4-3


 二人が通された郊外の建物は、西の大都市ハッピーヒルの街並みの中でも、とりわけ大きな屋敷であった。

 三階建てで敷地は広く、中の床は大理石、中央の玄関ホールから真っ直ぐに絨毯が伸びている。だが、辺りの調度品や、照明の慎ましさ、絨毯やカーテンの柄から、成金が勢いで金だけかけて造った屋敷、という感じはしなく、むしろ調和がとれていて、どことなく品が感じられ――大陸一、二を争う大資本家、スコットビルの人柄が、どことなく見えた感じがした。

 しかし、これが本邸ではなく、別荘の一つだというのだから驚きである。


 シーザー・スコットビル、鉄道王スコットビル。この大陸ではその名を知らないものはいない程、知れた名前である。何せ大陸横断鉄道を完成させた男、そしてその後も精力的に大陸を開拓している男。下手をすれば、時の大統領よりも、この国に対する貢献度、影響力は強いとまで言える、そんな男。

 この国のインフラ開発は、彼無しには成り立たなかった程であり、ネッドも、色々と噂は聞いていた。やれ落ち着きのある紳士である、やれ激情を秘めた冒険家である、やれ冷酷な資本家である――等々、矛盾するような内容もあり、どれがスコットビルの本質か、などとは伝聞だけでは確定できない。勿論、一貫した人間などいないのだから、どの噂も真実の一面であり、また、偽りの一面であるのかもしれないが。


 しかし実際会ってみれば、噂よりは余程、大資本家のことを理解できるようになるのだろう。既に若い車掌は玄関口で去り、今は専属らしい使用人の後につき従い、現在は立派な木製の扉の前に立っている所であった。この扉のノブを捻れば、大陸屈指の有名人と顔を合わせることになる。


「……おい、お前。なんだ、緊張してるのか?」


 後ろから、ネイの茶化してくる声が聞こえる。


「あ、あのなぁ……シーザー・スコットビルだぞ? 鉄道の社長なんだぞ? メッチャ有名人なんだぞ? そりゃ、緊張するだろうよ……」


 聞こえてしまって居たら失礼なので、小声で少女に返事を返す。


「しゃちょーだかなんだか知らねーが、言ってみりゃ金持ちのオッサンだろ?」


 やれやれ、といった調子で指を振りながら答えてくる。少女の良く通る声が、なんだか異様に響いてしまったような気がして、青年の背中に冷たいものが流れた。


「ば!? そんなこと言う奴があるか! 聞こえてたらどうする気だ!? まったく……」


 君は怖いものが無いのか、そう言おうと思ったが、下手にここで問答して居たら余計な失言をさせかねない。現に背筋のピンと張った、老年の執事風の男が、近くで咳払いなどしている。既に執事が扉を叩いていて、自分たちがここに居ることは知らせている。後は、入るだけだ。ここはさっさと中に入って、話を終わらせるのに限る。そう判断して、青年は意を決し、扉のノブを回した。


「し、失礼します……ネッド・アークライトです……」


 緊張のあまり声が若干震えてしまった。普段は「鉄道屋なぞ」とか思っていても、権威には弱い、青年の哀しいさがであった。


「あぁ、入りたまえ」


 落ち着きはらった低い声が、僅かに開けられた扉の向こうから聞こえてくる。青年は扉をゆっくりと開け広げ、中の様子を伺った。周りの白い壁には、これまた金持ちが好きそうな動物の剥製などが張られている。しかし壁を覆い尽くす程、というわけでもなく、その下にある棚と、その上の置物との調和がとれていて、嫌味は感じられない。中央には応接用のソファーと、書類をやり取りするための物であろう長机が一つ、大理石の灰皿と共に置かれていた。日の差し込む奥の方には、執務を行うための机がある。


 そしてその机の更に奥、品よく巻かれたカーテンの間の窓の前に、年の頃五十ばかりであろう落ち着きのある紳士が、自信に満ち溢れた笑顔を浮かべながら立っていた。ピリッとしたフォーマルに身を包んで、如何にも実業家、と言わんばかりの出で立ちだが、なかなか肩幅も広く、筋骨隆々、とまでいかないものの、年の割に筋肉質な体躯をしている。身長は青年と同じくらいか、それよりやや低いくらい――なんやかんやで、青年がかな高身長なのもあるので、この紳士もかなりの身長である――短く切りそろえられた髪は白髪交じりではあるものの、逆に年相応の落ち着いたロマンスグレーで、同様に、灰色がかった顎鬚に手を添えながら紳士が青年に声を掛けてきた。


「ふふっ、あまりジロジロ見ないでくれたまえ。私も歳をとってきてね、色々気を使っては居るつもりなのだが、やはり往年通りとはいかずにな……さ、立ち話もなんだろう、そこのソファーに腰掛けてくれたまえ」


 そして、持っている渋いパイプを一吸い、煙を吐き出しながら、顎鬚を触っていた右の手でソファーの方へと青年を促した。青年は恐る恐る、といった調子でソファーに座り、そこからやや距離を取って、少女もちょこん、と小さく座った。青年は緊張して縮こまっているのだが、少女の場合は人に対する免疫がないから縮こまっている。都合二人の委縮した来訪者を見て、面白かったのか、壮年の紳士は小さく笑った。


「ま、そんなに緊張しないでくれたまえ。私なぞ、ただ金を持っているオッサンに過ぎないのだからな。おっと、悪い意味で言った訳ではないよ。確かにその通りだと、私も思っただけなのだから」


 結局聞こえてしまっていたらしいが、どうやら気さくな人柄で助かった。本当に、微塵にも怒った様子など無く、むしろ楽しげですらある。パイプの火を消し、そして威風堂々と言った足取りで、灰色の髪の紳士が二人の前に座った。


「では、改めて……私がスコットビルだ。この度は御足労、感謝するよ」


 言いながら、スコットビルが手を伸ばしてくる。青年は自分の右手を出し、その手を握った。存外に強い力で握り返され、ネッドは少々驚いてしまった。


「こちらも、改めまして、ネッド・アークライトです。それで……」


 そう言いながら、少女の方に目をやる。帽子を深くかぶって居心地の悪そうにしている少女は、しぶしぶ、と言った調子で自己紹介を始めた。


「……ネイ・S・コグバーンだ」

「ほう、コグバーン……もしかして、コグバーン大佐と縁故の者なのかな?」

「い、いや……よく、勘違いされて、その……」


 しどろもどろ、といった調子で少女は返答している。先ほど青年をからかった割に、対人関係が苦手と言うのを更に差し引きしても、いつも以上に歯切れが悪い。だが、その気持ちも青年には理解できた。目の前の紳士は決して傲慢であるとか、威圧してきている訳ではないのだが、むしろだからこそであろう、威厳があり、ついつい畏まらざるを得ないのである。


「ふむ、そうか。まあ、大佐は生涯独身であったはずだからな。それに、失礼……先日の書類には、アークライト君の名前しか載っていなくてね。だが、二人組と聞いていたので、どんな人か、興味はあったのだが……成程、君が……」


 そういうスコットビルは、笑顔を崩さず、少女を観察している。その視線に、更に少女は委縮してしまった。


「ははは、すまないね……私から、余り見ないでくれと言ったのに。つい、ね」


 笑いながら、スコットビルは視線を青年の方へと移してきた。そして少し真面目な調子になった。


「さて、では本題に入ろうか……端的に言おう。フランク・ダゲットを掴まえて欲しいのだ」

「……それは、どういった事情で?」

「あぁ、包み隠さず話そう。先のジーン・マクダウェルを脱走を手引きし、ストーンルックを襲わせたのは、他でもない私だ」


 それを聞いて、ネイがぎょっとした表情を浮かべる。青年は、僅かばかりにその可能性も考えていたので、少し動揺したものの、平静に努めた。


「続けてください」

「成程、君は優秀な賞金稼ぎなようだ。世の中というものを理解している」


 青年の態度に、スコットビルは青年の心の内を見抜いたらしい。この男の方が余程世渡り上手なのは、実績を見ても、この場の雰囲気を見ても分かることだった。


「では、続けさせてもらおう。我がスコットビル鉄道とダゲットは、協力関係にあったのだよ。国民戦争時から、知らぬ仲でもなかったからね……彼には法の下で、我が社の事業の拡大のために、色々と手を打ってもらっていた訳だな」

「あった、ということは、今は違うと言う事ですか?」


 紳士は眼を瞑り、微笑を崩し、口元を引き締めた。


「あぁ、この前の一件でね。足を負傷して帰還した彼は、当社の技術で右足の手術を受け……とは言っても、酷い有様だった。結局切断して、義足にしたがね。そして、当社の情報を持ちだし、ただいま逃走中だ」

「……巨大輝石の移送だって、秘密裏にすれば良かったはずなのに、どこで情報が漏れたか、これで納得はしましたよ」

「更に耳も早い。これならばやはり、依頼する足る、信用できる人物だとお見受けした」


 先ほど知りたくも無く、偶然に知った情報だったのだが、褒められて悪い気はしないので、青年は黙っておくことにした。


「彼は、色々と知ってしまっているからな。普通に賞金を懸けて、別の者に捕まり、司法に引き渡されては困るのだ。だから、秘密裏に処理したい。報酬は五万、生死を問わず、遺体でも減額なしだ」


 とんでもない高額が目の前にぶら下げられたものである。青年はその数字を聞いて、思わず心を躍らせてしまった。だが、数瞬のうちに冷静になり、やるべきか、今一度考えてみようとする――その前に、ネイが立ちあがり、怒りの声を上げた。


「なんだよお前は! お前が巻いた種を、お前が始めた汚い仕事の後始末を! 他人にやらせるんじゃねーよ!」


 言ってみればその通りなのであるが、大人の世界、とりわけ大金の動く世界と言うのは、道理だけではまかり通らない部分が往々にしてあるものだ。

 しかし少女の怒りはもっともで――ダゲットが変に動かなければ、ジーン・マクダウェルは苦しまずに済んだはずなのだから。


 それに対し、スコットビルは平静な、だが多少悼むような、そんな表情で、少女の怒りに真正面から応える。


「今の世の中には、綺麗ごとだけではどうにもできない世界がある。君は知っているはずだ、この世界の理不尽を……この荒野の哀しい掟をな」


 そこで逆にスコットビルがじぃ、と少女を見据える。その様子は、何かに許しを請う訳でもない、言い訳するでもない、ただ毅然という言葉が横たわっているのみだ。


「だから、誰かがやらねばならない。汚なかろうと、なんだろうと。だが、この国が発展し、豊かになれば、今のような理不尽は必ず払拭される。私は十年後、二十年後のこの国とためならば、悪魔と罵られることも辞さない覚悟がある」

「そ、それが……それとこれとに、どういう関係が……」

「関係大いにあり、だ。ネイ・S・コグバーン。私が目指すこの国の未来は、私の夢は、この国の繁栄だ。今でこそ恫喝屋、地上げ屋のそしり、甘んじて受けよう。だが、交通網が発展し、そして近い未来に配備される新設備の完成で、多くの市場が開拓され、そして労働力が求められ……」


 そこまで言って紳士は立ちあがり、再び窓の前に立った。


「この荒野にも、恵みの雨が降る。降らせてみせる。それが、私の夢だ」


 そして、ロマンスグレーの伊達男がこちらに振り向く。窓の外には、ハッピーヒルの街並み、しかし三階のここからならば、高い建物のほとんどないからこそ、その先に見える果てない赤茶まで見渡せる。


「……大の大人が、それこそジジイ一歩寸前のテメーが、夢を語るのかよ?」


 失礼極まりない一言だが、安易に夢を語るのも信頼できないのも確かだ。少女の一言も、一理あるだろう。だが、その雑言に対しスコットビルは破顔し、笑いながら答えてきた。


「私は、むしろ口にすることで、自らを律しているのだ。これだけ大言を叩くのだ。それこそ為せずに果てれば、情けないことこの上ないだろう? だから、本物にするために、このように触れまわっているのだよ」


 そこに、迷いや曇りも一点も無い。言うからにはやる、有言実行、だがその屈強な精神こそが、大陸に名をはせるシーザー・スコットビルを育んだのだろう。


「さて、話が脱線してしまったが……おっと、鉄道屋の私が脱線などと、それこそ縁起でもないな」


 ははは、と笑って見せる。気さくなのもいいのだが、ジョークのセンスはイマイチなようだ。青年はそう思った。


「それで、話を戻そう。君たちならばダゲットの顔も能力も知っている。その上、あの銀刀ともやりあえるだけの実力もある。それを見込んでの依頼だ。報酬は、前金で一万出そう……成功、失敗の如何に関わらずだ。奴は用心深い男だ。だからこそ、国民戦争を生き延びた訳だが……それ故、この依頼が困難な物であるとも理解している。無論、我々の方でも捜索し、掴まえるつもりではいるのだ。君たちは、いわば保険だ。しかし、決して君たちを軽んじているわけでもないし、成功報酬は確実に払う。それで、どうだね?」


 最後の言葉は、青年に、というよりも、むしろ少女に向けられたもののように感じられた。青年も、少女の方を見る。しかし、そこには憮然とした表情があるのみであった。


「……おい、お前が決めていいぞ」


 お前が決めて良いと言われても、どう見ても少女は依頼を受ける、という雰囲気ではない。しかし、前金だけでも一万、しかも自分たちは保険的な扱いであるのだから、とりあえず受けるだけ受けても損は無いはずである。


「……断る、と言ったらどうなりますか?」


 青年はため息を吐きたいのをぐっとこらえつつ、窓際で微笑を絶やさぬ紳士に向かって聞いた。


「当然、君たちには仕事を選ぶ権利はある。しかし、本来聞かれてはマズイことも、私は話してしまったからね?」


 そう言いながら、スコットビルは二人に背を向け、窓の外――とりわけ、下の方を見ているようだった。


(……まさか、話してる間に、俺たちを取り囲んだんじゃあるまいな?)


 そう考えると、再び青年の背中に冷たいものが流れた。


「ふふ……アークライト君、君は慎重で、なかなかにキレるが、逆を言えば思いきりが足らず、小さな事を大きく悩んでしまう性質なのではないか?」


 またしてもこちらの思考を見透かされたらしい、紳士の微笑が、どこかしら冷たいものに感じられ――だが、堪え切れなかったのか、スコットビルは大笑いし始めてしまった。


「ははは! いや、失敬、私も意地が悪かった。断られたからといってどうこうする気は無いよ。安心したまえ」

「……しかし、ストーンルックの件を、もし俺達が広めたら?」

「君たちが無駄に裁判するのに金を浪費するだけで終わりさ。そして名誉毀損として、君たちが生涯かけても到底稼げない額の請求をさせていただこう」

「ですよね……」


 当然、スコットビル鉄道ほどの大企業になれば、優秀なお抱え弁護士が何人も居て然るべきだし、法廷に行く前にありとあらゆる手段で証拠を隠ぺいされることもありうる。結局スコットビルの言う通り、裁判するだけ無駄だ。新聞屋に情報を売ったって、こんな事例何度もあったであろうし、仮に売り込めても、その記事が朝刊に載ることはないのだろう。

 何より、スコットビルが自白したと言う証拠も無いのだ。誰もとりあってくれずに終わりである。


「それじゃあ、こういうのでどうでしょうか。俺達も、ダゲットには借りがあります。しかし、借りがあるからといってわざわざ返さねばならない程の因縁でもないですし、一万という大金を、前金と言えども受け取るのは心苦しいです。なので、とりあえず、今奴がどこにいるのか、その情報だけでもいただけないでしょうか? それで体よく俺達がダゲットを捕まえたら、貴方々に引き渡しましょう……どうです?」

「ふむ、タダほど高いものは無い……とは言うが……」


 前金を払うと言う事は、この男ほどの大物になれば、金銭的な価値以外の所を重視しているはずだ。金を受け取ってしまえば、一般的な良心さえ持っていれば、最低限協力しなければならないと思ってしまう――つまり、精神的に依頼に束縛されるという事になる。タダで受ける分には、こちらの裁量で色々と決められてしまう。だから、常人からしたら数カ月は遊んで暮らせる一万ボル、とはいえこの男にとっては端金はしたがねを押し付けて、主導権を握りたかったに違いない。


 だが相手としては、ここが器量の見せどころなはずである。表面上、向こうが損する提案はしていないのだ。受けなければ、裏があると思われて然るべきであり、向こうはこの返事を承諾せざるを得ないはずなのだ。


「はは、分かった、降参だ。君の言い分を飲もうじゃないか……私が知っている限りでは、ダゲットは現在、ビッグヴァレに居る。そこで此度の巨大輝石輸送の件で、多くの賞金首を集めているらしい。だが、細かい場所までは分からない」

「ちなみに、輝石が運送されてくるのはいつですか? 勿論、俺達が信用できないと言う事でしたら、言わなくても結構ですが……」

「四日後だ。ビッグヴァレの辺りは、深い渓谷だ。なんとか切り拓いて鉄道を敷いたが、軍を展開するのには向いていない場所であり……逆を言えば、少数精鋭の向こうとしては、襲撃するのに格好の場所である。だからこそこちらも少数精鋭で向かい打たなければならない。そういった意味合いでも、君たちの協力を仰ごうと思ったのだがね」

「成程ですね。まぁ、賞金首の方は賞金稼ぎの方々にとうにかしてもらってください」

「うん? 君たちも賞金稼ぎなんじゃないのか?」

「あー、まぁ、でもですね、相手は選ぶってことですよ」


 そして、青年は立ち上がった。それと同時に、ネイも立ち上がり、二人は元来たドアの方へと歩いて行く。


「それでは、良い報告を期待しているよ……お客様のお帰りだ。丁重に門まで送って差し上げなさい」


 紳士の一声で、青年がノブに手を掛ける前に扉が開き、ここまで案内してくれた執事が待ち構えていた。




「……勝手に話をまとめちゃったけど、問題無かったか?」


 門から十分に離れ、もう大丈夫だと判断し、青年は少女に声をかけた。


「あぁ、テメーにしちゃ上等だったよ……これで、好きに動けるってもんだ。でも、お前こそ良かったのか? 前金だけでも受け取っておけば、下手な刺繍を作らずに済んだのに」

「うぐっ、まぁ、それもそうだけど……だけどまぁ、君と同じさ。変に束縛されたくないんだよ、俺は」

「はは、束縛するのは大の得意なのにな」

「だからだよ……って、あれ? 俺ってそんな風に思われてた?」


 少女が言ってるのは物理的な方だとは思うのだが、精神的に束縛していたら申し訳ない。


「……なんだよ、そんな心外そうな顔して。お前の能力だろ?」


 成程、別に深い意味があって言った訳ではないらしい。青年は胸をなでおろした。


「それで、どうするよ。行くのか?」


 青年は、今後の意向を少女に問う。別に、ダゲットの件は少女の目標に何の関係も無い。勿論、旧知の仇同然なのだから、そこに対して思う所はあるだろう。ただ、人との争いは好まない彼女の事だ。果たして真意はどちらなのか、問いただしておかなければならない。


「……アタシは、アイツのことは、やっぱり許せないよ。もし、心を入れ替えたとしても、二度と顔も見たくないレベルだ。そして……」

「心を入れ替えるような殊勝な輩じゃ、鉄道屋を裏切って賞金首とつるんだりはしないわな」

「あぁ、そーいうこと。そして、アイツがこれからも、誰かから何かを奪うっていうなら、アタシは……」


 フランク・ダゲットを止めたい、そういうつもりなのだろうが――だが、それはダゲットの死を意味するのとほぼ同義である。もし自分たちが鉄道屋に突き出せば、そのまま闇に葬られるに違いない。況や他の賞金稼ぎが司法に突き出したとしても、すぐに鉄道屋が根回しをして、いらぬことを言わせる前に処刑してしまうだろう。死が隣にあるから、誰かの死を恐れる彼女にとっては、極悪人だって生ける者。だから、どうするのが正解か分からない、そういう想いが、ネイを苦しめているようであった。


「……まぁ、前も言ったろ? 世の中のこと全てに責任が持てるわけじゃないんだ。そんなに深く考えずにさ……どうしたいかだけ、それだけでいいんじゃないかな」


 青年の助言は、取りようによっては無責任極まる一言であっただろうし、少女も腑に落ちた、という感じでは無い。だが、悩んでも仕方が無いことは理解できたのだろう。未だに釈然としない顔はしているものの、青年と改めて視線を合わせて答えてくる。


「……とりあえず、行くだけ行ってみよう……か……って、お前、そんな、馬鹿! じーっとみつ、見つめ返してくるな!」


 視線を向けてきたのだから、こちらも真剣に返しただけだったのに、少女は恥ずかしがってしまった。ぷい、と向こうを向いて、帽子のつばを下げてしまった。


「いやぁ、人と話す時にはきちんと目を見て、大佐に習わなかったのか?」

「習ってねーよ……んなこたぁ……」

「まぁ、とにかくさ。俺もダゲットには少々むかっ腹が立ってるんだ。君がやる気なら、俺も協力するぜ」

「そーかよ……ま、相手はならず者大連合だろ? テメーはテメーの身の安全を心配するんだな」

「……うっす」


 この前の経験で、青年は少し強気になってしまっていたかもしれない。何せジーン・マクダウェル一家と争い、納得いく終わり方でなかったとはいえ、こちらが勝利したのだ。しかし冷静に考えれば、一番の功績者は、今帽子を深くかぶっている少女なのであって、自分が強くなった訳ではないことを忘れそうになっていた。


 しかしそれならそれで、二人で乗り込むには少々、いや、大分危険である。襲撃に合わせていけば、スコットビルの私兵と協力しながら戦えるであろうが、それでも相手は少数精鋭、しかも足場の悪い所であるのなら、鉄道屋の兵士は役に立つか分からない。その上対人の場合、少女は右腕の戒めを開放しないであろうし、あくまで青年はそこそこやる、程度。他にも、強力な助っ人が必要かもしれない――そう思った瞬間、青年は足を止めた。


「……うん? どうしたお前、そんな神妙な顔をして」

「いやぁ、良いアイディアなのか、悪いアイディアなのか、どっちだかよくわかんないアイディアを思い浮かんでしまってね……」


 とはいえ、他に頼るつてが無いのも確かである。青年はしぶしぶながら、先ほど食事を摂った食堂兼ホテルへと足を進めた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る