明日に向かって撃て!! -Ned Arkwright and Nei Springfield Cogburn-

第27話 明日に向かって撃て!!

27-1


 ◆


 少女の銃剣から薬莢が飛び、一体のアンチェインドが灰へと還った。


「ちぃ、またぞろと!!」


 返す刃、トリガーを引きながら背後に迫るもう一体を、神速の太刀で両断した。


「アイツの目論見は、潰せたんじゃないのか!?」

『大丈夫よ、ネイ。ブランフォードの目論見は間違いなく潰したわ。でも……』


 少女は目の前に迫ってきている、爬虫類とも人とも付かぬ化け物の爪を刃で受け止めながら、母の続く言葉に耳を傾けた。


『大いなる意志が震えているよう……魂を掌握できずとも、何かしでかす気なのは、間違いないでしょうね』

「ちっ……アイツ、リサの体を使って!!」


 少女は相手の腕を弾き返し、そのまま相手の心臓がある位置に銃剣の切っ先を押し当てた。


「……せめて、安らかに逝けよ」


 相手は魂の無い抜け殻、ヘブンズステアの言うことだけを聞く人形というのは分かっていても――せめて、最後に祈る者が居てもいいだろう、少女はそう想い、引き金を引いた。

 周りを見ると、グラント、ジェームズ、ヒマラー、カウルーンの拳士二名が、各々アンチェインドを殲滅しきっているところだった。ちなみに、腕を砕かれたオリクトは、既にブラックノアの方へ向かっている。


「……ともかく、早くアイツを止めないとな……コグバーン?」


 少女は銃剣の合成を解き、リボルバーの再装填をしながら、周りに聞こえるように


『フィフサイドでのアイツの力を見る限り、戦闘が素人でも、破壊する力は本物、生半可に戦力を投入してもぶっ壊されて終わりだ。それに、内部にアンチェインドが解き放たれたんだってんなら、ブラックノアの乗船員達だって護らなきゃならねぇ』

「あぁ、そうだよな…………!?」


 再装填が終わった瞬間、上から一体のアンチェインドが飛び降りてきた。もちろん、それ自体は予見できていたのだが、こちらには対応できる高威力が無い――だが、その不安も、一発の銃声がかき消した。


「……お兄様とヒマラー、カウルーンの拳士達は、スコットビルとフェイ老子を連れてブラックノアに戻ってください。後は私達が……私達ワイルドバンチが、決着をつけて来ます」


 立ち上る硝煙と共に、ジェニファー・F・キングスフィールドが、凛とした声を円形空間に響かせた。その傍らに居るはずの褐色の従事者の姿は無く、代わりにポワカが女のコートの裾を握っていた。そして妹の言葉にいち早く、ジェームズ・ホリディが頷いた。


「……私の足では、厳しいだろうからな……しかし、ポワカ・ブラウンは?」

「ここに昇ってくるまでに相談しました」

「……ボクは、エヴァンジェリンズとして、いいえ、ここまで仲間と、最後まで一緒に行きたいんです。それに……」


 ポワカはそこで、ポーチから懐中時計を取り出し、それをジェームズに見やすいように少し掲げて見せた。


「ボクには、トーチャンとの絆があります……戦う力は弱くても、決して足手まといにはなりません」


 ポワカの言葉は、事情を知る者しか分からなかっただろう、少女はフォローに入ることにした。


「ポワカの言ってることは、本当だよ。さっきの空中戦だって、ポワカがブラウン博士の力を引き出さなかったら、アタシ達は今頃、空の藻屑になってたんだから」


 少女の言葉に、ジェームズも、周りの面々も納得してくれたようだった。勿論、世界を相対的に遅くするといっても、あの子自身の戦闘力の無さを鑑みれば、連れて行くのは実用的な面から見れば誤っているのかもしれない。それでも、ここまで一緒に頑張ってきたのだから――単純に、一緒に往きたい。少女も、周りの面々も、同じように考えているに違いなかった。


「分かった、それでは最後に……クー、君の具足の修理を」

「えぇ、お願いネ」


 ジェームズがクーの具足を修理している間に、スコットビルがジェニーの方をじっと見ていた。男の顔は毅然としており、卑屈なものは一切感じなかったが――それでも従者を屠った自分を主人がどう思っているのかは気になったのだろう。しかしそれに対して、主人は後ろ髪をかきあげて笑った。


「……貴方は、勘違いしているのではないですか? 彼は、自分の意志で死に場所を選んだだけ。貴方は、たまたまその片棒を担いだだけに過ぎません」

「はは、手厳しい……思い上がるな、ということか」

「そういうことです……それに、まだ彼には働いてもらう気ですよ、私は」


 そう言って、ジェニファーは少女の方に振り返り、不敵に笑った。


「え、え、でも……」

「魂の荒野では、自らを規定するのは他者……面識がある者がその手を取れば、記憶を取り戻すことが出来るのでしょう?」


 少女はそこで、やっとコグバーンの言っていたことの真意に気づいた。成程、ブッカー・フリーマンとコグバーンは、確かに面識があるはず。そして、ジェニーは男の棺おけの――亡骸ではなく、中に入っているのは発破だが――前に膝を付いた。


「……それ、持ってくのか?」

「えぇ、私には背負う義務があります……ふんがー!!」


 途中まで格好良かったのに、掛け声は最高に間抜けだった。輝石の力を使って、それでなんとかギリギリ、ジェニファーは鋼鉄の棺を持ち上げた。


「……いや、持ってけるのか?」

「も、持って往きますとも……クソ、ブッカー、無駄に重いものを背負わせおって……」


 無駄に背負っているのはジェニー自身なのだが、それでも、そう、ブッカー・フリーマンだって、ここまで一緒に戦ってきた仲間なのだから――そして何より、大切な物を背負っていくジェニーの努力はきっと無駄であって無駄じゃない、少女はそう思った。


 次いで、ポワカが少女の方に、てこてこ、と歩いて来る。気が付けば、以前と比べて、この子と視線が変わらなくってきている気がする――あまり視線を下げることも無く、ポワカが神妙な表情をしていることに少女は気づいた。


「……ネッドは、どうしますか?」


 その言葉には、色々な意味が込められていただろう。青年は無事なのか、そして、少女自身は大丈夫なのか――だが、ジェニーが首を振って、ポワカと少女の話を止めた。


「確認している暇も惜しいです」


 何を確認するのか言わないのは、ジェニーの優しさだったのか、リアリストな一面だったのか、しかし、わざわざ確認しに行かないのは、少女も同意だった。先ほどから、青年の魂をほとんど感じられない――それでも――。


「大丈夫……ネッドは、絶対に来るよ。だから、行こう?」


 そう、絶対に、自分のところへ来てくれると、約束したから――ネイの言葉に、ポワカも憂い顔を一転させ、力強く頷いた。


「……そうですね、ネッドは、絶対に来ますよね」


 ポワカがグラントの方を向くと、男はただ、両腕を組んだまま黙って頷くだけだった。わざわざ言葉にするまでも無い、そういうことなのだろう。


 クーの具足の修理が終わり、ブラックノアに戻る面々は通路の奥へと行った後、少女は改めて、残っている面々に向き直った。


「皆……多分、これが最後の戦いになると思う。どうか……アタシの父親が始めた、この国の悲劇を終わらせるのに、力を貸して欲しい」


 少女は一度、胸に右手を置いて眼を瞑り、大切な人の魂を感じ取ろうと意識を集中させた。少女が繋いだ二つの魂、どちらもほとんど消えかけていているけれど――まだ、消えていない。少女は顔を上げて、改めて回りの面々を見回した。


「そしてどうか、リサを……アタシの妹を助けるのに、力を貸して欲しいんだ」


 ジェニー、ポワカ、クー、グラントの四人が力強く頷き返してくれ、少女はギャラルホルンの心臓部へ通じるエレベータの扉へ向き直った。


「よし……それじゃ、行こう、皆!」


 一同はエレベーターに乗り込み、少し上昇し始めると、少女は異変を感知した。ポワカも何かを感じているのか、ネイのポンチョの裾を掴んでいる。


「……ネーチャン」

「うん……この感じは……」

 

 そして、エレベーターの扉が開いた瞬間、その奥には無限の荒野が広がっていた。コグバーンたちに伝え聞いた話では、本来ここには、大いなる意志に還る魂たちが列を成しているはずなのだが、今はその姿は見えない。恐らく、真の意味でこの世とあの世の境界線上に位置するここは、完全にあちらでもないし、こちらでもない。物質と霊的な存在とが混在する、異空間――こちらの影響も受けるし、あちらの影響も受ける空間、それを作り出しているのは――。


「……来たか、サカヴィア、ネイ」


 そう、この荒野に不釣合いな機械の傍らに立つ一人の男の魂――ブランフォード・S・ヘブンズステアが作り上げた空間に他ならないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る