11-5


 ◆


 朝食も済ませてジェニファーは博士に、昨晩の話の続きをと頼んだ。博士は機械の首を縦に振り、しかし色々見せたほうが早いだろうと言う事で、今は何やら屋敷のロビーで機械を鼻先でいじっている。ちなみにネッドとネイは、外でお守をしている最中――もっとも、あの三人は、これ以上の所はあまり興味も無いのだろうから、変に重い話を聞かせることもない。そう考えれば、これは丁度良かった。

 何やら、操作が終わったらしい。ロビーの一角の壁が動きだし、その先に地下へと降りる階段が現れた。


「……では、お見せしよう。この先に、ワシらの願いが……そして我が罪がある」


 博士は器用に、その機械の四肢で階段を下りていく。ジェニーも、その後を追った。階段はらせん階段になっており、壁には蝋燭ではない、どうやらガス灯が灯っていて、階段を照らし出している。


「まず、階段を下りるがてら、短くすむ話をしてしまおうか。黙示録の四祈士というのは知らんが、ビッグスリーについてたが……何を隠そう、私もその一人だったのだ」

「……続けてください」

「うむ。昨晩話したように、彼らはゆるい連合体だ。だがその中でも、何か突出した才能や地位を持っているモノが選出される役職だった。もっとも、実験を抜け、彼らと袂を別ったことで、お役御免になったがね。そもそも、願って得た地位でもないのだが……まぁ、それはいい。そして、ワシの知る限りのメンバーだが、一人はパイク・ダンバーという。優れた武人で、彼がコグバーン大佐に重傷を負わせた張本人だ」


 その男が、我が南軍の希望を奪った張本人か――いや、きっと手傷を負わされずとも、大佐はネイを連れて戦争から離脱していたような気もする。


「……その方は、今どうしているかご存知ですか?」

「いや、こんな辺境に十年間籠っていたのだ。彼の消息は分からんよ……しかし、彼こそ最初は熱心に活動していたが、次第に彼らのやり方に違和感を覚えていっていたようだった。そう考えれば、ワシと同じように離反しているかもしれないな。そして、最後の一人が……」

「……シーザー・スコットビル……違いますか?」

「……勘かね?」


 博士は振り向かずに答えた。だが、否定しない所を見ると、どうやら当たってしまったらしい。


「えぇ、大部分は……いえ、もしかしたらそうであって欲しかったのかもしれません」


 勿論、そう思った要素はある。すぐれた才能と地位、両方兼ね揃えた北部出身の大資本家、しかも異様に強い能力者――これだけ条件が揃えば、そうである可能性は高いと思ったのも確かだった。

 だが、もっと単純にだが――もしそうだったら全ての道が繋がり、自分もこの件に無関係で無くなる。不謹慎ではあるものの、そうであればこそ自分も戦う意義が出来る――ジェニファー・F・キングスフィールドは、そう考えたのである。

 そうこうしているうちに、一人と一匹は階段を降り切り、地下の空間へと辿り着いた。地下だというのに暗くはなく、大がかりな照明が真ん中に一つ、それ以外にも小さな照明がそこかしこを照らしている。かなり広い場所であり、まず真っ直ぐ先に橋が続いている。何故地下に橋が有るかと言えば、更にその下に空間があるからだ。見れば、地下で蒸気人形たちがあくせくと働いている。どうやら橋の下は採掘場になっているようであった。


「石炭、銅、鉄。主要な資源は大体取れる……これが発見されてしまっていたら、グラスランズにも白人どもが押し寄せて来ておるじゃろうな。ともかく、この地下資源を使い、細々と開発を続けておる」


 博士はそう言うと、そのまま四本の足で橋を渡りだした。対岸に着くと、そこは鉄の壁に覆われており、一角に一つ、扉がある。


「上の屋敷でも、簡単な発明はしておるんじゃがな。本格的なのはここでやっておる……すまんが、扉を開けてくれるかな?」

「はい、お任せを」


 普段ならブッカーが我先に、と動いてくれるのだが、せっかくなのでゆっくりするように言いつけてある。今頃屋敷の客間で、ノンビリ惰眠でも貪ってくれているだろう。実際、こんなことでは今まで世話になった恩を少しも返せはしないのだが、たまにはのんびりして欲しいというのも素直な気持ちだった。

 ジェニーが博士の前に立ち、鉄の扉を開けた――中には恐らく機械を作るための工具や、様々な本や紙が、片方の壁際の棚に整然と纏められている。どうやら治金もここでやっているようで、小型ではあるものの窯が、棚の無い方の壁に取り付けてあった。


「……ここが、秘密の実験室ですか?」

「いや、ここは主に機械を作る場所だ。まだ先がある……そっちが本命だ」


 博士が顎を動かすと、確かにその先にはもう一つ扉があった。一人と一匹はそこまで歩いてゆき、先ほどと同様にジェニーが扉を開けた。


「……これは!?」


 扉の先で目に入った光景に、ジェニファーは驚きが隠せなかった。その部屋はそんなに広くなく――せいぜい十平米といった広さの中に、所狭しとパイプのような物が繋がれており、そして部屋の最奥に一人の女性が、液体一杯に詰まったガラスケースの中におさめられていた。


「……これこそ、ワシの研究じゃ」


 博士の声は、どことなく弱々しかった。まるで、聖職者の前で罪を懺悔するかのような調子だった。


「……意味が分かりかねます。この方は、一体誰なのですか? そして、生きていらっしゃるのですか?」


 ジェニーはケースの中をちら、と見た。どうやら、先住民のようで、その誰かに似ているような気がした。


「……彼女はアナ、ポワカの母親じゃ。そして、生きているかという問いに対してだが……実際、死んでいると言って、間違いないじゃろう」


 博士が、何やら複雑な機械の操作盤のような所へと向かっていく。そして、鼻先でその一部分を指した。


「ここに、懐中時計が差し込まれておるじゃろう? これで、このケースの中の時の流れを極限まで遅らせておる。肉体が、損壊しないようにするためにな」


 そう言われても、何が何だか、ジェニファーには全然理解できない――いや、本当はなんとなくわかっているのだが、それを口にするのは憚られたし、ことの重大さを考えると、当人に言わせるべき、そう思って黙っていると、博士の方が諦めたように首を振った。


「……成程。甘やかしてはくれんか」

「えぇ、別に私は判事でもなければ神でもありません。貴方を裁く権利など持っていないと同時に、貴方を責める気もありませんから……だから、続けてください」

「あぁ……ワシの自身の研究は死者の蘇生じゃった。術式などと言う物が存在し、魂などと言う物の存在を肯定せざるを得なくなり……そう考えれば、よもやそのようなことも可能なのではないかと始めた訳じゃな。別段、ワシ自身、当初は蘇らせたい人が居たと言う訳でもない。ただ、一人の医者として、一介の科学者として、困難に挑戦してみたいと、単純に、それだけじゃった」


 そう言えば、この人は優れた機械工学士であるのと同時に、医師の免許も持っていた。得てして、飛び抜けた天才という物ほど、どんな知識でも持っている物である。


「しかし、彼らは違った。来るべき神の国に備えて、聖者の復活を目論んだのだが……だが、結果を言ってしまえばは失敗じゃった」

「……何故ですか?」

「ネイティブの信仰が本物であるとするなれば、死者の魂は大いなる意思へと返還され、そしてまた新たな命となる。つまり、死者の魂という物は、ずっとどこかに留まっている訳ではない。東洋の輪廻の思想に近いか、そういった物なのらしい。無論、ネイティブの信仰が絶対という訳ではないが……だが結局、大いなる意思の元へ逝ってしまった魂を呼びもどす術だけは、どうしても発見できんかった」

「それでは……この方は?」

「……もはや、逝ってしまったのじゃろうな。どれほど肉体を修繕しても、一向に目覚める気配は無い。言ってしまえば、肉体が死んでいないだけで、生きていないよ。しかし……どうしても、諦めきれんことはある。アナは、この西部で入植者たちに追われた部族の娘じゃった。たまたま生き残って、連れていた赤子がポワカじゃった……あくまでもの傾向として、ネイティブの方が大いなる意思とのつながりが強い。最初の内にはエヴァンジェリンズに先住民を入れることを嫌い、生粋のネイティブは実験から外されていたんじゃが、行き詰った結果、手を出した訳じゃな」


 博士はそこで、誰に向ける訳でもなく、首を横に振った。


「……ワシは、実験が行き詰まり、段々と、自らの行いを悔いるようになり……そして、アナと、まだ赤子だったポワカを連れて、実験から抜けたんじゃ。その手引きは、ダンバーがしてくれ……そして、ここに流れ着いた」


 そこで、博士はケースの中の女性の方を見た。博士の体は機械なので、感情が表れている訳ではないのだが――だが、なんとなくだが、優しい視線だった。


「……体の弱い娘じゃった。ポワカが物心付いてすぐ、息を引き取った。もしもっと後に……あの子が術式をもう少し扱えるようになってからであったのならば、ワシのように魂を留まらせておくことも可能じゃっただろうに」


 博士から視線を外し、ジェニーも透明なケースの中で眠る女性を見た。


「愛しているのですね。この方を」

「ふっ、この娘とワシは、親と子ほど離れておったし、夫もおったのじゃ。それを……」

「それならば、何故ポワカは、貴方を父と呼ぶのです?」


 恐らく、アナが存命している間は――それは、とても短い期間だったのかもしれないけれど、ポワカにとって博士を父親と思わせる位には、二人の絆は強かったに違いない。


「……生みの親よりも、育ての親という事じゃろうよ……話を戻すぞ。とにかく、ワシは今までの研究の成果で、アナを蘇らそうとした。幼いポワカに母親が必要だと思ったし、ワシにとっても……ともかく、ワシらは大手を振って外を歩ける身分ではなかったからな。単純に言えば、人恋しさに、ワシもポワカもアナに縋ったんじゃ。蘇ることが重要なのではない。蘇るかもしれない、ということが、ワシらにとっては希望だったんじゃよ」


 そこで、ジェニーは自身の境遇とポワカを重ねてみた。自分も幼いころに、家族と別れ、辛い想いをした。だが、耐えてきた。勿論、ブッカーが居てくれたのは心強かったし、一人では無かった――だが、確かに、もっと幼いうちに、それこそ三、四歳の時に親と死に別れてしまったのとはわけが違うかもしれない。自分には今のポワカの歳くらいまでは、家族が居たのだ。勿論、戦禍に怯えながらではあったけれど――しかし、物心付いてすぐに母が居ない様など、ジェニーには想像できなかった。ただただ、寂しかったことだろうと、同情することしかできない。そしてそんな同情には何の価値も無いことを、ジェニファーは知っていた。


「……やはり、貴方を責められませんわ。もしそれが、人の道を踏み外した行為であったとしても……もっとも、許されたいわけでもないでしょうけれどね」

「あぁ……ただ、あの子には……いや、エヴァンジェリンズの子供たちには、何の罪も無い。全ては、我々大人が、勝手に押し付けたことだ。そのせいで道を踏み外してしまったとしても、誰があの子たちのことを責められようか」


 この人は、分かっているはずだ。もう、アナは蘇らない。そして、博士は自身の罪を軽くしたい訳でもない。ただ、ポワカの幸せを願っている、それだけなのだ。そして、後悔している。ネイの境遇を、そして他のエヴァンジェリンズが辿った末路を――そうさせてしまった、自分自身に対して。


「……さて、貴方方がここで静かに暮らしている訳は分かりました。後、これで最後ですね。何故、貴方は機械の狼に宿っているのか」

「うむ。一言で言ってしまえば、ネイティブに襲われて、ワシのボディは死んだ。アナとは逆で、魂だけ残っているわけじゃな」


 重いことをさらりと言ってのけてしまった。きっと、自分の事だから、言うのも楽だったのだろう。誰かを傷つけたことではなく、自分が傷ついたことなら気にすることはないということか。


「あ、あの、襲われたって……?」

「何、言ってみれば先住民にとって、ワシの様な入植者は敵じゃからな……おっと、別に恨んどるわけじゃない。卵が先か鶏が先か、先住民に恨みをもっとる連中は腐るほどおる。それはワシのように殺された身内を持つ者も居るから。しかしながら、彼らを荒れ地に追いやったのもまたワシらじゃからな。互いの憎しみの連鎖の間に、丁度ワシが立ってしまった、まぁそれだけの話じゃ」


 そう、言ってみればネイティブに対する白人の迫害は、南部の褐色奴隷の物に比べても数段に酷い。過激な表現にはなるが、元奴隷達は何世代も白人の奴隷としてこの大陸にいついたため、共通言語を喋れるし、同じ神を敬うように改宗された。何より殺してしまうことは労働力が減るのと同義なので、損を被るのは地主であった。そういった意味では褐色肌の奴隷たちは、人権レベルでは問題があったものの、最低限生き物としては認められていた。

 だが、先住民は言語が異なるため、まずコミュニケーションを取る段階から障害がある。しかも謎の邪術を扱い、倒した相手の皮を剥いだり――単純に、文化の違いと言えばそれまでの話なのだが――自らを文明の使者と銘打つ入植者たちには、野蛮な、駆逐すべきモノのように映ったとしても仕方が無かったのかもしれない。


 そもそも大陸は広い、本来は先住民と一言で片づけてはならないほどのたくさんの部族も存在した。その中には温厚な部族だって居たし、旧大陸の文化を積極的に受け入れた部族だって居た。しかし、一部の攻撃的な部族が入植者に攻撃すれば、それはたちまち全先住民の責となって――異なる神を信仰する、言葉の通じない先住民は、次第にに入植者達の火器にその数を減らしていった。鉱脈でも発見されればなおのことで、土地の権利だなんだの主張して、元来文字も誓約書も持たない先住民たちを、荒れ地へと追いやっていったのである。元々何百万は居たとされる先住民はかなり激減している。こんなのでは、果たしてどちらが野蛮なのか分かったものでは無かった。


 しかし、これはあくまでも知識の話、客観的な事実の話で、当事者がここまであっけらかんとしているのは、あまり納得のいかない話であった。


「……貴方は、それでいいんですか?」

「良いか悪いかと問われれば、良くないじゃろうな。こんな咎人がのうのうと生き残って……」

「いえ、そういうことでは……いいえ、なんでもありません」


 この人は自身が死んで当たり前だと思っていたのだ。だから、納得してしまっている。しかし、博士が居なくなったらポワカが一人になってしまう。如何に機械に魂を宿せると言っても、他の者たちは話し相手になってくれるわけでは無さそうだ。だから、しがみ付いたのだろう、この機械の体に。


「……ともかく、ある程度術式を使えるようになっていたポワカが、ワシがやられた後に賊を追い出してな。それで、その時丁度作っていたこの体に魂を移した訳じゃな。ポワカは人型に移って欲しい様じゃが、ワシはこの体が気に入っておるのでな、これを使っておる……ワシのような畜生が、人の形を取るなどと、おこがましいにも程があるからな」

「……そうですか」

「ともかく、これで全て話したぞい。納得いただけたかね?」

「えぇ、ありがとうございました、博士」


 丁度ジェニーが小さく頭を下げた所で、背後の扉が開け放たれた。見れば、ポワカが息を切らせ、怯えたような表情でこちらを見ている。


「と、トーチャン……アイツら、性懲りもなくまた来やがったデス!」


 ポワカの表情に、この大草原という立地、何より先ほどの博士の話まで加味すれば、おのずと何者が来たのか、ジェニファーにも容易に想像できた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る