8-6
しかし、ネイにはどんなドレスが似合うのか――青年の頭の中がそればっかりになってしまった。
マリアの助言を受けてから、食事の時、荷台に座っている時、劇の練習をしている時――気がつけば、少女を目で追っていた。そして、彼女に似合う色は何か、どんな装飾が相応しいのか、そんなことばっかり考えていた。
「おい!? ぼさっとすんな!」
「……えっ?」
目の前に、鼈甲色で全身を覆われた、赤い眼のコヨーテが迫っている。
「くっ……!?」
硬い物同士がぶつかる音、青年の強化した袖に、コヨーテの牙がぶつかった。しかし、顎の力が強い――このままでは、噛み砕かれる、そう思った瞬間、こちらへ駆けてくる足音が聞こえてきた。
「離れろッ!」
しかし、銃剣は空を裂いて終わった。少女の気迫を、まだ残っているのであろう動物の本能で察知したらしい、コヨーテは青年の腕から離れ、距離をとった。
「くっそ……アイツ、素早いな……」
少女の息があがっている。こんな緊急事態に何をやっているんだと、青年は自分を叱咤し、改めて魔物の方へと意識を向けた。
「確かに、巨大化でもしててくれた方が、君としてはやりやすいだろうね」
「あぁ……って、そんな悠長なことを言ってる場合じゃねーだろ? お前も、どうするか考えて……」
「だいじょーぶ。古来より伝わるシンプルで有効な戦法がある」
そう言いながら、青年は少女の一歩前に出た。赤い眼の化け物が、再び駆けてくる。このままでは焼き回しになるだけなのだが、今度は青年が呆けてなどいないという点が大きく異なる。
再び、肘を曲げて前へ突き出す。すると先ほどと同じように、コヨーテはその腕を噛みちぎらんと食いかかって――そしてそのまま、青年は空いている左手でボビンを抜き出し、すぐさま自分の右腕とコヨーテを巻き付けた。当然、長くは持たない――防御にしても、拘束を破られるにしても。
だが、少女にとってはその刹那でこと足りる。青年はコヨーテをぶらさげたまま、少女の方に振り返った。
「さぁ、ネイ!」
「あぁ、任せろ……アスターホーンッ!!」
少女の一突きが、丁度繊維と繊維の隙間に差し込まれた。その瞬間を見極め、青年は袖の強化を維持したまま、コヨーテに巻き付けていた方の繊維を元に戻し――そして、巨大な銃剣から蒸気が噴き出し、激しい音と共に刃が押し出された。
「……これぞ、腕を取らせて
「それ、肉を撃たせて頭を撃つじゃねーの? コグバーンが言ってた」
青年のは冗談だったのだが、少女は本気だった。だが、この西部ではそちらの方が余程相応しいのかもしれなかった。
青年の駆る馬車が、海岸線に出た。ここ何日も見ているはずなのに、飽きないというか――きっと、少女が見たがっているだろうから、だからつい、この道を選んでしまう。
「……大丈夫か?」
先ほど暴走体に噛まれたことを心配しているのだろう、そう思って、青年は振り向かずに、腕をひらひらと振って返す。
「あぁ、何とも無い。君の援助が早かったおかげさ」
「そっか、それならいいんだけどさ……でも、アタシが聞いてるのはそれだけじゃなくって……その、無理しなくっていいぞ?」
戦闘中に呆けてしまったのだ、大分疲れていると判断されてしまったのだろう。だが青年としては、自分より余程少女の方が頑張っていると思っているので、その厚意に甘える訳にもいかなかった。
「いやぁ、すまんすまん。どっちかっていうと、ほら、ほぼ連日暴走体と戦ってるせいでさ。慣れちゃったって言うか、油断しちゃったんだよ」
「……ホントか? 無理してないか?」
「それを言うなら君の方こそ。なんだったら、寝ててもいいぞ? まぁ、ガタガタ揺れてて微妙かもしれないけどさ」
「いいや、起きてるよ……だって……」
どうやら、海を眺めているらしい――だけど、それも納得する眺めだった。
今日は、少し遠くまで獲物を追いかけていたせいで、帰りも少し遅くなった。六月で日が長くなっていて、いつもならすでに村に着いている時間。それは丁度、赤い夕陽が海岸線に沈む時間だった。
沈む日をその身に受けて、海がオレンジ色に染まっている。一面に広がる橙色の世界、引いては返す波の音、海を渡る鳥達の歌声。馴染みが無いはずなのに懐かしい、そんな風景。しかも刻一刻と、少しずつ、光の量によって海の色が変わっていく。
(きっと、同じ眺めは……)
「……まったく同じ景色は、二度と見れないんだよな」
少女が、まるで青年の心を読んだかのように、ぽつり、と言った。それがなんだか嬉しいような、気恥かしいような――そんな気分になった。
「あぁ、そうだな。それなのに寝るだなんて、確かにもったいないかもな」
「うん、そういうこと……でも、ホントに綺麗……」
青年はまったくの同感で、再び海を眺めた。今までの人生で、風景にここまで感動したことがあっただろうか。
(……しかし、オレンジってのも、いい色だな……)
そう思った瞬間、青年は後ろを振り向いた。どうやら青年の視線には気付いていないらしい、風を浴びたいのか、帽子を外して少女は海を眺めている。
そして、考える。果たして、ネイにオレンジ色が合うかどうか。思えば、オレンジなどという発想が無かった。無難に白、それも違う気がしたし、黒、は似合いそうだが、あまりに捻りが無いような気がした。いっそ冒険してピンクにでもしようと思ったのだが、姉役なのに子供っぽすぎるかも、ということで没にした。その他、青、赤など、基本色を考えても、どうにも合わない様な気がして悩んでいたのだが――少女の顔は、やはり混血なだけあって、どことなくエスニックな雰囲気もある。そう考えると、わりとオレンジ色というのも合う気がする――そうだ、装飾も少し民族調にしてみるのもいいかもしれない。あまりに異国風過ぎると劇の雰囲気に合わなくなるであろうが、多少ならば少女の魅力を引き出してくれるのではないか――などと考えていると、ふと少女がこちらを向いた。
つまり、眼が合った。
「……な、なんだよ」
西日が、少女の顔を照らしている。オレンジ色に染まった頬が、なんとも可愛らしかった。
「いや、これだよ! 決まったぞ、ネイ!」
「は、はぁ? 決まったって、何が……」
「だから、衣装だよ! 今、閃いたんだ!」
「ほ、ホントか!?」
少女の頬が、嬉しそうにつり上がった。
「本当だとも! いやぁ、風景を見てインスピレーションが沸くとか、俺って結構芸術家気質だったって言うか、もしかしたら天才なのかもしれないな!」
「や、それはちょっと調子に乗りすぎなんじゃ……」
少女の顔が、段々呆れ調子になってきた。
「いやっほーう! 海よ、ありがとぉおおおう!」
「はぁ……確かにお前は天才だよ。ただし、雰囲気をぶち壊すことに関してだけどな」
青年は、すでに少女の顔を見ていなかった――何故なら、なんやかんやで結構恥ずかしかったからである。
方向性が定まったと言っても、それがすぐさま形になる訳ではない。昨晩は自分のことを天才だと言ったが、アレは嘘だった。きっと天才というのは、思った物をすぐに形にできる人間なのだろう。そう思えば、青年は自分が凡夫であるということを認めざるを得なかった。
そういった具合で、今も青年はサーカス裏手の掘立小屋の椅子に座り、机に広げた本や紙と睨めっこしていた。この時期は乾燥しているので、室内ならば十分涼しいが、外の風が欲しいために窓は開けている。おかげで少女の歌声を聞くことが出来た。その歌声を聞くと、なんだかやる気が湧いてくるので、丁度良かった。
しかし、ネイはメキメキと上達している。もともと歌が上手かったというのもあるのだが、表現力もあるし、何より集中力が凄い。彼女こそ、真の天才なのかも――そう思うと、やはり自分とネイは釣り合わないんじゃないか、久しぶりにそんなことを考えてしまう。
自分は何でもそこそこ出来るが、何か一つ突き抜けた物は無い。逆に少女は欠点もたくさんあるものの、素晴らしい才能をたくさん持っている。やっぱり、生きる世界が違うのか。しかし青年は、それを簡単に認めたくなかった。一緒に居た三ヶ月で、自分が何が出来た訳でもないかもしれない、確かに釣り合わないのかもしれない。でも、それでも――青年は、目の前の図面にもう一度向き直った。もし満足のいくものが出来れば、まだ自分は彼女の隣に居てもいいんじゃないか、そんな風に思ったのだ。
さて、どんな意匠が彼女に似合うか。幸い、セントフランも大きな都市なので、図書館の蔵書はしっかりしていた。今青年の前にあるのは、服飾の本だけではなく、異国の風俗本も何冊か、更には冒険者の手記の写本――意外と異民族の外見のメモがあったりする――そういったものをぱらぱらめくりながら、少女に合うイメージを構築していく。
旧大陸の劇なのだから、あまりに東洋風だったり、先住民風も合わない――それならば、東欧風の伝統衣装ならばどうだろうか。しかし、ちょっとした柄なら、エスニック調も合うかもしれない――そうだ、フリルなどはどうしようか、派手すぎても駄目だが、しかし少女の可愛らしさには、付けたほうが似合うんじゃないか――すると、手が動き始める。思考という混沌をなんとか紡ぎ出そうと、紙にペンを走らせ――だが描いてみると、なんだか違うような気もして、紙を丸めて次へ――いや、さっきのは失敗だが、柄は悪くなかったんじゃないか、しかしそれならばどんな装飾がいいのか、再び文献に目を通し、固まってきた所でまたペンを持ち、描いて――。
「……凄い集中してますね、ネッドさん」
顔を上げると、グレース・オークレイが青年の前に座っていた。しかし、いつ小屋の中に入って来ていたのか、全然気付いていなかった。
「そういう君は、またサボりか?」
「いいえ、サボってなどいません。そもそもサボるというのは、やるべき仕事をやらないことを言うんです」
「成程ねぇ。つまり、君は練習することなど無いから、ここには暇つぶしに来ていると」
グレースはいたずらっぽく笑った。
「そういうことです。ネッドさんって返しが面白くって、好きですよ」
金髪の乙女の一言に、青年はまた調子を狂わされてしまう。本当に、こんな美人に好き、などと言われたら、意識せざるを得ないじゃないか――だが、ここがこの少女の恐ろしい所で、あくまでも返しが好き、と言っただけで、自分の事が好き、とは一言も言っていない。所謂、男を弄ぶタイプ。気のあるように見せかけておびき寄せて、だがこちらがガッつくと引いて、つまり、駆け引きが上手いタイプだ。
もう、こういう手合いは、本当に心の底から適当にあしらって、興味を失わせるに限る。向こうは、こちらがドギマギするのを見て楽しんでいるのだ。ならば、平然としているのが一番詰まらないはずである。
「……お兄さんをからかうのはやめなさい。あんまり酷いと、食べちゃうぞ?」
しかし、こちらの考えなどお見通しだ、と言わんばかりに、グレースは楽しそうな表情をしている。
「まぁ怖い。男は狼って言いますもんね」
「あぁ、そういうこと。だから……」
だから、向こうへ行きなさい、だがそうビシッとなかなか言えないのが青年の哀しい性である。コーヒーを一口、これを飲んで言おうと思ったその時だった。
「でも、ネッドさんなら……悪くないかもです」
衝撃的な一言のせいで、黒い液体が器官に入った。青年は激しくせき込んでしまう。
「ご、ごめんなさい……変なことを言って」
「い、いや、いいんだけどさ……適当なこと言ったのは俺からだし」
青年は呼吸を整えながら、何とかグレースに向き直った。そこにあったのは、潤むような瞳だった。
「……私は、適当じゃ、ないですよ?」
もう、本当に勘弁して欲しかった。哀しいことに異性とのまっとうな付き合いの無い青年にとっては、こういう時にどうすればいいかなど、全く分からない。しかも、こんなの据膳食わぬはなんとやら、普通の感性をしていれば、無下にするのはあり得ない、それほどの美しい少女が目の前に居るのだ。ここであしらってしまったら、世界中の男を敵に回すような、いや、ある意味ではこれ程の美少女に手垢を付けないのだから、感謝されて然るべきなのか、もはや青年は何が何だか分からなくなってきていた。
だが、勘弁して欲しい、というのだけは、とにかく本当であった。グレースは、魅力的だ。普通の男なら、間違いなく放っておかない。だけど、自分と合わない何かがある。それは理屈ではなく、本当に直感でしかないのだが、青年にとって絶対の真理でもあった。
だから、問いただすことにした。
「あのさ、なんで俺なんかに付き纏うんだ?」
付き纏う、はやや辛辣な表現かもしれないとも思ったが、距離を取りたいのだ、これでいい。
「……迷惑、ですか?」
哀しげな瞳で見つめられてしまい、青年は少し動揺してしまった。だが、ここで甘やかすからつけ上がるのだ。ここは、心を鬼にすることにする。
「悪いけど、それは答えになっていないな……君は、ずるいよ」
さすがのグレースも、返答に窮したようだ。眼をそらして、何と言えばいいのか考えているのだろう、少ししてから絞り出すような声をあげた。
「……命を救っていただいた方に、特別な感情を抱くのは、おかしいことでしょうか?」
「いいや、悪いとは言わないさ。でも、普通なら、こんだけ冷たくされれば諦めると思うぜ? きっかけとしては、これ以上なくロマンチックかもしれないけどな……嫌な奴だと知ったら、引くだろ?」
かなり冷たい言い方になってしまった。だが人間とは不思議な物で、こういうことは言いきってしまうと、意外と楽になるものだ。美人に懇意にされて、それを断るのも勇気がいったが、今は不思議と清々しい気持ちだ。
しかし、それはグレースも同様のようで、最初はきょとん、としたあと、すぐに笑顔になった。それは、青年に対しては初めて見せるような――純粋な笑顔のように思われた。
「ふふっ……私はきっと、ネッドさんのそういうところが気に入ってるんですよ」
「……はい?」
おかしい、青年は嫌われるつもりで、きついことを言ったつもりだった。しかし、効果は全くの逆になってしまった。
「そういうところって、どんなところだよ?」
「それは、乙女の秘密です」
そこで、グレースは席を立った。これ以上追及されてはたまらない、と思ったのかもしれない。しかも乙女の秘密と言われてしまえば、それ以上突っ込むのも野暮というか、もはやどう言ったって応えてはくれないだろう。
「……やっぱり、君はずるいよ」
「ネッドさんには言われたくないですね。それじゃあ、頑張ってくださいね」
少し生意気そうな笑顔を見せて振り返り、グレースは小屋の外へと出て行った。
「……なんなんだよ、まったく」
青年には、グレース・オークレイの気持ちが全く理解できなかった。なんだか、頭の中がぐちゃぐちゃで、なかなか作業に戻れそうにない――そう思っていると、入れ替わるように、今度は黒髪の少女が小屋の中に入ってきた。青年は不思議と安心した。
「よう、ネイ。今日はもう終わりかい?」
「いや、ちょっと休憩だよ。そっちは?」
「あぁ、まぁ、ぼちぼちかな」
「ふーん……あっ、ちょっと見ていいかな?」
ネイが、先ほどグレースの座っていた椅子に腰かけて、青年の前にある図面を覗き見ようとした。しかし、青年はそれを裏返しにした。青年の行動に対して、ネイは驚いたような、哀しいような、そんな表情をしている。
「いや、あのさ、出来てからのお楽しみってほうが、面白くないか?」
そんな風に言い訳してしまった。これも幾分か本心ではあるのだが、正直に言えば見られるのが恥ずかしかったという方が比重が大きい。
しかし、一応納得してくれたらしい、少女は小さくため息を吐いて身を引いて、椅子の背もたれにその身を預けて笑った。
「ま、確かにそうかもな……でも、それなら余計に期待しちゃうぞ? いいのか?」
成程、ハードルが上がってしまったらしい、青年は頬に汗が流れるのを感じたが、ここで受け手に回っては、こちらが不利になる。一転攻勢をかけることにした。
「いやぁ、余計にってことは、一応期待してくれてるんだな」
「んがっ!?」
そう、こう言っておけば「べ、別に期待なんかしてねーし!?」という決まり文句が返ってきて、いつもの調子に――。
「……うん。結構期待してる。だから、頑張って欲しい」
ならなかった。少女の顔が真っ赤になっている。多分、自分の顔も赤くなっている――しかし、今日は調子を崩されっぱなしだ、青年はそう思った。
「な、何とか言えよ……あ、ホントに『なんとか』、とか言うんじゃねーぞ? この前みたいにな」
「あぁ。一度使ったボケに固執する程、俺も落ちちゃいないよ」
少し、いつもの調子に戻ったらしい。青年は以前の自分のくだらないジョークに感謝した。
「とにかく、休憩中なんだろ? 何か飲むか?」
「いや、大丈夫……それより、ちょっといいか?」
少女の顔が、急に神妙な表情に変わった。
「うん? どうしたんだ?」
「……この前の夜、お前とマリアが話してる時、アタシ起きてたんだ」
青年が少女に着て欲しい衣装を作るべき、それを聞かれていた訳だ。青年は再び何だか気恥かしくなってきたのだが――少女の表情は暗いもので、それを見て青年は、どうやらもう一つの方の話題が重要であったと言う事に気付いた。
「マリアが犯した罪って、何なんだろう……」
しかし、それは本人も言いたくない、ということだったのだ。過去を見に行けるわけでもない自分たちが、もはや彼女の過去を知ることは不可能だろう。
「うーん……気になるのも分かるけどさ。でも、人間、どうしても触れて欲しくない部分だってあるさ。だから……」
「それは、分かってる……だからアタシだって、無理に聞こうとは思ってない。でも……マリアがベルと一緒に寝た次の日は、暴走体に出くわさなかった」
その言い方に含みを感じ、少し記憶を辿ると、すぐに思い当たる節にぶつかった。
「……君と一緒に寝ている時も、外に出てたってことかい?」
「うん。初めのうちは、ベルの様子でも見に行ってるのかって思って、すぐに寝なおしてたんだ。でも、なんだか返ってくるのも遅いし――ていうか、今お前、寝ている時も、って言ったよな?」
「あぁ、ルイスさんが、そのことで俺に一回相談に来てるんだよ」
「……お前、下で寝てるだろ? なんか、気付いたことはねーのか?」
「初日は結構遅くまで起きてても、何も無かった。でも、それ以降は結構ぐっすり寝ちゃってたからなぁ……」
なんだか、胸騒ぎがした。確かに暴走体は、セントフランに出没していると言うよりも、あの漁村の界隈に出現していると言った方が適切だ。そう言えば、あの村は一度暴走体に襲われているとマリアが言っていた――それにしてもこの数は異常だ。普通は一生涯に一回、オーバーロードには出くわすか、そうでないかという確率である。それに、マリアの罪と、異常な行動――結びつけるには根拠が足らないが、彼女の仕業だと言うのなら、何か納得できてしまう。
「……こんな風には思いたくねーけど、今は、アタシがいるから処理だって……」
「いや、やめようネイ。確定的な証拠も無いのに、人を疑うのは良くないことだ」
「で、でも……」
「……だからマリアさんには、きちんと身の潔白を証明してもらおう」
疑う事自体も良くないことだが、だがここまで要素があれば、マリアにだって責任はある。何事も無ければそれでいいし、もし何か関与しているとしたら――青年にとって、マリアはネイの、ひいては自分の良き理解者だ。もし間違ったことをしているのならば、止めなければならない。
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