16-3


 目的地のソルダーボックスまでは、まだまだ距離がある。馬車で行くには、まだ何日も何日も――しかしそれは、それだけ青年にとっての楽しい時間が続くと言う事と同義だった。


 中央平原を抜け、青年達は西部に比べると自然豊かな土地へと足を踏み入れた。季節は既に秋に差し掛かっており、遠景の山々など、幾許か葉の色を変えていた。荒れ地の多い西部とは言えども、紅葉が見れない訳ではないし、その光景がまったく新鮮と言う訳でもない。だが、やはり心許せる人たちと見るこの景色は、青年にとって見たモノ以上の価値があるように感じられた。

 旅先ではやはり、物資が無くなれば馬車を止め、青年とクーで買い出しに行くという流れが続いていた。普通は関所になっていて超えられない川は、夜な夜な青年の繊維で橋を作ることで渡ったりした。

 基本的には青年が表に座って馬車を運転しているため、たまに旅の者にすれ違う時も襲われることはほとんどなかった。ただ一度、青年達が出払っている時に賞金稼ぎと出くわしていたらしい、買い物から帰ってみれば何名かの男たちがのされていることがあった。そもそも、普通にやりあったら一人で並の賞金稼ぎなど十人かかって来ても問題ないような実力者が揃っているのだ。むしろ、目の前の賞金につられて挑みかかった連中の方が不運であったであろう。

 大人数で稼ぎも無い状態だが、金の心配は無く、カウルーン砦を出奔する際に不便が無い程に渡されていたのが幸いだった。そんなだから途中の買い物で、「ワタシもちょっと参加してみるアル」などといい、クーも打楽器を買って演奏に参加するようになった。なんでも楽器が出来るブッカーが、クーに叩き方を教え、そして呑みこみもいいのだろう、数日もすれば様になってきていた。ポワカの唄も、流石エヴァンジェリンズなのかなかなかに筋が良く、まだ拙い所があるものの、何より楽しそうに唄っているので、青年も聞いていて心地が良かった。


 これは、そんな旅路の一つのシーンである。太陽が丁度空の真ん中に輝く時間、馬車を止め、昼食の準備に取り掛かっている所だった。食事に関しては、ブッカーとクーが腕が良いので、青年はお役御免となった。ついでにネイは、二人から少しでも技術を盗むべくアシスタントをしているらしい。ポワカと博士はブッカーの武器の開発や、その他技術系の開発に忙しいため――自然、青年とジェニーの手が空き、二人で近くの湖まで水を汲みに来た所であった。


「……そういや、次の目的地のライトストーンってさ」


 青年がそう言うと、溢れる木漏れ日の下、桶に水を組みながら南部女は静かに頷いた。


「えぇ、私の故郷です」


 そう、ライトストーンはソルダーボックス州の一地域。その中でも、国民戦争時、最大の戦闘が行われた場所でもある。そうなれば、当然一番死傷者を出した場所でもある。青年も水を組みながら――もう、大分肩も回復している――話を続けることにした。


「故郷へは、何年ぶりだ?」

「実に、十年ぶりですね。これが初めての帰郷になります」


 まさか、こんな形で戻るはめになるとは、思ってもいなかったですけど、ジェニーはそう苦笑いしながら続けた。


「本当は、故郷へ錦を飾る形で帰りたかったのですけれど……」

「いやぁ、里帰りなんて、そんなもんだろ。だって、調子が良けりゃ、帰る理由なんて無いんだからな。困った時に頼りになる場所、それが、帰る場所なんじゃないか?」

「ふふ、そうですね……そんなものかもしれません。まぁ今回の場合、困って帰るのとは、ちょっと違いますけど」


 少々自虐的だが、ジェニーは笑った。しかし、すぐに憂いた表情で、なんだか遠くを見つめた。


「……でも、元大地主の兄妹が、揃って高額賞金首なんて、とんだ皮肉ですよね」

「うーん……でも、意外と受け入れられるんじゃないのか? 実際、アンブッシュゲリラは南部に支持されてただろ?」


 ジェニファーの兄、ジェームズ・ホリディは賞金首ながらに味方も多かったのである。それは、北部に相対するという意味合いで、彼らに疑念を持つ人々からの支持があったからこそ、長年活動を続けることが出来ていたのだ。


「そうですね……でも、事態はそう簡単じゃないと思います。兄の主戦場は西部でしたから、南部の方々の中でも兄を支持する人たちが、援助をしていた……しかし、南部には同じくらい、私たちに恨みを持っている人たちだっているはずなんです」

「……褐色奴隷ブラウニー、か」


 元奴隷階級達も、単に言いきることが出来ないほど、その思想のあり方は様々である。所謂北部の反奴隷の世論を高めた女流作家の小説のように――本来はアレの内容の様に、良い地主も居れば悪い地主もいて、褐色奴隷にも様々な境遇の者が居たはずだ。ブッカーのように良い主人に恵まれたのならば、解放宣言の後も元地主階級と協力できる者だって居るし、しかし反対ならば――。


「そう、事態は単純じゃないんです。褐色奴隷の方々もそうだし、また、彼らの社会進出を恐れる集団も居るとのことで……」


 青年も聞いたことがあった。白い布で顔を覆う秘密結社の存在――いや、青年が西部に居ながら知りえる位なのだから、そんな極秘の存在でもないし、それこそ現在自分たちが敵対している連中に比べれば脅威ではないのかもしれないが――しかしこれは、あくまでも青年目線の話である。こちらまでその話が来ると言う事は、かなり大々的に褐色肌に対する迫害もあるのだろうし、それは、ジェニファー・F・キングスフィールドの夢と正反対を往く光景であろう。


「私は、怖かったのかもしれません。故郷が今、どんなふうになっているのか、それを見るのが……」


 桶を片手に立ちあがり、空いている方の手で後ろ髪を撫でながら、ジェニーは目を瞑っている。その瞼の裏には、果たしてどんな光景が浮かんでいるのだろうか。


「ま、しんみりしても仕方ありません。戻りましょうか」

「あぁ、そうだな……」


 青年も左手に桶を持ちながら立ちあがり、十月ののどかな森の中を二人歩いて戻ることにした。木漏れ日の明るい道の途中で、二人は話を続ける。


「とりあえず、端的に言えば要人暗殺しようって訳ですから、その段取りをしなければなりませんね」


 淡々とした調子で、ジェニーが言った。そう言われると、自分たちのやろうとしていることが急に物騒な物に感じられた。しかし、身の潔白を証明するにも、今後のためにも――詳しいことは分からないが、どうやらその親玉が国民戦争を長引かせた張本人らしい、のさばらせておいても碌なことにならないのは目に見えているのだ。


(……でも、あの子の手だけは……)

「ネイさんの手だけは、汚させたくない……そんな風に考えているのでしょう?」


 思っていたことをそのまま言い当てられて、青年はドキリとしてしまった。


「なんだ、お前、読心術の能力まで持ってるのかよ?」

「えぇ、その通りです」


 向こうは無い胸を突き出してえっへん、といった調子だ。


「お前がそういうのやっても、ぜんっぜん可愛くないな」

「あら、むしろ貴方に可愛いだなんて言われた方が気持ち悪くて……でも、貴方の考え自体は否定しませんよ。ただ、トドメを指せる人間が、手を下すしかないです。当日は、相当な警護が予想されます。そうなれば……」

「……あぁ、分かってるよ」


 あの子は狙撃の腕も良い。ともすれば、一番暗殺向きの技能を持っているのは他でもないネイなのだし、況や狙撃でなくても、「殺す」ことに関してはあの子が抜きんでているのだ。


「自分の情だけで、我がまま言う訳にはいかないってことはさ……俺も、分かってるよ」

「えぇ……でも、繰り返しになりますけど、確かにネイさんにやらせること自体は、私だって心苦しいですよ」


 そういう女の声は、確かに真剣な物だった。コイツは、結構根っこは熱くて良い奴だから――しかし、それ以上に現実的な考えをしているだけだ。


「しかし、狙撃をするにしても、ちゃんと狙える位置があるかどうか……」

「その通りです。だから、段取りをしないとって言ったんですよ」


 少女の目が如何に良いと言っても、キロメートル離れれば当てるのは不可能だろうし、後はその要人とやらが立つ位置を、足がつかないように狙える位置があるのか、色々調べる必要はあるだろう。

 しかし、自分たちは――自分は、一応違うのだが――大陸全土から指名手配されているお尋ね者だ。もちろん、青年はある程度自由に動き回れるし、調査に周るのも良いのだが、それでも何かと限界はあるだろう。まず、当日まで安全に潜伏できる場所だって欲しい訳である。


「……なぁ、ライトストーンに、頼りになりそうな知り合いとかはいないのか?」


 青年の言葉に少し先を行っていたジェニーが振り返った。その顔は、別段困っていると言う物でもなく、安心させるような笑顔でもなく、無表情という訳でもなく、強い手を言えば、仕事モードの時の顔だった。


「正直、私の方は微妙ですね。何分、わざわざ故郷の旧知と文通でもしていたわけでもないですし……でも、ブッカーの古い知り合いを尋ねてみることは出来そうです」

「成程。それじゃ、ソイツに頼んでみるか」

「そうですね……協力出来れば、心強いです」


 そこでジェニーは話を区切り、葉の向こうに広がる青空を見上げた。


「そう、先住民や東洋人とだって手を組めたんや。きっと……」


 女は、そう一人ごちた。その声色は、少し不安があるような、しかし何か確信があるような、そんな調子だった。

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