13-5
それから数日、青年はただひたすらに演武を続けていた。生活リズムは正され、朝日が昇るのと同時に起き、まず午前中いっぱい鍛錬を行い、昼食を取り、すぐさま日が沈むまで同じことを繰り返した。
「まだ、力が入過ぎているぞ。無駄な力は霧散するだけだ」
ダンバーの静かな声が聞こえてくる。それに口で答えること無く、青年は体に意識を集中させ、動きを柔らかくすることで応えた。
「……もう一度言うぞ。もっと、体の動きを意識しろ。筋肉の動き、一挙一動一投足、それは、流れる水のように……」
曰く、体の全ての力を一点に集中させることで勁を発する――そう考えると、この演武は確かに意味がある。全身の筋肉を動かすので、しっかりと意識すれば、どうやって体に力が伝播するのか、よく分かるのだ。
「しかし、戦場でいちいち考えて腕を動かす奴はおらん。段々と、体の動きを一体化させ……無意識で動かせるように……」
その通りだろう。殴ろうと思い、拳を動かそうと思って、そして殴るのでは遅い。殴ろうと思ったら瞬間に、殴り終えているくらいでなければならない。だからこそ、やはりこの動きには意味がある。今はゆっくりやっているが、これを早くすればそのまま勁を用いた攻撃に繋がる――無意識にそう体が動くように、練習で叩き込んでいるのである。
「……うむ。まだまだだが、一応さまにはなってきたな。それで、次は……」
「へいへい、分かってますって……気を練るんだろ?」
「ふぅ……まぁ、お前のその口のいい加減さは、てれ隠しだとは分かっているからな。注意はしないでおくか」
そう言われるときまりが悪くなるのだが――しかし、こちらを見て、ダンバーが小さく笑っている。多分、今の自分の表情のせいだ、青年はそう思った。
とにもかくにも、師匠に言われた通り、今度は気を練ることにする。胡坐をかき、眼を瞑り、呼吸を意識する。腹の下に力を貯める。力を込めるのではなく、貯めるらしいのだが――しかし、やってみると意外と効果があるような気がするのだからおかしなものだった。別に強くなっている感覚がする訳ではないのだが、呼吸を整え、力を貯め込んで置くことで、必要な時に爆発させられる、そんな奇妙な安心感があった。
(……俺って、意外と信心深かったのかな?)
きっと、師匠に言われたのでなければ、気だとかなんとか、そんなものはインチキだと笑って済ませただろう。しかし、意外と大切なのは信じることなのかもしれない。青年はそう――。
「……考え事をしているな? 邪念を捨てろ、ネッド」
思わせてもくれない、厳しい男だからこそ、青年は信じられるのだ。ともかく、集中することにした。
「うむ、そこまでするか」
しばらく時間が経ち、男の声が聞こえた。目を開けると、ダンバーは持ってきていた小包を漁って、そして何かを放り投げてきた。
「お、もうそんな時間になってたのか」
今日の昼飯はサンドイッチだったらしい、青年はそれを口に放りこんだ。
「受け取ってすぐさま食べるとは……まったく、行儀の悪い奴だ」
「すまんすまん……いただきました。そいで、御代りはある?」
すでにもらったものを平らげて、しかしまだ空腹が満たされないので、催促してみることにした。
「やれやれ……まぁ、まだあるぞ」
今度はコップと一緒に手渡ししてくれた。そして残りはゆっくり食べることにする――そんな中、ふと一つ思い出したことがあった。
「……そういや師匠、アンタ、もともと彼らの一員だった訳だよな? その割に、全然信心深くなかったって言うか……むしろ、教会とか避けてたよな?」
この男は礼儀作法にもなかなかうるさかったのだが、マリアの様に祈りを強要してきたことは無かった。むしろ、自分がもともと無神論者だったのはこの男の影響が強い。そう思い返し、質問した。
「うむ。私自身は、信仰心を捨てた訳ではない……しかし、彼らの存在が、私の考え方を変えたのだ。聖典の記述通りでなく、そして私自身の信仰その物が薄れていなかったとしても……いや、だからこそだ。人に思想を強要するようなことは間違えている、そう思ってな」
「……そっか。アンタの信仰は、本物なんだな」
先ほど言ったこととすぐさま矛盾してしまったのだが、青年はなんとなくそう思った。
「うむ? どういうことだ?」
「えっと……まぁ、なんとなくそう思っただけなんだが……」
しかし、そう思った理由を考えて、なんとか言葉にしてみようとする。すると、一応それらしい言葉が湧きあがってきた。
「いや、きっとこういうことだよ。なんでも盲信する訳じゃなくってさ。自分なりに考えて、疑って……それでアンタは神様を信じてるんだろ? 多分、そういうのが本物なんじゃないかって、そう思っただけ……うーん、説明になってたか?」
言ってみて、なんだか自分で意味が分からなかった。だが、パイク・ダンバーは嬉しそうだった。
「ふっ……そうだな。いや、今のはなかなか心に来た。言葉というのは不思議だな。正しく使われなくとも、想いは伝わる……」
そこで男の顔は真剣な物になる。青年も、なんだかその凄味に呑まれて、口をはさむことができない。
「……そう、私の信仰は変わっていないんだよ、ネッド。私は、かつて永遠の王国【ミレニオン】という思想に共感した。彼らのやり方に疑問を抱いて抜けだしたが、しかし、争いの無い、そんな世の中が来て欲しいという願いは、やはり変わらない」
パイク・ダンバーは、ただ天を仰いでいた。もしかするとその先に、彼の望む真の王国があるのかもしれない。
しかし逆に、青年の中に一つ疑問が浮かんだ。
「……そうだ、そういえば……ミレニオンってどんななんだ?」
彼の望む国と彼らの望む国は、果たしてどう違うのか――どうせ碌でもない物を目指していそうなので共感することも無いだろうが、一応知っておくべきである。
「うむ……端的に言えば、人間が想像する限りのこの世の楽園だ。争いは無く、飢えに苦しむことも、病魔に蝕まれることも無い。老いに悩まされることも無く……聖典を読んだ方が早いな」
「読むのが面倒だから聞いてるんだが……」
素直な意見だったのだが、多分自分で読んでは、胡散臭いと変な色眼鏡をかけてしまう恐れもあった、というのも大きかった。それを察してか、ダンバーは静かに続けた。
「まったく……ともかく、誰もが苦しまない、そんな世界なんだ。全ての人の善性の限りで、時が刻まれていく。そこでは、誰もが奪われる恐怖におびえることも、虐げられる事も無い……そんな世界の到来を、誰が拒もうか?」
男が、じっと青年を見つめてきた。きっと、自分も奪われた側の人間だから――そして、奪ったのは――直接では無いものの、間接的に――。
「……そう……彼らのやり方では、王国に辿り着くまでに、たくさんの犠牲者が出る。国民戦争がいい例だ……いや、それは分かっていたのだ。だが、その先に、楽園があるならばと協力した。しかし、気付いてしまったんだよ。私の救いたかった者たちの命こそ、彼らのせいで奪われていると……」
最後は、懺悔するように、小さな声になっていた。しかし、納得した。この人は、子供が好きだから――きっとかつての青年の様に、泣いている子供を救おうと思ったのだ。それが彼らの下で体現できないのであるならば、彼自分の足で――そして、幼き日の自分を拾ってくれた、そういうことなのだろう。
「……感謝してるよ、師匠」
「何を言うか……お前の親父さんだって、戦争が無ければ……そういう意味では、間接的に、お前を不幸にした一端は担っているんだ。そんなお前に術式を教えたのだって、罪滅ぼしにもならん」
「そこをどう考えるかは俺なんだよなぁ……そもそも、アンタがいなくたって戦争は始まってただろ? そうなりゃ、結果は変わらなかったさ……だから、ありがとう、師匠」
青年の言葉に、ダンバーは頭を垂れて顔を手で押さえ――しばらく、そのまま黙っていて――やっと、顔を上げた。
「ふぅ……
「はっ! せっかく人が感謝の意を言葉にしたってのに、アンタの方こそ礼節が足りてないんじゃないのか?」
「やれやれ……まぁ、今回はそういうことにしといてやるか」
そこで、二人で笑った。やはり、ダンバーの笑いは小さかったけれど、青年にはそんなことは全然気にならなかった。
そして食事が終わり一息ついたところで、午後の部が開始された。
「……そういや、もう一ついいか?」
青年は演武を続けながら、石の上に座っている男に問うた。
「ふむ、喋りながら続けられるならば、体に叩き込まれたという証明になるな。いいだろう、なんだ?」
「あぁ……例の、暴走体を越えるなんとやらって話なんだが……」
足を開き、ゆっくりと拳を突き出しながら――足の力が、そのまま腕に突き抜けていくのを感じる。
「アンタがマリアを逃がしたなら、マリアはその前に、暴走体を越える奴を作った……もとい、目撃したはずなんだ。アンタは結局、そいつの正体を知っているか?」
「うぅむ……とりあえず、私が分かっていることは、少なくとも理性を持つ……だから、人間が素体として選ばれていたという事くらいだな」
「そうか……しかし、もし万が一、彼らの方にソイツが味方してたら、厄介なことなんだよな……」
思考しながら、しかし演武は止めない。腕を引き、足を突きだす――先ほどとは逆で、腕から足に力が抜けて行った。
「むしろ、お前こそ心当たりは無いのか?」
「うーん、それが無いから……うん?」
そう、ふと思い付いた――青年が現在分かっている黙示録の四祈士は二人、ヴァン、リサ。そして、ダンバーとブラウン博士は抜けているものの、元々ビッグスリーなる祈士の前身が存在したのだ。
そうなれば、もともと三巨頭の一人だった男が、今の祈士であったとしてもおかしくはない。
「シーザー・スコットビル……」
もし後一人が、ジェニーから聞いていたようにスコットビルなのだとしたら――そして、その実験の素体であるとするならば、あの素手でスチームゴーレムを解体した強さも頷けるのではないか。
「……手が止まったぞ」
「あ、あぁ……すまん」
師匠の声に、再び演武を開始した。だが、今度は師匠の方から声をかけてくる。
「……スコットビルか。そう言えば五年前、彼は一度大けがを負ったことがあったはずだ」
そう考えれば、つじつまが合いそうな――だが、青年が見たスコットビルは、死人などと言う感じは全然しなかった。むしろ、老いてなお、精力に溢れていると言った方が適切で――腰を捻り、両手を突きだす。体を捻じるちょっとした遠心力も力になる。
「うーん……まぁ、可能性の一つとして考慮しておくことにするか」
「そうだな。根拠も無いのに決めつけては、外れた時に変に焦ってしまう……と、最終確認に丁度いい相手が来たようだぞ?」
ダンバーが立ち上がり、青年の方へとコートを投げてきた。ちょうど、突き出していた両の腕の上に乗り――師匠の目先を見ると、何やら数人の男たちがこちらを見ているようだった。
(……この前の報復か?)
そう思い、ともかくコートを手早く着込み、近づいてくる男たちを凝視する。しかし、どうやらこの前酒場で喧嘩を売った連中とは別人のようで――いや、因縁があることにはきっと間違い無かった。
「……探したぜぇ、ヒモ野郎!」
二メートルを超す巨漢が、ガトリングガンを担ぎ、こちらを見て笑っている。
「あぁ……そういうお前は、丁度いい所に来てくれたな……えぇっと……名前、なんだっけか?」
「ペデロだッ!! クソ、何度も会ってるだろ……まぁいい! ここで会ったが百年目だ! 今まで受けた恨みの数々、ここで晴らしてやるぜぇ!」
逆恨みも甚だしいと言うか、元々賞金を懸けられるような悪行を繰り返してきていたコイツが悪いのだ。
「苦労したぜぇ……カルロスとともに荒野を駆けずり回り、ようやっと仲間も少し出来て……」
なんだか、苦労話が長くなりそうだが、銃口を向けているのは向こうである――それならば、戦う意思があるということだ。だから、遠慮はいらないだろう、多分、青年はそう思った。
踵を擦り、そして呼吸を整え――大男との間合いを一気に詰める。
「んな!? おま、話を……」
そして、ペデロの手前で大きく踏み込み――震脚し、体の軸を整え、姿勢を少し落とし、体を捻り――男の腹にに強化したコートの肩部分を指し込んだ。
「がっ……!?」
「はぁっ!!」
その瞬間、今まで貯めた気と共に、全ての力を肩から爆発させる。師匠に曰く、
「でき……た?」
思いのほか相手の体が吹き飛び、青年もなんだか唖然としてしまった。それは、周りのならず者たちは当然で――ただ一人、ダンバーだけは静かに頷いていた。
「うむ……輝石の助力、強化した繊維の力を合わせてだが……それでも、よく一週間でここまで物にした。後は、日々の鍛錬を忘れるなよ」
「は、はい! 師匠!」
喜びの余りに、青年もつい丁寧な調子になってしまった。しかし、ダンバーの嬉しそうな顔を見れば、頑張った甲斐もあるというもので――なんだか、二十歳にもなって大人に褒められて嬉しいという事実が照れくさくもあったが、ともかく舞いあがってしまった。
「いでで……お、おいお前ら!? 何をぼぅっと突っ立ってやがる! 今がチャンスだろう!?」
砂まみれになっている大男の一声で我に戻ったのか、周りの無頼漢達が一斉に青年に銃口を向けてきた。一応、繊維は強化してあるし、多少撃たれた所でどうともないのだが――。
「……任せろ、ネッド。後は、私が露払いをしてやる」
いつの間にか、ダンバーは荷物の方へと移動しており、そして持っていた長い布の包みの封を切った。中から姿を現したのは、巨大で幅広の大剣――とは言っても、刃は無く、切っ先は潰れていて、その刀身には、複雑な文様と無数の銃痕が残されていた。そう、アレは常人に持てる代物でなければ、その刀身で斬れる物などない――ただ、パイク・ダンバーが持つ場合を除いては。
ダンバーは右手でその巨刃を軽々と持ち上げ、地面と並行に保ち、鍔に近い部分に取り付けられた機械仕掛けの中枢、露出した輝石を擦りあげた。機械仕掛けの刀身から蒸気が噴き出し、術式が赤く光り出す。
「駆け抜けるべし刃の道【ブレードランナー】……むんっ!!」
師匠が大剣を縦一文字に振り抜くと、刃から剣の衝撃波が放たれる。その剣戟が大地を裂き、サボテンを軽々と両断して、青年の間横を通過し――そして、ギリギリ、未だへたり込んでいる大男の脚の間で消えた。
「……次は、横に薙ぐ」
そう言って、ダンバーは剣を脇に構える。あの剣が横に流れれば、ならず者たちの脚と胴体が別れることは容易に想像できた。
「ひ、ひぇええ!?」
「御助けぇええ!?」
彼我の差を想い知ったのだろう、三人の男たちは荒野へと散っていき、そしてかいがいしくも一人の小男が、やはり大男の方へ走っていった。
「あ、アニキぃ! 逃げましょうぜ!?」
「く、クソっ!? お、覚えてやがれぇ!」
子分と共に、大男も荒野の先へと走って行った。
「……追わないのか?」
ダンバーが剣を肩に添えて、自らが斬り裂いた大地の横を歩いてくる。この男の能力は、斬る能力――斬る動作を行うとともに、強力な斬撃を繰り出すことが出来る。今のはその応用、剣戟を飛ばすなどという無茶な技。しかしその威力は折り紙つきである。
「あぁ……なんて言うかな。アイツらとは、こういう関係らしいんだ」
捕まえれば賞金が出るのだろうが、なんだかもう、アイツらを捕えるのも馬鹿馬鹿しい。自分の技の実験台にもなってくれたことだし、変に縁がある、それだけなのだろうから――これでいい、青年はそう思った。
「それより、横薙ぎにされたら、俺まで死ぬだろうよ?」
「うむ……まぁ、有象無象はアレで逃げると言う確信が、九割九分がたあったからな」
そこで、ダンバーは荷物の方へと戻り、剣を再び布で包みだした。
「……残りの一分だったら?」
「来ると分かっている攻撃を避けられぬような弟子を、私はとったつもりはない」
振り向いて、少し笑った。青年も、笑い返した。
「しかし……機構剣ラスティエッジねぇ。年代物だろ?」
布の巻かれている剣を見つめながら、青年が言った。機構剣ラスティエッジは、エーテルシリンダーが普及される前からの、パイク・ダンバーの相棒だった。剣とエーテルシリンダー、両方の役割を兼ね揃えている――聞こえはいいが、結局は機構が重くて扱いにくい代物なはず。現在は軽量化されたエーテルシリンダーが、値が張るモノの普及しているのだから、そちらを使う方が効率がいいはずである。そして何より、潰れた刀身故、本来は斬ることなど出来ない。それを、パイク・ダンバーの能力で補っている、そんな一品だった。
ちなみに、本来は剣に銘は無い。ラスティエッジというのは、青年がもっと若いころに皮肉を込めて付けた名前である。古臭い上に普通には斬れないので、錆びた刃と揶揄して呼んでいたのだが――。
「……時代は、どんどん進んで行く。しかし、昔を懐かしみ、こういった古臭い物と歩む物が居てもいいだろう?」
ダンバー本人がこの呼称を気に入ってるらしい。布を巻き終わり、男は小さく微笑んだ。
「それに、便利なこともある。能力を抑えて使えば打撃にも使えるし、何より幅広の刀身のおかげで銃弾を受け止めるのにも便利だ」
「でも、重くないか?」
「だから功夫を積んでいる」
異様な説得力に、青年は「成程ね」とつぶやくしか無かった。そんな青年をよそに、ダンバーは次々と荷物をまとめている。
「お、おい……師匠。まさか、もう行っちゃうのか?」
「うむ。教えられることは教えた……いや、お前自身はまだまだ未熟者だが、短期間で教えられることは、もうないからな……」
荷を作り終え――とは言っても、背負い袋一つ分、といった量だが――ダンバーは立ち上がった。
「それではな、ネッド」
「あっ……ち、ちょっと待ってくれ」
背を向け、歩きだそうとする師匠の背中を、青年はなんとか言葉で止めた。一応、待ってくれるらしい、ダンバーは立ち止まった。
「その……アンタも、彼らと因縁があるんだろ? それなら……」
協力してくれないか、そう言いたかった。しかし、自分に協力すると言う事は、ひいては指名手配されてくださいとお願いする様な物である。それに、師匠は自分と、そしてヴァンの師匠だ。それなのに、自分にだけ味方してくれ――などというのも、なんだかおこがましいように感じられて――その先は言えなくなってしまった。
「……私はな、ネッド。お前の事を、半分は失望したのだ」
「……え?」
ダンバーは振り向かぬまま、また空を見ている。
「お前の考えは、なんと浅はかなことか……仲間のため、それは良かろう。しかし、そのために折角助かった身を渦中に投じるなど、愚かであるし……何より、私の教えを、たった一人の少女のために使うなどと……」
そう言われて、青年は何も言えなくなった。そもそも、師匠が「会ってみなければわからない」と言ったのだし、何より――正論だからと納得できる訳ではない。確かに自分は、他人から見たら随分とくだらないことに力を使おうとしてるのかもしれないし、くだらない理由で大きな組織に喧嘩を売ろうとしている。しかし、自分にとってみたら、それが正解なのだから――そう思っていると、ダンバーの横顔が見えた。
「……しかし、私はお前がそういう男だがらこそ、期待もしているのだ。それで、協力した。私やヴァンであったらならば、絶対にそんな動機で戦えん。だから、興味が沸いたのだ。その行く末が、どんな物になるのか……ネッド・アークライトという男のな」
その横顔は、やはり笑っていた。だから、青年も笑って応えることにした。
「そうかい……そんじゃ、ジジイはとっとと隠居でもしてな。そんで、後から人づてにでも聞いてくれ……馬鹿な男の行く末をな」
「うむ。それでは、忘れるなよ。演武と錬気は毎日続けろ。お前の功夫は、まだまだだからな……ついでに、一つ助言を出そうか? 今、お前の仲間がどこに居るか……」
「いや、大丈夫。それは、見当はつけてある……アンタのおかげさ。知識もまた武器……だろ?」
「あぁ、その通りだ。それではな、ネッド」
ダンバーは笑ったまま頷き、そして背を向けて、太陽の沈む方角へと歩き始める。青年はその背中をずっと見守っていた。そして、その背が見えなくなり、自身も荷物をまとめ始めた。
「……俺がジェニーなら、まず体制を整えるために、賞金稼ぎや奴らの眼の届きにくい場所に行く。法の真空地帯、そこは……」
そして、青年は師匠と反対の方へ――日の登る方へと歩き出した。
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