15-6


「……おぉおおおお!」


 まず当初の予定通り、少女がスコットビルに対して突撃した。


「ふむ。当たれば即死。久々に神経をすり減らす闘いが出来そうだ、が……」


 だが、その神経をすり減らすことすら楽しいのだろう、スコットビルは笑っている。男はこの場に似合わぬゆっくりとした足取りで机の方へと歩いて行き――。


「もらっ……」

「ふっ!!」


 少女の銃剣が突き刺さる前に、スコットビルは軽く跳んで、机の端に踵を落とした。結果、丸机が浮き上がり、少女の銃剣は机に刺さって終わった。


「なっ……!?」

「乱戦の中で、君が出てくると面倒だ。故に……」


 着地の力を使って回転し、スコットビルはアスターホーンの刺さったままの机に向かって靴の踵を横から蹴りいれた。あの男の力で蹴られたのだ、当然机は粉々になり――武器を持っている手にもそれなりに衝撃が来ただろうし、何より驚きで、少女の動きが一瞬止まった。


「後回しにさえてもらうよ。好物は、最後に食べるタイプなのでね」


 木片の飛び交う中、いつの間にか少女の背後に移動していたスコットビルの手刀が、少女の首の後ろに入った。


「がっ……!?」


 恐らく、延髄切りというヤツか。少女は意識を失って、その場に倒れてしまった。一応、ネイの身を生け捕りにする意思もあるということに違いない。


「……隙アリッ!!」


 倒れ行く少女を見守っているスコットビルの奥から、クーの飛び蹴りが襲いかかる。具足には炎を纏っており、アレならば多少はダメージを入れられるかもしれない。

 だが、そんな幻想は儚く散った。男は左腕を上げ、クーの一撃を事もなげに受け止めてしまった。


「うむ。若い割には良い攻撃だ」

「くっ……まだだ!」


 クーは男の腕を起点に体を捻り、宙で回転するとそのまま今度は踵落としへと移行した。それと同時に、追いついたブッカーが、男の至近距離でケースの頭を構える――アレは、散弾銃だ、当たりさえすれば――だが、スコットビルはともかく早かった。クーの踵を容易に掴み、後はそのままブッカーの方へと女の体を投げた。二人は小さく呻きながら、屋内の壁に激突した。


「さて……次は誰だね?」


 踵で汚れた掌をはたきながら、スコットビルはこちらを向いてきた。男の背後では、まだまだ気力のあるクーとブッカーも立ち上がっているが――ともかくネイが落とされた以上、コイツを倒せる可能性があるのは屋内のあのバリスタか――そうなれば、こちらへ、バルコニーの方へアイツをおびき出さなければならない。


「……そんじゃ、おっかなびっくりに相手させていただきますよ」

「ふむ……それでは、ダンバーの弟子の力、見せてもらおうか」

「……何? くっ!?」


 この男、何故自分がダンバーの弟子だということを知っているのか――などと思っているうちに、スコットビルが一気にこちらへ駆け寄ってきた。あれこれ考えている余裕などない、ただ修練を思い出し、目の前のことに集中する――青年は震脚し、気を高め、男の拳を両腕と強化した繊維とでガードした。


「う、ぬぅ!?」


 恐ろしい力だったが、どうやらガードには成功したようで、腕に痛みは残っている物の、なんとか後方へ吹き飛ばされるだけで済んだ。


「ほぉ……今の一撃で原型を留めてるか」

「……俺だってなぁ、日々進化してるんだよ」


 しかし、危なかった。屋上の止め石に踵が辺り、なんとか止まった物の、下手に吹き飛ばされたらそのまま落下してしまう――などと青年が考えているうちに、屋内から再びクーが飛び出て来た。


「ほぁちょ……ちょ!?」


 残念ながら先ほどと同様に、クーは綺麗に足を取られてしまった。


「飛ぶのは好きかね?」

「そうでもないアルねぇ……」


 素晴らしいまでの苦笑いで、クーはスコットビルに掴まれている。


「まぁ、そう言わずに……そら!」

「ほぁああ!?」


 クーの体が放り投げられた。幸いにして青年の側に飛んできたので、すぐさま青年は紐を伸ばし、空中を跳んでいくクーの体に巻き付けた。


「た、助かったアル!」

「言ってる暇があるか! 働いてもらうぞ!?」

「ちょっ!?」


 青年はそのまま宙に浮かぶ女の体に背を向け、再び震脚し、一本背負いの要領で紐を思いっきり引っ張った。


「ぬぉおおおんどりゃぁああああああ!」

「うひぇえええええ!? こうなりゃ、ヤケクソアルぅうううう!!」


 どうやら察してくれたらしい、クーは再び脚に炎を纏い、青年に放り投げられてスコットビルへ突撃した。


「ぬぅ!?」


 流石に予想外の攻撃だったのか、今度ばかりは女の脚を取ることが敵わず、スコットビルは両の腕を交差させてガードした。紳士の体が後ずさり、袖が炎で燃えている。クーはそのまま両足で更に腕を蹴り飛ばし、宙返りをしながら綺麗に着地し、そのまま青年の方に振り向いてきた。


「お、お前! 女のことをなんだと思っていやがるネ!?」

「ホラホラ! 言いあってる暇は無いぞ!?」


 青年が後ろを指すと、クーは振り向いて、すぐさま「うひょお!?」とかいう甲高い声を上げながら、スコットビルの拳をかわした。


「ふふ……今のはなかなかだった」


 クーがそのまま後ろに跳んで青年の隣に並ぶと、スコットビルは腕を振り、炎を消して、上着のボタンに手をかけた。


「なかなかどうして、君たちの様な者の方が、私を驚かせてくれるものだ。強者は驕り高ぶり、自らの力を過信する。私とて、その例外ではないだろう」


 そして上着を脱ぎ捨て、今度はタイを緩めて肌着の一番上のボタンをはずす。しかし同時に、スコットビルの後ろでジェニーが何やらせっせと走りまわっていた。


「多くの弱者は、いつも自らの不運を嘆いて終わる。豊かな土地に生まれればと、裕福な家に生まれればと。自分が不幸なのは、誰かのせいだと嘆いて、救ってもらう事を何時だって待っているのだ」


 男の話は半分に、青年は気付かれないようなんとか奥を盗み見た。成程、やりたいことは分かった――後は、自分が少しでもこの男を釘づけにするのみである。


「だが、時に君たちの様な者も現れる。己を知り、弱さを呪い、しかしそれでも歩みを止めぬ者。頭を使い、知恵を絞り、そして勝利を掴もうとする者。それこそが、勇気ある者だ。私はそれを称賛する」


 青年が視線を戻すと再びパイプから煙を吸い――そう、パイプに刻まれている文様が光っている、アレこそがあの男のシリンダーなのだろう。


「……それで? 次はどんな手を見せてくれるのかね? よもや……」


 その瞬間、スコットビルが裏拳を放った。それは、後ろに目でもついているのではないかと思うほど、ジャストなタイミングで――いや、きっと自分の眼の動きでばれてしまっていたのだ、巨大バリスタより撃ちだされた巨大な弾丸は、男の拳によって粉々に打ち砕かれてしまった。


「これで終わりと思われるほど、私を見くびっている訳でもあるまい?」


 奥で、ポワカとジェニーが唖然とした表情をしている――きっと自分も、そんな顔をしているだろう、青年はそう思った。


「……そうだな。いや、これからが本番だぜ」


 せめて強がりに、青年は努めて笑顔でそう返した。


「……仮に虚勢であっても、折れぬ意思は、やはり称賛に値するよ」


 有難くない笑顔を返してくれ、スコットビルは再びこちらへ突撃してきた。


 ◆


 ジェニーの近くで、ポワカが部屋の中を見回し始めた。


「……もう、弾になりそうなものって……」


 そう、なんとか部屋の中の木材をかき集めて圧縮し、金属を重心に木材でコーティングした弾丸を撃ち込んだのだが、いとも容易く打ち砕かれてしまった。部屋はジェニーが色々とかき集めたため、床も壁も禿げあがり、ボロボロになってしまっている。


「ともかく、オレは向こうへ!」

「え、えぇ、頼むでブッカー!」


 呆けていた自分とポワカをしり目に、ブッカー・フリーマンは外へと駆けだした。既に外では、ネッドとクーがスコットビルと戦っており――むしろ、戦況は良くない。完璧に押されているようだった。


(くそ……どうする、どうするんや、私!?)


 自分の作った弾丸は、結局スコットビルに届かなかった。気は動転している、というほどではないものの、しかし何も良い策が思い浮かばず――結局、だんだんと慌ててきてしまった。


「……こうなれば、私も加勢して……!」

「や、やめておけジェニファー! お主が行った所で……!」


 博士に止められ、足は止めた。ネイや兄と勝負し、近接戦闘に自信が無い訳ではないが、自分の攻撃力ではスコットビルをどうにかできるとも思えないし、また、あの化け物相手には流石にどうこうできる確証も無い。むしろ、驚くべきはネッド・アークライトかもしれない。クーやブッカーには及ばない物の、それでもあの男の攻撃を喰らってなお立っていられる防御力、それに身のこなしも良くなっているようで、ただ単純に少女を追いかけてきた、というわけでもなさそうだった。

 が、それもここまで。ネッドはスコットビルに蹴り飛ばされ、ちょうどこちら、屋内の壁に激突してきた。


「くっ……ちきしょ、アイツをどうにかするには……!」


 ネッドはボロボロになりながらも立ち上がり、しかし膝がやや震えていた。それも仕方がない、むしろよくスコットビルの一撃に耐えていると称賛されるべきだろう。

 そして、青年はふと、巨大バリスタを見つめ、少し考え込んでのち、ジェニファーの方を向いてきた。


「……なぁ、他に飛ばせる弾は?」

「いいえ……仮にあっても、どうせまた砕かれて終わりですよ……」


 そう言うと、ネッドは皮肉気に頬を釣り上げた。


「おや? ジェニファー・F・キングスフィールドともあろう御方が、随分と弱気だな……ともかく、弾ならあるぜ」

「……はぁ? でも、固くて大きくて、それなりに重みがあるものなんて……」


 皮肉っぽく言われた恨みよりも、純粋にこの男が何を言って、何をしでかす気なのか、ジェニファーには分からなかった。しかし、今度はネッドの顔は強い感じの笑顔に代わり、弩をぽん、と叩きながら口を開いた。


「ともかく、かなーり難しいと思うんだが、コイツで狙える位置に、アイツを誘導してくれないか? アイツを、ぶっ飛ばしてみせるからさ」


 青年の意図は、女にはまったくわからなかったが、以前にゴリアテ二式を倒して見せた機転もあるし、何だかこうなったコイツは何かやってくれるような気がする。それならば、賭けてみるのも悪くはないかもしれない。


「……そうですね。どうせ無茶をしなければ、スコットビルは倒せませんから……いいでしょう、死ぬ気でその役目、担ってみせましょう」

「あぁ、頼むぜジェニファー」


 そして、ジェニーは仲間に背を向ける。その先には、我が宿敵が、従者と新たな仲間と戦っている。そして、もしかしたら、これが遺言になるかもしれない――それくらいの覚悟で、男に言葉を残すことにした。


「……私は、お前が来るって信じてたで。ネイさんのこと、怒らないでやったてな」

「おい……お前には夢があるんだろ? ちゃんと生きることにしがみ付けよな」


 どうやら、こちらの気持ちも読まれていたらしい――しかし、その通りだ。弱気になっては勝てるものも勝てなくなってしまう。


「はっ、うっさいわ! お前こそ、上手くやるんやな、ネッド・アークライト!」


 その言葉を皮きりに、ジェニファーはスコットビルの方へと駆けだした。下手な銃撃は仲間に当てる可能性もあるし、何より誘導が目的――遠距離ではやれることも無いのだから仕方がない。


「シーザー・スコットビルッ!! 覚悟しいッ!!」


 その声に反応して、スコットビルがこちらを向き、そのまま拳を突き出してきた。弾丸に近い、下手すればそれ以上の速度の拳。しかし、南部式銃型演武サウザンステップの使い手なのだ、紙一重でかわすことは不可能では無かった。


「ははっ! やっと来てくれたかね!」


 拳の挨拶は、かなり熱烈だった。かわしたと言うのに、余波だけで体が吹き飛ばされそうになる程の威力。だが、皆はこの中で必死に戦っていたのだ、自分だけすくんで、歩みを止める訳にはいかない。


「正直、待ち焦がれたよ! あのグランヴァレで会ったあの日から、私はこの日を待ち望んでいた! 運命的な何かを、君からは感じていたのだッ!!」


 喋りながらも、スコットビルは手を緩めてはくれない――とはいえ、自分がどうにかなっているのは、ブッカーとクーが援護を入れてくれているおかげである。自分一人なら、すぐさま避けきれなくなってやられているだろう。


「は……はは! 女を口説くには、少々暴力的すぎると違うんか!?」

「ふふ……このスコットビル、それなりに作法は弁えているつもり。だがッ!!」


 スコットビルから、凄まじい気迫が溢れ出てくる。この一撃は、マズイ――。


「戦場に立つと言うならば、女も子供もな……ぬっ!?」


 男の回し蹴りは、ジェニファーには届かなかった。二人の間に割り込んだブッカーが代わりに受け、防御に使ったトリロジーが粉々に砕け散った。


「ブッカー!?」

「へへっ……お嬢、無理はしないで……ぬぐぅ!?」


 言っている最中に、ブッカーの腹に男の掌底が突き刺さる。そのまま従者の体は、屋内の方へと吹き飛ばされてしまった。


「……ランデブーを邪魔するとは、無粋な男だ」


 ブッカーの方を見ているジェニーの背中に、スコットビルの声がぶつかってきた。しかし、屋内の方を見ると、ブッカーは手にシリンダーを持って振ってくれた――肉体強化は健在のままで受けたおかげで、かなりのダメージは受けただろうが、一応命に別条は無いらしい。


「……彼は私のナイトやから、強引なおじさまからのアプローチから守ってくれたんよ」


 軽口をいいながら、今度はクーの方に視線を向ける――とりあえず、自分が何かをするということは察してくれたらしい、少し距離をとって警戒してくれた。それで十分である。


「はは! ナイト様に守ってもらわなければならない、お姫様という歳でもあるまい? 自分の道は、自分で決める。そういう強さを持った人だと、お見受けしていたのだがね」

「えぇ、その通り……」


 ジェニファーは半歩移動し、先ほどスコットビルが砕いた弾の木片が集まっている個所を踏み、宿敵の方へと振り向いた。そしてスコットビルのやや後ろ、地面に転がっているそれに銃口を向けた。


「火遊びするのだって、私の意思ッ!!」


 そう言って、ジェニーは砕けたトリロジーから落ちたダイナマイトに向かって発砲した。当然、自分も爆風に巻き込まれることになる。しかし、足元の木片でお粗末ながら盾を作り――あとは、輝石の身体能力の向上で、我慢するだけだ。

 轟音が鼓膜を振動させ、そのまま前から押し寄せる熱波と圧力で、ジェニーの体はブッカーと同じく、背後に吹き飛ばされた。腕は、焼けるように熱い。頬も、熱に焼かれているのが分かる――不思議と痛みは少なかったが、多分後で盛大に痛み出すだろう――しかし、最後には背中が優しく受け止められた。


「……まったく、いい歳こいてもとんでもないお転婆ですぜ」


 そう、背中を預けられる相棒が居るから、だから無茶も出来る。薄れゆく意識の中で、ジェニーは外の先を見た。そこには、登る煙を腕で払い、まだ健在のスコットビルの姿が――しかし、少しは足止めになっただろう、顔には、多少の苦悶があった。


(……ともかく、後は頼ん……)


 そして、最後に巨大バリスタの方を――ネッド・アークライトが、弓の床に鎮座しているのが見えた。


 ◆


「お、俺を撃ち出せデスって!? 馬鹿デスかオメーは!?」


 青年が作戦をポワカと博士に伝えると、まずポワカが大声を張り上げて突っ込んできた。


「いや、本気なんだけど……」

「でも、でもでも! そんなのアブネーですよ!?」


 自分の身を案じてくれているのだ、ポワカは必死になって青年の策を止めようとしてくる。


「……いや、下手すれば最善手かもしれん。それなら、ワシも協力できる」

「と、トーチャン!?」


 娘の言葉に対し、機械の狼は犬のお座りの様な姿勢になって応える。その腹には、以前にはなかったはずの文様が刻まれていた。


「こんな時のために、この体に術式を刻んだのじゃからな。ポワカ、お前さんは能力を使って弓の威力を引きあげろ。それでネッド、お前さんはワシを抱きかかえてくれ」

「はぁ? 博士、それこそ危ないぜ?」

「そうじゃったな……お前さんには、ワシの能力を伝えておらんかった。ともかく信じろ。お前さんを、絶対にスコットビルに当てて見せるわい」


 成程、博士の能力に秘策あり、ということならば、やる価値はあるかもしれない。青年は博士を抱きかかえ、ついでに弩を支える柱と部屋のツッカエのあちこちに幾重にも繊維を巻き付け、その先を自らの腹に巻き付けた。


「さぁ、準備完了! あとは、ジェニーがアイツの足止めをしてくれればだが……」


 視線を上げると、屋外からブッカー・フリーマンが吹き飛ばされてきた。そして直後、ジェニーは心配そうにこちらを見て――すぐに強い表情に代わった。アレは、何かしでかす気だ、青年はそう思った。


「……さぁ、ポワカ。ジェニーがアクションを起こしたら、発射してくれ」

「わ、分かったデス……もう十分無茶デスけど、無茶するんじゃねーデスよ?」


 女の子に心配されて、青年は少々胸があったまり――次いで、少女の方を見た。どうやら、意識を取り戻したらしい、指が動いている。


「……私の意思ッ!!」


 ジェニーの叫び声に、すぐさま再び面を上げた。すると、屋外で爆発が起こり――どうやら、ダイナマイトを爆発させたらしい、しかしこちらへ跳んできたジェニーの体は、すぐさまブッカーが抱きとめていた。

 そして、煙の先、スコットビルが、確かに脚を止めている。勿論、ダイナマイトの爆発で、生きている方がおかしいのだが――ともかく、チャンスである。


「ポワカッ!!」

「は、発射ぁッ!!」


 弦によって押し出され、凄まじい勢いで青年の体が発射される。すぐさまスコットビルも立ち上がり、しかし無茶をしたことが彼にとって嬉しく、楽しかったのだろう、素晴らしい笑顔を浮かべていた。

 だが、行動されるとマズイ――あの男の身体能力を考えれば、避けることだって容易いのではないか――。


「壊れた秒針の古時計【ブロウクン・クロックワークス】!!」


 腕の中の博士が叫んだ瞬間、世界が止まった。本当に一瞬だけだが、青年と博士以外の、ありとあらゆるものが止まり――だが、これなら当てられる。青年は能力を全開にし、衣服を最大限硬化させ、そしてスコットビルの胸に肩を押し込み、ペドロを吹き飛ばした時の要領で、練った気を爆発させた。


「……ぐっ!?」


 流石のスコットビルでも耐えきれない一撃だったのか、男の体が吹き飛び――しかし一瞬だけ見えた男の表情は、苦悶から、またすぐに笑顔になっていたが――すぐさまパイプから吹き出ていた煙が線となって荒野の果てまで跳んでいき、スコットビルは完全に見えなくなった。


「くっ……!?」


 しかし、反作用もデカイ。肩に凄まじい激痛が走り――また、骨がいったか――そして、なお自分の体の勢いも止まらない。命綱で繋がれた体も、当然のように宙に放り出され、しかし繊維も強化しているのだ、そうやすやすとは――。


「……げほっ?」


 丁度ヒモが伸びきり、自分の腹にも凄まじい反動が来た。体に巻き付けているのだ、当たり前と言えば当たり前なのだが、そこまで考えて無かった――だが、後はヒモさえ切れなければ、万事解決で――。


「……あ?」


 しなかった。というより、先ほど強化にかなりの力を回したせいで、輝石が限界に近い。そのせいで、命綱の強化が弱まり、半ばで切れてしまった。


「や、やば……!?」


 これは、死んだ。既に輝石もきれそうなのだし、ともかく周りにすぐに繊維を引っかけられるような場所も無い。こんな状態で落下すれば、間違いなく死ぬ。


「……ネッドォオオオッ!!」


 奥から、少女が走って来て、そして空中で途切れた紐の先を掴んでくれた。少女の手甲から、蒸気が噴き出し――踏ん張ってくれているのだろう、だが、能力が弱まっている中では、繊維その物が切れかねない。


「……諦めるな! 絶対に助けるからッ!!」


 少女の声に、青年はなんだか気力がわいてきた。そうだ、諦める訳にはいかない。色々と言ってやらないといけないことがあるのだ。残りの輝石の力を上手く調整しながら、青年は天から垂れる糸を左手で掴み、少女の支えを頼りに空中で姿勢を整えて、腕の中の博士を落とさぬように注意しながら、今度は建物の壁の方へと体を捻って移動した。しかし、向こうにも相当な負荷がかかっているはずで、見ればネイの体はこちらへ引き寄せられ、屋上の止め意思の所まで移動していた。


「お、おい! このままじゃ、君も……」

「ウルサイ! 絶対に離さないからなッ!!」


 そう言われて嬉しくもあるのだが、このままではマズイかもしれない――青年がそう思った直後、少女の腰に女の腕が回された。。


「……アイツには、ワタシも文句言いたいアル」


 クーが少女の腰に手を回してくれた。これならいけそうか、青年はそのまま壁を目指し、なかなかの勢いで壁に激突しそうになったものの、着地、もとい着壁の衝撃は脚の寸勁でかき消した。


 ゆっくり上を見る。輝く太陽を背に、少女がこちらを覗いていた。


「……お前は、やっぱり馬鹿だ」

「あぁ……まぁ、それは否定しないよ」


 そう言って、青年と少女は二人で笑いあった。

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