誰が為に鐘は鳴る -For Whom the Bell Rings-

第16話 誰が為に鐘は鳴る 上

16-1


「……にーちゃん、随分と買うんだねぇ」


 青年、ネッド・アークライトが籠いっぱいに詰めた商品をカウンターに乗せると、椅子に掛けたままの老店主が訝しがるような視線を向けてきた。それもそうか、何せこちらには自分と、後一人、赤みのかかった黒髪の東洋女の二人しか居ないのだから。まさか六人分の食料を買いに来たなどと、思っていなかったのだろう。


「まぁ、腹をすかせた連中が、たくさんいるんでね」

「なるほど……あんた、隊商か何かの下っ端か? ウチの店も、昔はそういった客で賑わったもんだがね……いまは、随分と減っちまったよ。アレのせいでね」


 店主はどこを見る訳でもなく、ただ商品の勘定を始めた。しかし、アレとは青年にもすぐに分かった。視えずとも、音は聞こえる。駅に止まる、汽車の汽笛の音だ。


「……しかし、鉄道屋の親分、行方不明って話だからな。もしかしたら、開発が止まれば……占めて、20ボルだよ」


 店主は勘定をすませて、青年の方を見上げて来た。


 カウルーン砦から出発して二週間ほど経っているが、シーザー・スコットビルは結局発見されていないらしい。それ自体は自分達にとって大層な朗報であるのだが、彼がいないことによる混乱もまた大きいようだった。それもそのはずで、大陸屈指の資本家にして実業家で――彼の裏の顔が世間に知られておらずとも、表の活躍だけでも国が動くほどなのだ。これがまだ、死期が分かっていたならば、様々に対策を打っておくことも出来たのだろうが、今回のは突然の失踪という扱いになる。そう考えれば、彼がやっていた事業が一気に停滞し、社会が混乱するのも致し方ない話なのかもしれない。

 しかし、その失踪の直接の原因を担っているはずの青年は、なんだか妙な気分だった。自分がそんな大混乱の引き金を引いてしまったのは勿論だが、なんだかヤツを倒せたという実感も無いのだから。


 ともかく、今はこちらが財布も出さずにつったって訝しがる店主に、金を渡さなければならない。青年は財布から二十ボル取り出し、店主の手に渡して返事をすることにした。


「いや、残念ながらそう上手くはいかないだろうさ。人間、一度便利なもんを覚えちまったら、我慢できなくなる……スコットビルが居なくなっても、誰かが跡を継いで、そんで鉄道ももっと発展するだろうよ」

「はぁ……そんなこたぁ分かってるよ。ただ、ウチみたいな時代遅れの店が生き残るのに、ちょっと希望を持ったって、バチは当たんねえだろう?」


 店主はため息を吐き出しながら大きくため息をつき、机の下から紙袋を取り出して中へ雑貨を乱暴に突っ込み始めた。


「……もしかすっと、何時かは買い物だって、こんな形じゃ無くなるのかもな。オレのようなジジイは、ただ時代に取り残されて、寂しい想いをしておっちんでいくんだろうさ」

「おいおい……やめてくれよ。客にそんな辛気臭い話するもんじゃねぇや……ともかく、そうだな……時代ってのは、変わっていくんだよな」


 自分で話していてなんとなく、青年はそんな風に思った。


 ソルダーボックスへ向かう旅の途中、高額賞金首連中でまたぞろと汽車に乗る訳にもいかないので、青年達は現在馬車で移動中であった。この辺りはまだまだ西部と北部、南部との中継点という感じで、牧歌的な雰囲気が続いているのだが、それでも外にはセントフランでも見かけたような電波塔とやらが立ち並ぶ風景は、少しずつ、ゆっくりと、だが確実に時代は変わっていっているらしいことを象徴していた。今でこそ、まだ国民戦争の残滓として、西部には犯罪者がはびこっているものの、そのうち法が整備され、警察機構がしっかりしてくれば、自由気ままな西部の生活だって、そのうち終わりを告げるだろう。


 今は、まさしく時代の過渡期なのかもしれない。懐かしいものだって、どんどん無くなっていって――。


「……にーちゃん、大丈夫か?」


 どうやら荷物が詰め終わったらしい、老人が声をかけて来た。


「あ、あぁ……色々と、妄想する癖があってね……ともかく、長生きしなよ。生きてりゃいいこともあるかもしれないんだしさ」


 青年は大きな三つの紙袋のうち、一つを左腕に抱え込んだ。


「……おい、クー。後はお前が持ってくれよ」

「仕方ないアルねぇ……」


 やれやれ、と言った調子で、クーが残りの二つを軽々と持ち上げた。しかし、役得というか人徳というか、コイツは飄々としているが嫌味は感じられない。かなり人を見ていて、それで意外とその場に即した行動を取ることが出来る奴らしい。二週間ほど行動を共にしてみて、それはよく分かっていた。


「お、そっちの東洋人、女なのにすっげぇ力持ちだな。それで雇ってんのか」

「ま、そんな感じさ……そんじゃな」


 青年は踵を返し、空いている右手で扉を開けて外へと出た。すでに右肩はそれなりに回復しており、もう少しで完治しそうであったが――複雑骨折がこの勢いで回復するのだ、やはり博士の言っていたことは、信ぴょう性があるのかもしれない。


「……まったく、女にこんな重い物を持たせるなんて、男の風上にも置けない奴アル」


 重いと言う顔など一切せず、隣を歩くクーが声をかけて来た。


「それなら、もうちょっと辛そうな顔の一つでもしろよな……こっちは怪我人なんだから。というか、ヴァンだったら持ってくれるのかよ?」

「いやいやー。あの方はワタシの上司アル。こんな重たい物を持たせるなんて出来ないヨ」


 クーは両腕がふさがっているので、腰をくねくねさせながら顔を赤らめている。


「はぁ……あんな仏頂面野郎の、果たしてどこがいいんだか」

「イケメンだったら、無表情もクールに、無口も思慮深いに様変わりアル」

「成程ねぇ……俺みたいのには、肩身が狭い世の中だ」

「何を言うアル。一人でも惚れてくれる相手がいりゃ、それで十分。そうでしょう?」


 クーは急に真面目、とまではいかないまでも、おどけた感じは抑えた笑顔で青年を見ている。


「いや、その通りだ……でも、お前さん、どんだけマジなんだ?」

「ワタシは何時だって大マジアルよ?」


 そんな風に返されて、成程、こいつは自分と同系統の人間だ、青年はそんな風に思った。


「真面目にさ。アイツの事、真剣なのか?」

「うーん……ま、真面目に言えばそこまで、かな。いや、本気は本気なんだけど、結構憧れっていうか、尊敬って言うか、そういう気持ちが強いから……別に振り向いて欲しいとかって言う気持ちは、正直あんまりないの」


 一応青年の質問に真面目に答えてくれたのだが、どちらかという独白のような、どこか諦めたような調子であった。

 しかし、自分もなんでこんな質問をしてしまったのか――すぐに答えは分かった。多分、自分はクーの想いというより、この五年でヴァンがどう変わったのか、それを知りたかったのだろう。


「あのさ、お前から見てヴァンって、どんなんだ?」

「……成程ぉ、お前が知りたかったのはそれアルね?」

「うん、なんかすまん」

「いやいや、構わないアル。旧友のことが気になる、当たり前ネ。ま、帰りの暇つぶしに、ちょっくら話をするヨ」


 別段、不機嫌になった訳でもないらしい、クーは涼しい笑顔で続ける。


「それで、そうね……あの人は単純に、この国の未来を考えている……ちょっと違うかな、ともかく、誰かが犠牲になる様な、そんな世の中を変えたいって。無口で冷たく見られがちな人だけど、心は誰よりも熱い人よ、あの人は」


 青年にとっては、納得半分、意外半分ってところだった。昔のヴァンは、どちらかというと引っ込み思案な男だった。無口で強いというのは、なんだか青年の心の中のイメージとはかけ離れているのだが――だが、またどことなく芯の強さは感じていたし、結構頑固な所が合ったのも確かだった。

 しかし、五年前のあの日に、彼が受けた心の傷、そしてそれを乗り越えようと走り続けた時間が、今のマクシミリアン・ヴァン・グラントを生んだのだろう。そう考えれば、あの強さにも納得だったし――最初から、強さを持っている男だったのだ、アイツは。


「成程ね……俺なんかとは、エライ違いだ」


 師匠と居る時にも感じたが、その日暮らしでのうのうと生きてきた自分とは、覚悟が違う。そう納得せざるを得なかった。


「うんうん、そうアルそうアル。お前は駄目の駄目駄目のヒモ野郎アルからねぇ」


 両腕の大きな袋の間で、クーの首が大げさに縦に動いた。しかし少しすると、ふ、と、女の顔が憂い顔になってしまう。


「でも、アナタはそれで、別にいいと思う……グラント様は、逆に危うさがあるもの」

「……うん? どういうことだ?」

「あの人は、自分の血筋であるとか、使命であるとか……そういうのに、とらわれ過ぎている感はあるから。いつも張り詰めていて、ふとした時に折れてしまいそう……そんな、危うさがあるのよね」


 そういうクーは、本当に彼のことを心配しているようだった。そう、この女はこういう奴だ。お茶らけているが、本当はかなり気を使っている。誰よりも人を見ているから、色々なことに良く気付く。単純に言えば、結構いい奴なのだ。


「……だから、ワタシはこうやっていい加減な振りをしてるアルよ」


 そう、おどけて見せるのも、こちらが変に重くならないようにするためだ。それならそれで、こちらも合わせてやるのが筋というものだろう、青年はそう思った。


「成程? でも、今はアイツがいないんだから、もうちょっと真面目になってくれてもいいんだぞ?」

「それはそれ、これはこれアル」


 その後も適当な会話を続け、街の入り口に繋いでいた馬、少女曰くホーちゃんに乗り、草原に出た。

 しばらく行くと、少し入り組んだ地形の一部、岩場の方まで馬を走らせる。するとその先に、馬の繋がれていない一台の幌馬車が止められていた。

 そしてその馬車の前に、二人の女性が座っている。一人は目も耳も良い、だからこちらが戻ってきたのにすぐ気付いてくれたようで、立ち上がって手を振ってくれていた。


「……おかえり、ネッド」

「あぁ、ただいま、ネイ」


 笑顔で迎えてくれた少女に対して、やはり青年も笑顔を返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る