
青年の言葉に、ブッカー・フリーマンが振り向いた。相変わらずサングラスの下の口はニヤけていた。
「あぁ。この前トリロジーがスコットビルにぶっ壊されちまったからな。ネイの嬢ちゃんのライフルみたいに、新しいのを作ってもらおうかと思ってよ」
「成程な……それで、どんな感じにする気なんだ?」
青年はブッカーに尋ねたはずだったのだが、男が答えるより早くポワカが「ハイハイ!」と手を上げた。
「それはデスね! まず、散弾銃を入れ込む代わりに、ガトリングガンを搭載しようと思うのデス!」
「お、おぉ……成程なぁ」
ちなみに、本来ガトリングは持ち運びできるような代物では無い。如何に軽量化して、ある程度持ち運びができるような大きさにしても、その重量は気軽に振り回せるようなものではないはずなのだ。そう考えれば、あの巨漢、ペデロはなんやかんやで結構凄いのである。
「他にもですね、ダイナマイトって着火しないといけない手間がありますから……いや、それが時間差攻撃になって有効な場合もありますけど、やっぱり狙ってそのままドカーン! のほうが強いと思うんデス! だから、ミサイルも搭載してですね……」
「は、はぁ……みさいる、ねぇ」
聞き慣れない単語が出てきたが、どうせすごい兵器なのだろう、ともかくあまり詮索しないでおくことにした。
「あと、ハンドガンとかも出せるようにするデス!」
「なんとなくだが、それ以上はいけない」
なんだか、まんまどこかで見たような武器になりそうだ。さすがにそれはまずいんじゃないか、青年はそう思った。
「えー? というか、ネッドが決めることじゃねーデスよ?」
「ま、まぁ、それは確かにな……でもまぁ、もう少し考えてもいいんじゃないか? そもそも、機関銃なんて、重くて持てたもんじゃないだろ? その上、走りまわるとなれば……」
青年は自分でそう言っておいて、この男ならやりかねないんじゃないか、そんな風に思った。見ればやはり、ニヤニヤしている。
「重いなら、殴ったら強そうだ」
「デスよねー! さすがブッカーのオッチャン! わかってるぅ! デス!」
「……まぁ、好きにしてくれ」
本人たちがいいのならそれでいいか、そんな風に思い、青年はこれ以上野暮なことを言うのはやめておいた。
「そう言えば、俺はまだ見たこと無いんだが、なんだかでっかい蒸気巨兵が味方で、しかも地下を行けるんだろ? それに乗っていけば、早くて楽なんじゃ?」
ふと思い出し、青年がポワカに尋ねたのだが、なんだかすごく嫌そうな顔を返されてしまった。
「……アレ、乗り心地は最悪デス」
「そ、そうなのか……」
その上、ポワカの横に鎮座している――ちょうど、犬の伏せの様な格好になっている博士が、更に口をはさんでくる。
「そうでなくとも、操縦席は他の蒸気人形たちでぎゅうぎゅうじゃからな。しかも地中を掘削して進んでいるので、別段そんなにスピードが出る訳でもない……つまり、結局馬車で行くのと、そうスピードは変わらんよ」
「そっか。まぁ、それなら仕方ないな」
実際、せっかく買った馬車を腐らせるのももったいない訳であるし、なんやかんやで今のこの場の空気は、青年も嫌いではなかった。
視線を戻すと、少女は口元に微笑を浮かべながら座っていた。
「……楽しいことでもあったのかい?」
青年が声をかけると、少女は面いを上げて、しかし表情は変えぬままこちらを見てきた。
「いや、特別なにか楽しいことがあるわけじゃないんだけど……いや、やっぱり楽しいかな」
「そっか。それなら、なによりさ」
そう言って、青年も笑い返した。
その日の夜、カウルーン砦を旅立ってから、何度目かの野営が開始された。満天の星空を天井に、その下から焚き木こ粉が吸い込まれている。
「……それでは、不肖ジェニファー、一曲吹かせていただきます」
多少緊張しているのかジェニファーは大きく息を吸い込み、吐き出して、今度は小さく吸って、ハーモニカを奏で始めた。頑張って練習したのだろう、多少拙いながらもしっかりと曲になっており、だんだんと緊張もほぐれて来たのか、音の調子も滑らかになってきた。
そして二、三分が経過しただろうか、曲が終わり、ジェニーは深々とお辞儀をした。
「おぉー! ジェニー、結構やるデス!」
ポワカの方から感嘆の声があがり、女性陣はそのまま拍手をしはじめた。
「ふふ、いや、それほどでも」
褒められて満更でもないのか、珍しくジェニーははにかんだような笑顔を浮かべている。青年も遅ればせながら拍手を送った。
「いやぁ、音楽係を立候補してただけはあったんだなぁ。素直に感心したよ」
「あら、貴方が素直に褒めてくるなんて、気色悪いんですけど」
言葉は悪いが、顔はニヤけが止められていない。しかしこのまま増長させておくのも癪なので、青年は一つだけ思ったことを言う事にした。
「いや、ホント凄かったって……ただ、もうちょい明るい曲をリクエストしたいかなぁ、なんてな」
そう、なかなか上手かったのは確かなのだが、よく言えば抒情的な、しかし悪く言えば少々気の滅入る感じの曲だったのだ。もっとも流行りのブルースといえばそういうものなのかもしれないが、大人数でたき火を囲っているのだから、もうちょっと楽しい曲の方が場に会っているような気もしたのも確かである。
「……まぁ、キャンプファイアーで吹く感じの曲ではなかったことは認めます。ただ、今のが一番練習した曲なんですよ……しかし、リクエストとあらば」
女が背後を振り向くと、石の上に座っている従者が頷き返した。ブッカーがギターを拳でリズムよく叩くと、今度は二人の演奏が始まった。ジェニーの仕上がり自体は、成程、先ほどの曲の方が上だったのだろうが、ブッカーのギターがいい感じに誤魔化しになっていると言うか、ブッカーが合わせるのが上手いのだろう、違和感なく聞くことができる。二人の息はしっかりとあっており、何よりも先ほどよりもアップテンポな曲で、なかなか今夜の陽気な気分に相応しい曲になっていた。見れば、ポワカは楽しそうに小さく手を叩いており、クーも目を瞑って聞き入っているようだった。面白かったのはブラウン博士で、機械の体を揺らしてリズムをとっていた。
そしてもちろん、青年の隣に座るネイも楽しそうで――いや、どちらかというとうずうずしている感じだった。
「……知ってる曲?」
青年が小さな声で尋ねると、少女は小さくかぶりをふった。
「うぅん、そういうわけじゃないんだけど……なんだか楽しそうで、アタシも加わりたいなぁ、なんて」
その声は演奏している二人に届いていたのか、ジェニーとブッカーは演奏しながらもネイの方を見ている。
そして曲が終われば、再びポワカとクーによる拍手が始まった。
「……これで満足ですか?」
ジェニーが含みのある調子で、青年の方へ声をかけてきた。互いに似た物同士、思考はよく分かると先日言われたばかりで、どうやら青年もジェニーも同じことを考えているようだった。
「いやぁ、なんだかもう少し足りないような気がするね」
「あら、そうですか? でも、そうですねぇ……歌なんか加わると、もっと楽しいかもしれないですね」
言いながら、ジェニーはネイの方を見た。少女はしばらく相手の意図が分からなかったのか、少しの間茫然と女に視線を返し、しかし少しして察したらしく、今度は少女自身が自分を指さしながら驚きの声をあげる。
「あ、アタシ?」
「えぇ。歌、好きなんですよね?」
「で、でも……」
少女はおどおどとした調子で周りを見渡している。
(……以前あれだけ大勢の前で唄っておいて、今更人前で恥ずかしいも無いと思うんだが……)
そんな風に思って、青年は笑ってしまった。しかし、知っている人の前だからこそ恥ずかしいと言うのもあるかもしれない。
少女がまごまごしていると、恐らくさっきネイが唄いたそうにしているのを見ていたのだろう、今度はクーが声をあげてきた。
「そういえば、セントフランで舞台に立ってたアルね。上手かったヨ」
「お、お前!? う、うぅ……」
舞台を思い出させると曇るかとも思ったのだが、唄いたい気持ちの方が勝っているのかもしれない、しかし今度はもっと恥ずかしそうにしてしまった。
「ネーチャン、歌えるんデス!? ボク、聞いてみたいデス!」
「ぽ、ポワカまで……」
だが、この少女はポワカには甘い。というか、甘えられると断れない性質である。しかし踏ん切りをつけるまであと一歩というところか――そう思い、青年は背中を押してあげることにした。
「唄ってくれよ。俺、君の歌、好きだからさ」
「あっ……うぅ……」
少女は帽子のツバを下ろそうとしたが、現在被っていなかったことに手を動かしてから気付いたらしく、余計にバツが悪そうになってシュン、としてしまった。おかしい、青年の思惑とは裏腹に、余計に恥ずかしがらせてしまったらしかった。ジェニーなど「余計なことを」と言わんばかりの視線でこちらをみているし、クーはなんだか嬉しそうに手をワキワキしていた。
しかし、決心がついたのだろう、焚火の炎で頬を赤く染めたまま、少女は顔を上げて、ついで立ちあがった。
「ま、まぁ……皆がそこまで言うなら、しかたねーかな?」
「へへっ……ネイの嬢ちゃん、そんな風に言うとハードルが上がるぜ?」
いつもの表情で、ブッカーがネイに声をかけた。しかし、意外とそこの辺りは大丈夫だったのか、むしろ少女は胸を張った。
「ふふーん、そこに関しては結構自信があるからな……」
「お、そうかい? それじゃあ、演奏は任せな……曲は? ちなみに、知ってそうなヤツにしてくれよ」
「えぇっと、そうだな……それじゃ……」
「あぁ、その曲なら……お嬢?」
どうやら吹ける曲らしい、ジェニーは心得ました、という笑みをネイに向けた。
再び、ブッカーがギターを叩くと、軽快な前奏が始まり、そして少女の歌声が二人の奏でる旋律に乗った。どこまでも続く大地で、即席ながらも素晴らしい演奏隊が誕生した瞬間だった。薪の燃える音を拍子の代わりに、夜の暗闇を照らす様な、明るいメロディが続いている。
「……懐かしいの。エヴァンジェリンズの歌声」
気がつけばいつの間にか、博士が青年の隣へ移動してきていた。
「そっか、アンタは聞いたことがあったんだな」
「まぁ、彼女がもっと幼い時じゃったが……しかし彼女らが唄っている時だけが、スプリングフィールドが唯一輝いている時でもあった。もっとも、ネイが抜けてからは、そんな明るい時間も無くなってしまっておったがの」
表情は無いが、その代わり声色で、博士が今どんな気持ちになっているのか、青年にはなんとなくわかった。
そして音楽が終わった。少女がはにかんだような表情で辺りを見回すと、すぐさまポワカがネイの方へと駆けだした。
「凄い凄いすごーい! 凄いデス! ネーチャン凄いデスぅ!」
「い、いや、自信があるとは言ったけど、ポワカはちょっとオーバーすぎるだろ……」
「そんなことねーデス! ホント、感動しました!」
ネイの前でポワカがくるりと周り、今度は表情を一転、悩ましい様な、そんな顔になる。
「いやぁ、音楽っていいもんデスねぇ……なんか、ボクも演奏できるようになりたいデス! でも、楽器って難しそうですし……」
「そうですそうです、難しいんですよコレ」
ジェニーはハーモニカを掲げながらポワカに声をかけるのだが、残念ながらポワカの意識は完全にネイの方へ向かっていた。
「……私だって、頑張ったのに……」
「まぁ、歌の方が分かりやすいアルからねぇ」
クーがすぐさまジェニーのフォローに入った。さすが、気を使う女である。
「ねぇ、ボクにも何か出来ることないですかねぇ? 出来れば、すっごい簡単な奴で!」
「あ、あのなぁ……そういうおーちゃくしてると、成長しないぞ?」
妹分の調子に、嗜めるようなお姉さんの一言が入った。
「えー、でもでも、楽してかっちょよく演奏に参加したいデス」
しかしオコチャマの心には全然響かなかったらしい。だが、自分も加わりたいと言う女の子の意思は汲みとってあげたのか、ネイは何やら真面目に考えてしまっているようだった。
「うーん……それじゃ、一緒に唄ってみるか?」
「ふぁ!? でも、オンチだったりしたら恥ずかしいデス……」
「大丈夫、ジーンが言ってたんだ……楽しく歌えば、その気持ちは絶対に伝わるから。だから、ハッタリでもなんでも、歌に関しては自信を持つのが一番大切なんだって」
少女は少しだけ身をかがめて、ポワカの視線に合わせて優しい笑顔で言った。それに安心したのか、女の子の方も笑顔を返した。
「それじゃ、やってみるデス!」
「あぁ、それじゃあ歌詞を教えてあげるから」
「ワーイ、デス!」
二人は少し離れたところに座り、歌の勉強会を始めたようだった。演奏も一段落という事で、ジェニーはクーと何やら雑談をし始め、ブッカーは食事の片づけを始めている。
「……なんだか、のどかじゃのぉ」
先ほどからずっと青年の隣に座っていた博士が話しかけてきた。
「あぁ……なんだか、ぜんっぜん緊張感がないよな」
「うむ……しかし、こういうのも悪くないの」
博士はその機械の瞳で、ただこの優しい光景を見つめていた。
「あぁ……悪くないな」
青年の眼前に広がる暖かさは、半年前には考えられなかったような光景だった。ずっと一人でやってきて、しかし一歩踏み出して――ネイと出会い、全てが変わった。変な奴らばっかりだが、しかし皆それぞれいい奴で――こんな時間が何時までも続けばいいのに、青年はそう思った。
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