15-5


「……貴様は、グラントの飼い犬……そういうことか」


 シーザー・スコットビルは、まずクーを見ながらつぶやいた。


「見られたからには、お前はここで倒さなければならない。覚悟するがいい、白の祈士……シーザー・スコットビル」


 先ほどの様な胡散臭い様子を微塵にも感じさせない、強い様子でクーが構えを取る。


「それに……成程、そちらのネイティブがエヴァンジェリンズの……」


 男の気迫だけでかなり怖いのだろう、しかし倒すべき敵の前で弱い所を見せる訳にもいかないということか、ポワカは必死な様子でスコットビルを見つめていた。


「そして、そちらの機械仕掛けが……」

「……左様。久しいな、スコットビル」

「うむ……その声、間違いない。トーマス・ブラウンか。貴殿が居なくなって、の進歩は随分と停滞した。此度の指名手配も、グラントの坊やが勝手にやったこと……」

「みなまで言わんでいい。ワシは、もう二度と貴様らに手を貸す気は無い……何より、ウェスティングスが居るじゃろう」

「彼は……まぁ、言わないでおくか。貴殿が我が往く道を阻むと言うなら、それもそれでまた一興だ」


 目を瞑りながらかぶりをふり、スコットビルは並んだ青年たちを改めて眺めてくる。


「しかし……いや、諸君らは実に面白いな。人種のサラダボールを、この場で一挙に体現している」


 スコットビルは、ただ笑顔を絶やさずに続けた。その笑みは、攻撃的なものではなく、ただ純粋に興味深いと、そういう笑みだった。


「そして、私は人類の坩堝るつぼを打ち砕かんとする、傲慢たる文明の使者という訳か……いや、実に面白い」


 そう、言われてみれば、これはこの大陸の社会の縮図だ。絶対なる力を持つ北部の資本家に対し、西部男、南部女、褐色奴隷、今は機械の体だが、元北部の科学者に先住民、東洋人に、そして混血児――社会的弱者マイノリティ強者マジョリティ立ち向かう――しかし、一個だけ、よその事態とは違う事がある。


「……他のマイノリティは、単身でアンタらに歯向かおうとする。でも俺たちは、こうして協力し合っている」


 青年がそう言って一歩前に出ると、それに合わせてジェニーも前へ出た。


「その通り……これは社会の縮図であると同時に、私の夢の縮図でもある。皆が手を取り合う、そんな世界。勿論、貴方とて例外ではないわ、シーザー・スコットビル。直ちにの兇状を社会へと公表し、公平な社会を作るのに協力すると言うのならば……」


 そこで、スコットビルはやはり笑った。


「ふっ……南部の地主が、奴隷制に胡坐をかいていた貴様が、公平を口にするか」

「……別に、オレたちにだって選ぶ権利はあるんだぜ?」


 今度は、ブッカー・フリーマンが前へ出た。


「確かに、不幸な奴隷はたくさん居たさ。いや、幸福な奴隷など、居なかったと言ってもいい……だが、文明の使者さんが奴隷を解放してどうなった? アンタらは、戦争に勝つために、見かけだけオレ達を解放し、後は適当に美辞麗句を並べて、それで終わりだ。アンタらを信じて戦った奴隷たちは、今も貧しい生活を強いられている……だから、アンタだって偉そうに講釈をたれる立場にはいないってことだぜ」


 褐色の従者の言葉を、ただスコットビルは頷いて肯定した。


「確かに君の言う通りだ、ブッカー・フリーマン。ところでその苗字、自分で決めたのかね?」

「あぁ、その通りだぜ。アンタらがくれた偽りの自由じゃなくって、本当の自由を、自分の手で掴むためにな」


 そう言われても、口元を綻ばせながら、スコットビルは頷いた。


「つまり、私と君たちとは、やはり交わることがないということだ。公平や平等など絵空事。だが……」


 今度は、スコットビルが一歩前へ出た。そのままパイプをくわえ、煙を吸い込み、吐き出した。


「強き者の走った後に出来る安寧を、弱者は享受することは出来る。私にできることはそれだけだ。それは君たちの描くような理想郷ユートピアとは違い、余程現実的だ」


 男の言葉に、青年の横から、最後に少女が前へ出た。


「アタシは、難しいことは分からない。政治とか、思想とか、そういうのは……でも、アタシの中の正解はある。ただ、仲間と……」


 そこで、少女は一旦言葉を区切った。きっと、仲間と言う言葉が言い慣れなくて――だが、一度大きく息を吸い込み、そして毅然とスコットビルを見つめた。


「仲間と、大切な人たちと、一緒に歩んで行きたい……その人たちが苦しんでいるのなら、その人たちを苦しめる障害がお前だって言うんなら……」


 そして、少女のライフルが蒸気を上げて変形し、その切っ先を黙示録の祈士に向けた。


「アタシは……戦うよ」


 少女の意思に対し、スコットビルはやはり笑顔だった。その眼には憐れみと、好奇の色、両方が見て取れた。


「……そうか。しかし、あまり期待しない方がいいぞ。君は確かに我々の計画にとって、いや、にとって、重要と言うにすぎない……私自身は君が居なくとも我が道を進むことには変わりないし、また当初は君が居ないという前提で我々は動いていたのだから……私は、自分の能力に自信を持っている。しかし、成程、この人数を相手にしては、加減など出来はしないだろう」


 つまり、この男はこう言いたいのか。


「……お前たちのことを皆殺しにするってか?」

「察しが早くて助かるよ、ネッド・アークライト。私は、君を相手にでも決して過信もしなければ、油断もしない。君は自分に自信が無いようだが……だが、この中である種、一番厄介な手合いは君だと確信しているからね」


 それは、果たしてどういう意味なのか――思考をめぐらす前に、男から一気に闘気が噴き出してきた。ヴァンを凌ぐ気迫、リサとはまた異質の殺気――それは、意識が持っていかれそうになる程で、動物的な本能が、逃げろと警告してくるほどの――ただただ強い、そんな気だった。


「それでは、お見せしよう。貴様らの言う、傲慢たる文明の使者の力という物を!」

 

 文明の使者が暴力に訴えるのはいかがなものか、青年はそんな風に思ったが、冗談を言っている暇でもないので、そっと胸に仕舞いこんで、自身も覚悟を決めた。

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