11-6


 ◆


 館を訪れたネイティブの二人は、博士の指示で食堂へ通された。先に青年とネイで少々話をしたところ、どうやら攻撃的な先住民でないことは分かっていたためである。


「え、えーっと……それでオメーら、何の用なんデス?」


 ダイニングテーブルの真ん中の座席で、ポワカがたどたどしく対面に座る二人に尋ねた。何故ポワカが喋っているかというと、機械の狼が喋るなどと怪しいことこの上ないので、博士の代わりを務めている、ということらしい。ちなみにポワカの下に博士が、ちょうど犬のお座りの様な形で座っており、脇の二つの席は青年とジェニーで固めている。ネイティブ二人の背後にネイが立ち、廊下にはブッカーが控えている。


「##F{#}R/TEE」


 二人組の内、上半身が裸の、若い方がポワカに何やら話しかけた。同じネイティブだということで、とりあえず彼らの言語で話しかけたらしい。


「な、なに言ってるか分かんねーデス……」


 ポワカが顔面に汗を一杯浮かべている。ただでさえ人見知りしそうな上に、相手が何を言っているか分からなければ、それも仕方のないことだった。


「ふふ、ここは私にお任せなさい、ポワカ。私も西部は長いですからね……」


 女の子を安心させるためか、ジェニーが助けに入った。別段助けなど必要ないはずなのだが、面白いので青年は何も言わずに見守ることにした。


「……タタンカ?」


 ジェニーが両手の人差し指を立てて、頭の横に付けて得意げな顔をした。


「おぉ、よくご存じですね。しかしタタンカはズー族の言葉。我々はカミーヌ族です」


 年上の方の男が、流暢な共通語で言った。ジェニーは手はそのまま、しかしバツの悪そうな表情を浮かべた。


「……その知識は、役にタタンカ」


 青年がぽつりと言うと、奥に居るネイが噴き出し、すぐに人差し指で頭を押さえ、「くだらねーこといってんじゃねーよこの馬鹿」という表情をした。お礼に青年は、少女に満面の笑みを返した。

 視線を男たちに戻すと、年上の方の男が穏やかな笑顔を浮かべている。


「改めて、私はヒマラー、こっちの若いのはオリクトです」

「は、はぁ……こりゃ丁寧にどーもデス……」


 相変わらず困惑顔のポワカに、もう一度ヒマラーと名乗った男が微笑みかけ、だがすぐに真面目な表情になり話を続ける。


「それで、折入って頼みたいことがあるのですが……ここに住んでいる博士の噂を聞いて来ました。どうか、我々カミーヌ族のために、武器を貸していただきたいのです」

「え、えーっと……?」


 ポワカが耳に繋いだ栓の様なものに手を当てて、眼を瞑っている。栓は糸状の何かで繋がっており、その先には博士の機械の口が繋がっている。どうやらアレも何やら発明品のようで、博士の声が直接ポワカの耳に入る使用らしい。


「だ、駄目らしいデース!」


 博士の意見なのだろう、しかしもっともな意見である。


「……勿論、タダでとは言いません。もっとも、貴方方が欲しがるような物を、我々が与えられるとは限りませんが……」

「えっと、えっとえっとぉ……」


 神妙な顔をするヒマラーに対し、ポワカは再び栓に手を当てて、博士の声に耳を傾け始めた。


「い、いらないから帰れ、だそうデース!」


 その言葉に、二人の先住民は黙ってしまった。


「……なぁ、事情くらいは聞いてやってもいいんじゃないかな?」


 そう切りだしたのは、やはり頭に超ド級がつく程のお人好しのネイだった。正直、青年にはこの二人が何故ここに来たのか、なんとなく察しはついていたし、それは博士も同様で、そしてその上で協力する気が無い、それだけの話なので、少女の提案はこちらにとっては迷惑以外の何物でもなかっただろう。しかし、一方で安心もした。少女の調子が、戻ってきたんじゃないか――そう思い、青年は少し嬉しくなった。

 なので、青年は少女に助け船を出すことにした。


「……なぁ、博士。俺もネイに賛成だ」

「ふぅ……まったく、貴方はネイさんに甘すぎですよ?」


 大きなため息は、ポワカの向こうのジェニーの方から飛んできた。当然この女だって、先住民たちが何故ここに来て、どうして武器が必要なのかは分かっているはずである。


「でもまぁ……無下に追い返そうとするから、先方だって納得いかないというのもあるでしょう。きちんと事情を聞いて、それでこちらの事情を話せば、納得していただけるのでないでしょうか?」


 実際、彼らは相当切羽詰まっているはずだ。下手に事情を聞いてしまったが最後、むしろ彼らは余計に諦められなくなるかもしれない。


「……最終的に断る位なら、最初から聞かんのが優しさだと思うのだがの」


 机の下から声がしたので、青年は一つ隣の席に移動した。空いたポワカの隣に、昨晩と同じように狼の体が鎮座した。当然、前の二人は困惑した表情をしている――それはそうだろう、声の主が人間では無かったのだ、青年だって最初は驚いたのだから。


「と、トーチャン!? 何しゃしゃり出て来ちゃってるんデス!?」

「あのな、ポワカ。お前のこの発明品、全然音が伝わっておらんのじゃろ? そうじゃなくとも、ワシが直接話した方が早い」


 博士は器用に前足で、口に繋げていた機械を机の上に置いた。


「ガビーン……役立たず宣言されちゃったデス……」


 変なリアクションを取るポワカだが、しかしすぐに真面目な顔になる。


「……でも、トーチャン。ボクは納得しないデスよ? だって、トーチャンは……」

「……ワシをやったのはコマンティ族じゃ。彼らは違う」


 成程、博士が機械の体になったのはそういうことか――青年はなんとなくだが、事情を察した。


「とにかく、お待たせしたな。ワシがお主らの探していた、トーマス・ブラウンじゃ。お人好し達の来客が偶々居なければ、すぐにでも追い出して居た所じゃ。まず、彼らに感謝するんじゃな……それで?」


 流暢に喋る機械仕掛けの狼を見て、先住民の二人は互いに顔を見合わせ、困惑したような顔をしている。


「……お前、機械。博士、どこ」


 そう言ったのは、若い方のオリクトという男であった。


「ワシの体は、そうじゃな……屋敷の裏手に埋まっておるよ。もしワシが本物だと信じられないようならそれでよい。このまま話を聞かず、お引き取り願うだけじゃ」

「いえ、申し訳ない。信じましょう、貴方が博士だと」


 今度はヒマラーの方が、慌てたように口を開いた。


「うむ。では、事情を話したまえ」

「はい……恐らく知ってのことだと思いますが、近頃その、心ない白人による我々への迫害が、酷くなってきています。私たちは、白人たちが定めた命に従って、この地に移動してきました……しかし最近では、勝手に入植してくる白人のために、我らの土地を分譲せよと言ってくるのです。そのため、自衛のために武器が欲しいのです……白人たちに対抗できるような、強力な武器が」


 ヒマラーは、青年やジェニーの方を慎重に見ながら言った。別段、青年はどう言われた所で気にもしないし、それは恐らくジェニーも同様である。しかし、だからと言って彼らに協力できるとは限らない――同情していない訳ではない。どうすることも出来ないだけである。そして、それは博士も同意見だろう。


「無理じゃ」

「何故!?」


 オリクトが博士に食ってかかる。自らの命、家族の命がかかってるのだ、必死になるのは分かる。しかし――。


「……下手に抵抗してみろ? それこそ、彼らの持っていない様な武器を持って、彼らの命を奪ってみたとする……すると、どうなるだろうか。彼らはより多くの兵を連れて来て、今度は量で君たちを圧殺するだろう。言ったら悪いが、既に趨勢は決しておるのだ。この大陸で、白人は増えすぎた。逆に君たちは既に減り過ぎてしまった……時代の流れには、何人たりとも逆らえんよ」


 オリクトは、腑に落ちないようだが、しかし握った拳を引き、歯を食いしばっているようだった。逆にヒマラーは、眼を瞑り、ただ静かに頷いて――。


「……それでは、ただ我々に滅びろと、そう仰るのですか?」


 そう、小さくつぶやいた。


「そうは言っておらん……だが、抵抗するのは余計な反発を招くだけ、そう言いたいだけだと……無論、ワシらが作った物が殺戮の兵器として使われて欲しくないというのもあるがね。個人的には、北へ逃げることを薦めるよ。国境を越えた先も旧宗主国の植民地と化しておるが、それでもこちらの西漸運動の膨張熱に晒されるよりかは、遥かにマシじゃろう」

「確かに、その通りかもしれません……ですが、長い、長い時を、私たちはこの地で過ごしてきました。私たちは、海の向こうからやってきた人たちを排除する気なんて無かった。勿論、そういう部族が居たのは認めますが……それでも、この広い大地で、奪うこと無く、共生する道だってあったはずです。それなのに……」

「あぁ、勝手に都合を押し付けて、君たちを追いやったのは我々だ。しかし、ワシは善悪について語りたい訳ではない。ただ、事実を語ったにすぎない。お前さんの言う事もまた事実と言うのは納得はするがね」


 ヒマラーの望郷の念の籠った独白を、博士は冷たく叩き切ってしてしまった。だが、青年は博士に同意だった。彼らが悪い訳ではない。それでも、武器を取って戦う事が正解でないときだってある――それだけの話なのだ。

 中年の男は静かにかぶりを振り、そして再び鉄の狼の目を見た。


「……部族の中には幼い子供や、年寄りもたくさんおります。果たして、抜けられるでしょうか?」

「#GO/>KT!?」


 若い方が何を言ったか、恐らくは「諦めるのか」など、そんなところだろう。


「残念ながら、博士の言う事は正しい。仮に万が一、一度追い返せてしまったら、奴らはそれこそ我らを消し去るまで、地の果てまでも追いかけてくるだろう。幸い、季節はまだ夏だ。冬に移動するよりかは、幾分かマシだ」


 昔、政府の指定する居住区まで、強制移住させられた部族があった。彼らは移動中に、総人口の三分の一もの死者を出した。その一因が、冬に無理な移動をしたことがあげられる。当然、子供や老人を連れた強行軍、しかも白人の妨害があるかもしれないことを考えれば、最悪それ以上の被害が出るかもしれないが、寒くなる前に移動するというのは、一つ合理的な判断であろう。


「……それで、博士。どう思いますか?」

「残念ながら、君たちの幸運を祈るとしか言えんな」


 博士の答えに、ヒマラーは再び首を振って席を立った。その後を追うようにオリクトも立ち上がり、二人は扉の方へと歩いて行く。


「……行く気かね?」


 博士が、二人の背中に声をかけた。


「……私だけで全てを決められる訳ではありません。戻って、一度皆で話し合って……そして決めます。滅びるか、生まれ育った土地を捨てるかを」


 緑の外套は背中で答え、だがやはり、一度こちらへと振り向いてきた。


「……貴方方を困らせる気は、私たちにも無かった。今更だが、唐突な訪問、失礼しました」


 そして扉を開けて、二人は去って行った。


 しばらく食堂に重苦しい雰囲気が流れ、そしてやはりその沈黙を破ったのはネイだった。


「……なぁ、アイツら、悪い奴らじゃないだろ? 何か、してあげられないのかなぁ……」


 少女の絞り出すような独白に、青年よりも早くジェニファーが答える。


「残念ながら、博士の言う通りですよ。彼らがこの地で生き残るようにするためには、それこそ長い戦いが必要になるでしょう……それは武器を手に取ると言う意味では無しでね。下手に武力を以て戦う事は、彼ら自身の首を絞めることになりませんし、それに協力することは……ハッキリ言って、私たち自身の首を絞めることに他なりません」


 そう、下手をすれば先住民の味方をした連中と言う事で、自分たちの方がお尋ね者になりかねないのだ。如何に客観的に見て、白人の方が強大な力で先住民を迫害してると言っても、博士の言ったように、時代の流れには逆らえない――いわゆる多数派マジョリティには敵わないのだ。しかも、現在青年と少女は微妙な立場にある――それこそ、昨晩聞いたとも因縁があるのだ。そんな中で、いたずらに敵を増やすことは得策ではない。


「……そっか。うん、分かった……」


 少女は、納得したのか――いや、納得はしていないだろう、帽子のつばを下ろして、表情を見えないようにしてしまった。理解はできても納得はできない、そんなところか。


 そしてしばらくして、今度はポワカの方から声が上がった。


「……ボクもネイティブですけど……なんだか、よく分からないデス……トーチャンを殺したのもネイティブ、でも今迫害されて、苦しんでいるのもネイティブで……」


 ポワカは俯き、そして幼いながらに、一生懸命考えているようだった。悩める女の子に対して、きっと少しでも助言を与えたいのだろう、ネイが帽子のつばを人差し指で押し上げて、ポワカを見つめた。


「きっと、ポワカが思ってるほど複雑じゃないよ……ネイティブだから良いとか悪いとかじゃないんだ。もっといえば、白人だから良いとか悪いとかでもない……単純に、いい奴と悪い奴が居る。生まれや人種、関係無しにな……ただ、それだけなんだよ」

「そう……デスか。そうかもしれねーデスね……」


 ポワカは、ネイを見つめながら答えた。今まであまり深く考えてこなかった所なのだろう――しかし、今この子は一つ悩み、考えて――しかし、納得した顔では無かった。だがそれはきっと、ここにいる全員、同じ気持ちだった。


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