4-2


「……しかし、こう言っては何ですが、貴方がマクダウェル一味を捕えて、ひいては暴走体を仕留めたなど、少々驚きが隠せませんわ」


 食事も終わり開口一言、ジェニファーが話し始めた。失礼な奴だが、半分以上は正解だ。雑魚をひっ捕えたのは自分の功績だが、大物を倒したのは、全て隣に座っている少女なのだから。


 現在、四人は昼下がりの混雑している大衆食堂にいる。とはいっても、食堂のほうはあくまでもオマケといった感じで、カウンターの奥には酒瓶が所狭しと並び、昼間から飲んだくっているロクデナシが集う場所でもある。


 しかし、このジェニファーという女は不釣り合な場所でもあった。食事の作法にしてもそう、今なんぞお上品に紙ナプキンで口の周りなどを拭いている。相応しい場所では相応しい行動を取っていただきたい――とはいえ普段は豪快に食事をするネイも、いつもに比べて食欲が無いらしく、未だに眼の前の料理にゆっくりとフォークをさしている。食事中という事で帽子は外しているので、表情もよく見える。なんだか所在なさげにしていた。


 それにしても、どうやらこの女は青年の方がマクダウェル一味を全て片付けたと勘違いしているらしい。あの晩、ストーンルックの村人たちは、少女が戦っている所はほとんど見ていないはずである。それならば、男の自分の方が主に戦っているのだと勘違いして、そしてこの二人に話したのだろうと推測された。


 とにもかくにも、それならばそちらの方が都合も良い。ここまでの道すがらに、少女には下手に喋らないようにこっそりと伝えておいてあるので、青年はやはり適当にごまかして切り抜けようと腹を決めた。


「いやぁ、人は見かけによらないって言うでしょ? それにまぁ、運も実力のうちっていうかね……」

「あら、ご謙遜ですね。高額賞金首とやりあったというのに」


 女は上品な調子で、カップに口をつけた。どうやら紅茶らしい、高い嗜好品を飲みやがって、お高くまとまってやがる、青年はそう思った。しかし、青年は努めて笑顔を浮かべて、ジェニファーに質問をぶつけた。


「それで? どうして銀刀のことが気になるんだ?」


 もはや女は自分の客ではないので、さっさと終わらせたいという本音が出てしまっているのか、青年は敬語をやめていた。それに対して女はカップを置き、品定めするような視線を返しながら答えた。


「……私達が一度掴まえた相手でしたので、その後どうなったのか知りたくって」


 成程、最初にジーン・マクダウェルを掴まえたのはこの二人であったらしい。確かに、先ほどのこの女の動き、タダモノではなかった。少なくとも、自分よりは余程やりそうである――それに、ジェニファーの横に鎮座するブッカーと呼ばれていた男、こちらは底が知れない。武器になりそうなものは何一つ持っていないのに、その所作にあまりにも隙が無く、乱暴な表現で片付けてしまえば、見るからに強そうであった。先ほどから一言も発していないせいで、威圧感が余計に増している。


「どうなったもクソも、村を襲われた後、一度追い掛けたんだがな。結局見つけられなかったんだよ。端的に言えば、逃げられたんだ……しかし、部下も全員捕まっちまったんだ。今頃国境を越えて逃げてるんじゃないかと思うぜ」

「……お連れの方の帽子、ジーン・マクダウェルのものですよね?」

「あぁ、帽子を落として逃げてったってこったよ。賞金もいただけなかったから、せめてもの戦利品に、ね」


 奇妙な友情を感じた相手の事を悪く言うのも気分の良いものではない。それでも本当の事を言う方が面倒なことになりそうだ。

 それにしても、知らぬうちに変な奴に目を付けられてしまったモノだ――そんな風に青年が思っていると、向こうも眼の付けどころを変えてきたらしい、ジェニファーはネイの方に向き直っている。


「……大丈夫かしら? 貴女、顔色がすぐれないようですけれど……」


 やや芝居がかった調子であった。それに対し少女はぴく、と肩を揺らし、だがすぐに仏頂面を浮かべて、手に持ったフォークで肉を口に運び、呑みこんでから応える。


「別に……アタシはいつもこんな感じさ。心配ごむよーだよ」


 食欲のある所を見せたつもりなのだろうか、しかし少女の手はそこでまた止まってしまった。やはり、ジーンの話を出されると、思う所があるに違いない。対してジェニファーの方はというと、やはり何か手ごたえがあったのか――それもそのはず、青年は何を聞かれてもボロを出す気は無いのだから、無駄な押し問答である――したり顔になり、引き続きネイを狙い撃ちし始めた。


「そういえば、ごめんなさいね……私、貴女のお名前も知らずに、なんだかあれこれ話してしまって。それで、お名前は?」

「ネイ……ネイ・S・コグバーン」


 その名を聞いて、女の顔が一変する。それは、驚愕の表情であった。


「コグバーン!? まさか貴女……!」


 そして、はっとした顔になり、青年の方を一瞥してきた。意外とこの女、素直な所もあるらしい。

 しかし、少々まずいことになった――まさかここで、少女に対して「コグバーン大佐のことを話すな」などとは言えるはずもなければ、下手に席を立っても余計に怪しまれるだけだ。ここは、ネイのアドリブ力に任せるしかない。


「……コグバーンと言えば、ウィリアム・J・コグバーン大佐……彼は生涯独身であられたはずですが、まさか貴女は大佐にゆかりのある方なのですか?」


 ジェニファーは先ほどの狼狽など露にも見せず、すでに落ち着きはらっている。


「……いいや、ただの同姓だ。お前みたいに勘違いする奴が多いんで、毎度面倒なんだよ」


 意外や意外、少女の応対は冷静だった。恐らくネイもネイで、このしたり顔で根掘り葉掘り聞いてこようとする淑女然とした女のことが鼻持ちならなかったに違いない。してやったり、という気分なのか、少しフォークが進むようになっていた。


「そうですか……珍しい苗字なんですけれどね。まぁ、そういうこともあるでしょう」


 女は優雅な態度を崩さずに、再びカップに口をつけた。


 今度はこちらの番である。受け手に周っているから不利なのだ。青年も女にならってコーヒーを一口飲み、そして反撃にでることにした。


「そう言えば、さっき南部式銃型演武してたよな? おたく、南部出身?」

「えぇ……別に隠す様なことでもございませんしね。貴方の言う通り、私は南部出身……南部が誇った最大の綿花栽培地、ソルダーボックスこそ我が故郷です」


 ジェニファーはゆっくりとカップを置き、窓へと視線を向けた。その眼は、きっと外を見ているのではない。もっと遠くを見ている――そんな感じだった。その憂い顔に追撃するのもやや気がひけたが、せっかくのチャンスでもある。青年は話を続けることにした。


「キングスフィールドなんて大層な家名を背負ってるんだ……それに……」


 しかし、キングスフィールド、どこかで聞いたことがあるような――あまりイイ噂ではなかった気がするが――だが思い出せず、とりあえず青年はジェニファーの隣の男、ブッカーを見た。その肌は褐色であり、日に焼けた、という程度のものでないのは明らかであった。そして、目が合った――サングラスをしているのに目があった、というのも奇妙だが、褐色の男はニヤリと笑った。


「あぁ、お前さんのお察しの通り、この方は元地主の子女であり……そして俺は、元奴隷だ。だが、俺は好きでお嬢の世話を焼いてるんだ……失礼、申し遅れたな。俺はブッカー・フリーマン。その名の通り、自由な男さ」


 そこに、卑屈な態度など微塵も無い。男は堂々と答えた。


「成程ねぇ、いや、何が成程なのか自分でもよく分からんが……それにしたって、なんで南部の奴らが、西部くんだりまで来て、賞金稼ぎなんていう阿漕な商売をやってるんだ?」


 別に、その答えは容易に想像がつく。国民戦争の後、南部は統合政府――とはいえ、要職は北部出身者が大半であるが――のもと、重い税金がかけられることになった。特に奴隷制の元に経営されていた大規模農園プランテーションの地主に対する締め付けは酷かったと聞く。平時ならば払える税金でも、戦争直後で疲弊し困窮極まっていた地主の多くは、自らの土地を手放さなければならないことも多かったらしい。恐らくこの女もその口であり、自らの土地を締め出され、かつての家臣と共に戦う力を得て、一攫千金を求めてこの西部に流れ着いてきたのだろう。


「……大体貴方の想像どおりですわ、ネッド・アークライト……私たちは住む場所を追われ、この西部に流れ着いたにすぎません」

「それで、大金せしめて自分の土地を買い戻そうってのかい?」


 少し言葉がきついか、青年はそうも思ったが、別段この手の手合いが物珍しい訳ではない。勿論、一度はジーン・マクダウェルを掴まえているという実績があるのだから、生半可な覚悟で生き抜いてきた訳ではないに違いない。だがその覚悟の強さ故に、こういう連中に目を掛けられると、大体は碌なことにならない。それならばキツイことだろうがなんだろうが言って、さっさと自分たちから興味を逸らしたい。青年はもはやその一心であった。


 だが、女は青年の一言など意にも介していないようだった。むしろ、人を小馬鹿にしたような、それは最初に出会った時のような、そんな微笑を浮かべた。


「ふふっ、そうですね。それもまた、いいかもしれませんね……ですが、そんなことでは根本的な解決にならないのですよ、ネッド・アークライト。お金で買える物は、所詮そういったものだけ……勿論、そういったものも大切なのは分かっております。しかし……この国を蝕む病魔を取り除くには、もっと別の手段が必要なのです!」


 そこで、ジェニファー・F・キングスフィールドは迫真の気迫を背中から出してきた。青年は変なスイッチを入れてしまったようであることを後悔した。


「いいですか! 現在この国、特に北部は市場原理主義のもとに工業を発達させていますが、その弊害が蔓延し始めているのです! 北部の資本家達が巨万の富を築き上げる一方で、労働者は安い賃金で働かされ、特にそのわりを食っているのは解放奴隷達! 彼らは自由市民になったと言えども、未だに社会的に、いえ、人々の道徳レベルでは……!」


 ジェニファーは目に炎を浮かべながら、勿論本当に浮かべている訳ではないのだが、燃え盛る様な勢いで話している。ブッカーは顔に手を当てて、やれやれ、といった調子でため息を吐いている。ネイはジェニファーの剣幕に押され、その上話がイマイチ理解できていないのだろう、これどうすればいいんだ? とでも言わん表情を青年に向けてきた。面倒くさいが、確かにスイッチを押したのは自分である。その責任は取らなければならない。


「……あー、そういうのはいいから、間にあってるから……啓蒙思想は別の所でやってく……」

「黙って聞きなさいッ!! いいですか、貴方みたいに政治や経済に無関心な輩がこの国を……!」


 ジェニファーは止まらない。ますます弁に熱が入り、その眼はどこか光悦したような、どこを向いているのやら、視線が定まっていない。青年が褐色の男を見ると、口元の笑みが、なんだか申し訳なさそうだった。こうなれば仕方が無い、とりあえず落ち着くまで相槌を打ち続けるしかない。適当に話を流すのは、青年にとっては十八番おはこである――――――――――――――――――――そして三十分ほど、ノンストップで話し続けたのだろうか、青年のコーヒーはとっくに空になり、ネイは詰まらない話が良い感じに食欲増進剤になったのか食が進み、今は空になった皿を眺めていた。


「はぁ……はぁ……分かりましたか!? 今この国の置かれている状況が!」

「うん、うん、分かった分かった」


 大して聞いていた訳では無いので、青年は生返事を返すことしかできなかった。


「ふぅ……本当ですか?」

「あぁ。アンタが無駄に意識の高い賞金稼ぎだってことはね」

「ぬがっ!? ……まぁ、それは否定しませんけれどね……」


 この女、意外と面白い声も出せるらしい。青年はそんな所に感心した。


「でもそれこそ、そんなんだったら賞金稼ぎなんぞやってないで、そうだな……西部なんぞにいないで、北部でも南部でもどっちのでもいいけど、身分ある奴と結婚でもした方がいいんじゃないのか? アンタ黙ってれば美人だし、気をつければ馬鹿な政治家くらいならひっかけられるだろうさ」

「……貴方、大概口が悪いですわね」

「失礼な。俺は優しくしたい相手には優しくする。そうじゃない相手は適当にあしらう主義なだけだ」

「はぁ、そうですか……まぁ、私も同感ですので、その流儀は否定いたしませんわ」

「全然優しくされてる感じがしないんだけど?」

「うふふ。それは、そういうことなのではなくて?」

「あはは、成程ねぇ」


 両者、満面の笑みである。成程、やはり性格をしていやがる――しかし、相手も同じくことを想っているのかもしれない。青年がそんなふうに思っていると、ジェニファーは咳払いを一つ、今度は少し真剣な表情を作った。


「まぁ、おふざけはここまでですね……ここからは、お仕事のお話です」

「いや、俺達は……」

「先に言わせていただきます。とりあえず話は聞いてください。俺達には関係ない、と言って袖にしないでくださいね」


 先手を打たれてしまった。こちらの行動など、お見通しとでも言うのか。勿論、眼の前の淑女はある程度聡明なのは間違いない。しかし見透かされているのは、もっと別の所に理由があるような気がする。


「まぁ、聞くだけならな」

「ふふ、とは言っても、あんな所で変なものを売っていたのです。お金には困っているのでしょう?」


 一応、まだお金に困っている訳ではない。ただこの先、当分稼ぎが無いことを想定して別の儲け口を作ろうと思っただけなのだが――しかし、儲け話と言われると、賞金稼ぎの血が騒ぐのも確かであった。気になる点は二つ、一つは恐らく隣の少女がこの話を嫌がるであろうこと、そしてもう一つは眼の前の女の得意げな面が気に入らないと言う事である。


「……別に、ありゃ試験さ。悪い奴らを掴まえるより割が良ければ、鞍替えしようと思ってね」

「あら、殊勝ですこと。ですけど、貴方には刺繍のセンスが無ければ、商才も無さそうですから? 大人しく今まで通りに生きるのが正解だと思いますよ」


 なんとも厭味ったらしい。しかし、馬鹿な政治家でもひっかけろ、と先手を打ったのはこちらであるので、青年は大人しくしておくことにした。


「それで? 結局俺たちに何の用なんだ?」

「まず、銀刀の行方について聞きたかった、これは先ほど言った通りです。高額の賞金首ですし、何より私どもの責では無いと言っても、掴まえた賞金首に逃げられるというのも気分の良いものではありませんからね……何度もこんなことが起こったら、マッチポンプをしているのではと、あらぬ噂でも立ちかねませんから。きちんと清算したかった、というのが一番です」


 確かにその通り。高額の賞金首と手を組んで、掴まえたふりをして、脱走させて、賞金額を上げて、また掴まえて――そんなことをしていたら賞金稼ぎとしての信用に関わるし、何よりばれた場合、今度は自分が犯罪を助長させたとして、お尋ね者になりかねない。そういう意味で、以前に巨漢の男――名前は何と言ったか――を助けたのも、実は相当にマズイ行為であった。だからばれない様に町の外から狙撃したのだし、万一出会ってしまったのならば、今度こそ情けはかけられないだろう。


「しかし、それはさっきも言った通り、俺たちにはもう分からないんだ……そうだな、もし何か分かったらきちんと話すよ」


 もうこれ以上、彼女の噂が立ちようも無いのだが、こう言えば向こうも納得せざるを得ないはずだ。ジェニファーは少々腑に落ちないような表情を浮かべたが、すぐに柔らかな営業スマイルになった。


「そうですか、よしなに……ですが、要件はそれだけではございません。正直に言えば銀刀の件は、そんなに期待していた訳ではありませんからね。もう一つの要件、それは少しの間、手を組まないか、ということです」

「……それこそ殊勝なこったぜ。アンタらは一度は超高額の賞金首を掴まえただけの実力があるんだろ? それなら……」

「えぇ、普段なら誰かと手を組んだりは致しません。ですが、此度のヤマは、事情が事情なのです……賞金総額二十万以上、この意味がおわかりで?」


 総額、ということは相手は一人では無い、そういうことなのだろう。如何に手だれであり、一対一なら圧倒できる力があったとしても、強力な術者を何人も一度に相手する場合、まず勝ち目はない。


「……続けて」

「えぇ、それでですね……この度このハッピーヒルに、巨大な輝石エーテルライトが運ばれてくる、という話をご存じかしら?」

「いや、知らないな。俺たちは今朝、ここに着いたばっかりなんだ」

「ふむ、駄目ですよ、賞金稼ぎと言う物、腕に自信があるのは当然の事、情報も……と、すいませんね、私、つい思いついたことをつらつらと話してしまう癖がありまして……えぇっと、最近は蒸気機関に変わる、新たな技術が開発されてきているんです。それの内容に関しては私も専門外なので詳しくはありませんが、どうやら輝石を石炭の代わりに使う新技術なのだそうで……その動力として、西部が大都市、このハッピーヒルに巨大輝石が運ばれてくることになったらしいのです」


 成程、情報に疎くなっていたのは反省すべき点である。社会のありようが代われば、その日暮らしの自分たちの生活も大きく変わるのだ。


 この国は北部と南部と西部では、生活様式はかなり異なる。北部は先端技術を開発し、工業的な成功を収めている地域であるし、南部は温暖な気候を利用した大規模農園が主流の地域である。西部は荒野が多いため、最低限の畜産と、あとは鉱山資源の発掘がメインであり――新技術に疎くなるのは、この地域ならでは、仕方のないことではあった。


「……それ、船で運んで来ればいいのにな」

「えぇ、私もそう思いますわ。ですが、大陸間海峡運河もまだ夢のまた夢、そうなればわざわざ大海を迂回して、西海岸からここまで、結局陸路も必要ですから……使わざるを得ないんですよ、鉄道を」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。お前たち、何を勝手に納得してるんだ?」


 口を挟んできたのは、先ほどから退屈そうにしていたネイであった。確かに、勝手に話を進め過ぎた。同行しているのだから、仕事を受けるにも断るにも、きちんと少女にも事情を理解してもらわないといけない。


「つまり、こういうことさ。新技術の運営のため、北部から鉄道で巨大な輝石が運ばれてくる。当然、時価総額もとんでもないことになるだろうし、その上鉄道は無理な開発をし続けてきたから、敵も多い。だから、今回運ばれてくる巨大な輝石とやらは、金を求める無頼漢にも、鉄道屋に恨みのある連中にとっても、格好の的……だろう?」


 語尾はジェニファーにぶつけた。その言葉に、女は頷き返す。


「そういうことです。私の持っている情報だけで、この度列車の襲撃を行いそうな賞金首の総額が二十万ボル……それ以上になることはあっても、それ以下になることは無いと思います。それで、貴方達に協力を頼もうと思った次第ですわ」

「ふぅむ、成程ねぇ……」


 仮に二十万の儲けが出たとして、ジェニファーとこっちで分ければ十万ずつ。当然、取らぬ狸のなんとやらとも言うが、ガツンと稼いでおけば、当分心配がないのも確かなことだ。

 勿論、青年の実力では厳しいというのもあるが、こちらにはジーン・マクダウェルを上回る実力を持つ少女と、これまた銀刀を掴まえた二人組がいる。自身は援護に徹すれば、何とかなるかもしれない。


 だが、青年はもはや、自分一人の身ではない。少女の旅に協力すると誓ったのだし、人と人との争いに、無暗に少女を巻きこみたくもない。だから、判断は少女に任せたい。青年はネイの方を見て、意向を探ろうとする――その前に、ジェニファーが一言、口を挟んできた。


「貴方々の評判は、ストーンルックで聞いております。町に災厄を運んできた、厄介者と言う人もおられましたが、村のために戦ってくれた、素晴らしい人たちであると言う人もたくさんいました。そんな貴方達だからこそ、私はお願いするのです。こちらの実力は、先ほど見せたはずです。どうか、お願いします」


 そう言いながら、真摯な表情で、そのままジェニファーは頭を下げてきた。それを見て一番驚いたのは褐色の男のようであったが、すぐに主君の意を汲んだのか、同様に頭を下げた。


「お、おい、やめてくれよ、そんな畏まって……お、おいネイ、どうする?」

「ど、どうするったって……」


 青年は唐突な女の態度に、つい狼狽して少女に意見を丸投げしてしまった。当然、ネイの方がこういうことに慣れていないのだから、青年以上にうろたえている。


 しかし、少ししてから、ネイは真剣な顔になり女の頭に声をかけた。


「……お前、なんでそんなに金が必要なんだ? さっき一万も儲けたんだから、当面は困らないはずなのに……」


 その質問に、ジェニファーはやっと表を上げて、そして真摯な表情で返答し始めた。


「……我が夢のため、何時かの日のためにお金が必要なのです。私は、お金で買えないモノを求めています。ですが、そこに辿り着く為に、先立つものが必要なのも事実です」

「じゃあ、その夢ってのはなんなんだよ?」


 ネイの続く質問に、女はカップに口をつけ、そして飲みほしたのだろう、カップを戻し、毅然とした表情で答えた。


「夢をみだりに語ると、真実は遠のいて行きます。語ると、人は満足してしまうのです。理解してもらえれば、一歩進んだ気になってしまう。だから、自らの願望が大きければ大きい程、無暗に語るべきではないと、私は思っています」

「……てめぇの頭より、夢の方が大事ってことか?」

「えぇ、そうです。頭ならば下げましょう。私は、夢ほど貴いものは無いと思っていますから……ですが、決して軽い頭ではないつもりです。どうか……」


 先ほどの政治に対する熱心な姿勢から、彼女の大望とは、成程、生半可なものではないのだろう。だが、たとい言ってもらった所で本当かどうかもわからないし、信用に足る人物かどうかもまだ分からない。何より――。


「……お前が真剣だってのは分かったよ。きっと思ったより悪いやつでもないんだろうし……」

「それでは……?」


 少女の声に、女の顔に喜色が映る。思ったより悪いやつではない、とは言い方がアレだとも思うのだが、当人同士がいいのなら、とやかく口出しすることでもあるまい。


「でも、アタシ達は……アタシは、賞金稼ぎは賞金稼ぎでも、暴走体専門なんでね。いくら高額でも、人間相手にチマチマやるのは性にあわねーんだよ」


 本心は、別のところにあるはずだ。しかし、それをわざわざ説明する義理もない、ということなのだろう。


「……だから、村を襲った連中も、村人達の手柄にしたのですか?」

「ま、そーいうこった……だから、手を組むなら他を当たりな。アタシは悪人に興味もなければ、鉄道屋に義理があるわけでもねー。もちろん、政治や経済なんてもっての外、なにより今日会ったばっかりの相手の夢なんぞにも、関心は無い」


 淡々と言ってこなしているが、実は心苦しいはずだ。お人よしの少女のことだ、手助けできるなら何かしてやりたいと思っていることだろう。だが、人と関わるには相応の責任が伴うし、相手の持ってきた話が少女の嫌うところ。袖にするのも致し方ない、と言ったところであった。


「……そうですね、そうですわね。今日会ったばかりの人間を信用しろなどと、虫が良すぎましたわ。貴女の言う通りです、コグバーンさん……私が貴女の立場だったら、きっと同じように返すでしょう」


 ジェニファーはため息一つ、そして立ちあがり、指を鳴らした。それと同時にブッカーがティーカップとポットを回収し、直後机の上に紙幣を置いた。


「ですが、貴方方に興味があるのは本当です……私たちは、この店の二階に部屋を取っております。もし気が変わりましたなら、是非お尋ねください。それでは、御機嫌よう」


 茶髪の女は、微笑を浮かべながら優雅に会釈し、まだ人の多い店内の喧騒を掻き分け、木製の階段を優雅に登って行った。その一歩後ろを、褐色肌の男が着き従っている。二人を見送り、青年は目の前に置かれた紙幣を手に取り、その額を数え始めた。


「ひい、ふう、みい……うん、こんなのつい最近も経験したな」


 少し意地の悪い笑顔を浮かべながら横を向くと、バツの悪そうな少女の顔があった。


「……いい加減忘れろよ。お前、イヤな奴だな……って、なんだ? アイツら、多めに置いて行ったってことか?」

「お釣りでもう三枚くらい、ステーキ食えるぞ? 素敵だね、ネイちゃん!」

「だからちゃん付けやめろっつってんだろ!?」

「ふひひ、すんません……まぁ、俺達も行くか?」

「あぁ、そうだな……そんじゃ、また大通りにでも……」


 言いながら、二人は立ち上がった。ちなみに先ほど路上で商売していたのには、路銀を稼ぐのと、もう一つ意味がある。このハッピーヒルは、西部きっての大都市であるので、そのメインストリートならば、それこそ多くの人が訪れる。それを利用し、少女が見覚えのある顔を探すがてら、青年は商売をしていたと、そんなところであった。勿論、これだけで上手くいくとは二人とも思っていなかったが、とりあえず他に方策も無いので、仕方なしであった。


 青年がカウンターで会計している時に、唐突に後ろから少女の素っ頓狂な声が聞こえた。


「……あ! さっきのステーキと素敵をかけてたのか!?」

「あ、はい……そんな感じです……」


 今更になって洒落に気付かれて、しかも使い古されたようなダジャレであったので、青年は逆になんだか居心地の悪さを感じた。


「やっぱりお前、オッサンだな。心がオッサンだよ、親父ギャグだなんて……センスがコグバーン並だよ、ヤベーよお前」


 散々な言いようであるが、少女は割と楽しそうにけらけらしているので、まぁこれはこれでいいかな、青年はそう思いながら木製のスイングドアを開け放った。


「もし……ネッド・アークライトさんですか?」


 そして出た瞬間、男性の声に呼びとめられた。なんだろうか、この前の一件でイヤに有名になってしまったのだろうか――悪い気もしないが、そんなに目立って生きたい訳でもないので、微妙だな――そして声のした方を見ると、鉄道の制服に身を包んだ、比較的若い男性であった。その顔は、まったく見覚えが無い、というわけではないのだが、どこで見たのやら、そんな風に青年が考えていると、男性の方が爽やかな笑顔で続けてきた。


「貴方を探していたんですよ。この前、ジーン・マクダウェルを搬送中の列車に乗り合わせていた者です。それで、この前の活躍から、腕の立つ賞金稼ぎだと判断しましてですね、是非……」

「あーいや、なんとなく話は分かる。でも、今度は乗り合わせてる訳でもないし、遠慮したいんだけど……」


 全てを聴く前に、青年は若い車掌の話を遮った。鉄道が現在、賞金稼ぎに依頼しそうなことは、先ほど聞いたばかりである。だが、自分たちの旅の目標は別の所にあるのだし、下手にデカイ事件に巻き込まれるのも厄介だ。それなりに報酬が出るとしても、今回は首を突っ込むべきでない。


「そ、そうですか……ですが、もし断られたら、こう言えと言われております……フランク・ダゲットの行方、と」


 その名を聞いて、反応したのは青年ばかりでなかった。後ろに居る少女からも、僅かに動揺する気配を感じた。


「私には、イマイチ意味が分からないのですが……知りたければ、せめて話だけでも聞きに来て欲しいと。我が社の代表が言っておられます」


 青年は後ろを振り向き、少女の意向を問うた。するとネイは真剣な面持ちで頷き返した。正直に言えば、青年はあの男を無理に追い掛けるつもりはない。だが、釈然としない感情を持っているのも確かである。


「……分かった。とりあえず、話だけは聞きに行くよ。案内してくれ」


 そして二人は、まだ高い日の下、若い車掌の案内されるまま郊外へと歩き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る