11-4


「ふむぅ……これはこれは、デス」


 ポワカは手に持った先端の欠けた棒状の何かを見つめながら、何やら唸っている。


「……どうだ? 直せそうか?」


 ポワカに尋ねたのはネイだった。昨日の嵐はどこへやら、今日は気持ちのいい位の晴天で、現在青年と少女二人の三人で屋敷の横にブッカーが停めた馬車まで移動して、リサに壊されたライフルを修理できるか見てもらっている所だった。


「うーん、直すって言うか、一から作った方が早い気もするデスけど……」

「それでも、コイツがやっぱり手に馴染んでるし……いや、無理そうならいいんだけどさ」


 ネイが相変わらずの遠慮っぷりを見せると、逆にポワカも変に火がついたのか、持っているライフルの柄の部分を握りしめ、欠けた先端を天に掲げて思いっきり立ち上がった。


「いえ、やります、やれます、やってみせます! 稀代の天才科学者、トーマス・ブラウンが愛娘、ポワカ・ブラウンの名にかけて! コイツを修理して見せますデス!」


 寝癖も梳かしていないぼさぼさな髪を振り乱し、女の子は元気に叫んだ。


「そ、そうか? でも、出来そうならお願いするよ、ポワカ」

「大好きなネーチャンのためですから! 大船に乗ったつもりで、どーんと構えてるがいいデスよ?」

「い、いやお前さ、昨日会ったばっかだろ?」

「いいえ! もう第一印象で分かりました! この人はボクを甘やか……いいえ、凄く優しい人だって!」

「おいお前、今甘やかしてくれるって言いかけなかったか?」


 青年のツッコミに、ポワカは思いっきり舌を突き出して応えた。


「妖怪ヒモヤローは嫌いデス! だって、キモいんデスもん」

「……意外とキモいって言葉は、こう、心に来るものがあるな……」


 そう、馬鹿とかはまだいい。行動や言動に頭の悪い部分があると言う、自分の落ち度が明確に分かる安心感がある。しかしキモいという言葉はそうではない。よく分からないですけれど、貴方のことは生理的に受け付けません、というような、自分でもどこを気を付ければいいのか良く分からない恐怖感があるのだ。


「おっ……お? どうしたデスか? このヒモヤロー」


 このクソガキ、更に煽ってくる。それに僅かにかちん、ときたおかげで、青年の心に小さな闘志が湧いてきた。


「はぁ……こんなアーパーなクソガキの言う事なんぞ、気にするだけ無駄だな」

「なぁ!? こ、このボクがアーパーデス!?」

「あーそうだ。こんな口やかましい、発想がぶっ飛んでるガキ、アーパー以外の何物でもないね」


 ふん、と鼻で息を鳴らし、腕を組みながらポワカの方を見る。さすがに堪えたのか、俯いて震えているような――いかん、流石に大人げなかったか、青年は反省し、謝ってやろうと思ったその時、逆にはん、と鼻で息を鳴らし、女の子が皮肉たっぷりな表情で顔を上げてきた。


「ボクとしたことが、こんな体だけがでっかいオコチャマ相手に、ほんのちょぉっぴりだけ本気になっちゃったデスよ……危ない危ない」


 やれやれ、と首をふるポワカの姿が、なんとも青年の神経を逆なでした。


「な、なんだと!? このぼさぼさテンパ!」

「なんデスと!? 死んだ魚の様な目をしてる癖に!」

「アーパー!」

「ヒモヤロー!」

「「ぐぬぅぅぅうううううう!」」


 気がつけば、青年と女の子は互いに近寄って、互いの顔を思いっきり睨んで威嚇していた。


「はいはい、お前らが速攻打ち解けて、すっごく仲が良いのはよぉっく分かったから……その辺にしておきなよ」


 二人の間を、ネイの呆れかえったような声が通り抜ける。その声に我を取り戻したのか、ポワカがネイの方にばっ、と振り向き、眼を潤ませながら急接近した。


「ねぇ、見てましたか!? いたいけなボクにこの仕打ち! あの男、やっぱりヒデーやつデス!」

「あぁ、アイツが酷いのは決して否定しないけど、今のはポワカが売った喧嘩だろ? もちろん、買ったのはそこの馬鹿だから、まぁ、五分五分ってところだな……あと、自分で自分のことをいたいけとか言うな」

「あぅ!? ネーチャン、意外ときびしーデス……」


 ぐぅの音も出ないであろう正論に、ポワカはがん、と頭を叩かれてのけぞった。が、すぐに持ち直して、目をキラキラと輝かしている。


「でも、チョロそうに見せかけて、その実一筋縄で攻略できねーネーチャンも……嫌いじゃないデス……!」


 こいつ、堂々と本人の前でチョロそうとか言いやがって、でも、なんとなくその気持ちは分かるよ、青年はそう思った。


「……その、攻略って言葉の意味はよく分からねーが、とりあえずお前とネッドが割と同類だってことはよく分かったよ」

「にゃー!? ヒモヤローと同類扱いされたデス!? えんがちょーデス……」

「はは、同類にされたくないんだったら、あんまりバカなことを言わないようにするか、もしくは酷いことを言ったのを先に謝るか、どっちかすればポワカの方が上になれるぞ?」


 それを聞くと、ポワカは「ボク、すっごい不本意なんですけど」と言わんばかりの顔で、青年の方へと振り向いた。


「……そーデスね。ボクの方が心が大人デスから? しかたねー謝ってやるデスよ……許してちょんまげ」

「なんか古いなオイ!?」


 思わず青年が突っ込んでしまった。そもそもちょんまげとは何なのか、どことなくエスニックな感じというか、オリエンタルな雰囲気の漂う言葉である。しかし――。


「……おかしい。本来こう、俺はボケ側の人間だったはずだ……最近、他の連中にパワーで負けてきている気がする」

「大丈夫。その変な一人言を止めない限り、お前も変人連中のお仲間だから。安心していいぞ?」

「そういう君は生粋のツッコミ気質で、ぶれなくて安心だねぇ」

「うん、だからもう少し分かる言葉を話してくれよ、頼むからさぁ」


 なんだか、久々に少女の呆れ顔を見れた気がする。青年がなんとなく笑ってしまうと、多分向こうも同じように思ったのか、少女も小さく笑った。


「あー! 駄目デス、ネーチャン、そんなえんがちょーヤローなんかにかまけてちゃ! それより、ちょっとこっち来てもらっていいデスか? 修理のことで、ちょっと相談が……」

「あぁ、分かった」


 青年の傍から、ネイが三つ編みを揺らしながら去って行った。青年は近くに腰かけ、ネイとポワカのやりとりを眺めた。機械のことは好きなのだろう、一生懸命ネイに説明するポワカと、それを真剣に、時に優しい笑顔を浮かべて聞くネイ。なんだか姉妹みたいで、見ていて微笑ましかった。先ほどはちょっとだけカッとなってしまったが、ポワカも悪い子じゃない――そもそも、あの子が飛び出してきたのは、ブラウン博士の窮地を救うためだ。なかなか生意気な所もあるが、それも考えれば歳相応である。そう考えたら、やっぱりこの子に出会えてよかったのだろう、何よりネイが活き活きとしている――こんな自然な笑顔を見れたのは、本当に久しぶりだった。


(……なんだか、ちょっと悔しい気もするけどな)


 自分の力では、あの笑顔は取り戻せなかった。だから、悔しいけれど、やはり感謝するべきなのだろう。


 しかし、やはり前々から少し思っていたが、ネイはお姉さん的な所もある。子供が好きというのはあるのだろうが、何と言うか、意外と包容力もあるのかもしれない。


「……俺も甘えたい」

「なんか今、くだらねーこと考えてたな? お前」

「うん、俺の邪念を察知することに関しては、君の右に出る者はいないと思うよ?」


 一瞬で反応してくれた少女に、青年は感謝の気持ちしか無かった。


「ほらほら、ネーチャン。そんな奴は無視して……それで、ただ修理するだけじゃつまんねーと思うんデスよ」

「いや、普通に直してくれればいいから」

「なんデスと!? 折角の燃えるパワーアップイベントを布衣にするおつもりデス!?」

「うん、別に強い力が欲しいわけじゃ……」


 そこで、少女は一旦区切り、少し考え込んで――真剣な表情で、緑髪の女の子と改めて向き合った。


「……強化するって、どんなふうにするつもりなんだ?」

「それはですねぇ……ネーチャンが元々使っていたのは、後装式の単発ライフルですよね? だから、一発撃ったら弾を込め直すのに時間がかかる、そういう機構だったはずです」

「うん、そうだな」

「だからですね、何発も銃倉に弾が込められて、一発ごとに排莢を出来るようにすれば、すっごい早いとまでは言えないまでも、そこそこ連射ができるようになるデス」

「うーん……それはそれで、前よりは強いのかもしれないけど……でも……」


 もし、リサともう一度やり合うのならば、根本的な問題は連射力などでは無い。そもそもあの恐ろしい能力を無効化するような、そんな機構が必要で――だが、そんな銃はおいそれと思い浮かばない。だからこそ、リサの能力は恐ろしい、そういうことなのだろう。


「でもまぁ、とりあえずお願いしようかな。折角ポワカが張り切ってくれてるんだし」

「デスデース! とにかくやってみようぜぇ、って感じデスね!」


 ライフルの柄を抱きかかえながら、満面の笑みでポワカがくるり、と周った。なんだか、年相応の天真爛漫さで、可愛らしかった。


「……でも、ネーチャン、銃身に術式刻んで、銃口にナイフを射して、それで巨大銃剣に変形させてたんデスよね?」

「あぁ、そうだけど……それが何か?」

「うーん……その、ネーチャンの能力は、トーチャンから聞いてるんですけど……なんでそんなことが出来るのかなぁって」


 確かに、今まであのインパクトに気を取られて、そこまで考えていなかった。何故あんな無茶苦茶な変形が起こるのか、それは青年にも分からない。


「……コグバーンにやってみろって言われて、それで試してみたら出来ちゃったってだけだからなぁ。だから、このライフルが特別なのかと思ってたんだけど、違うのか?」


 何より、肝心の少女が、分かっていないらしかった。一応、昨日の博士の話を鑑みれば、もしかしたら父親の能力が関係しているのかもしれないが、結局青年には確かなことは何も言えなかった。


「えぇ、これ自体は別に、国民戦争時に両軍がよく使ってたどこでにもあるような一品みたいで……でもまぁとにかく、変形は浪漫! 蒸気ぶしゃーでカッコ良さマシマシ! まったく、ネーチャンのセンスには脱帽もんデスよ!」


 ここまでは元気にアホ可愛い感じだったのだが、ここからは真面目な話になるのだろう、ポワカの顔がクッと引き締まった。


「とにかく、壊れちゃった、というより無くなっちゃったバレルは新調するしかねーデス。んで、そこに術式を刻まないとデスから……腕、見せてもらっても?」


 その言葉に、やはり少女は一瞬たじろいでしまったようだったが、しかしすぐに平静を取り戻したようだった。どうやら、昨日知った母の事実や、ポワカの存在が、多少なりとも彼女の気持ちを強くしてくれたのかもしれない。


「うん、見せるのは構わないんだけどさ……でも、腕にびっしりで見にくいと思うんだ。だから、水面に出した方が見やすいと思う」

「それもそーデスね! そんじゃあまぁ、とにかく中に入りましょうか? 直すにしても術式見るにしても、ここには道具がありませんから」


 まったくポワカの言う通りで、もはや外に居る利点と言えば、せいぜい天気が良くて気分が良い位のものだった。


「あぁ、ヒモヤローさんは外に居てくれて結構デスよ? というか、外に居ろデス」

「いやぁ、なんで俺の周りの人たちって、こう俺に優しくないんだろうね?」

「うん、それは多分、お前の日ごろの行いとか言動のせいだと思うよ? まぁ、ポワカの言う通り、中に戻るか」


 少女の言葉に三人立ちあがり、ネイとポワカが青年の先を歩く形になった。二人は相変わらず楽しそうにしているのだが、青年はふと疑問だったことをポワカにぶつけた。

 

「そういえば、なんでこの屋敷、あんな防衛システムを張ってるんだ?」


 青年の質問に、振り向いた女の子の顔が少々陰ってしまった。しかし冷静に考えて見ればおかしなことではなく、身を護るために武装しているという事は、何者かにつけ狙われていると言う事に他ならない。申し訳ないことを聞いたか――そう思ったが、ポワカはすぐに気丈な笑顔を青年に向けてくれた。


「えへへ、オメーは変な奴ですね、ネッド。言って後悔するくらいなら、何も言わねー方がマシかもしれねーデスよ?」


 恐らく、また自分が暗い顔をしていて、それで気を使わせてしまったのだろう。成程、この子の方が大人と言うのも、あながち嘘でもないかもしれない。そう思って、青年も少し笑ってしまった。


「……確かに。お前は賢いな、ポワカ」

「デス! でもまぁ、オメーの考えてる通りだと思うデス。ジェニーのニーチャンを筆頭にですけど、ボクたちの技術を盗もうとする連中は多いデス。最近は……」


 丁度、玄関の前に来た所だった。聞こえてきた蹄の音に、ポワカがマズイ、という顔をして中へ逃げ込んだ。


「は、早くこっち来るデス!」


 ポワカが玄関の隙間から小さく叫んだが、どうせもう見られてしまっているのだ、それならば対処するしかないだろう――青年と同じように考えているのか、少女も中へは入らず、近づいてくる二人の男に向き合っている。


「……やはり、人、住んでる。頼む、博士に会わせてくれ……お前らと戦う気、無い……うん?」


 そう、片言の言葉を喋るのは、片方の若い男――上半身は裸の、黒い髪に鳥の羽根の意匠を凝らしたバンダナを巻いた、一人の先住民ネイティブだった。そして青年と顔を合わせると、向こうは何やら神妙な顔をして――青年もよくよく見ると、その顔には見覚えがあった。


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