15-4


 塔の最上階の裏口、つまりバルコニーまで辿り着いた。それにすぐさま気付いたのだろう、屋内からポワカが飛び出してきた。


「じ、ジーチャン!? 大丈夫デス!?」

「ふぁっふぁ……なに、積み重ねてきた功夫が違うアル……がっ!」


 色々と耐えていたものが堪えられなくなったのか、フェイ老師は口から血をふきだしてしまう。それを見て、ポワカが涙目になっていた。


「ふぉっ……ポワカ、部屋の棚の引き出しの中に、赤い箱が入っているはず。それを持ってきてくれんか?」

「わ、分かったデス! ボクが戻ってくるまで、くたばるんじゃねーデスよ!?」


 すぐさまポワカは中へと駆けもどって行った。次いでブッカーがゆっくりと老師を床に下ろし、ついでに青年もネイの拘束を解いて、ゆっくりと立たせてあげた。


「……ジーサン、大丈夫か?」


 今度は少女が老師の傍により、膝をついて顔を覗き込んでいた。


「……おかげさんでな。生きる気力はあるよ」


 青年も老師の顔を覗き見ると、言うように目に力はある。普通に考えたら、もはやどうにもならないような重症なはずなのだが、とりあえず生き残るだけならどうにかなりそうな、そんな根拠も無い確信だけがわいてきた。


 少しして、今度はポワカと博士が同時に外へ出てきた。


「持ってきたデスよ! これを、どうすればいいデスか!?」

「……開けとくれるか?」


 ポワカはすぐに箱をあけ、横たわる老師の顔の前に置いた。老人はその中から丸薬を一つ取り出し、自らの口に頬り込んだ。すると少しばかり老人の血色がよくなったようで――しかし、そのまま意識が落ちてしまった。だが、これならばしっかりと止血をし、医者に見せればまだ生き残れるかもしれない。

 それから少しして、更に奥からジェニファーと、あと以前に自分を蹴り飛ばした女が表れた。


「こ、これは一体……!?」

「……それを聞きたいのはこっちなんだけどな。まぁ一言で言えば、スコットビルは健在だ」


 青年がそう言うと、ジェニーはすぐさま冷静になって頷いた。


「分かりやすくどうも、ヒモ男……なんて、皮肉を言ってる場合じゃありませんね」

「あぁ、そういうこと……そんで多分、アイツはこっちに向かって来てる。ここで迎え撃たなきゃならない」


 そう言うと、ジェニーは勿論、一同黙ってしまった。そう、戦うしかないのだが、果たしてあんな化け物をどう攻略するのか――考えても策など思いつかないほどの差があるのだ。スコットビルには、仮にこの場に居る全員で立ち向かっても、なおどうにも出来ないほどの凄味があるし、また実際にどうにかしてしまうだろう。


「あ、あのあのあの! ボクとトーチャンで、頑張って作ったんデス!」


 沈黙を破ったのは、ポワカ・ブラウンだった。女の子が屋内への二枚扉を開け広げ、その先には、何やら巨大な何か――青年はそれを見て、少々イヤなことを思い出してしまった。


「……? ネッド、どうかしたデス?」

「いや、ソイツにはあんまりいい思い出が無くってね……しかし、でかいバリスタだな」


 そう、その先あったのは、高さ1m、幅は両翼あわせて4mほどにもなるかという、超巨大な弩であった。何を飛ばす気かは知らないが、能力を乗算したと言えども、アレより数段小さい弩の一撃で、青年の体はしばらく動けない程にダメージを負ったのだ。このバルコニーにおびき出してぶつけられれば、人間の体などあの荒野の果てまで吹き飛ばせる威力は出そうなことは間違い無かった。


「ふっふー、でかけりゃ強い。当たり前のことなんデスよ? しかも、後で三式に取りつけることも出来ますし! しかし、問題は……」

「うむ……どうすれば、スコットビルに当てられるか、ということじゃな」


 口を挟んできたのは、トーマス・ブラウン博士だった。


「とりあえず、ワシらも本気で作った。無防備な奴に当てられれば、ワシの知っている限りのスコットビルならば、一応倒せるくらいに計算はして作ったのじゃが……」

「……こんなデカブツの攻撃に、わざわざ当たってくれるくらいすっとろい奴じゃないわな」


 青年がそう言うと、ポワカの表情が少し暗くなってしまった。すると意外や意外に、クーがポワカに声をかけた。


「でも、アイツを倒せる一手が増えただけで価値があるアルよ」

「く、クーネーチャン……」


 そして、今度はネイが、老人の傍から立ち上がった。


「……それに、アタシもいる。これで、二つ手があるから……」


 言いながら、少女は右手の包帯を外し始めた。しかし、青年はやはり納得がいかなかった。


「ネイ、君は……」

「いいんだよ。多分、アイツは倒さなきゃいけない奴だから……」


 青年が傍まで行くと、静かに青年の言葉を切った。振り向いてくれ、そこには儚げだけれども意思のある笑顔があった。


「でも……心配してくれて、ありがと」


 礼を言うと、すぐに真面目な顔になり、少女はここに居る全員に対して語りだす。


「……どうやらあのオッサン……スコットビルは、もっと言えば連中は、アタシを生きて捕えたいらしい。それなら、それを利用してやる」


 そう言えば、リサもダゲットも、似たようなことを言われていたか――殺すなと言われていると――それならば、確かにスコットビルは、ネイを攻撃することに躊躇するかもしれない。しかし、少女の意図はつまり――。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 君が矢面に立とうってのか?」

「はぁ……お前は過保護だな。ちょっとはアタシの事、信じてくれよ」

「い、いや……信じて無いわけじゃないんだけど、その……」


 そう言われてしまっては、何も言い返せない。それに、この場に居る全員の中で――青年にクーの実力は分からないが――結局ネイが一番近接戦闘も強いことも間違いないのだ。アレをどうこうできる可能性は、確かに少女の戦闘力と、その右腕の能力を除いて他に無いのかもしれない。


「ともかく、アタシがアイツを正面から相手にする。皆はその、アタシがやられないよう、援護できる所で援護してくれると助かる」


 ポンチョを外の風にたなびかせながら、少女は一同に対して頭を下げた。


「……私の能力で、どこまで援護できるか分かりませんけど」

「そもそも、さっきの戦闘だって、入る隙も無かったがなぁ……まぁ、やるしかねぇってことだな」


 まず、ジェニーとブッカーが、口元を緩ませながら同意した。


「……如何にヤツが強大と言えども、きっと付け入る隙はあるはずじゃ」

「それで隙が出来たら、このバリスタでぶっ飛ばしてやるのデス!」


 機械仕掛けの狼の近くで、ポワカがぴょんぴょん跳ねながら腕を振りまわしている。


「……老師で敵わなかった相手に、ワタシの技がどれ程通用するか……でも、やるだけやってみるわ」


 目を瞑りながら、風に髪を揺らし、東洋人の女が呟いた。そして、眼を開けて微笑を浮かべ、今度は青年の方を向いてきた。


「この前は、ごめんなさいね。もちろん、アナタを大けがさせた人の部下って言うんじゃ信用もないでしょうけど……一応、味方よ。グラント様もね」

「……あぁ。なんとなくわかってたよ。それに、怪我させられたおかげで、見えたもんもあるしな……」


 そう、負けて、一度別れたから、師匠に再会出来た。しかし青年の言葉に、クーは面を喰らったようだった。それはそうだ、何を言っているか、まったく意味不明だろう。


「ともかく……今度、ヴァンのヤツのあの涼しげなイケメンフェイスを思いっきりひっぱたいたら、それでチャラにしてやるから」

「ま! それはやめるアル! せっかくのグラント様の端正なお顔に、傷が残ったらどうするつもりアルか!?」


 なかなか飄々とした女だと思っていたのだが、何やら割と本気でやめて欲しいらしい。


「……もしかして、お前……」


 アイツに、惚れているのか、そう聞こうと思ったら、クーの方がなにやらモジモジクネクネし始めた。


「はぁ……イケメン、インテリ、高身長……しかもお金持ち! タマノコシアルよぉ……うひひ」


 玉の輿の言い方が、なんだか胡散臭い東洋人調だった。成程、結構残念な奴だったらしい、というか、自分の周りにはこう、残念な奴しか集まらないのかもしれない。負けず劣らず個性的な連中も、クーの動作に若干引いているようだった。


「……そんじゃ腹に蹴り入れて、それでチャラにするよ」

「うん、それならいいアル」


 お前が決めていいのか、青年はそうツッコミそうになったが、今はそんな雰囲気じゃないのを思い出し、ぐっと堪えることにした。


「……でも、不思議。アナタが来て、流れが変わったみたい」


 一転して爽やかな笑顔になり、クーが周りの一同を見回した。


「そう、小さくても、大事なピースがハマったみたいに……なんだか、グラント様がアナタのことを気にかけてたのも、分かる気がするわ」

「お、おい……やめてくれよ、照れるだろ?」


 今度は青年が、モジモジクネクネしてみた。


「うわ、キモッ!」

「キモいですね」

「キモいデス!」

「キモいアルねぇ」


 女性陣から総攻撃を喰らった。ちょうど心地よい風が吹いたので、青年は気分が良かった。


「まぁ……ともかく、まず老師を安全な所へ」

「それなら、ジェンマに任せるデス!」


 部屋の方から黒いボディの機械人形が現れ、老師の体を抱きかかえた。


「ジェンマ、お願いデス。安全な場所で、ジーチャンをしっかりと手当してあげてください」


 ポワカが赤い箱を――アレは救急箱なのだろう、中に包帯なども入っているのは青年も確認済みだった――機械人形に手渡した。ポワカが青年の方を見て来たので、意図を察し、強化した繊維を機械人形に巻き付け、塔の下へとゆっくり下ろすことにした。隣の建物の屋上、とはいってもこことは何十メートルも差があるのだが、そこへ下ろし、青年はボビンを巻き取った。そして振り返り見れば、一同が扉の奥を見据えて並んでいる。ちょうど真ん中に居る少女の横が空いていたので、青年はそこに並ぶことにした。


「……なぁ、ネイ」

「……何?」


 お互いに、顔は見ない。マジマジと見つめあったら、色々と吹き出してしまうだろう――それは、きっとお互いにだ。


「色々と、言いたいことがあるんだよ」

「……うん」

「でも、話し始めたら長くなるからさ……とにかく、信じてるからさ。頑張ってくれよ」

「……うん、アタシ、頑張るから!」


 そう、元気な返事が返ってきた瞬間、バルコニーの扉の更に奥、つまり屋内の扉が開いた。

 そこには、やはり不敵な笑顔を浮かべたロマンスグレーの髪の紳士が、パイプを右手に立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る